ITコラム
IT実行部隊と事業部門の足並みが揃わない――課題を乗り越えるクラウド活用
2019年9月24日
カテゴリー ITコラム
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実行部隊や事業部門と足並みが揃わず、経営陣も懐疑的――そんな阻害要因を本気で払拭するハイブリッド/マルチクラウドの活用法をテーマにした対談。いまやクラウドは、どんな業種や企業でも当たり前に使われるようになりました。一方で限定的な業務での活用にとどまっていたり、クラウドのサイロ化という新たな問題に直面していたりと、思ったような成果を得られていないという声が多く寄せられています。
この課題を乗り越えてハイブリッド/マルチクラウドを最大限に活用し、本気でデジタル・トランスフォーメーションを実践するためには何が必要でしょうか。NTTコミュニケーションズ株式会社(以下、NTTコミュニケーションズ)のクラウドサービス部でエバンジェリストを務める林 雅之氏と、日本IBMのクラウド事業のシニア・アーキテクトである安田 智有に話を聞きました。
NTTコミュニケーションズ株式会社
クラウドサービス部 エバンジェリスト
安田 智有
日本IBM クラウド&コグニティブ・ソフトウェア事業本部
シニア・アーキテクト部長
既存システムのクラウド移行に必要なのはITの「こんまり」!?
――昨今の企業におけるクラウド活用の動向を、どのように捉えていますか?
林氏: 戦略的にクラウドを活用したいと構想を描いても、実行部隊である情報システム部門へのバトンタッチで苦労しています。事業部門との足並みを揃えたいが、揃わないというギャップに悩むお客様も少なくありません。
――そもそもクラウド活用には今日どのような課題があるのでしょうか。クラウド活用はいわゆる「2025年の崖」*1 の有力な解決策になると考えられますが、何が障害となっているのでしょうか。
林氏: 長年使ってきたシステムはすでに減価償却を終えており、なおかつ既存の基幹業務の運用にも支障がないとなれば、わざわざクラウドを活用する必然性を見出すことができません。
安田: 最もシンプルな移行である「Lift & Shift(リホスト)」を取り上げても、従来のITインフラとまったく毛色の異なるインフラである「クラウド」に置き換えるには、多くの挑戦が必要です。
林氏: 実際、システム仕様やライセンスの制約から、クラウド化できないアプリケーションがでてくることがあります。
そんな課題を乗り越えてもコスト・メリットが出ないとなると、「このままでもいいのではないか」と考えがちです。経営者にとってみれば、「自分の任期中に大規模改革のためとはいえ赤字は出したくない」というのも阻害要因の1つと言えそうです。
安田: 海外では新しい企業が多いこともあり、「移行の検討が必要となるような従来資産がないので、新規サービス開発に集中できる」ともよく言われます。一方の日本企業は従来資産の保守に多くの人員・時間・費用をかけています。
林氏: 今後に残すべき(移行して使う)アプリケーションと捨てるべき(移行しない)アプリケーションを選別する、今風に言えばITの「こんまり(片付け)」*2 が必要となりそうですね。
その意味でも、クラウド活用の取り組みは情報システム部門だけの責任ではなく、さまざまな部門を巻き込みながら、全社的な総意として、クラウド活用のあり方を模索していかなければなりません。ここまでできている企業はまだ少数です。先ほど申し上げた、「実行部隊や事業部門とのギャップが生じている」とは、そういう意味です。
ITは「温泉旅館型」から「近代ホテル型」への転換が求められる
――実行部隊や事業部門との間に生じているギャップを埋めながら、効率的にクラウドを活用するためには、どんなことが必要でしょうか。
安田: フルクラウド化を訴求する事業者が多く存在することを承知しています。IBMは何が何でもクラウドではなく、オンプレミスも含め、パブリック・クラウド、プライベート・クラウド、さらにSaaS(Software as a Service)やPaaS(Platform as a Service)、IaaS(Infrastructure as a Service)など、さまざまな選択肢を「適材適所」に活用することを提案しています。
――いわゆる「ハイブリッド・クラウド」「マルチクラウド」のアプローチですね。ただ、それらは全体をコントロールするのが困難で、かえって運用が複雑化してしまうという話を聞いたこともあります。
林氏: たしかにその話にも一理あります。実際、多くの企業で運用されているハイブリッド・クラウドの中には、「適材適所」がマイナスの意味で働き、温泉旅館のように増築を重ねたオンプレミスのレガシーシステムから、さらに専用線やVPNによる“渡り廊下”で、好き勝手なパブリック・クラウドへ接続しているケースも散見されます。
当然のことながら、こうしたサイロ化が助長されたハイブリッド・クラウドでは、運用管理が複雑化するとともに連携コストも増大し、エンタープライズ・システムに必須のセキュリティーやガバナンスを担保することも困難です。
したがって、今後求められるのは「近代ホテル型」と呼べるハイブリッド/マルチクラウドのモデルです。同一のフロント(クラウド管理ツール)から、ビジネスパーソン向けのリーズナブルで使い勝手のよい部屋(パブリック・クラウド)や、VIPが長期滞在するスイートルーム(プライベート・クラウド)などを、あたかも1つのロケーションとして運用管理するイメージです。
――具体的には、近代ホテル型のハイブリッド/マルチクラウドをどうやって実現していくのでしょうか。
安田: リアーキテクチャーの観点から注目されているのが「コンテナ」の技術です。せっかくつくったアプリケーションが、特定のクラウドでしか動かせないのでは、温泉旅館型から抜け出すことができません。ようするに、アプリケーションをどのクラウドでも動かせるようにするのがコンテナ技術です。IBMではオンプレミスや、どこのクラウドでもコンテナを活用できるようにするためにIBM Cloud Paksや、マネージドサービスである、OpenShift on IBM Cloudなどでコンテナ技術をより簡単にご利用いただけるようにしています。
林氏: 安田さんのお話にもう1つ加えたいのは、クラウド全体を最適化するマネジメント・プラットフォームの必要性です。NTTコミュニケーションズとしても単にオンプレミスとクラウド、クラウドとクラウドをネットワークで接続するだけでなく、データハブ的なコントロール機能をもったマネジメント・プラットフォームでオンプレミスから複数のIaaS、さらにはSaaSにいたるまで統合管理し、近代ホテル型のハイブリッド/マルチクラウドを実現していくソリューションを提案しています。
全体最適化されたクラウド活用をリードするCoE
――近代ホテル型ハイブリッド/マルチクラウドを目指すことの重要性がよくわかりました。ただ、それを実践するためには、常に全体最適の視点に基づいたクラウドの活用設計が必要です。企業内では、誰がその役目を担えばよいのでしょうか。
安田: もちろん、NTTコミュニケーションズ様も、IBMも、お客様からご相談をいただけば、親身になってサポートいたします。その上でお客様側にも、全体最適化されたクラウド活用への取り組みをリードする組織を設けていただくのが理想的です。
林氏: 実は、今年7月に行われたNTTグループのグローバル組織再編にあわせて、「CoE(Center of Excellence)ストラテジー部門」が新たに立ち上がっています。私が所属するNTTコミュニケーションズのクラウドサービス部の企画部門に所属していた社員などが、NTT Ltd.グループのCoEストラテジー部門に属するようになり、人事、総務、事業企画、情報システムや情報セキュリティーなどの業務の全体最適化に向けた取り組みを行っています。あくまでも社内組織の位置づけで始まったばかりですが、お客様に対してCoEとはいかなるものかを示す、1つのショーケースになっていければと考えています。
安田: 間違いなく、多くの企業にとって大きな参考となります。
――本日は示唆に富んだお話をありがとうございました。
*1 経済産業省 DXレポート ~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~
*2 近藤麻理恵(こんまり)氏が、著書「人生がときめく片づけの魔法」(サンマーク出版)等を通じて提唱した「片づけをすることで、人生を変える」メソッド
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