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テクノロジーと人と社会:カギは「どう課題を発見し、解決するか」という“土地勘”

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取材・文:大内孝子

AI、MRといった新たなテクノロジーをサービスに活用していく時代になったとき、作り手は何を指針にしていけばいいだろうか?イノベーションを起こす人材とは?日本IBM研究開発執行役員 森本 典繁氏と、テクノロジーと異なる領域を融合させた新たなプロダクトを作り続ける株式会社ワン・トゥー・テン・ホールディングスCEO澤邊 芳明氏の対談を通して、テクノロジーと人が共存していく未来を考える。(前編はこちら


イノベーションは人を幸せにするか?

森本氏:テクノロジーで幸せを拡張できることはあるだろうかということを考えたりするんです。たとえば、AIが作業を肩代わりしてくれることによって、自由な時間が増えると思っています。今までは時間が増えるといっても、テクノロジーが進化して余計に仕事が増えている場面が多かったと思います。メールでコミュニケーションをとるようになって便利になったけど、入社時よりメールの量が20〜30倍に増えて、果たして便利になったのか、とか。でもここから先、AIなどのテクノロジーがインフラ化すると、本当の意味でテクノロジーが人間の幸せを拡張する、みたいなことは増えてくるのではないかと思います。

日本IBM執行役員 研究開発担当 森本典繁氏と、ワン・トゥー・テン・ホールディングスCEO澤邊 芳明氏

澤邊氏:僕も数年前までは、おっしゃるように、ICTやIT、21世紀に入っていろいろなものが進化してきて便利になったような気はするけど、忙しさはあまり変わっていないと思っていました。でもこの2〜3年で、もしかして変わりつつあるのかなと思い始めています。

僕はどこででもYouTubeを見たりしていますが、人類って暇になったのかなと最近すごく思います。もしかしたら遊休資産としての時間、これまで使っていなかった余暇の時間が増えてきたのかなという気がしています。体験消費というニーズがありますが、ここ数年、多くの人が「そこでしか体験できないもの」をより強力に求め始めている気がします。音楽ならライブ、あるいは演劇、体験消費という流れが確実に起きています。

森本氏:AIなどの進化で、よりリッチな体験が可能になる。そうなったときに、今度は、バーチャルなのかリアルなのか、両者がだんだん融合してくるという部分が出てくると思います。

澤邊氏:バーチャルとリアル、それでいうと、僕は複合現実(MR)がキーワードだと考えています。VR、ARが進化してきて、リアルと融合してMRになるわけですが、おそらくメガネ型のデバイスを常にかけていて、ここでインタビューを受けながら目の前にメールが流れてきて、音声で返信しておいてというだけでメールに返信できたり、僕が話していることをAIが聞いて関連する情報をサジェストしてくれたり、という世界は近い将来に実現されると思います。

先ほどの体験消費でいうと、街全体でMR化するとおもしろくなると思います。ベタな言い方ですが、空間自体をハッキングできるので、もう何でもできてしまう。入院しているおばあちゃんがMRグラスをかけるだけで、病院の廊下がいきなりショッピングモールに変わってバーチャルショッピングができたり。そういう世界は10年以内にはくると思います。

日本IBM執行役員 研究開発担当 森本典繁氏

すると、これまでは移動しないと体験できなかったことが、その場でできるようになります。当然、行動データが取れるのでマーケティングも変わります。たとえば、これはゲーム的な発想ですが、街角が『進撃の巨人』のスペースと化して、巨人が出てきてゲームに参加する人が逃げまわるようなことを想定します。この中に入ってジュースを買えばちょっと助かるよと誘導できたりしたらおもしろいしマーケティングとしても成立します。そういうふうに、MRで面としての都市の使い方もけっこう変わってくるのかなと感じたりします。

森本氏:まさに空間のハッキングですね。

澤邊氏:そうすると、現実と仮想の境目がなくなるので、おそらく体験として一気に幅が広がります。


掛けあわせの発想を解放する

澤邊氏:スポーツと運動の間にニーズがあると思っています。スポーツは準備が必要であるため「非効率」です。ルールを覚えないといけないし、下手すると仲間が必要だったりします。一方、単なる運動は目的が鍛えるだけだったりするとおもしろくない。でも、ある程度の競技性はあるけどそこまでしんどくない、運動よりは楽しいというようなもの、運動とスポーツの間に何かやりようがあると思っています。

この観点で注目しているイベントがありまして、これは「スイーツマラソン」という女性に大人気のイベントです。「痩せたい(脂肪を燃焼したい)」けど「食べたい」を一気に解消するものです。「給スイーツ所」というのがあって、走りながら何周かすると給スイーツ所に並んだケーキを食べられる。食べるとまた走る。痩せたいの、食べたいの、どっちなんだ!っていう(笑)。

個人的に、このスイーツマラソンの主催者はとても賢いなと思うのが、「痩せたい」と「食べたい」にさらにもう1つの軸を加えたんです。「婚活」です。走りながらスイーツを食べて婚活しようという、合コンしながら走っているようなものです。もともと女子に流行ったイベントだったものを、若い女子がたくさんいれば、男性も来るよねという発想です。

ガチの運動、ガチのスポーツだときついけれど、こういうハイブリッドな感じはありだし、この手の掛け合わせはいろいろ考えられると思います。

森本氏:なるほど、終わったら体重が減っているというのが固定観念だけど、終わったあとに体重が増えてもいいじゃないかと。何をすべきか、アイデアのほうから生まれたものですね。これはテクノロジー・ドリブンでは絶対に起きない類いの発想ですね。

澤邊氏:この手の発想は「数うちゃ当たる」だと僕は思っています。先ほどの実験ではないですが、普通はバイアスやフィルターがかかってしまいます。これ、普通ないよねって。でも、やってみたら結果おもしろかったという発見はいっぱいある気がしています。

森本氏:そうですね。掛け合わせの思いつきは、たぶんパッと思いつたりするけれど、従来だと理性で止めてしまう。逆に、理性自体を抑えてしまえば、いろいろな発想が出てくると思います。

澤邊氏:僕はそこにイノベーションのヒントがあるというのはすごく感じます。ワントゥーテンで車椅子型VRレーサー「CYBER WHEEL(サイバーウィル)」と「CYBER BOCCIA(サイバーボッチャ)※ボッチャはパラリンピック競技のひとつ」を発表した際、イギリスのBBCでテクノロジー関連のニュースを担当している記者から取材を受けたのですが、「クール、クール」と言うのです。彼らから言わせると、パラスポーツはパラスポーツであって障害者のスポーツだから、これをバースポーツ(編集部注:バーにも置いてお酒を飲みながらカジュアルに楽しめるようにしたら面白いという発想)にしようなんて一体どんな発想なんだ……となるわけです。

僕たちは異質なもの、この場合はパラスポーツとテクノロジーを掛け合わせていかに日常空間に溶け込ませるかを考えているだけなのですが、彼らにはそんな発想はなくて、実に日本的だと、こんなことを考えるのは日本人くらいだと言われます。


いかに新しい価値を生み出すか

澤邊氏:「どう課題を発見し、解決するか」について、SEDA(シーダ)モデル、つまりデザインとアート、サイエンス、エンジニアリングの共創という軸でいろいろ考えています。我々は社内でも、ともするとソリューション的に、課題があって解決するようなことをやりがちですが、エンジニアリングだけ磨いていてもコモディティー化していくところに埋もれてしまう。しかし、アートとサイエンスだけでも答えは出ないので、やはりエンジニアリングとデザインの領域も行ったり来たりしなければいけない。その良いバランスを見つけられる人や組織がこれから重要なのだろうなと思います。

日本IBM執行役員 研究開発担当 森本典繁氏

森本氏:そのバランス感覚というのは、学校とか学問で養うというより、社会に出て、自分の実体験とか経験で養っていく感じなんだろうと思います。

今後、ITやAIが通常のインフラになったとき、みんながITを勉強しなければならないかというとそんなことはなくて、大事なのは、イノベーションを起こす人材です。そもそも、AIに何を解かせたいのかを知るためには、その領域の知識が必要ですし、問題を発見し、解決する能力が要ります。「土地勘」みたいなもの、誰に何を頼めば何ができそうかというイマジネーション、そういうものが今後、求められてくるでしょう。

澤邊氏:今のメーカーや企業を見ていると、ソリューションをひたすら頑張っている気がします。4K、8Kを作るとなるとすごくがんばるけど、いくらやってもそこはコモディティー化してしまうので。

森本氏:昔は製品のライフサイクルが長かったので、1つテクノロジーを作ったら後の人が追いつくまでにだいぶ時間があって、その間に稼ぐことができたんです。でも今は製品のライフサイクルが短いので、すぐにコピーされて量産されてしまう。技術者は日々、技術を上げていって早く生産して量産できるようにしているわけですが、逆に、それが自分の首をしめる、最先端技術としての「寿命」を縮める結果になる。そういう因果な商売になってしまっているのが、このハードウェアの世界です。おいしいところまでやりきらないと回らない。ですが「モノづくり」から「コトづくり」へ、と言われながらも、実践できている会社はほとんどありません。

澤邊氏:ファッション通販のZOZOTOWNが最近、そこに仕掛けてきましたね。そういうベンチャーが日本で現れ始めているので、変わる兆しが来ているとは思います。

森本氏:コトづくりのできる新しいベンチャーが日本のモノづくりの強い会社と組めるような環境がないとこの先厳しいかもしれません。

澤邊氏:僕は、ちょうど高校生の頃にバブルが終わってしまった年代です。全く知らなければ別ですが、バブル期の活気のある日本を知っているからこそ、あの活気を取り戻したいという思いがあります。マニュファクチャリング、工業製品を作るということに日本は非常に長けているので復活させたい。そこに寄与できる活動をしていきたいと思っています。日本人ならではの掛け合わせる能力を発揮して、世界に通用するモノづくりができれば日本をもっと元気にできるのではないかと思います。

森本氏:私もその点について全く同感です。テクノロジーが進化していくと、サイバーとかバーチャルという点から、一転して、フィジカルとかリアルとかそういうものに関する価値が再評価される、ゆり戻しが起きます。そこで、その価値を十分に活かして、フィジカルとサイバーの掛け合わせによって、本当のサイバーフィジカルフュージョンを実現する、それが新しい価値の指針になるのではないかと考えています。
 

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