テクノロジー・リーダーシップ

グローバル企業における研究者の働き方と、研究者を支えるコミュニティー活動

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IBM Researchのハイブリッドクラウド研究

IBM Researchは世界の7つの地域に17の研究所があり、密に協業しながら最新技術の研究開発をしています。私はIBM東京基礎研究所で、Hybrid Cloud & Securityの研究グループをリードし、私が携わっている東京のチームでは、パブリッククラウドやプライベートクラウド、オンプレミスなどの異なる環境を統合したシステムをより便利に安全にするためのソフトウェアの研究をしています。

特にここ数年は、クラウドネイティブ・プラットフォームのセキュリティーおよびコンプライアンスの研究と、レガシーなアプリケーションからクラウドネイティブ・プラットフォームへの移行を支援するモダナイゼーションの研究が中心になっています。

ハイブリッドクラウドの世界は新しくかつ進歩も非常に早いため、新しい技術や考え方を常に学びながら、その上に新しいものを作っていくというかなりチャレンジングな研究エリアです。そしてこの研究は東京のメンバーだけで行っている研究トピックはなく、全て海外の研究所のメンバーとの協業で進めています。

企業での研究活動

企業で研究を行う目的の一つは、作り出した技術を新しい製品やサービスとして送り出すことで最終的にビジネスに貢献することにあります。そのため、私は関わった技術を実際にお客様に使っていただくことを目指し、国内外の開発部門やサービス部門などとよく協業をしています。大学などアカデミアの研究所と同じように、論文を執筆し国際学会で発表したりすることもあります。また、それに加えてこの研究がどのように役に立つのか、お客様に使っていただけるのかを常に意識しながら研究を進めていくのは、企業の研究所ならではのやりがいのあるところだと思っています。

私のチームでは、これまで開発してきたクラウドネイティブ・プラットフォームの技術を複数の製品やサービスとしてリリースしてきました。最近では、コンテナ環境をリアルタイムモニタリングし不正な操作を検出するMutation AdvisorをIBM Cloud Pak for Multicloud Managementの新機能として発表したり、金融向けのクラウドプラットフォームであるIBM Cloud for Financial Servicesでコンプライアンス管理の自動化を実現するCompliance Operatorを公開したりしました。

また、自社製品への貢献だけではなく、オープン・コミュニティーでの活動も増えてきています。Red HatとIBM Researchが共同で立ち上げたオープン・コミュニティーであるKonveyor Communityでは、レガシーアプリケーションをKubernetes platformに移行(モダナイズ)することを支援する技術を開発しています。私のチームではTackle-DiVAというアプリケーションのデータに着目した分析を行うツールをオープンソースとして公開し、Red Hatと協業して機能拡張を行なっています。

海外との協業

このように複数の研究テーマが同時進行していますが、IBMでの研究は一つの研究所のメンバーだけでやっている仕事はほとんどなく、一つのプロジェクトに複数の研究所のリサーチャーが集まって研究開発を進めています。

私の現在のプロジェクトでは、現在はアメリカ、インド、オーストラリア、イスラエル等のメンバーと一緒に進めていますので、リモートでの協業はCOVID-19以前から日常でした。普段はslackでのコミュニケーションが中心で、日本の午後から夜にかけて海外のメンバーとのWeb会議が始まります。日本の一般的な日中の勤務時間帯には、世界中のメンバーが集まれる時間はほぼないため、午後になるとインドのメンバーとWeb会議が始まり、夜21時ごろからアメリカのメンバーとのWeb会議が始まるというのが日常です。

研究所は裁量労働制のため、夜を含めた勤務時間は自分で調整ができる自由度があります。勤務の仕方に自由度があるのは成果重視の裏返しであり必ずしも楽ではないですが、このおかげで出産後も休職せず復帰でき、子供や家族の状況に合わせて調整しつつ仕事を続けてきました。子供や家族の都合で調整がつかない時間帯があるのは海外のメンバーでも男女問わず同じことなので、お互いに理解して配慮しつつ協業しています。

IBMの女性技術者コミュニティーの存在

日本では理系の女子学生も研究者も少ないのが長年の課題になっていますが、私の周りでは女性のIBM Fellow, DE(Distinguished Engineer), Directorなど女性リーダーが多く、彼女たちは世界中のメンバーの技術を合わせて価値のあるものを作るべく強力なリーダーシップを発揮しています。日常的に彼女たちの技術リーダーとしての振る舞いから学び、そしてメンターとしても直接サポートいただくことで、さまざまな面で助けられています。

日本IBMには女性技術者のコミュニティー「COSMOS」があります。私はコアメンバーとして女性技術者の支援やイベント開催に携わりました。COSMOSは業務に加えて行うコミュニティー活動ですが、さまざまな経験や視野を持った女性技術者のメンバーとの活動は想像以上に楽しいものでした。そのうえ、それまでの業務では関わりのなかった方々とネットワークを広げることができ、コアメンバーを卒業したあとも私の財産になっています。COSMOSコアメンバーの皆さんは各部門でエキスパートとして活躍されている方々なので、業務で困った時にも的確なアドバイスをしてくれたり、人を紹介してくれます。このようなコミュニティーがあると頼りになり安心感があります。

ハイブリッドクラウドは、新しい技術が次々に誕生しオープンに議論されるスピード感のある研究エリアです。研究者として学会で論文を発表するのに加えて、自分が関わった技術が社会や企業の役に立つのはまた違った醍醐味があります。今後も技術がどのように役に立つのかを意識しつつ、チーム全体で新しいことにチャレンジしていきます。

関連リンク

Hybrid Cloud and Security Research Group(英語)


佐藤 史子
佐藤 史子
東京基礎研究所
Senior Technical Staff Member, Senior Manager Hybrid Cloud and Security

Hybrid Cloud & Securityの研究グループをリード。

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