量子コンピューター
IBM、量子技術のスケールアップに向けたロードマップを発表
2020年9月18日
カテゴリー 量子コンピューター
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1969年、人類は前例のない技術的な障壁を克服して新たな歴史を作りました。人類は、二人の人間を月に送り、無事に帰還させることに成功したのです。今日のコンピューターは十分有用である一方、宇宙の細部まで正確に捉えられるかというと、それはまだ実現はできていません。原子の振舞いを正確に捉え、そしてその振舞いを利用して、現代の最も困難な問題のいくつかを解決することができるデバイスを作ることは、現在のコンピューターの世界の常識で考えると不可能に思えるかもしれません。しかし、月面着陸のように、古典的なコンピューターで実現できることを超えた領域に接近するという究極の目的があります。それこそが大規模な量子コンピューターの構築を目指す理由です。未来の量子コンピューターは、古典的なコンピューターでは計算ができない分野での不足を補い、原子の振舞いを制御して、産業界全体で革新的なアプリケーションを稼働させ、世界を変える物質を生成したり、ビジネスのやり方を変えたりすることができるのです。
本日、IBMは、ノイズのある小規模な現在のデバイスから、100万を超える量子ビットをもつ未来のデバイスへと導いていくと考えているロードマップを公開します。当社のチームは、スケーラブルで、より大規模かつより高性能のプロセッサーの製品群を開発し続けており、IBM Quantum Condorと呼ばれる1,000量子ビットを超えるデバイスは2023年末の開発を目標としています。Condorよりもさらに大規模なデバイスを収容するために、現在商用化されているどの製品よりも大きな希釈冷凍機を開発しています。このロードマップは、業界をリードする知識、複数分野の専門家、そしてシステムのあらゆる要素を改善するアジャイル手法のおかげで、将来の100万を超える量子ビットのプロセッサーに向けた道筋を示すものです。そして、IBM Quantumチームのハードウェアのロードマップは、世界中の誰もがプログラム可能な、クラウド経由で展開されるフルスタックの量子コンピューターを設計するという、より大きなミッションの中心に置かれています。
IBM Quantumチームは量子プロセッサーを開発しています。量子プロセッサーとは、素粒子の数学に基づいて計算能力を拡張し、デジタルコンピュータの論理回路ではなく量子回路を実行するコンピューター・プロセッサーです。これらの回路を実行するために、マイクロ波パルスのシーケンスによって接続および操作される超伝導トランスモン型量子ビットと呼ばれる人工原子の電子量子状態を使用してデータを表します。しかし、量子ビットは外界との相互作用によって量子状態をすぐに忘れてしまいます。IBM Quantumチームが今日直面している最大の課題は、将来の量子アプリケーションで必要とされる複雑な量子回路を実行できるよう、これらの量子ビットの大規模なシステムを、十分な長さの間、そして最低限の誤差で制御する方法を見つけ出すことです。
IBMは2000年代半ばから超伝導量子ビットの研究を進めており、 2010年代初期にはコヒーレンス時間を増加させ、エラーを減少させることで、マルチ量子ビットデバイスを実現しました。量子ビットからコンパイラに至るまで、システムのあらゆるレベルで改良と進歩を重ね、2016年にはクラウド上で最初の量子コンピューターを公開しました。現在、5量子ビットのIBM Quantum Canaryプロセッサー群と27量子ビットのIBM Quantum Falconプロセッサー群を含む20台以上のシステムが IBM Cloudで安定稼働し、お客様に提供されています。最近、これらのプロセッサーのうちの1つで、量子ボリューム64を達成したと宣言するのに十分な長さの量子回路を実行しました。この偉業は、単に量子ビットを増やせばできるというものではありません。コンパイラを改善し、2量子ビットゲートのキャリブレーションを再校正し、制御パルスの工夫により回路のノイズ耐性や読み出しの手法を改善しました。そしてこれら全ての基礎となっているのは、信頼性の高い歩留まりを実現する独自のプロセスで製造された、世界最先端のデバイス性能指標を持つハードウェアです。
小規模なデバイスの改善に取り組むと同時に、その過程で学んだ多くの教訓を、大規模システムにスケールするための野心的なロードマップに反映しています。実際、今月、IBMはIBM Q Networkのメンバーに対し、65量子ビットのIBM Quantum Hummingbirdプロセッサーをリリースしました。このデバイスは8:1の読み出し多重化を特長としています。つまり、8つの量子ビットからの読み出し信号を1つに結合することで、読み出しに必要な配線やコンポーネントの総量を減らしスケーリング能力を向上させながら、Falcon世代のプロセッサーからの高性能機能をすべて維持しています。IBM Quantumチームは、関連する制御システムにおける信号処理の遅延時間を大幅に短縮し、来るべきフィードバックとフィードフォワードシステムの能力に備えています。そこでは、量子回路が動作している間に古典的な条件に基づいて量子ビットを制御することができるようになります。
来年には、127量子ビットのIBM Quantum Eagleプロセッサーを発表します。Eagleでは、100量子ビットのマイルストーンを超えるためにいくつかのアップグレードを行っています。特に重要なポイントとしては、シリコン貫通ビア(TSV)と多層配線により、高密度の古典制御信号を効果的にファンアウトしながら、高いコヒーレンス時間を維持するために別の層で量子ビットを保護します。一方、固定周波数方式の量子ビットによる2量子ビットゲートと、Falconが導入した六角形の量子ビット配置により、接続性とクロストーク・エラーの低減を微妙なバランスで両立させています。この量子ビットのレイアウトにより、昨年チームが発表した 「重六角形」 のエラー訂正コードを実装できるようになります。 物理的な量子ビットの数が増えていくと、エラー訂正された論理的な量子ビットとしてこれらがどのように動作するのかを研究することができるようになります。つまり、設計するすべてのプロセッサーにおいて、フォールト・トレランスを念頭に置いているのです。
Eagleプロセッサーでは、より広範な種類の量子回路およびコードの実行を可能にする並列リアルタイム古典計算機能も導入します。
当社の小規模なプロセッサーで確立された設計原理により、2022年に433量子ビットのIBM Quantum Ospreyシステムをリリースできるようになるでしょう。より効率的で稠密な制御と極低温インフラストラクチャーにより、プロセッサーをスケールアップしても、個々の量子ビットのパフォーマンスが犠牲になったり、ノイズの発生源が増えたり、設置面積が大きくなりすぎたりすることはありません。
2023年には、これまでのプロセッサーから学んだ教訓を取り入れながら、より長い量子回路を実行できるよう重要な2量子ビットエラーを低減させた1,121量子ビットIBM Quantum Condorプロセッサーを投入する予定です。IBMはCondorが変曲点になると考えており、エラー訂正を実装しデバイスをスケールアップできる当社の能力を示すマイルストーンであると同時に、量子の優位性(Quantum Advantages)を探求するのに十分な複雑さを備えています。世界最高のスーパーコンピューターよりも量子コンピューターで効率的に解決できる問題の探索です。
Condorを構築するために必要な開発を通じて、量子コンピューターをスケールアップする上で最も差し迫った課題のいくつかは解決していることでしょう。しかし、1,000量子ビットを超える領域をさらに探求する中で、今日の一般商用の希釈冷凍機では、このような大型で複雑なデバイスを効果的に冷却し遮蔽することはもはやできないでしょう。
そこでIBMは、高さ10フィート(約3メートル)、幅6フィート(約1.8メートル)の 「スーパー冷凍機」 (コードネーム:Goldeneye) を導入しています。今日商用で提供されているいかなる希釈冷凍機よりも大きなものです。IBM Quantumチームは、100万量子ビットのシステムを念頭に置いてこの巨大物を設計し、すでに基本的な実現可能性テストを開始しています。最終的には、イントラネットがスーパーコンピューティングプロセッサーに接続するように、量子インターコネクトがそれぞれ100万量子ビットを保持する希釈冷凍機を接続し、世界を変えることができる大規模並列量子コンピューターを作り出す未来を構想しています。
進むべき道を知っていても、障壁が取り除かれるわけではありません。私たちは技術進歩の歴史の中で最大の課題に直面しています。しかし、IBMの明確なビジョンによって、フォールト・トレラントな量子コンピューターは、今後10年以内に達成可能な目標のように感じられます。
※この記事は米国時間2020年9月15日に掲載したブログ(英語)の抄訳です。
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