デザイン思考
DX時代にシステムエンジニアが持つべきデザイン・スキル
2022年5月24日
カテゴリー デザイン思考
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DXが加速する中、これまでデザインが考慮されてこなかった業務システムにおいても、デザイン思考を活用しUXを高める企業が増えています。DXとデザインの関係が従業員の体験を向上させ、どのような効果を生むのかを考察します。
DXとデザインの関係
昨今、企業は市場のニーズに答えるため、ビジネスモデル、サービス、業務プロセスのデジタル変革、つまりデジタルトランスフォーメーション(DX)をより加速することが求められています。
そのような中、企業がDXを進める上で「デザイン」の重要性が注目されています。
この報告書では「人(ユーザー)を中心に考えることで、根本的な課題を発見し、これまでの発想にとらわれない、それでいて実現可能な解決策を、柔軟に反復・改善を繰り返しながら生み出すことが産業競争力に直結する」と提言しています。
2018年9月に発表された経済産業省のDXレポート(※2) からも、DXを進めるために必要な人材として、アーキテクト、ITエンジニア、データサイエンティストに加えてデザイナー(デザイン思考を活用し、UXを設計できる人材)の必要性が示されています。
デザインの重要概念である「デザイン思考」と「UX」
デザインを語る上でとても重要な概念である「デザイン思考」と「UX」について、みなさんはお聞きになったことがありますでしょうか。
「デザイン思考」とは
前述『「デザイン経営」宣言』で述べられていた「人(ユーザー)を中心に考えることで、根本的な課題を発見し、これまでの発想にとらわれない、それでいて実現可能な解決策を、柔軟に反復・改善を繰り返しながら生み出す」を実現するための思考法とメソドロジーのことです。
少し具体的に見てみましょう。
デザイン思考では、名前や年齢、職業や家族構成などできるだけ具体的なユーザーを定義し、そのユーザーの発言や行動、感情を分析することで徹底的にユーザーに共感した上で、そのユーザーの抱えている課題を自分事のように捉えて解決策を考えます。これにより、ユーザーが真に求めているサービスを提供する事ができます。
「UX」はUser eXperienceの略で、日本語では「ユーザー体験」と訳されています。企業が提供するサービスを使い、そこでユーザーが得るプラス、もしくはマイナスの体験をUXといい、これを高めることで、ユーザーの満足度を向上させることができます。
業務システムとデザイン
企業がユーザーに提供するサービスは、提供するターゲットにより下記の3つに大別されます。
・BtoC(Business to Customer:消費者向けサービス)
・BtoB(Business to Business:法人向けサービス)
・CtoC(Customer to Customer:消費者間取引サービス)
これらの領域では、日々新しいサービスが登場し、競合がたくさんいる中で自社のサービスを利用していただく必要があります。そのため、競争優位性を確立するため、各企業は率先してデザイン(UXを高めること)に投資しています。
1つの事例をご紹介しましょう。
日本で最も知名度の高いであろう「グッドデザイン賞」の受賞対象一覧 を調べてみると、銀行のスマートフォンアプリやサービスの受賞がとても多く見られます。
つまり各銀行が競争優位性を確立するために、デザインを重要視したサービスの開発に力を入れているのが分かります。
その一方で、BtoE(Business to Employee:従業員向けサービス)、つまり従業員が日々業務する中で利用するシステム(以下、業務システム)ではデザインがおざなりになっている傾向にあるようです。
ここで質問です。
みなさんが普段会社で利用している業務システム(例えば、勤務管理のシステム、旅費精算のシステム、決済のシステムなどです)は使いやすいですか?
このように質問すると、「うちのシステムは古くって…」「使い勝手悪くって」という声が多く聞かれます。
業務システムはいくら使い勝手が悪くても、競合サービスがありませんので他のサービスに乗り換えられることはありません。
また、業務システムはそれ自体が価値を生むものではないと考えられているため、コストと期間をかけてデザインに投資することが許容されないことが多いのも事実です。
さらに、デザイン・スキルを持ったデザイナーが業務システムの構築プロジェクトに参画することは上記の理由で難しく、機能充足が重要視され、ユーザー体験は十分に考慮されないことが多くあります。
業務システムでデザインに取り組む理由
このようにデザインが考慮されることが少なかった業務システムですが、近年、業務システムへもデザイン思考を活用し、UXをしっかり高めようという企業が増えてきています。
その背景には、業務システムのUXを高め、従業員の体験を向上させることで「競争優位性を確立することに貢献できる」という考えが広まってきているためです。具体的にその価値を見ていきたいと思います。
1. 業務品質、生産性の向上
デザインの考慮が不十分な業務システムでは、直感的な操作が困難なため、利用者は分厚い(かつ分かりにくい)マニュアルを見ながらシステムを利用します。
システム操作に時間が取られる利用者、マニュアルを見ても解決しない問題へ対応するための問い合わせ要員、それでも発生する入力ミスのため、チェックを行い、利用者に差し戻す要員など、業務の本質と異なる「見えないコスト」が各所で発生していることが分かってきたためです。
しっかりUXを設計した業務システムを提供することで、直感的にシステムをミスや疑問点無く利用でき、本来注力すべき業務の本質に時間を割くことができるようになります。
2. 従業員エンゲージメントの向上
例えば入社初日、会社からボロボロの作業机や、スペックの悪いPCを与えられたらどうでしょう。会社は私を大切に思ってくれてないのではと思うのではないでしょうか。
それと同じで、使いにくい業務システムは、利用時に不満を感じ、それが従業員エンゲージメントの低下に繋がります。誰もが使いやすいと感じるようなUX設計を施した業務システムを企業が提供することにより、従業員は気持ちよく、そして本質的な業務に取り組むことができるようになります。このような体験は、従業員のエンゲージメントの向上にも繋がります。
3.イノベーションの土壌
前述の通り、しっかりUXを設計した業務システムを提供することで、本来注力すべき業務の本質に時間を割くことができるようになり、エンゲージメントが高い状態で従業員は業務に集中することができます。この「充実感を持ち、本質的な業務に集中できる環境」が、イノベーションを生みだす土壌となります。
業務システムでデザインに取り組むための最初の一歩
業務システムへのデザインを考慮する価値に共感したとしても「現場レベルではできることは無い、デザイナーもいないし…」と思われている方も多いのではと思います。
確かに、UXを高めるためには幅広い知識と専門性が必要ではありますが、その全てがデザイナーにしかできないことではありません。
デザインの本質は「使う人の気持ちになって考える」ことです。
最初はデザインに特別な時間を割く必要はありません。業務システムの開発時に、既存の開発プロセスの中で「使う人の気持ちになって考える」タイミングを設けてみることから始めてはいかがでしょうか。
例えば
- 要件・設計レビューのときに少しユーザーの気持ちになって、使っていることを想像してみる
- 画面設計書を印刷して、ユーザーの気持ちになって、実際に使っているところをシュミレーションしてみる
- テストフェーズでは、テストケースにこだわらず、使う人になりきって触ってみる時間を設ける
- そして、これらのユーザーの気持ちになって出てきた疑問や課題の解決策を考えてみる
このように、通常の開発プロセスの中で、少しだけ頭を切り替えて、使う人の気持になって考える。そして、その時出てきた疑問や課題の解決策を考えてみる。
これなら無理なく始められるのではないでしょうか。
業務システム開発者が「ユーザーの気持ちになる」ための工夫
前述のように「通常の開発プロセスの中で、使う人の気持になって考えてみよう」と呼びかけると、開発現場からは、「ユーザーとの接点が少ないのでユーザーの気持ちになれない」という声も聞かれます。
確かに、開発プロジェクトの中で実際にユーザーの声を聞くことができるのは企画やユーザーテストなど限定的です。しかも、システム要件に関する意見は聞くことができても、実際の業務で何に困っているのかといった“生の声”を聞く機会は少ないかもしれません。
デザイナーは、ユーザーの気持ちになるために、下記のことを行なっています。
- 一定期間ユーザーに付きっきりで行動を観察する(エスノグラフィー調査)
- ユーザーと1対1でじっくり話を聞き、深層心理を確認するインタビュー(デプスインタビュー)を行う
しかし、このような機会を業務システム開発の過程の中で設けることは難しいと思います。
もちろん、実際のユーザーをインタビューや観察することが理想的でありますが、それが難しい場合は、間接的にユーザーの情報を集めることを考えてみてください。
例えば、現行システムを刷新するプロジェクトのケースであれば、サポート窓口の担当者をユーザーと見立ててヒヤリングすることが効果的です。サポート窓口の担当者は常にユーザーと接しており、ユーザーがシステムやサービスに対してどのような要望、質問、クレームが多いのかをよく知っているためです。
サポート窓口担当者との対話を掘り下げることにより、システムやサービスを利用するユーザー像(人物像)を作り上げていくことができるのです。
他にも、ユーザーからの問い合わせの一覧など、ユーザーの生の声が載っている情報を入手することで、ユーザーが何に困っているのか、どのようなことを実現させたいと願っているのかを把握することができます。
このように、ユーザーから直接、間接的に情報を得る手段を見つけることで、ユーザーに共感し、ユーザーにとって使いやすく価値のあるシステムをデザインすることができます。
おわりに
これまで述べてきた通り、DXの実現を進める上で、ユーザー中心に考えUXを意識することで本質的な課題を探り、これまでの発想にとらわれない新たな視点で解決策を見出すことにつなげることは非常に重要です。
デザイナーでなくとも、さまざまな開発の場面においてぜひ「ユーザーの気持ちになって考える」ことを実践していただければと思います。この記事が、デザインに取り組む最初の一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。
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