量子コンピューター
IBMの量子コンピューティング研究の最前線に立つ女性たち
2020年5月26日
カテゴリー IBM Research | 量子コンピューター
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一世紀以上にわたり、数学者と物理学者は亜原子粒子の運動と相互作用を研究し、モデル化してきました。1970年代には、研究者は、量子物理学の研究を情報技術にどのように結びつけられるかを探求し始めました。情報技術は、理論上、量子コンピューティングの新時代への扉を開く可能性があったのです。
今日、ニューヨーク、カリフォルニア、スイス、日本など、世界中のIBMリサーチのチームは、この技術の開発に取り組んでいます。この技術は、現在私たちが使用しているデジタル・コンピュータの能力を超え、これまで解決できなかった問題に対処する可能性をもたらします。
IBMの量子コンピューティング・チームでは、女性研究者が増えており、研究のあらゆる部分に携わっています。重点分野としては、量子情報の基本単位である量子ビットの製造、実験用の超伝導アーキテクチャの作成、エラーを検出するための量子ビットのパターン研究、量子ビットを制御する安定化システムの設計などが挙げられます。他にも、量子デバイスが分子をシミュレートすることができる医療や材料科学のような分野において、量子コンピューティングの驚異的な能力とユースケースについて研究しています。
女性史月間(Women’s History Month)と国際女性デー(International Women’s Day)に合わせ、我々は量子コンピューティング革命において重要な役割を果たす4人の女性を紹介します。
量子研究のゼロ地点
2007年初めのある日、メアリー・ベス・ロスウェルは、全く新しいことに挑戦してみないかという誘いの電話を受けました。それまでに彼女はIBMに20年近く在籍しており、コンピューターのほぼすべての部分を構築した経験がありました。電子ビームリソグラフィを用いて、彼女の研究チームは集積回路のパターニングを行いました。そこから、フラットパネルディスプレイに移り、その後はバックエンド、つまりデバイスの「パッケージング」に移りました。
今や、IBMにおける量子コンピューティング研究の先駆者の一人であるロジャー・コッホ(Roger Koch)は、最初の量子コンピューターを構築するために小規模なグループを集めていました。彼はそのチームにロスウェルを必要としていました。なぜなら、彼女はものを組み立てる方法を知っていたからです。ロスウェルは、「彼らは、小型デバイスの製造をヨークタウンにあるメインの製造ラインに移すための手助けを必要としていました」と述べています。
量子はその後、小規模なチームの研究対象から、IBMにおける主要な取組みの一つへと成長しました。そして、ロスウェルは、ニューヨーク州ヨークタウンハイツのトーマス・J.ワトソン研究所で量子ファブリケーションのシニア・エンジニア 兼 マネージャーとして勤務する、リーダーの1人となりました。彼女のチームは、情報を処理する量子コンピューターの最も基本的な要素である量子ビット(Qubit)を製造しています。IBMの量子ビットは、アルミニウム・ジョセフソン接合やニオブ・コンデンサなどの超伝導回路素子でできています。IBM リサーチのマテリアル・リサーチ・ラボと協力し、彼女のチームでは測定、テスト、デプロイされたすべてのデバイスを管轄しています。
「これは、これまでの私の経験の中で、最も大きなチームとしての取り組みであり、最も喜ばしいことです。チームにいるエンジニアと物理学者の双方のメンバーの成長を手助けできることに、私は大きな満足感を得ています」とロスウェルは話しています。
ロスウェルは、管理職の仕事は非常にやりがいがあると感じています。なぜなら、彼女は女性かつ博士号を持っていないマネージャーであり、それはIBMリサーチでは二つの意味でマイノリティだからです。テクノロジー業界において、研究所のマネジメント・ポジションは伝統的に博士号所持者が担っており、業界全体を反映するかのごとく、リーダーの大多数は男性でした。ロスウェルは、自身の立場について、会社が彼女の経験、知識、および人間性を評価してくれていると認識しています。
量子ビット・ビジョナリー
ロスウェルのチームは物理的な量子ビットを製造していますが、IBMの研究者であるハンヒ・パイク(Hanhee Paik)は、これらの微小な粒子の品質を10年以上にわたって改善しています。彼女の研究テーマは、超伝導量子ビットのコヒーレンス・メカニズムの理解と改善、新たな超伝導マルチ量子ビット・アーキテクチャーの開発です。
パイクは韓国で育ち、ソウルの延世大学校で物理学の学士号と修士号を取得しました。2009年、メリーランド大学の博士号の論文にて、パイクは超伝導位相量子ビットのコヒーレンスを向上させる新しい設計と製造プロセスを考案しました。現在、IBM リサーチの実験的量子コンピューティングの研究者であるパイクは、「当時、私たちは一般的に使用していたファウンドリー会社にアクセスできなかったため、量子ビットの設計と製造方法を自分たちで理解しなければなりませんでした。その結果、皮肉なことに、最もシンプルな設計が最高のコヒーレンスを生み出すことができました。それ以来、ハードウェアと測定が、私の専門分野になりました」と話しています。
2009年、イェール大学の博士研究員として、パイクはこれらのコヒーレンス・メカニズムの研究を続けました。彼女は、3Dトランズモン量子ビットの画期的な設計の先駆者であり、超伝導量子ビットを研究するチームの一員として、これまでの2倍近い長さのコヒーレンス時間(量子ビットが計算を実行できる時間)を実現させました。そのコヒーレンス時間は、パイクの研究以前は数マイクロ秒で測定されていましたが、バイクは、数10マイクロ秒の重ね合わせ状態を維持できる量子ビットを作ったのです。
3Dトランズモンで成功したことで、彼女に多くの注目が集まりました。しかし、その結果彼女は、自身の研究の指針がわかなくなったと言います。「この研究は、私のキャリアにおいて、これほど早く達成するとは思っていなかったものでした。しばらくの間、私はそのような大きな発見をしたことで、憂うつな気分になっていました」と述べました。
パイクは2014年にIBM リサーチに加わり、マルチ量子ビットシステムの物理学の理解など、キャリアを前進させるための新たな目標を見つけました。彼女は、16量子ビットのIBM Quantum Experienceのコンピューター開発で、重要な役割を果たしました。また、IBMの商用20量子ビットシステムのコヒーレンス時間も、同様にパイクの貢献があり、業界最高の平均100マイクロ秒を記録しています。
ここ数年、量子コンピューティングに携わる女性研究者が増えています。パイクは、「私のキャリアの最初の10年間、多くの職場で女性は私だけでした。IBMに入社した際、メアリー・ベス・ロスウェル(Mary Beth Rothwell)とサラ・シェルドン(Sarah Sheldon)が初めての女性の同僚でした。しかし、量子コンピューティングの研究に参加している女性の科学者やエンジニアは増えました。IBM 量子コンピューティング・チームは業界で最も多様性に富んだグループの1つです」と話しています。
パイクは、一般的に、量子コンピューティングや研究といった分野に女性を参画させるためには、まだまだやるべきことが数多くあると指摘します。「女子が若い頃から科学に興味を持つよう支援しなければなりません。また、職場においては、より多くの女性に自分の能力を発揮する機会を与える必要があり、学会での研究について話す機会も与え、その成功を認められるようにするために、トップダウンの組織的な後押しが必要です」と話しています。
量子をデバッグする
パイクは量子ビットの最適化に取り組んでいますが、同僚のマイカ・タキタ(Maika Takita)は、エラー削減が研究のテーマです。彼女の専門は、マルチ量子ビット量子システムの制御、特性化、ベンチマークであり、空間格子上のフォールト・トレラントな量子誤り訂正コードの実現に向けた研究に取り組んでいます。
タキタは、あらゆるタイプのコンピューティングにはエラーがつきものであると話します。しかし、挙動が不規則な量子ビットにおけるエラーと異常を検出することは、単純なデジタルロジックの領域よりもはるかに大きな課題です。結局、量子ビットは2つの異なる状態を同じタイミングでとることができます。また、ほぼ絶対零度に近い理想的な環境でも、ほんの一瞬のうちに量子ビットのエネルギは外部に放出されて消滅してしまいます。このような複雑さは、量子コンピューティングの広大な可能性を広げるものですが、それと同時にタキタの仕事ははるかに困難になります。
タキタは実験物理学者として、量子の動きを研究し記録しています。「私は実験室にいて、デバイスを冷却し、量子ビットを測定しています。最もパワフルな量子コンピューターは、計算中に量子エラーの訂正を適用するために、多くの脆弱な物理量子ビットを含む論理量子ビットを使うことに依存しています。物理量子ビットに関連するエラー率の削減に取り組む必要がある一方で、フォールト・トレラントな量子誤り訂正コードが、実験的にどのように機能するかを調査できるように十分なシステムを整える段階でもあります」とタキタは述べています。
東京で生まれたタキタは、アメリカのボーディング・スクールに進み、ニューヨークのバーナード・カレッジで物理学と数学を専攻しました。プリンストン大学で電気工学の博士号を取得し、5年前にIBMで博士研究員として働き始めました。
IBMに入社して最初の数年間は、同僚とロック・クライミングを楽しんだと言います。その後、夫の間に男の子が生まれました。息子が2歳になった今、彼女は登山クライミングを再開したいと思っています。量子コンピューティングと同様に、これには重ね合わせともつれが含まれますが、はるかに快適な温度で行われるでしょう。
量子コンピューティングの触媒
ジェイミー・ガルシア(Jamie Garcia)のIBM リサーチでの役割は、彼女の得意分野である化学とコンピューティングを組み合わせたようなものです。2018年後半から、ガルシアは、分子や分子間相互作用をシュミレーションする化学に量子コンピューティングを適用するする方法を検討する研究者チームを率いています。2019年、量子理論、ソフトウェア、アプリケーションに関わる幅広く多様なチームを主導する新しい役割を担いはじめました。「量子コンピューターの技術にアクセスできなかった時代には、このような役割は存在していませんでした。私たちは、IBMが構築している量子コンピューターから真の価値を引き出すために、理論に必要なものを見つけ出すための新たな道を作り上げています」と、量子アプリケーション・アルゴリズム・セオリーのシニア・マネージャーとしての立場から、ガルシアはこのように話しました。
ガルシアは、2012年にIBM リサーチのアルマデン研究所に博士研究員として参加し、化学物質触媒を使ってペットボトルを分解し、リサイクルする方法の研究に興味を持ちました。当時、彼女はポリマーの専門家であるジェームズ・ヘドリック(James Hedrick)と共に、高性能でリサイクル可能な材料について研究していました。数学教師の父と、リスクマネジメントの弁護士である母を持ったガルシアの科学と環境に対する関心は、母親が樽に集めた雨水を使って庭の水やりをしているように、幼少期から自然に育まれました。
ガルシアはシアトル大学で生化学を学び、ボストン大学にて化学の博士号を取得しました。彼女は、ピア・レビューされた科学論文を約40本執筆し、94件の特許を受け、IBM Master Inventorのタイトルを獲得し、業界で数々の栄誉と賞賛を受けています。
ガルシアが最初に量子コンピューティングへ興味を持ったのは、2017年に量子研究者のアブヒナブ・カンダラ(Abhinav Kandala)とヨークタウンで偶然出会ったことがきっかけでした。当時、彼女はリチウム空気電池の化学反応経路を研究していました。量子コンピューターを使って異なる物質の分離プロファイルを計算することを論じたラボのポスターセッションにおいて、カンダラと会話を始めました。このような計算は、実際の量子コンピューターでは実証されていませんでした。「量子コンピューターは、現在の研究者では実行できない方法で、複雑な計算を行うことのできる新しいツールであることに気づきました」とガルシアは述べています。
彼女は、量子コンピューターが化学の新しい発見の触媒として役立つことを期待しています。また、ガルシアは、科学技術分野でのキャリアに興味を持つ若い女性にとっても、同様の触媒としての役割を彼女自身が果たすことを望んでいます。「私は大学院生だった時のことを覚えています。興味のある分野でロールモデルを探そうとしていましたが、それほど多くはいませんでした。技術や科学の分野でリーダーシップを発揮できる女性が増えれば増えるほど、若い女性たちが前を見て、自分たちが見習いたい人物を見つけることができるようになるでしょう」とガルシアは話しました。
この投稿は、T.J.ワトソン リサーチ センターを中心とする技術スタッフのコミュニティーであるワトソン・ウィメンズ・ネットワーク(WWN)によって提供されました。T.J.ワトソン リサーチ センターは、IBMリサーチのすべての女性の専門的効果、個人の成長、認識、および進歩を促すことのできる職場環境の改善に取り組んでいます。WWNは、上級管理職、人事、その他のダイバーシティ・ネットワーク・グループと協力して、メンタリング、ネットワーク、ダイバーシティ、知識共有、リクルーティングに関するプログラムを推進しています。
※この記事は米国時間2020年3月2日に掲載したブログ(英語)の抄訳です。
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