テクノロジー・リーダーシップ

ニューノーマル時代のDXプロジェクトの特徴と運営のヒント

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デジタル・トランスフォーメーションへの取り組みは、企業が競争に勝ち残るために今や必要不可欠となっています。その実現を担うDXプロジェクトにはどのような特徴があるのでしょうか。そして、新型コロナ感染症がもたらしたニューノーマル時代においてはどのような課題に直面しているのでしょうか。コロナ禍でDXプロジェクトを推進するにはどうしたらよいか、その対策について考察します。

倉島 菜つ美
著者:倉島 菜つ美
技術理事、インタラクティブ・エクスペリエンスCTO iXイノベーション・リーダー

企業におけるデジタル・トランスフォーメーションのトレンド

デジタル・トランスフォーメーション(DX)の重要性は十分に認識されている一方で、多くの企業にとってDXの実践は容易なものではありません。しかしながら、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、この1年間でDXの推進は急速に加速しています。

IBV(IBM Institute for Business Value)が2020年9月に発表した『新型コロナウイルス感染症はビジネスの未来をいかに変えるか?経営層の洞察が詳らかにするパンデミック後の機会』[1]によると、調査対象企業の59% がデジタル・トランスフォーメーションを加速し、66% は過去に断念したイニシアチブを遂行できたと回答しています。

そして、デジタル成熟度の高い企業は、そうでない企業と比べて業績が高い傾向があることもわかりました。IBMの調査によると、12の業界において、テクノロジーに精通している組織はコロナ禍においても高い業績を上げており、そうでない組織と比べ、収益成長率が平均6ポイント、小売業では最大16ポイント上回っています。[2]
ただし、ここで実践されているDXは必ずしも本格的な変革とは限りません。多くはコスト削減を目的としたビジネスの効率化などにとどまり、革新的な製品やサービスの創出、エクスペリエンス強化やエコシステム拡大と言った取り組みにまで発展できている企業はそう多くありません。

ここでDXとはなにかを確認しておきましょう。
DXについては様々な定義がありますが、ここでは、2019年7月発表の経済産業省のDXの定義を引用します。

――出典:経済産業省ウェブサイト「DX 推進指標」とガイダンス PDFより
『企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること』

本編では、こうしたDXを実現するためのプロジェクト(DXプロジェクト)にはどのような特徴があるのか、そして、新型コロナウイルス感染症がもたらしたニューノーマル時代において、DXプロジェクトを成功させるためのポイントについて考えます。

DXプロジェクトの特徴

これまでの固定概念を打ち破り「新しい製品やサービス、新しいビジネス・モデル」による価値創出を目的とするDXプロジェクトには、いくつかの特徴があります。

特徴1:多様な人材による共創
「ネットとリアルの両面での顧客エクスペリエンスの変革を図ることで価値を創出」するため、DXプロジェクトでは、デザイナー、コンサルタント、データアナリスト、アーキテクト、デベロッパー、プロジェクト・マネージャーなど、様々な専門スキルを保有する人材が協力し、新しく大胆なアイデアを生み出し、素早く形にして具体化します。様々なバックグラウンドの人材が集まると意思疎通はそれだけ難しくなります。

特徴2:要件が明確に決まっていない
DXプロジェクトに求められるのは、様々なテクノロジーを組み合わせ、顧客やパートナー企業、従業員などの様々なステークホルダーへ新たな経験・価値を提供することです。そのために、仮説検証型のアプローチで、様々なアイデアを素早く試行し評価しながら、より高い価値を提供するアイデアを見出し、組み合わせ、形にしていきます。これまでのようにあらかじめ要件を決めて実現するのではなく、試行と評価を繰り返し、その都度、ステークホルダーやマネジメントを巻き込み、素早く判断することが求められます。

特徴3:先進テクノロジーの活用
他社に先駆けて先進的なテクノロジーを活用し市場での優位性を確保するのも、DXプロジェクトの狙いの一つですが、実績のない、あるいは少ない先進テクノロジーの活用には技術的なリスクが伴います。そのため、多くのDXプロジェクトでは、PoC(Proof of Concept)と呼ばれるコンセプトの実現可能性検証を行います。DXプロジェクト=PoCというイメージを持つ方も多いかもしれません。しかし、DXプロジェクトの目的はあくまでも「競争上の優位性を確立すること」であり、PoCはその最初のとっかかりにすぎない点は心しておくべきでしょう。

特徴4:スピード重視のアプローチ
市場での優位性を確保するためには、新しいサービスを誰よりも早く提供することが有効です。新サービスがユーザーに受け入れられない場合でも、ユーザーの反応に基づき早期に方向修正することで新たなチャンスを切り開くことができるかもしれません。こうしたことから、DXプロジェクトでは常にスピードが求められます。Lean Startup, Agile, Garageといったアプローチを採用し、小さく始めてユーザーの反応をみながら素早い判断で軌道修正ができることがDXプロジェクトの成功要因の一つと言えます。

特徴5:計画が立てにくい
これまで述べたとおり、DXプロジェクトは試行錯誤を繰り返しながら新たな価値の創造を狙うため、従来型のプロジェクトのように、計画に対する進捗管理のアプローチでは管理することができません。短期的なゴールの設定やビジネス上の価値に基づく評価と判断が求められます。プロジェクト・マネージャーにとっては最も頭の痛い特徴かもしれません。

ニューノーマル時代におけるDXプロジェクト

【3つの課題】

ニューノーマル時代においては、新型コロナの感染リスクを減らすため、密集や密接、密閉の三密を避け、人との接触機会を減らすことやソーシャル・ディスタンスを保つことなど、生活様式の大きな変容が求められています。
リモートワークには場所を気にせずに働けることや多様な働き方の選択がしやすいことなどのメリットがある一方で、リモートならではのデメリットもあります。特に多様なメンバーによる共創型のDXプロジェクトの場合、リモートワークに伴う課題がそのままチームの成果に影響しかねません。

課題1:認識ずれが起きても気付きにくい

リモートワークにおいては、依頼した作業の内容を相手が十分に理解したかどうか反応が見えづらくなります。また、作業進捗を気軽に確認するタイミングが作りにくく、遅延や課題の検知が遅れがちです。

課題2:信頼関係を構築しにくい
共創のためには、チーム内あるいはお客様との強い信頼関係の構築が非常に重要です。しかしリモート前提のコミュニケーションのみでは、ゼロから信頼関係を構築するのは難しいのが実情です。飲みニケーションに代表される非公式の場の活用がしにくいこともその要因の一つでしょう。また、タフなコミュニケーションの場面で相手の様子や反応が見えにくいことも理由として考えられます。

課題3:ふとした情報からのリスク検知が難しい
これまでのプロエクトにおいては、プロジェクトルームの雰囲気や、座席周辺で交わされる打ち合わせや相談、あるいは雑談の中から様々な情報を得ることができました。そうした中から検知されたリスクは少なくないと思います。また、メンバーの様子や雰囲気から気付ける体調やメンタル面のリスクを拾いにくいという課題もあります。

【お勧めする3つの対策】

1.意図的なコミュニケーション
2.役割分担の明確化
3.コラボレーション・ツールの活用

対策1:意図的なコミュニケーション
リモートならではのメリットとデメリットを踏まえ、意識的に様々なコミュニケーションの機会を設定するコミュニケーション・プランを立てることが重要です。
信頼関係の構築のためには、ミーティングの前に雑談やアイスブレイクの時間をとることや、敢えて「ゴール」のないミーティングを行うことも有効です。
多様な人材が集まるDXプロジェクトでは、自分の常識=相手の常識でないことを、一人ひとりが意識することが必要です。

対策2:役割分担の明確化
詳細な計画の立てにくい共創型プロジェクトにおいては、メンバーの一人ひとりが状況に応じて自律的に動けることが必須となります。そのためには、以下のような内容を明確にし、チームで共有することが重要です。
・目指すべきゴール
・従うべきルール
・役割分担と責任範囲
・判断基準、評価指標

対策3:コラボレーション・ツールの活用
リモートワークでシナジーを出すにはツールの活用は欠かせません。ツールのメリット、デメリットを認識しつつしっかりと使いこなしましょう。
ツール利用にあたっては、ルール化が重要です。ちょっとした工夫で円滑なコラボレーションが可能となります。例えば、以下のようなものが挙げられます。
・Slackのチャンネルとスレッドの使い分け
・ファイル共有の方法
・共有ツールの使い分け(あれどこいった?を避ける)
・Webミーティングのミュート/アンミュート、カメラオフ/オンのタイミング

通知の自動化やデータの自動収集とレポーティング、ツール間連携など、一手間かけることで、さらに効率化できることもあります。

さて、ここまで、DXとは何か、その定義の確認から始めてDXプロジェクトの特徴とニューノーマル時代のDXプロジェクトにおける課題と対策について考えてきました。

まとめ

最後に、私が最も重要だと思うことを共有してこの記事を締めくくりたいと思います。それは、「Empathy(共感)」です。リアルであれリモートであれチームワークに共感力が重要なことには変わりありませんが、多様な人材がリモートワークでコラボレーションするニューノーマル時代のDXプロジェクトにおいてはこれまで以上にその重要性が増していると実感しています。

アクティブに人の話に耳を傾け、仮に同意できなくても理解しようとすること、相手の意見を否定するのではなく、なぜそう思うのかを相手の立場に立って考えること、意見やアドバイスを押し付けないこと、一人ひとりがそうした振る舞いを心がけることで、コラボレーションを加速、スピーディーなDXの実現につながると考えます。

注釈
[1] COVID-19 and the future of business Executive epiphanies reveal post-pandemic opportunities
邦訳版:新型コロナウイルス感染症はビジネスの未来をいかに変えるか. 経営層の洞察が詳らかにするパンデミック後の機会
[2] Digital Acceleration

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