量子コンピューター
量子を中心としたスーパーコンピューティング:次なるコンピューティングの波を実現する
2022年12月8日
カテゴリー 量子コンピューター
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IBM Quantumのミッションは、有用な量子コンピューティングを世界に拡めること
2016年に初めてクラウドに量子コンピューターを導入して以来、ユーザーがコンピューティングの次の波に備えることができるよう、IBMは業界最高水準のハードウェア、ソフトウェア、サービスを開発してきました。しかし、開発ロードマップを追っていくうちに、今年はもはや単に次の波に備えているのではないことに気がつきました。計算における次の波、そしてそれに伴う有用な量子コンピューティングの実現に着手する準備が整いました。
そこで、IBM Quantum Networkのメンバー向けのプレミア・イベントであるIBM Quantumサミットの今年のテーマに「The Next Wave」を選びました。本日、私たちは、量子コンピューティングの新しいハードウェア、そのプロセッサーから価値を引き出すソフトウェア機能、そしてIBMの製品やサービスがどれほどグローバルな量子コンピューティングのエコシステム構築に貢献しているかを示す10以上の発表を行いました。また、私たちは2023年を大きな転換点として宣言しました。量子通信と量子計算を組み合わせて計算能力を高めながら、量子および古典ワークフローをシームレスに統合するハイブリッドクラウド・ミドルウェアを採用し、スケーリングを可能にするモジュラー・コンピューティング・アーキテクチャーである量子中心のスーパーコンピューティングの実現に向けた準備が整ったのです。
パフォーマンス、価値、普及率の向上
今年、私たちが最初に発表したトップラインは、433量子ビットのIBM Quantum Ospreyでした。これは、これまでで最大の量子プロセッサーであり、昨年発表したEagleプロセッサーの3倍にあたります。OspreyはEagleと同様、マルチレベル配線を採用し、信号経路やデバイス・レイアウトの柔軟性を高めるとともに、ノイズ低減や安定性向上のためのフィルタリングが統合されています。しかし、それ以外にもハードウェアに関する重要な発表がありました。 フレックス配線による新しい高密度の制御信号伝送を検証し、配線密度を70%向上させ、1回線あたりの価格を5倍削減することに成功しました。
また、第3世代の制御システムも発表しました。このシステムは、まもなく1ラックで400量子ビットを制御できるようになり、前世代よりもさらに低価格で提供される予定です。 さらに、その他のパフォーマンス指標である品質とスピードにおいても、量子ボリュームは128から512へと4倍、Circuit Layer Operations Per Second(CLOPS)は1.4kから15kへと10倍向上し、目標の10k CLOPSを達成しました。
しかし、高性能なハードウェアだけでは、有用な量子コンピューティングは実現できません。私たちは価値を提供しなければなりません。つまり、ユーザーがスムーズに導入できる高度な機能を提供する必要があります。今年のサミットでは、いくつかの新機能を発表しました。 まず、ユーザーはAPIに最適化レベルを設定するだけで、Qiskit Runtimeプリミティブにエラー抑制機能を採用することができるようになりました。また、レジリエンスレベルの設定でノブをオンにすることで、高度なエラー緩和策をプリミティブに追加することができるようにもなりました。これにより、さらに高度なエラー緩和による精度向上とオーバーヘッド増加の間のトレードオフを検討することができます。いずれもベータ版としてリリースされた機能で、2025年には完全版が提供される予定です。そして最後に、動的回路(量子ビットのコヒーレンス時間内に古典計算を行い、豊富な回路演算が可能になる)を利用できるようになりました。 動的回路は、特定の量子回路の長さを大幅に短縮するため、有用な量子計算の早期実現のために極めて重要です。
私たちがどのように価値をもたらそうとしているかご理解いただけたと思います。次に、IBM Quantum製品およびサービスの採用を促進することで、量子コンピューターから価値を引き出す方法を量子コミュニティーに示します。 私たちは、教育イニシアティブに投資を続けています。学習者は540万人以上で、量子を前進させるワークフォースを準備しています。
量子ネットワークは拡大しています。アリゾナ州立大学、DESY、IIT Madras、uptownBaselといったイノベーション・センターや、Bosch, Crédit Mutuel Alliance Fédérale、Erste Digital、東京エレクトロン、HSBC、Vodafoneといった新しい産業パートナーを迎え、その数は現在200を超えています。さらに、オープン・プラン、従量課金プラン、およびプレミアム・プランとIBM Quantum Acceleratorオファリングなど、簡素化された製品で量子コミュニティーをサポートし続けています。尚、後者2つはIBM Quantum Networkのメンバーシップに付属しています。
しかし、量子が実用化される時代を迎えるにあたり、私たちは、十分な規模と品質を備えた量子コンピューターが現在のデータ暗号方式を解読し、また、新しい暗号方式に移行するのに時間がかかることを理解しています。そのため、今から準備を始めることが非常に重要なのです。 2016年以降、IBMはこの新しい時代に備えて、標準化団体と協力し、新しい量子安全暗号規格を定義してきました。 今年、米国国立標準技術研究所(NIST)は4つのアルゴリズムを標準化することを決定しましたが、そのうち3つのアルゴリズムはIBM社員の協力によって開発されたものです。 そして今、私たちはこの専門知識をIBM Quantum Safeオファリングとともに業界に提供し、お客様がポスト量子暗号への移行に備えられるようにしています。 IBMとVodafoneは、Vodafoneと通信業界における量子安全暗号への移行に向けた準備のためにパートナーシップを組んでいます。
計算における次の波
私たちは2023年が量子コンピューターの大きな転換点となり、量子中心のスーパーコンピューティングの実現が始まると述べました。 来年は、そこに至るためのステップを踏み出しているのです。
量子中心のスーパーコンピューティングの中心には、高度なミドルウェアが置かれます。これは、並列化されたクラウドベースの量子計算リソースと古典計算リソースにまたがって動作する量子アプリケーションのパフォーマンスを最大化するために構築されたものです。このミドルウェアには、回路ニッティング・ツールボックスが組み込まれています。回路ニッティングとは、古典計算を取り込んで量子回路の計算負荷を部分的に担当させ、どちらか一方だけでは達成できないような計算を行う手法のことです。一方、Quantum Serverlessでは、回路ニッティングの分解を行い、量子回路を並列実行し、古典計算で回路を再構築して最終的な結果を得ることにより、開発者はリソースのプロビジョニングではなく、コードに集中することができるようになります。 今年、回路ニッティング・ツールボックスとQuantum Serverlessのアルファ版を発表しました。2025年には完全版のリリースを予定しています。
当然、私たちはこのスーパーコンピューティングのビジョンに沿ったハードウェアを構築しています。来年には、新しいチューナブル・カプラー・アーキテクチャーに基づく133量子ビットのIBM Quantum Heronプロセッサーをリリースする予定です。Heronでは、モジュール的に組み合わせ、古典通信を取り入れてワークフローを高速化し、回路ニッティングやQuantum Serverlessの機能を活用することができます。 しかし、単にモジュール的に考えるだけでなく、費用対効果の高い方法で拡張していく必要があります。 そこで私たちは、冷凍機の中から指の爪ほどのチップで量子ビットを制御できる、4K Cryo-CMOS量子ビットコントローラーを開発しています。
ソフトウェア面では、スレッド・ランタイムという拡張機能を利用したリアルタイムの古典通信によって、並列量子プロセッサー上で回路を実行できるようになるでしょう。 動的回路を追加し、本来180年かかる回路を18時間で実行できるようになると期待しています。さらに2024年に導入予定のFlamingoでは、長距離カプラーを開発し、この時間をさらに短く可能性としては1ms程度に抑えることができるようになるでしょう。
量子中心のスーパーコンピューティングはどのようなものになるのでしょう? 今年、私たちは、量子中心のスーパーコンピューティングのコア・ビルディング・ブロックとなるIBM Quantum System Twoの設計を発表しました。2023年のリリースを予定しています。 IBM Quantum System Twoは、モジュール式で拡張可能なシステムであり、量子中心のスーパーコンピューターのコア・ビルディング・ブロックとして期待されています。System Twoは、私たちの進化の集大成であり、量子時代の方向性を示す象徴的なアーキテクチャーです。
100×100チャレンジ
すべてを簡素化し、有用な量子コンピューティングを実現することには困難が伴います。IBM Quantumは、パフォーマンス、能力、スムーズな量子中心のスーパーコンピューティングを開発します。 一方で、私たちはユーザーと一緒に、量子コンピューティングのメリットを享受できる潜在的なユースケースを、そして、そのユースケースによって量子優位性を見出すことでしょう。 私たちは、最初の部分を約束します。そして、次の部分を支援するために「100×100チャレンジ」を発表します。
100×100チャレンジとは何だと思いますか。2024年に、100量子ビットと100ステップ分のゲート動作を行う回路について、不偏の観測量を妥当な実行時間で計算できるツールを提供する予定です。このツールを提供できるのも、Heronのおかげです。「スリーナイン(99.9%)」のゲート忠実度しきい値を下回るエラー率のHeronプロセッサーと、古典リソースと連携して回路を読み出すソフトウェア基盤を構築できれば、100×100の回路を1日以内に実行でき、不偏の結果が得られることでしょう。このシステムは、現在の最高の古典コンピューターの能力を超える複雑さと実行時間を持つ量子回路を実行することができるようになります。
私たちのミッション・ステートメントは、有用な量子コンピューティングを世界に広めることです。今年のサミットでは、そのステートメントが現実のものとなりつつあることを示すとともに、今後の展望をお伝えしました。 私たちは、これからも業界最高のフルスタック量子を提供し続けます。そして、そのフルスタック量子システムを活用するかどうかは、業界の皆様次第です。 一緒に、有用な量子コンピューティングを実現しましょう。
本記事は「Quantum-centric supercomputing: The next wave of computing」を抄訳し、日本向けに加筆したものです。
東京基礎研究所 技術理事
入所以来、基盤ソフトウェア等の研究開発に従事。現在、同研究所副所長、量子コンピューティング担当部長
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