テクノロジー・リーダーシップ
AIとクラウド時代のスキル育成を支える「技術コミュニティ」の運営術
2020年3月19日
カテゴリー テクノロジー・リーダーシップ
記事をシェアする:
著者:向田 隆
IBMオープン・クラウド・センター、アソシエイトパートナー、ITコンサルタント。
日本IBMのサービス部門において、クラウドなどの新規テクノロジーを活用したシステムの構想策定やグランドデザインの活動を支援。
新たなテクノロジーの出現により、技術者に求められる役割や必要なスキルは、大きく変化していると感じています。このブログでは、企業におけるこれまでのスキル育成の課題点を整理し、その解決策として技術コミュニティが着目されていることを紹介致します。
明文化が難しくなった技術者のスキル
企業でのシステム導入において、必要な人材の育成や確保が難しくなったと感じます。その理由は、AI、ビッグデータ、ブロックチェーンなど、これまでのシステム開発の知見の延長だけでは対応が困難な、全く新しいテクノロジーが出現しているためです。そして、デジタルトランスフォーメーション(DX)に代表されるように、テクノロジーを前提/起点とした新しいビジネスモデルが出現していることも理由として挙げられます。
このような背景から、技術者は従来型の職務で定義された知見/経験を超えて、それをどのようにビジネスに適用していくのか導くコンサルティング能力や、全く異なる発想の技術を取り込むためのプロジェクト管理の能力が求められます。例えば以下のようなケースが該当します。
- ビッグデータのプロジェクトを担うデータエンジニアは、同時にコンサルタントのような要件創出や、アーキテクトのようなデザイン能力も求められる
- 新しいビジネスモデルを定義するビジネスアナリストは、プロジェクトが開始されればプロジェクトマネージャーとしても振る舞う必要がある
企業においては、この新しい要望に対応するために、戦略的にスキル育成をする仕組みづくりが求められています。
現在のトレンドは技術コミュニティによる「共助」
それでは戦略的なスキル育成とは、具体的にどのように進められるでしょうか。
そこで、スキル育成の全体像を、「自助」、「共助」、「公助」の3つの手段で整理してみましょう。
「自助」とは、いわゆる技術者の独学/自習を指します。最近ではITベンダーによる無償のクラウド等のトライアル環境の提供や、国内外の教育機関などもe-Learningを公開しており、従来よりも独学をおこなうためのハードルは極めて低くなっています。但し「自助」は、個々人の意欲や力量にも依存され、企業として組織的/計画的に必要な人材を育成するための充分な方法とは言えません。
「公助」とは、企業における伝統的なスキル育成方法であり、公式マニュアルやガイドの提供や研修を実施することで実現します。各会社のビジネスの方向性と合致するスキル育成ができる利点はありますが、最近の技術変化のスピードに追従した情報の提供が困難であることが課題とされています。
そして「自助」「公助」の間には、それぞれの課題を解決する「共助」という手段が位置付けられます。その具体的な実現策として技術コミュニティ活動が着目されています。技術コミュニティとは、技術者が共通の興味や関心のある事柄(技術トレンド、製品、業界など)について、企業や組織の枠組みを超えて、自主的にスキルを深めていく活動を指します。例えば様々なバックグランドのあるメンバーによるワークグループ活動、技術イベントでの発表による最新のテクノロジーの情報共有などが挙げられます。
最近では技術者だけではなく、営業やコンサルタントなど他の職種のメンバーも積極的に参画しています。さらに、テクニカルミートアップなどの開催による企業間交流も活発におこなわれています。
技術コミュニティ活動は「公助」で課題となった変化の激しい技術トレンドへの対応と、「自助」で課題となった組織的なスキルを育成の仕組みづくりの課題を両立する「共助」の有力な手段として広く認識されはじめています。
企業における技術コミュニティの活動の進め方
日本アイ・ビー・エムでは様々な企業内コミュニティが運営されており、例えばその1つであるTEC-J (Technical Experts Council of Japan)は1999年の発足以来、既に20年以上の歴史を持ちます。現在、800名以上の登録メンバーが活動しています。
その活動例についてご紹介致します。
弊社では、ビッグデータ、AIを活用した新しい形のシステム構築プロジェクトが急増し、必要となるスキル要員を育成することが急務となったため、技術マネージャー/リーダーが中心となり、検討ワークグループを発足しました。
そのゴールとして、時代が求める真の技術者を育成するためのスキル体系を可視化し、それを習得するためのロードマップを創出することで、技術者としてのリテラシーを高めるとともに、 技術マネージャー/リーダーが次世代メンバーを育成するための道しるべとなることを目指しました。
活動を開始するにあたり、社内から広く公募をおこない、研究職、製品開発エンジニア、人事コンサルタント、テクニカルセールス、IT運用者など、多様性に富んだメンバーで構成しました。
検討では、AI等の要素技術に加え、ビジネス面、プロジェクト管理面、および具体的なソリューションのトレンドなど多面的なスキル定義をおこないました。
そして、この活動成果を社内で留めるだけではなく、新しい技術が広く普及することを目指し、社外向け研修としてメニュー化を図りました。これを、IBMコグニティブ・テクノロジー・アカデミー(CTA)としてご提供しています。
下図に示すとおり、CTAでは理論から適用技術、およびそれらを活用した具体的なアプリケーションまで広範囲でのスキル育成を目指した研修として、その結果、現在までに200名を超えるお客様のAI 人材育成をご支援しています。
事例でご紹介したとおり、技術コミュニティ活動は現場の技術者の関心を出発点に情報共有を図り、それを横展開し、さらには業界やお客様にも広く寄与するための仕組みとして大きな役割を果たします。
全社展開に向けて
さて、新しい時代のスキル習得の有効な手段となる技術コミュニティ活動ですが、筆者の経験を踏まえて効果的かつ継続的に運営するためのコツについてご紹介いたします。
1. 多様性を楽しむ
成功する技術コミュニティでは、職種/業務の枠を超えた多様な人材が参画して議論を深めるという特徴があります。技術コミュニティの主催者は、様々なバックグランドを持つメンバー間の会話のプロトコルを調整して、共通認識に導くような多様性を楽しむ素養が必要です。最近では人材の動きも活発になっており、新たな視点を取り入れるためにも、中途入社者の方に積極的に参画して頂くことも成功の鍵となります。
2. ゴールを設定しアジャイルで進める
技術コミュニティは、自主性が求められる活動でもあるので、うまく意欲が継続できずに自然消滅するケースも少なくはありません。最初に、“テクニカルイベントで発表する”や“業務に活用する”などの明確なゴールを設定することが重要です。運用面においては、未知のテーマを扱う場合は当初の仮説が異なることも発生します。その場合は、柔軟に進め方を変更するなどのアジャイルの発想も必要となります。
3. 運営のための仕組みを整備する
技術コミュニティが円滑に運営するためには、それをサポートする仕組みづくりも重要となります。企業内であれば、技術コミュニティの運営をサポートするコア組織を発足する、技術コミュニティ活動を業務と密接に連携するなどの働きがけは有効です。また、遠隔からも参画できる環境の提供や、実施時間の工夫など、多様な人材が参画しやすいインフラ、就労規約面への工夫が必要となります。
技術コミュニティを有効に活用することで今後の人材スキルの強化を推進していただければと思います。
参考リンク「AI人材の早期育成のための教育支援プログラム」
女性技術者がしなやかに活躍できる社会を目指して 〜IBMフェロー浅川智恵子さんインタビュー
ジェンダー・インクルージョン施策と日本の現状 2022年(令和4年)4⽉から改正⼥性活躍推進法が全⾯施⾏され、一般事業主⾏動計画の策定や情報公表の義務が、常時雇用する労働者数が301人以上の事業主から101人以上の事業主 […]
Qiskit Runtimeで動的回路を最大限に活用する
私たちは、有用な量子コンピューティングのための重要なマイルストーンを達成しました: IBM Quantum System One上で動的回路を実行できるようになったのです。 動的回路は、近い将来、量子優位性を実現するため […]
Qiskit Runtimeの新機能を解説 — お客様は実際にどのように使用しているか
量子コンピューターが価値を提供するとはどういうことでしょうか? 私たちは、価値を3つの要素から成る方程式であると考えます。つまりシステムは、「パフォーマンス」、「機能」を備えていること、「摩擦が無く」ビジネス・ワークフロ […]