IBM Research

医療分野での新たな発見をより迅速に行う新時代の到来

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IBM Researchはパートナーと協力して、重要な医療問題の解決策をさまざまな方法で見つけようとしています。最初に取り組んでいるのは新薬や治療法の発見にかかる時間の短縮です。

人々にとって健康ほど重要なものはありません。医療は大きな進歩を遂げてきましたが、難しい課題がまだ多く残されています。患者を治療する新しい方法を開発するためには、複雑で時間も費用もかかる一連のプロセスが必要となります。しかし、新型コロナウイルス感染症のパンデミック時に治療法が速やかに開発されたように、科学界が一丸となれば緊急の課題に対する解決法をこれまでにないほど迅速に見つけることができます。

IBM Researchでは、科学的な問題の解決方法が今大きく変りつつあると考えています。最近のAI、ハイブリッドクラウド、ハイパフォーマンス・コンピューティング、量子コンピューターにおける進歩は、科学的手法に基づき、より優れた、そしてより高速かつ費用効果が高い意思決定が可能になる新時代の到来を告げています。私たちは、これを「発見の加速化 – Accelerated Discovery」と呼んでいます。

IBM Researchではパートナーと連携してテクノロジー主導の創薬支援に注力していますが、そこには3つの大きな目標があります。まず、発見を加速化する技術 (アクセラレーター・テクノロジー) を開発し導入することにより、治療に有効な分子化合物やバイオマーカーの発見を加速することを目指しています。また、パートナーとのエコシステムを構築することで、これらのテクノロジーを検証し、拡張していきたいと考えています。さらに、知識の発見とオープンソース・サイエンスを通じて、優れた技術や科学的手法を世の中に広めていくことも推進しています。

IBM Researchの幅広い研究について

私たちの研究対象は、創薬とその開発プロセスのさまざまな局面を含んでいます。新しい分子化合物の発見、既存薬の転用の模索、薬剤治療の安全性と有効性の向上、今までにない新しいバイオマーカーの発見、疾病の進行モデルやステージ分類モデルの開発、臨床試験の強化などが挙げられます。ここでは、その一部をもう少し詳しく説明します。

新しい分子化合物の発見

ここで「新しい分子化合物」とは、今までなかった本質的に新しい化学構造体で、病態に影響を与える可能性があるものを意味しています。多くの場合、新薬の開発は新しい分子化合物を特定することから始まりますが、そこには大きな課題が2つあります。まず、利用可能な実験データと計算データを使用して、可能性のある膨大な分子から正確に分子を検索し、評価のためのスコアリングができることが必要です。その後、発見された分子の候補について有効で安全かどうか、生成しやすいかどうかなども詳しく調べる必要があります。

私たちは米国のCleveland Clinicと提携し、新しい分子化合物発見のための一連の手法 (ディスカバリー・パイプライン) をテストしました。この手法では、分子が意図した用途に適うかどうかを分類したり、新しい分子を生成して予測される有効性を解明したりすることができます。

既存薬の転用

すでに販売されていて安全検査に合格している医薬品の新たな用途を見つけ出すことは、全く新しい医薬品を発見して開発するよりも、費用と時間を大幅に節約できます。これまで、新しい転用事例の発見は主に偶然の産物でした。そして転用の候補を体系的に特定しようとする近年の取り組みは、観測から得られたデータが偽陽性の結果をもたらすことが多いという事実がネックになっていました。

私たちはTeva Pharmaceuticals社と共同で既存薬の転用を探索する一連の手法 (転用パイプライン) を開発し、検証を行いました。現在、これはCleveland Clinicとの共同研究にも適用されています。このパイプラインでは、まずデータ抽出プロセスによって、何千もの特徴量や臨床的に関連した複数の治療アウトカムを含む情報のコホートを効率的に取得します。次に、既存薬転用エンジンが、IBMのオープン・ソースである因果推論ライブラリー(causallib)をこれらのコホートに適用し、各薬剤がそれぞれの治療アウトカムに及ぼす影響を統計的に推定し、結果をフィルタリングして、さらなる考察のために統計的に有意な薬剤の候補を得ることができます。

薬剤の安全性と有効性の向上

日常的な医療行為から生成された「実際」の患者データに基づくモデルによって、疾病や薬剤のメカニズム、および臨床試験では再現できない薬剤の副作用を理解することができます。例えば、薬剤の臨床使用が承認された後に、その薬剤が他の薬剤や患者の他の病気とどのように相互作用するのかを理解しやすくなります。さらに、サブグループ効果がこの段階で初めて明らかになることがあります。これは臨床試験の十分な数を含む集団よりもさらに幅広い集団において利用されているためです。これらがわかると安全性と有効性の向上に役立ちますが、現時点では母集団のメカニズムの推測、性能の予測、安全性の向上などを実現するためにすべての母集団データを利用できるわけではありません。現在の手法では、このような課題を検出するのに十分なデータが得られるまで何年もかかる可能性があります。

そこで、IBMはHybrid Modeling as a Service(HMaaS)を開発しました。これはシミュレーションとAIの機能をクラウド上で拡張し、母集団レベルにおいて薬剤と疾病の間のメカニズムの定量的な対応付けを自動で行います。クラウド上で薬効評価モデル (pharmacometrics) のシミュレーションが継続的に行われるようになり、それによりパラメーター空間の探索、治療に対する反応の主要な特徴量へのアクセス、サロゲートモデルのトレーニング用データベースの構築が可能になります。敵対的生成ネットワーク(GAN)などの新しいAI手法により、サロゲートモデルの逆問題を解くことで最適なパラメーターを推論します。

複合臨床バイオマーカーの発見

現代における新しい治療法の発見や開発は臨床バイオマーカーに依存しています。臨床バイオマーカーは、疾病リスクやステージの悪化などさまざまな治療に対して考えられる反応を示すものです。こうしたバイオマーカーは、臨床記録、画像、分子データなどの複数種類のデータから得られ、それらを組み合わせることで患者の病気のフェノタイプ (表現型) を複合的に同定します。フェノタイプは、生物学的な観点や疾病の状況、時間軸といったさまざまな尺度で作用するため、複合バイオマーカーは疾病のプロセスと治療に対する反応の理解に役立つ多くのさまざまな因子を取り込むことができます。

IBMではJDRFやCleveland Clinicなどのパートナーと協力して、複合臨床バイオマーカーの検出と定量化を加速し、患者の層別化を向上させることができるマルチモーダルな表現の構築に取り組んでいます。また、MICCAIワークショップISBI Challengeといった科学コミュニティーの多くの場を通じて、ディープ・ラーニングと機械学習の分野における急速なイノベーションが、医療画像や病態などにおけるバイオマーカーの発見をどのように促進できるかについて活発な議論を行っています。加えて、医療分野において機械学習による発見を加速するために、オープンソースへの貢献を進めています。この取り組みの一環としてIBMは、BiomedSciAIというGit Organizationを開設し、Pythonによる機械学習モデル構築フレームワークFuseMedML、細胞組織画像解析ツールhistocartographyOHDSI標準データから疾病進行モデルを構築するDPM360を提供しています。OHDSI標準データから構築された疾病進行モデルについては、OHDSI Collaborator Showcaseで発表を行なっています。

これらにより、疾病の進行や治療に対する反応の予測をより正確に行えるようになります。モダリティー固有のコード化情報を生成して統合する複数のIBMテクノロジーによって、マルチモーダル表現の生成が容易になります。これには、医用画像、細胞組織画像、ゲノムおよび臨床データのディープ・ラーニングによる分子解析と複数のデータ統合および融合の手法を含みます。モダリティー固有の表現によるバイオマーカーは、患者の層別化と疾病のステージ分類を通じて臨床試験を強化できますが、患者を全体的に捉えることでペイシェント・ジャーニーのコード化も可能になり、生物学的な側面や疾病の状況、時間軸といった様々な尺度でバイオマーカー間の関連を明らかにすることで創薬標的の仮説をさらに導き出し、次世代の新たな発見を加速することにつながります。

疾病のステージ分類と進行モデル

創薬における主なボトルネックの1つは、臨床試験の失敗率が高いことです。関連性のある患者集団と治療のエンドポイントを特定することが難しいので、疾病の進行を断片的にしか把握できません。

IBMはブロード研究所CHDI財団JDRFおよびマイケル・J・フォックス財団と連携して、疾病進行の数値計算モデリングのために階層化されたアプローチを構築しています。この基盤となるのは、全般的なモデル開発および管理ワークベンチです。実際の患者データから際立った特徴を簡単に抽出できるように、IBMではコンピューターによる表現型検査メソッドを開発しました。また、再利用可能なAIモデル群を開発し、複雑な時系列データから疾病のステージと進行パターンを明らかにできるようにしました。このアプローチを適用すると、疾病の状態と将来のリスク予測の定量化を行なったり、生存分析をおこなったり、モデルとデータを視覚化するなどによって新たな発見を行うプロセスを加速することができます。

その例としてJDRFとの共同研究が挙げられます。今年初めに「Lancet Diabetes & Endocrinology」誌に紹介されていますが、開発中のバイオマーカーを用いることで、適切に次の段階の研究に進むための手法を示した論文を発表しました。特に遺伝子や家族性のリスクが高い幼児における1型糖尿病患者のスクリーニングに向けた道筋が示されており、これは、臨床試験に適した患者を選択する際にも役に立ちます。

臨床試験の強化

臨床試験が成功するかどうかは、臨床試験のさまざまな段階における非効率な要因に影響されますが、被験者の募集、臨床試験への積極的な関与、被験者の維持、対象集団が十分な多様性を満たしているかどうかなどです。

IBMではCleveland ClinicおよびTrinity College Dublinと協力して、臨床試験の設計、被験者の選択、臨床試験の監視を行う新しい方法を実現するAIと機械学習の戦略を策定しており、臨床試験の多様性や被験者の募集および維持に関わる長年のボトルネックにも対処しています。

臨床試験を強化するにあたって、IBMのDeep Searchプラットフォーム、オントロジーおよびナレッジ・グラフの技術を採用しています。 具体的には、機械学習と自然言語処理を使用して、大量の非構造化データ(例えばPubMedなどの科学文献)を取り込み、分析します。そして一連のナレッジ・グラフ・ツールを使用して、それらを実際のデータ(個人の記録など)とリンクさせます。IBMのテクノロジーを組み合わせることで、研究者は被験者の積極的な関与や維持などに関する臨床試験強化のための実用的な洞察を導き出すことができます。今後はEUのプロジェクトであるSEUROの一環として収集されたランダム化比較試験のデータを使用して、参加協力や維持を予測するためのツールを検証する予定です。

IBMではAIを活用したプロセスとディスカバリー機能の構築に取り組んでおり、新しい治療法の発見と開発をこれまでにないスピードで自動的にかつ大規模に行う際に発生するボトルネックの克服を目指しています。 これはIBMの取り組みのほんの一部にすぎません。医療研究における発見の加速化に関する私たちの取り組みについてぜひご一読ください。


本記事は「Why now is the time to accelerate discoveries in health care」を抄訳し、日本向けに加筆したものです。


工藤 道治
監訳:工藤 道治
東京基礎研究所 シニア・テクニカル・スタッフ・メンバー、ヘルスケア・リサーチ部門担当マネージャー
入社以来、情報セキュリティやビジネスプロセス分析などの研究に従事。近年は、ヘルスケア分野でのAI技術の研究・開発をリードする。
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