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東京大学 五神 真総長に聞く――人類社会の未来のために「変革を駆動する大学」へ
2018年3月8日
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世界は今、大きな転換点にある。地球環境の劣化、地域間格差、国際紛争の複雑化など地球規模の課題が顕在化する中で、資本主義や民主主義といったこれまで現代社会を支えてきた基本的な仕組みそのものが揺らいでいる。また、急速に進化するデジタル革命は、産業・社会の構造を知識集約型へと大きく変貌させている。大学はこのパラダイム・シフトの中で、人類社会をよい方向に導くために、どのような役割を果たせばよいか――。
2015年4月に第30代東京大学総長に就任した五神真氏は、同年10月に「東京大学ビジョン2020」を発表した。異分野間の対話と連携、さらには摩擦や衝突もシナジーに変えるという「卓越性と多様性の相互連環」こそ、東京大学のあるべき姿だと強調する。その一環として、理系と文系が境界を超えて結集する「次世代知能科学研究センター」や、「スポーツ先端科学研究拠点」の設置など多くの取り組みを進め、「大学が社会変革を進める中心的な役割を担わなくてはならない」と、その意気込みを語る。
一方で日本の大学は今、若手研究者の多くが「任期付き」雇用、つまり非正規雇用となっている。これは大学だけでなく産業界を始め日本社会全体の国際競争力の低下につながる重大事態だ。
そこで、「パラダイム・シフトはゲームチェンジのチャンス」が持論の五神総長に、大学のこうした課題についての取り組みの方向性、将来像について伺った。
目次
東京大学は創立後わずか20年間で、世界のモデルとなる国家の土台を作った
――2015年4月に総長に就任されるとすぐ「東京大学ビジョン2020」(図1)を策定されました。どのような問題意識をお持ちだったのでしょうか。
五神 私は国のさまざまな審議会等の委員を務めていますが、そうした会議に出席して日本の産業力の強化や経済成長のテーマで話し合うと、最後は決まって人材育成、そして大学改革の話になるのです。大学が将来の人材や新しい知をどのように創造していくか、それは社会が活性化し進化するために重要なことです。ところが、現状は大学がそのポテンシャルを十分生かしきれているとはいえません。大学改革の議論になるのは、社会からの大学への期待のあらわれだと思います。
1877年の創立以来の東京大学の歩みを振り返ってみますと、創立後のわずか20年間で、医学の北里柴三郎を始めとして、世界的最先端の研究成果を上げる研究者が次々と生まれました。また、国の基本となる民法典は30代の若い3人の博士が、西洋の民法と日本の伝統的な文化とを整合させる形で作り上げています。こうした実績は最近の20年間と比較してみても、本当に凄い。先輩たちは西洋の先進的な学術を取り入れながら、独自の形で学術を発展させ、世界のモデルとなる国家の土台を築くことに貢献したのです。
外国を模倣するだけでなく、多様な文化や価値を尊重し、普遍的かつ独自のものを創っていく。この先人の姿勢を受け、「卓越性と多様性の相互連環」を「東京大学ビジョン2020」の基本理念としました。
「人材の発射台」だけでなく、社会を大きく変革する大学
――今、科学技術の進化や社会の変化のスピードは目覚ましいものがありますが、現代における大学の役割や使命をどのように考えておられますか。
五神 社会の変化がスピーディに起こる状況の中では、大学は従来のように人材を育てて社会に送り出す、いわば「人材の発射台」として機能していればよいというわけにはいきません。大学自身が社会を大きく変えていくための現場になり、変革の中心として行動しなければならない。そのためには、既に社会に出た卒業生も含めて多くの人々とともに行動する必要があります。大学の役割はとても重くなっています。
グローバル化は、いわば「先進国の価値観に沿った『良い』文化を地球全体に行き渡らせ、人々の生活を豊かにする」というイメージで始まりました。しかし、こうしたいわゆるフラット化は必ずしも皆が求めているものではないことを、多くの人が感じるようになってきました。世界が同じような単一モデルになるのではなく、個々人の多様性を尊重し、それを活力とする中で発展していく、それが今、真に求められているグローバル化だと思います。
本学経済学部の教授に、宇沢弘文という先生がおられました。宇沢先生は、1960年代の市場原理主義経済学の中心であるシカゴ大学で教授をされていましたが、市場原理だけでは人類社会の持続的で安定的な成長はないと考え、東大に戻ってソーシャル・コモン・キャピタル(社会的共通資本)という考え方を提唱されました。教育や医療など、人々が共通に利用するものが人類を幸福にする根源的な資源であるという考え方です。これは個々人の自由な意思による経済活動を尊重しながら、全体を調和的に発展させるメカニズムの重要性を指摘されたものです。最近のCSV(Creating Shared Value)や国連のSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)につながる考え方です。
東京大学では、現在SDGsに着目し、これを学内外の活動の共通目標にしています。SDGsの達成には分野を超えた連携が必須ですので、その異分野融合を促すために、司令塔として、昨年7月に総長室直下に未来社会協創推進本部(Future Society Initiative)という全学的な組織を立ち上げました。SDGsの目標に関連する学内の160以上の研究プロジェクトを学内で募り、分かりやすく公開しています。SDGsの達成という高いビジョンを共有したうえで研究活動を行なったり、産業界と連携を進めることを通じて、人類社会が調和的に発展することに貢献したいと考えています。
日本の高度なネットワーク環境や知恵の集積がゲームチェンジのチャンスを生む
――「デジタル革命によって産業・社会の構造は知識集約型にパラダイム・シフトしている」、と述べておられます。少し解説していただけますか。
五神 例えば、日本のインターネットのダウンロード・トラフィック(通信回線を流れるデータ量)はこの数年、加速度的に増加しています。インターネットの普及率は既に飽和状態と言われていますので、これは利用者が増えたのではなく、データ量の大きい動画や画像が大量にやり取りされているということだと考えられます。このように人々のコミュニケーションは、近年、テキストベースの言葉のやり取りから大きく変化しています。それによって人と人とのつながり方、共感の形が質的に変化しているのです。ポスト・トゥルースというのもそのあらわれだといえます。一方的な情報拡散によって、情動が大きなうねりとなって大きな力を持つのです。それがポピュリズムの台頭などとも密接にリンクしながら広がっています。
こうした情報通信技術と、それを活用する新しい技術の発展によって産業・社会は大きく変わります。サイバー空間上には、これまでインターネットによって蓄積されてきた大量のビッグデータがあります。物が人を介さずにインターネットにつながるIoT技術によって、サイバー空間上のデータ量は一気に膨れ上がるはずです。それを人工知能などの最先端の技術で活用する可能性も見えてきています。これは、私たちの住むリアルな空間とサイバー空間とが高度に融合した新しい世界の誕生を意味します。そこでは、第1次、第2次、第3次の区別なく、すべての産業において、価値創造の中心が、「物」から「知の活用」に移るのです。例えば農業のように、これまで資本集約型の成長モデルの中では生産性を高めることが難しかった分野でも、リアルな空間とサイバー空間を融合させたスマート化を行なうことで、生産性を高めることが可能になります。これが、知識集約型の産業・社会へのパラダイム・シフトです。
私は首相官邸で行われている未来投資会議の民間議員を務めていますが、そこでは、このパラダイム・シフトをチャンスととらえて、男女、老若、都市と地方の格差など、これまで解決が困難だった社会課題を解決し、個の多様性を活かしたよい社会をつくるための具体的な施策について議論を重ねています。そして、その未来像を「Society 5.0(超スマート社会)」と呼んでいます。
資本集約型の成長モデルの時代は、高速道路や港が整備された大都市圏が経済的には圧倒的に有利でしたが、知識集約型に転換すると、高速で安全なネットワーク環境や、それを活用する技術や知恵を持った人々が集まる場所が産業の集積地になります。その意味で、各地の大学とその周辺地域は知識集約型産業の中心地になれます。つまり日本の多くの地域にゲームチェンジができるチャンスがあるのです。
さて、2030年の日本の人口分布を見ると、団塊世代は80代になっています。また、生産年齢人口に占める要支援・要介護者の割合は13%を超えると予想されています。このまま少子高齢化の傾向が続き、要介護の高齢者が増え、団塊ジュニアの世代の多くが介護離職をしなければならない事態になると、日本の労働力人口が大きく減り、日本の活力は大幅に減退します。これを避けるためにはまず、高齢者がそれぞれ健康で生きがいを持って生産活動に参画しつづける社会へと変革する必要があります。パラダイム・シフトの機会を生かして、そのような社会の実現に向けてできるだけ早くゲームチェンジをすべきです。
大学は、全世代の人がゲームチェンジに参加できる場として開放されなければなりません。特に東大はその役割が大きく期待されています。どこよりも先に、男女差や年齢差、ハンディの有無に関わらず、だれもがそれぞれの多様性を尊重しながら力を発揮できるインクルーシブ(包括的)なキャンパスを実現したいと思っています。
超高速の学術ネットワーク(SINET)の、途方もないポテンシャルを生かす
――Society5.0を支える情報ハイウェイとして、学術情報ネットワーク(SINET)の活用を訴えておられますね。
五神 SINET(図2)は、47都道府県の850以上の大学や研究機関を100ギガbpsという超高速通信速度でつないでおり、知識集約型社会における途方もないポテンシャルを秘めています。もともとは素粒子物理学実験などで扱う膨大なデータや学術情報のやり取りを想定して備えたものですが、これほどの超高速ネットワークが既に全都道府県に張りめぐらされていることをほとんどの人は知りませんでした。
先ほど述べたように、近年は、サイバー空間上に蓄積された膨大なビッグデータを人工知能技術などの新しい技術を使って解析し、それをリアルタイムで活用し、価値創造を行なえる可能性も見えてきています。また、数年以内には低軌道の観測衛星を使った膨大な衛星写真や気象データ等をインターネット上に公開し、日々更新することも可能になると言われています。そのためにこれから新たに情報ハイウェイを開設するのは多大な労力を要しますが、日本には既にSINETという基盤があるのです。各地域の大学が拠点になってSINETを活用すれば、既存のインフラで即座にSociety 5.0を先取りすることを産学官民の連携で進めることができるのです。このように日本は他国が一朝一夕には追い付けないさまざまな強みを持っています。本格的なデータ活用により、強みを最大限に活かすことで産業の生産性が向上し、これまで以上の高い付加価値を得ることができるようになります。知恵が価値を生み、個を活かす社会への転換に向けて、大学が起点となってゲームチェンジを先導すべきです。知や人材が集積する大学が全国にくまなく配置されているのも、日本の大きな強みの1つです。
企業が連携するためのプラットフォームを大学が提供する
――大学が日本の強みだとおっしゃる理由を、お聞かせください。
五神 先ほど述べたように、日本には時間が残されていませんので、スピーディにゲームチェンジを起こさなければなりません。その時に重要なことは、新しい人材を育てることだけでなく、今既に社会に出ている人材同士を繋げ、その潜在力を最大限に活用することです。その意味で、大学は投資すべき対象がよく見えています。例えば私の研究室は、29年間に100人近くの卒業生を送り出してきました。彼ら彼女らがどこでどんな仕事をしているか、どんな強みを持ち何をしたがっているか、ほぼ把握できています。大学が中心になって、その人脈を戦略的に生かして、産業界を始めさまざまなセクターを巻き込みながらゲームチェンジを主導することが可能なのです。これは、東大だけでなく、他の大学の強みでもあるはずですから、こうした発想の取り組みがどんどん広がることを期待しています。
私たちが目指すべき方向はかなり明確になっています。これまでは、シリコンバレーを舞台に、例えばIT企業など多数の大学発ベンチャーを輩出しながら経営基盤を強化していった米スタンフォード大学が大学としての1つのモデルでしたが、今はその先を考えるべきです。
日本の学術は、理系・文系ともに非常に高度で特殊な強みを持っており、それが世界の知の多様性を豊かにすることに貢献しています。それを生かすためには、世界のどこにもない日本独自の大学モデルを創造する必要があります。その強みは日本社会全体に広がる深い人的ネットワーク。信頼関係と言ってもいいでしょう。
一方、日本はメンバーシップ型の雇用文化がこれまで主流だったので、組織の枠を超えて新しいチャレンジをするという機能が弱い点に課題があります。そこで大学が持っている人的ネットワークを生かして、企業やそこにいる人々がバリアなく連携したくなるようなプラットフォームを大学が提供したり、あるいは会社の技術を使ってベンチャー企業を起こしたいという卒業生がいれば、それをその会社とともに支援するプラットフォームに大学がなるのも良いと思います。単に他の国のモデルを真似するのではなく、日本の社会構造の課題を踏まえたうえで、効果のある独自の方法を考えることが重要なのです。
2016年に東京大学が設立した投資事業会社「東京大学協創プラットフォーム開発(株)」(※)は世界の大学と比べて珍しい形の投資を行なっています。これは、ベンチャー企業に早い段階から直接投資する通常のベンチャー・キャピタルとは異なり、ベンチャー・キャピタルにも投資する会社です。どういう領域が今後の社会に必要か、日本のどの領域に強みがあり、どこを伸ばすべきかということを、大学の知を活用して見極め、それぞれの分野に強いベンチャー・キャピタルに投資するのです。大学の知を使って将来の産業のあり方をデザインしたいと考え設立したものです。
(※)世界に羽ばたく東大発ベンチャーたち ――なぜ、東大から次々と有望な起業家が生まれるのか(Mugendaiより)
東大関連ベンチャーの時価総額は約1兆4000億円に
――ところで東大関連ベンチャーは17社が株式公開し、市場で高く評価されています。現状をどうご覧になっていますか。
五神 東京大学はベンチャー育成には10年ほどの歴史があります。東京大学関連のベンチャーは今では300社を超え、そのうち17社が株式上場しています。全体の株価の時価総額合計は約1兆4000億円です。
この10年で学生の意識はずいぶん変わりました。安定した大企業に入るという状況に変化が生まれ、ベンチャー志向も強くなっています。大企業や官庁などに入って活躍している人も、40歳ぐらいで新分野にチャレンジするため転職する人も増えてきました。前向きにチャレンジする若者が増える傾向があるのは喜ばしいことです。
こうした新しいチャレンジを後押しするために、ベンチャーを育成するインキュベーション施設を今の3倍に近い1haに拡大する予定です。また、同施設を利用するベンチャーの事業化活動の支援をする際に、現金に代えてストックオプションで払えるようにするなど、さまざまな工夫を考えています。
理系と文系が協働し東大の総合力を生かす
――「次世代知能科学研究センター」や「スポーツ先端科学研究拠点」という分野横断的な組織を設立された狙いはどこにあるのでしょうか。
五神 「次世代知能科学研究センター」は、現在のAI技術の枠組みや限界を超えて、真に人間のためになる次世代の知能科学の確立を目指しています。そこではまさに異分野間の対話と連携、「卓越性と多様性の相互連環」が必要となります。
例えば、今、人工知能の技術の中でもディープ・ラーニングという技術が注目されています。これは、普通の計算プログラムではとてつもなく時間がかかるような問題について、ある程度満足のできる答えをスピーディに出すところが強みです。しかし、これは、インプットした情報から結論を出すまでの計算過程がブラックボックスになっていることなど、特殊な性格を持った技術です。そのため、今はうまく機能していると思っていても、全く想定しないくらい大きく間違った結論を急に出す可能性がないとは言えません。こうした人工知能の性格をよく理解し、これを上手に活用できるようになるために、先進的な研究が必要なのです。また、すべてのモノがインターネットにつながるIoTの時代は、セキュリティも非常に重要なテーマになります。
「スポーツ先端科学研究拠点」は、SDGsの中でも「すべての人に健康と福祉を」という目標に関係しています。共感性の高い「スポーツ」をテーマとして、身体機能のより深い理解や、トレーニング手法の開発、ハンディのある人を補助する装具の開発に取り組んでいます。これは、超高齢社会を迎えても、より多くの人々が意欲を持って生産活動に参加できるように、人々の健康寿命を延伸することを目指した重要な取り組みです。未来を先取りすることを意識しながら、スポーツと健康を切り口にして理系と文系が協働し、東大の総合力を生かしていきます。2020年に東京で開催されるオリンピック・パラリンピックに向けて気運を高め、活動の輪を広げたいと考えています。この研究拠点には全学の26部局中16部局が参加しています。予想以上に多くの仲間が結集してくれました。スポーツ選手も「東大がスポーツに真剣に興味を持っていることが分かってうれしかった」と共感して参加してくれています。
目立って増加する「任期付き雇用」の若手研究者。危惧される国際競争力の低下
――東大に限らず、日本の大学では今、任期付き雇用の若手教員や研究者が増えており、これが「能力ある人材や研究を活かせず、国際競争力の低下などを招いている」と危惧されています。原因はどこにあるのでしょうか。
五神 2004年の国立大学法人化以降、大学は「運営」ではなく「経営」するというのが国の方針です。人材の活用は経営にとって最重要項目の1つです。そこで私は副学長になった2012年、東大の教員を「任期なし」(安定雇用)と「任期付き」(非正規雇用)に分けて年齢別に調べ、2006年と比べてみました(図3)。
すると、「任期なし」が6年間に536人減る一方、「任期付き」は逆に1520人も増えていました。減った536人のうち421人は40歳未満の若手です。
この背景には、国立大学の安定財源である政府の運営費交付金が毎年減額され、併せて定年延長が行われる中で、若手の「任期なし」の雇用が抑制されてきたことがあります。加えて、大学の予算の中で競争的資金の割合が増加し、その競争的資金の多くが時限付きのプロジェクトを支援することを目的としていたために、プロジェクトの期間に合わせた任期付きの雇用が増えました。結果として多くの国立大学で若手の雇用の不安定化が一気に進んでしまったのです。
「任期なし」の雇用が無条件で良いとは思いませんが、例えば私の場合は30代前半で「任期なし」のポストを与えられ、「30年スケールで研究してくれていい」と言われたおかげで、腰を据えて研究と人材育成をすることができました。こうした長期視点に立った研究が、未来の学術を創っていくのです。
卓越した研究と人材育成を行うためには、研究者が長期的な課題、構想に取り組む環境が必要です。この環境がなければ海外への人材流出などにもつながります。東京大学では2006年から2016年の間に40歳未満の「任期なし」の雇用は903人から383人へと、520人も減ってしまいました。これは、未来の学術資源の喪失です。日本の国際競争力の低下を招く大変な人的資源の損失です。
自分の先輩たちの不安定な雇用環境を見た学生たちが、博士課程への進学をためらうのは当然だと思います。2001年に41.9%だった東大の博士課程進学率は2016年には26%に減っています。大学の価値の源泉は言うまでもなく人ですから、若者が研究人生に希望を持てるようなメッセージを大学として出していかなければなりません。この回復が急務で、最重要課題として取り組んでいます。
共鳴してくれる大勢の仲間とともに東大の責任を果たす
――我が国では「人こそ日本の資源」と長年言われてきましたが、これでは少子化と相まって今後が非常に心配です。
五神 全国には「大学の厳しい財政状況の中で運営費交付金が増えない以上、若手の安定雇用を増やすことは難しい」と言われる学長さんが多くいらっしゃいます。また、内閣官房の平成29年度秋の行政事業レビューでは、「国立大学若手人材支援事業」を始めとして、若手研究者支援のための文部科学省のいくつかの事業が「廃止すべき」または「見直すべき」とされました。このように、若手支援の取り組みが全国に「廃止」とアナウンスされることのダメージは致命的です。これからの未来を担う若い世代に向けてマイナスなメッセージになってしまうことが心配です。
――こうした状況下、東大では高度な研究水準の維持に向けてどのような対応を考えておられるのでしょうか。
五神 例えば、時限付の競争的資金を雇用財源としているために「任期付き」で雇用している教員の中には、競争的資金を繰り返し獲得することで、結果的に長期間雇用しているケースも多々あります。結果として長期間雇用できる見込みがあるのであれば、不安定な雇用を続けるよりも安定雇用にしたほうが、研究者は腰を据えて研究できるので、より質の高い業績を上げることができます。そこで、競争的資金を原資としていても、東大として手放すべきでない優秀な研究者については、各部局の判断で任期なしの雇用に切り替えることを可能にしました。万一財源が途切れた場合でも、大学全体の予算のスケールメリットを生せば、その雇用を保証することも可能です。また、若手研究者が創造する新たな価値が、新たな財源を呼び込むことにもつながるのではないかとの期待も持っています。
この他にも東大独自の若手支援制度を多数導入し、2年間で既に89人の「任期なし」雇用を回復しました。私は未来投資会議を始め国のさまざまな審議会に委員として参加しており、国の政策作りにも携わる立場なので、こうしたグッドプラクティスを率先して行ない、共鳴してくれるたくさんの仲間とともに日本の大学全体の活力向上に繋げる努力をしていきたいと考えています。
先ほど述べたように大学を舞台に産業・社会のゲームチェンジを駆動するためには、大学の財政基盤を強化し、大学の活動を充実させる必要があります。そのために国立大学はこれまで以上に多様な財源を確保していく必要があります。大学に資金を呼び込むには、大学に投資をしたいと、いろいろな方々に思ってもらえるような活動をすることが何より重要です。東大は知の蓄積という意味では欧米のトップ大学を含む他の大学と比べても圧倒的な強みをたくさん持っています。ありがたいことに、東大と共同研究をしたい、東大に寄付をしたい、あるいは出資をしたいというご相談を、国内外問わずさまざまな方からいただくようになりました。そういう方々が関心をお持ちの学問分野は実に多様です。
いま大学に求められていることは、さまざまな人の知恵を組み合わせ、より確固とした知の体系を築くとともに、産学官民のあらゆるセクターと連携して、より良い社会をつくることに大学がどう貢献するかということです。私は東大がそういった意味で、「人類社会全体のために変革を駆動する大学」であり続けるよう、先頭を走ってまいりたいと思っています。
TEXT:木代泰之
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