Mugendai(無限大)
IoT×地方創生。自治体の枠を超えて「誰でも使える」テクノロジーを
2020年5月28日
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自治体間連携の必要性が叫ばれて久しい昨今、課題となっているのがIT活用方法の知見共有である。2015年度から2019年度にかけて行われた地方創生政策の目玉「まち・ひと・しごと創生総合戦略」においても、過疎地域を中心にITを使ったさまざまなサポートが実施されたが、単発で終わってしまっていることも多い。求められているのは、あらゆる自治体にとって活用可能なソリューションのプラットフォームとシステムを運用できる人材だ。
地方や都市部のスマートシティ化に取り組んできた東京電機大学准教授の松井加奈絵氏に、テクノロジーを用いた地域課題の解決法について語ってもらった。
地域課題のソリューションを横展開するプラットフォーム
――松井さんの研究室では、センサデータを用いたデータ駆動型アプリケーションやシステムの研究、開発、実装に取り組まれています。その中で、地域ごとのソリューションをプラットフォーム化して横展開するための「Digital Village Platform」(デジタル・ヴィレッジ・プラットフォーム、以下「DVP」)の開発も進めているそうですが、これはどういったものなのでしょうか。
松井 DVPは、「Society 5.0」と呼ばれるデータ駆動型社会を実現するための土台となるテクノロジーの一つとして開発したものです。IoTデータを活用するデータ駆動型社会では、当然ながらそのデータを流通させるプラットフォームが必要となります。
DVPは「Village」という名が入っているように、人口の少ない地域を対象としたプラットフォームを目指しています。技術的には、長野県小谷村のような中山間地帯から都市部に至るまで、抱えている課題が違う地域であっても、必要な機能は互いに転用できるような柔軟なアーキテクチャとしている点が特徴です。このDVPで開発されたソリューションは、「地域課題流通マーケットプレイス」(Digital Market Place in DVP、以下「DMP」)を通じて、2021年4月から自治体向けに販売開始予定です。日本IBMのAI Applications事業部にも、IBM Maximoソリューションの提供や技術支援などこのプロジェクトにご協力いただいています。
――DVP開発のきっかけとなった「おたりスマートソンプロジェクト」ですが、このプロジェクトはどういった経緯で始まったものなのでしょうか。
松井 きっかけは、2018年に行われた京セラコミュニケーションシステム株式会社(KCCS)主催の、「Sigfoxで生活を楽しくするIoTアイデアコンテスト」という、IoTネットワークを活用する学生向けコンテストです。当時、私の研究室のメンバーだった河西龍彦さんと、別の研究室にいた西垣一馬さんが、「格安スマート水田でIoT導入を手軽に実現」という水田の水位管理システムを応募したところ、優秀賞に選ばれました。
通常なら「賞を取った」で終わるところなのですが、このときはたまたま主催者側に小谷村とご縁のある方がいらして、「せっかくなら入賞したアイディアを実証してみないか」というお話をいただきました。そこで、小谷村やKCCSのグループ会社であるKCCSモバイルエンジニアリング株式会社と共同でスタートしたのが、水田の水管理をIoTデバイスで省力化しようという「おたりスマートソンプロジェクト」なのです。DVPやDMPのプラットフォームデザインは、ここで得たものが基礎となっています。
――たまたまご縁が生まれてプロジェクトの舞台となった小谷村も、地域ならではのニーズや課題があったと思います。
松井 そうですね。小谷村は長野県北部に位置する面積251平方キロメートルの村です。ほぼ同じ面積で人口7万人の山梨県南アルプス市と比較すると、小谷村は人口3千人弱――広い村域に少ない人数で暮らしていることになります。人が分散して住んでいるため、移動やコミュニケーションに時間がかかり、村内でも地区によって雨や雪が降っていたり、晴れていたりと気象にも違いがあります。
また傾斜地が多く棚田での稲作が行われています。段々に連なる棚田の景色はとても美しいのですが、生産効率はあまりよくありません。水田水位の確認も、田んぼを一つずつ人の目で見なければいけませんでした。そこで、私たちが実証実験に臨んだのは、水位の状況をセンサデータからモニタリングできるようにすることで、兼業農家が多い生産者の方々の貴重な時間を節約しようという水田水位の監視システムでした。
松井 もちろん、他にも課題はいくつもあります。DVPではこの水田水位管理システムだけでなく、気温や湿度などの環境データ、土壌情報、獣害通知システムなどとの連携を目指し、地域住民の生活の質の向上につながるソリューションを開発しようとしています。こうした課題は中山間地に共通するものなので、ソリューションを横展開するためのプラットフォームさえ構築できれば、サービスは他の地域にも一気に広げていけるだろうと期待されています。
ヨーロッパアルプスで見た地方創生の理想形
――松井さんご自身が地方創生への取り組みを始められたのは、どういったきっかけがあったのかお教えください。
松井 私は前職では玩具メーカーに勤めていて、たまたま仕事を通じて知った通信テクノロジーに興味を抱いたことが契機となって研究者の道に入りました。生産ネットワークと呼ばれていたIoTの前身的な技術の利活用をテーマに、技術視点からスマートエネルギーをインフラとして整備することを研究していました。その一環で、2011年に国立環境研究所のリサーチャーをさせていただいていたときに、国内外のさまざまなスマートシティプロジェクトに参加する機会を得たのです。
これを機に地方創生に携わるようになったのですが、なかでも中山間地を強く意識する大きなきっかけとなったのが、2013年に訪れたオーストリアでの体験でした。滞在していたウィーン郊外の研究所で耳にしたのが、ヴェルフェンヴェンクというヨーロッパアルプスの中山間地にある村の話でした。この村は日本の農村と同じく人口減少が問題となっていて、それに対して30代の若い村長さんが持続発展可能な低炭素都市をつくろうと努力されていました。バイオマス発電で雇用を創出したり、EVや昔ながらの馬車を利用したソフトモビリティーを普及させたり、暖房コストをゼロにするという条件で企業やホテルを誘致したりといった、ユニークな取り組みが成功して非常に話題となっていたのです。
――ヴェルフェンヴェンク村へは、松井さんも実際に足を運ばれたのでしょうか。
松井 はい、私も視察に行かせていただきました。そこで驚いたのが、テクノロジーそのものを前面に出すのではなく、あくまでも美しいアルプスの景観を崩さないためにテクノロジーを使用するといった姿勢でした。私も以前、北海道弟子屈町で摩周湖の透明度を保つための低炭素都市化のインフラ整備などには関わっていたのですが、このヴェルフェンヴェンク村の施策にはたいへん感銘を受けました。そして、日本の里山、とくに日本アルプス周辺でこういう取り組みができないかと思うようになったのです。
――オーストリアで先進的な取り組みに触れられたあと、小谷村での実証実験を始められるまでの数年間はどのようなことに取り組んでいたのでしょうか。
松井 オーストリア滞在後は都市部のプロジェクトに入り、たとえば東京都押上、埼玉県浦和美園地区といった地域の問題解決に取り組んでいました。同じ都市部でも、押上は住宅の密集が、浦和美園は新興開発地域なので土地に根ざした文化がないことが問題視されており、地域によってさまざまな課題があることを知りました。課題というのは、都市型、中山間地型と大きく分けるだけでなく、さらに細分化することができるのだな、と。
――そうした中で感じられたのが地域間、自治体間で連携してのテクノロジーの知見共有だったのですね。
松井 実は自治体間連携そのものは割と活発でして、例えば熊本のくまモンのように、ご当地キャラを使ったPR活動をどのように行うのか、といった勉強会を開くといった活動は頻繁に行われています。ただ、これがAIやIoTといった新しいテクノロジーになると、自治体が自治体に伝えることのできる知識や経験のある方がどうしても少なくて……。もちろんモチベーションの高い自治体は積極的に取り組んでいるのですが、現状ではそれを共有するという段階には至っていません。全国的に見れば、同時多発的に類似した課題を類似したテクノロジーで解決しようという取り組みが行われていて、それによって投資が分散され、サービス展開に時間がかかっているという印象です。
テクノロジーを「誰でも使える工具」のような存在に
――DVPはそのサービス展開を加速させるツールと言えます。こうしたテクノロジーを活用する上で、クリアすべき課題や必要なものというのは何なのでしょうか。
松井 一つはテクノロジーの早期確立と低コスト化です。小谷村のプロジェクトを通して感じたのが、課題というものは待ったなしなのだ、ということでした。人々の暮らしは毎日続くことですし、自然はテクノロジーの確立を待ってはくれない。ですから、スピード感を持って普及に取り組む必要があるわけです。
そのためには、テクノロジーを地域住民の誰もが使えるようなものにした方が早い。ペンやハサミは誰でも使えます。AIやIoTといったテクノロジーも、そうした工具のようなものにすればいいのです。テクノロジーというと、導入されたら劇的に何かが改善される魔法のようなものだと思われがちですが、そうではなく、それこそハサミのように生活に馴染むものにした方が実際の問題解決には役立ちます。IoTをいかにして生活に溶け込むレベルに工具化できるか。ここがサービスを広げる上で重要なポイントだと感じています。
――テクノロジーそのものを誰でも使える工具にする一方で、それを支える開発者やシステムを運用する人材も、これからはどんどん必要になってくるのではないでしょうか。
松井 それぞれの地域に「町のIoT屋さん」のような人々が存在する社会にしていくことが重要だと考えています。昔、家電というものが一般の人には謎めいたものとして映っていたとき、頼りになっていたのは町の電器屋さんでした。IoTはソフトウェアだけでなくハードウェアの知識も必要なテクノロジーですから、そのメンテナンスができる人材は近くにいてほしいですよね。そうした人材を広く育成することが大切なのです。
育成にむけた取組の一例として、小谷村の小学校にある水田にハードウェアを置いて、児童と一緒にソフトウェアをつくる計画を進めています。小学生にも水田は馴染み深いものですし、私の研究室の学生を見ていてもテクノロジーに触れるのは早い方がいいと痛感しています。
「競争より共有」の次世代型テクノロジー開発
――「おたりスマートソンプロジェクト」のチームメンバーであり、現在は東京電機大学の修士課程に在籍されている西垣さんと共同で、エクスポリス合同会社という会社も立ち上げられています。会社設立の理由や目的を教えていただけますか。
松井 会社設立の理由は三つあります。
一つ目は、CEOの西垣さんがプログラミングにとても精通していて、ご自身もスキルを生かし起業したいと考えていたということ。
二つ目は、大学ベースの活動ですとメンバーに対して定められたアルバイト料以上の金銭は支払えないため、きちんとした労働対価をお支払いする上で会社組織にする必要があったということ。
三つ目は、大学の有名研究室がスタートアップを立ち上げるケースが近年増える中、私のような一介の研究者でもそれができると証明したかったからです。研究者は誰しもその身を捧げて一つのことに取り組んでいます。その研究の成果は、やはり社会に出すべきですし、それによって社会はもっと豊かになるはずです。私が会社員から研究者に転じたのも、そうした社会貢献への思いや、搾取や疲弊のない持続可能な社会をつくりたいという願いが根本にあったからです。私たちの起業が他の研究者の方の励みになってくれれば嬉しいですね。
――研究室の学生の方々と日々接していて、感じとられることも多いのでしょうね。
松井 とても刺激を受けますし、勉強になります。私はスマートシティの国際標準化特区構想のメンバーでもあり、自分の中でスマートシティのアーキテクチャとはこうあるべきだといった考えがあったのですが、学生と話すことで違う考え方があることに気づかされたりしています。西垣さんのようなプログラマー、エンジニアの立場から見ると、研究者の私が考えるアーキテクチャではデベロッパーはワクワクせず、絶対使わないだろうというのです。これには「ああ、なるほど」と目が覚めました。
松井 研究者というのは割と競争の世界にいて、内心どこかで1位をとってやろうと考えがちです。しかし、新しい世代のエンジニアは、競争よりも共有や共存といったことを大切にしています。新しいテクノロジーが生まれれば、締め出しは行わずに、面白いと思ってもらえるファンをたくさんつくって、どんどん参入してもらう。そうすることによって課題が解決されていき、テクノロジーが洗練されるのであれば誰が得をしようといいじゃないかという考え方なのです。DVPの開発においても、そうした思想は反映させています。
――これからのテクノロジーを用いた地方創生の在り方について、どうお考えでしょうか。
松井 もっとも大切なのは、テクノロジーに振り回されてはいけないということです。テクノロジーを用いた地方創生というと、新しいことや知らない用語を覚えなくてはならないのかと、それだけで疲れてしまう方は多いと思います。DVPやDMPが入ってきたことで業務や暮らしが複雑化するようではいけない、今でも忙しいのにさらに忙しくなる!と思って拒否反応が出てしまうのはいけない。そうした人を振り回すテクノロジーがあったとしたら、それは開発側の思想設計ミスです。
――まさに「誰でも使える工具」に、ということですね。
松井 はい。もちろん、最初から誰でも使える完全なものはなかなか生み出せません。ですから、実証実験を重ねる必要があります。小谷村で気づいたのは、ユーザーの方と一緒に成長できるフェーズを残した開発スタイルというものもあるのではないか、ということでした。社会課題というのは常に想定していなかったところから生まれてくるものですし、そこには終わりがありません。社会課題は永遠に消えないということ。そしてテクノロジーは人を幸せにするためのものであること。この二つを心に刻んで、テクノロジーを使いこなす人材をどんどん育成し、課題解決に臨むプレイヤー、仲間を増やすことが大切なのではないかと思っています。
TEXT:中野渡淳一、アイキャッチ提供:松井加奈絵氏
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