Mugendai(無限大)
製造業の100年続く「構造的欠陥」を変革する――ウィズコロナ時代に勝ち抜く「CADDi」からの提案とは
2020年8月25日
カテゴリー Mugendai(無限大)
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その技術力の高さから「日本の底力」と評される町工場。日本が誇るべきインフラだが、新興国の台頭、国内産業の空洞化、赤字経営、後継者不足などが重なり、この30年で工場数は半減した。
そんな現状を打破しようと、画期的な部品加工の受発注プラットフォーム「CADDi」を開発して改革に乗り出したのが、キャディ株式会社(加藤勇志郎代表取締役)である。発注元の大手メーカーと、キャディが加工を委託する全国の町工場を最適な形でマッチングするシステムには、創業から3年足らずで、600社のパートナー企業と5,000社の発注元メーカーが参加。パートナー企業には安定した収益を、メーカーには大幅な工数削減をもたらしている。
この春、キャディはコロナ拡大で需要が急増した人工呼吸器向け部品の大量生産を、自動車や産業機械の部品を手掛けているパートナー企業に発注して迅速に対応し、その実力を示した。加藤氏と同社CTOの小橋昭文氏は今年4月、Forbes Asia主催の「アジアを代表する30歳未満の30人」に選ばれている。
コロナ禍では国内外のサプライチェーンの停滞が生じ、BCP(事業継続計画)が問われているが、加藤氏はウィズコロナ時代の製造業が生き残るための問題提起として、「分散」「集約」を両立させる「オープン化」と「リモート化」での対応を訴える。製造業の長年の課題に挑戦する加藤氏に、注目のビジネスモデルやコロナ禍における対応について語っていただいた。
(この取材はWeb会議システムを介して行いました。)
目次
町工場の下請け構造は100年間、イノベーションが起きていない
――キャディは「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」というミッションを掲げておられます。そこに込められた思いをお聞かせください。
加藤 日本には高い技術力や得意技を持つ町工場(中小企業)がたくさんありますが、全体の75%は赤字経営で、過去30年間に約半数が消滅しました。
私は大学(東大経済学部)卒業後コンサルティング企業のマッキンゼーに入社し、日米欧や中国の輸送機器、建設機械、医療機器、消費財など大手メーカーの部品調達を支援する仕事を担当しました。どのメーカーも調達に膨大な管理工数がかかり、最適な発注が困難でかつ高コストという悩みを抱えていました。
一方、部品を製造・加工する町工場の側も、メーカーの依頼で多くの相見積もりを提出しても、実際に受注できるのは2割ほどしかなく、赤字経営や廃業に追い込まれていました。
世界的に見れば、日本の製造業のポテンシャルはとても高く、「メイド・イン・ジャパン」のブランドは健在です。日本のモノづくりは約180兆円で、そのうち120兆円は部品調達が占めていますが、この部品調達のプロセスの分野は100年以上、イノベーションが起きていません。
「モノづくり産業のポテンシャルを解放する」というミッションには、テクノロジーを駆使して、日本の製造業全体がもっとそれぞれのポテンシャルを発揮し、安定成長ができるようにしたい、という思いを込めています。
数千点の部品の1つ1つに相見積もりを取る非効率さ
――発注・受注の双方が苦労しているという部品調達ですが、現状ではどのように取引が行われているのでしょうか。
加藤 大手メーカーが作る装置は、半導体や液晶パネル製造、食品・包装機械や各種検査装置などさまざまですが、多品種少量生産の領域では、1つの装置に数千点の特注部品を使います。メーカーは本来であればその1つ1つの部品について最適発注ができれば良いのですが、その数が膨大なため下請けである複数の町工場にまとめて数百点の相見積もりを出させます。その中から一番安いところに発注し、さらに「あと5%下げてくれ」「10%下げてくれ」と価格低減の交渉をします。今の下請け構造では、ほとんどの町工場は1~2社に売り上げの大半を依存しているため、結局要求を飲まざるを得ず、赤字を出し倒産していくのです。
例えば、板金加工の会社は全国に約2万社ありますが、その9割以上は従業員9人以下の零細企業です。コロナ禍で取引先が不景気になると、町工場は途端に経営に行き詰まってしまいます。
高い技術を持った町工場には、外部環境に左右されずに本来の強みを発揮してほしい。そのために開発した受発注プラットフォームが、町工場とメーカーをマッチングするCADDi(図1)なのです。
メーカーは10~20%のコストダウンが可能になる
――御社は創業以来3年足らずで目覚ましい成長を遂げています。CADDiのビジネスモデルや受発注者相互へのメリットについてお聞かせいただけますか。
加藤 CADDiにはパートナー企業である町工場から提出していただいた材料単価など数十項目の共通データのほか、訪問やヒアリングで得た加工機械の種類、技術力、加工に必要な時間など、個別のパラメーターがたくさん入力してあります。
メーカーが、発注したい部品の3次元CADデータとともに材質、数量、溶接、塗装、メッキなどの図面や仕様をCADDiにアップロードすると、CADDiは双方のデータを独自開発したアルゴリズムで分析し、生産に最適な町工場を選び出して価格と納期の見積もりを(3DCADでは最速7秒後に)回答します。メーカーがOKすれば、契約成立です。
特注部品は板金、切削、製缶など多方面にわたり、従来の調達では膨大な管理工数がかかり、見積もりを取得するのにも数日から2週間も要します。その点、CADDiに任せていただけば、メーカーはさまざまな技術を要する部品の見積もりを瞬時に得られ、一括して買うことができます。管理工数が減るほか、最適な工場で作るので原価を安くでき、10~20%のコストダウンが可能になります。
町工場はひたすら相見積もりを出す徒労から解放され、安定経営に
――町工場の側にはどのようなメリットがあるのでしょうか。
加藤 町工場は、相見積もりの作成が不要になることが大きなメリットの1つです。社長さんの仕事の半分は見積書の作成に費やされています。昼は工場で働き、夜や週末は見積書を作るというパターンですが、受注率は2割ほどで、残りは無駄な作業になってしまいます。
CADDiは、相見積もりなしで最適な1社を選び、原価を積み上げ、適正な利益を乗せた上でメーカーに提示します。ロジックに合わない感覚的な価格提示は行いません。
これまで町工場は1業界や1社への依存度が多かったのですが、CADDiを使えば複数業界との取引が可能になります。「受注のブレが減り、経営が安定した」という評価をいただいています。
現在、加工を委託するパートナー企業は600社を超え、メーカーは、装置・産業機械メーカー1,500社を中心に計5,000社を突破しています。創業当時は町工場を1社ずつ訪問して参加を呼びかけていましたが、今は町工場から仲間の町工場を紹介されるケースが増えてきました。
CADDiのアルゴリズムは共同創業者であるCTOの小橋昭文が開発しました。小橋は米スタンフォード大学大学院で電子工学を専攻し、米国を代表する航空機・宇宙船の開発製造会社やアップルなどで働いた経験がある技術者です。
社長自身も週に5社ぐらい町工場を訪問
――町工場から技術や単価などのデータを集め、一方でメーカーから受注するには、双方からの信頼が不可欠だと思います。日ごろどのような努力をされているのでしょうか。
加藤 テクノロジーの活用は当社の強みですが、それだけでは信頼は得られません。営業担当が工場を訪ね、実際にモノを見て擦り合わせるというアナログ的な作業が必要です。裏ではシステムが動いて品質・価格・納期において最適な発注を可能にする。つまり人間的でアナログな部分とデジタルの両方が不可欠です。
私自身も週に5社ぐらい訪問しています。パートナー企業の経営者の平均年齢は40代後半の働き盛りで、これから20年以上会社を経営していく人たちです。将来の事業成長や安定性について不安を持っておられる方も多く、一緒に力を合わせて行こうという気持ちです。
「オープン化」と「リモート化」で、コロナによるサプライチェーン断絶に備える
――今、コロナ禍はモノづくりにも大きな影響を与え、サプライチェーンの見直しが進んでいます。コロナのインパクトをどのように見ておられますか。
加藤 コロナは過去のSARSやMERS、エボラ出血熱などの疫病と比較しても類を見ないスピードで感染拡大しており、いつ収束するのか分かりません。ワクチン開発にも時間がかかるので、人類社会はこの問題に10年ぐらいのスパンで取り組む必要があると思います。
リーマンショックでは、日本の実質GDPが元に戻るまでに5年かかりましたが、コロナでは5年以上かかるという前提で対応しなくてはいけません。
今回、サプライチェーンのあちこちで断絶が生じました。町工場の仕入れ先には材料の1次加工会社、材料商社、材料メーカーがあります。販売先には装置メーカーがあり、その先は半導体メーカーや食品工場につながり、更に何層にも重なって最終消費者にたどり着きます。
この長いサプライチェーンのどこかで感染が起きたり、ロックダウンによって生産が止まったりした瞬間、部品の調達難や、納期遅延が発生します。
ですから、「ウィズコロナ」「アフターコロナ」の時代はそういった状況に備えたリスク分散が非常に重要となります。私たちはウィズコロナやアフターコロナに向けて、「オープン化」と「リモート化」という新戦略を提案しています。
「分散」と「集約」の両立がオープン化の第1歩
――まず、製造業の「オープン化」について、具体的に説明していただけますか。
加藤 私たちの試算では、今のコロナの感染力を踏まえると、1年のうち40%ぐらいはサプライチェーンがどこかで断絶している可能性があります。これに備えるには、まずメーカーにとっては調達先の、また町工場にとっては販売先の分散化が必要になります。サプライチェーンの中の1社が倒れたらおしまい、では困るのです。
しかし、分散化すると当然取引コストは上がってしまうので、同時にそれを下げるための集約化が必要になります。すなわち分散と集約の両立、つまり集散両立化がオープン化における最も大事な考え方です。
CADDiを利用していただくと調達先や販売先のどちらにも集散両立化が実現できます。CADDiの仕組み上、ネットワーク上に調達先や販売先が分散しているのでリスクが減り、サプライチェーンのどこかにトラブルがあっても、別の相手と取引ができるので、断絶する心配はなくなります。
オープン化の2つ目は製造のセミファブレス化です。非常時にはメーカーも町工場も製造や組み立ての能力を確保することが大切です。自社工場を分散するだけでなく、OEM(他社ブランドの製品を製造する)工場を複数確保しておくべきです。
3つ目は設計のDFM(Design For Manufacturing:製造容易性設計)志向です。メーカーの図面は何十年も前の図面に追記を重ねてきたため、分かりにくく作りづらいものがあります。親しい町工場なら「よしなに」でうまくいきますが、新規サプライヤーだと初見で目的の製品を作ることは困難です。
デザインは機能性と意匠性だけでなく、これからは製造容易性を第一に考え、明瞭で製造しやすい図面に変えることが求められます。ウィズコロナにおける多品種少量生産の時代には、いろいろな会社がいろいろな機械で作れる体制を整えておくことが大切です。
――次に製造業の「リモート化」についても説明をお願いします。
加藤 まずデータ化やアクセシビリティにおけるリモート化というのは、データを紙やベテラン社員の頭の中ではなくネット上に置き、必要な時に安全にアクセスできるようにすることです。暗黙知はデータ化しておかないと、リモートワークになった途端に役に立たなくなります。
コミュニケーションのリモート化は、会議や共同作業だけでなく、人の交流やカルチャー形成の面でも不可欠です。現場であれば、上司や先輩が部下の画面をのぞき込んで助けられますが、リモートだと難しいので、要件に応じてリモートのツールを選ぶことが大切です。
最後は実物ハンドリングのリモート化です。製造業は実物を扱うので、実はここが一番難しいです。製造、物流、受入、検査などの段階で人が触って調べるのが基本なので、どの仕事を無人化するか、よく考えなくてはいけません。
医療機器の部品生産で数十~100倍の注文をこなす
――コロナでは、製造業も大きな打撃を受けています。業種別に見ると、どのような状況なのでしょうか。
加藤 アンケートで各社の動向をお聞きしたところ、7割ぐらいの会社で生産が2割減という結果が出ました。全体平均では1~2割減ではないでしょうか。最も影響が大きかったのは、やはり航空機系で90~95%減です。自動車製造ライン系も一時50%ぐらい打撃を受けました。逆に好調なのは半導体系でコロナに関係なく生産が続いており、医療系も需要が増えています。
医療分野では、CADDiを使って医療機器や医療用製品製造装置の部品の生産に関わりました。いつもの数十~100倍という注文数なので、従来取引のある工場だけでは足りず、自動車や産業機械の部品を手掛けている工場にも依頼して作ってもらいました。CADDiの仕組みによりオープン化を実現して、医療に貢献することができました。
町工場のファイナンスをサポートしたい。いずれ世界展開も
――CADDiの対象範囲は、当初の板金加工から金属切削、製缶へと広がってきました。この先の計画として、世界での事業展開や、町工場へのファイナンス支援を挙げておられます。将来の展望をお聞かせください。
加藤 サプライチェーンをより強固かつスムーズなインフラにするために、やりたいことは20テーマぐらいあります。中でも海外展開はアジアから欧米まで、加工工場もメーカーも共に手掛けたいと思っています。
ただ、現在対象にしている板金、金属切削、製缶は市場規模がいずれも約2兆円あり、CADDiはすべてを扱っているわけではないので、当面は各分野の内容を充実させていくことが先決だと思っています。
ファイナンスについては、町工場のキャッシュフローはとてもきつく、注文を受けて資材を購入し、生産して納品し、入金があるまでに4~6カ月もかかります。もし、その間に次の資材購入のための資金繰りが厳しい状況になれば、私たちが当面の運転資金を入れるといったポジティブなサポートをしたいと考えています。
TEXT:木代泰之
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