テクノロジー・リーダーシップ

IBMの技術者はAIをどう使う? 技術者コミュニティが展望する100年後の技術とは

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著者:山下 克司
グローバル・テクノロジー・サービス事業本部 技術理事
IBMアカデミー会員 TEC-Jプレジデント

IBM TEC-J (Technical Experts Council – Japan)プレジデントの山下です。今回のブログでは日本IBMの技術者コミュニティ「TEC-J」での技術研究テーマや、コミュニティでディスカッションしているこれからのIT(情報技術)の方向性についてご紹介します。

 

かつてフリーソフト運動を主導したリチャード・ストールマンは「フリーというのは無料のビールというような意味ではなくて、表現の自由という意味のフリーだ」と宣言し、技術的なコミュニティによる自由なソフトウェア開発をリードしました。現在のオープンソースに繋がるライセンスからアイディアを解放する流れです。

IBM米国本社の技術アカデミーと連携しているTEC-JはIBMに所属する技術者の自由な技術コミュニティとして、たくさんの技術的な研究テーマが提案され、チームが編成されています。テクニカル・コミュニティの自由な技術テーマは将来の技術のポートフォリオを予見し、リードするものだと思います。

IBMの技術者コミュニティが注目する9つの技術分野

TEC-Jでは、2017年の研究活動を下記9つの技術分野に分け、51の技術的なテーマを研究するチームを編成しました。


プロフェッショナル・アクティビティ
Professional Activities

技術者の普遍的な課題について議論する


ワークスタイル
Workstyle

技術者の働き方について議論する


人工知能の基礎
AI、Cognitive、Analytics

人工知能や数理解析に必要な基礎的な技術について研究する


コグニティブなIT運用
Cognitive Ops

ITのオペレーションにいかにコグニティブ技術が導入できるか研究する


コグニティブとのインターフェース
Cognitive UX

AIと人間のユーザーインターフェースやデジタル体験を研究する


アーキテクチャー&ソリューション
Architecture & Solution

アーキテクチャーの方法論やFintech、ブロックチェーン、APIエコノミーなどのソリューションを研究する


システム・インフラストラクチャー
System Infrastructure

クラウドやSoftware Defined Network(SDN)の他、最新の量子コンピューターについて研究する


ソフトウェア・エンジニアリング
Software Engineering

マイクロサービス、APIエコノミー、モバイルなどのソフトウェアのアーキテクチャーについて議論する


ITの社会的課題
Socio Technical Problems

自動運転のようなIT技術が社会にどのような影響を与えるかを研究する


 
この記事では、コグニティブ関連の技術研究の方向性とSocio Technical Problemカテゴリーで活動している「100年予想」チームの活動について詳しくご紹介します。

IBMの技術者はどのようにコグニティブ関連技術を研究しているのか

「AI Cognitive Analytics」カテゴリーでは、AIのベース技術となる機械学習や深層学習の理解を進め、AIに関する基礎から応用までをカバーしています。

深層学習など新しいプログラム・スタイルの研究は具体的に手を動かしてみる必要があるため、サブチームでは気象やグラフデータを対象にした分析、Sparkやデータ思考モデリングによる新しいアーキテクチャーの設計など様々なチャレンジを実行しています。関連技術が自社内、他社、オープンソースと多岐に渡るため、関連技術を俯瞰できるようにまとめる試みも多く見受けられ、技術的な俯瞰図が公表されることに期待が高まります。

システム運用というIBMのビジネスにおける中核領域で、最先端のコグニティブ技術をどのように適応できるかを研究するのが「Cognitive Ops」カテゴリーです。ログの解析による障害予測、システム運用の自動化による運用の理想形の追求、システム管理におけるセキュリティー管理の3つの観点からそれぞれチームで活動しています。

具体的には、一般的な機械学習技術のおさらい、機械学習を応用した既存の障害予測システムの特徴や不足点の洗い出し、Bluemixで提供されている各種Watsonサービスのハンズオンなどを行い、コグニティブ技術の基礎を習得するところから始めているチームもあります。セキュリティーの観点からは、レピュテーションの信頼度をAIに判断させるといった既存技術にとどまらず、クラウド環境におけるセキュリティー・ポリシーやガイドライン、セキュリティー・トレンドの調査などに着目しています。

人工知能などのシステムと人間のインタラクションを研究する「Cognitive UX」カテゴリーでは、ユーザー・エクスペリエンス(UX)の観点でコグニティブやAIをどのように活用すればよいか、どのような業務分野に応用できるのかについて研究しています。例えば「AIのおもてなし」「人間のように振舞うエージェント」「VR」といったユーザー・エクスペリエンスを研究するテーマでは、コグニティブ技術をアプリケーションに組み込んだときに、どのようなユーザー・エクスペリエンスが望ましいのか、気持ちいいのか等を研究しています。

そして「銀行・金融」「医療」分野におけるコグニティブやAIの応用研究では、すでに金融業や医療分野では活用事例も増えてきているなかで、応用分野の広がりや今後の実現性について考察しています。

100年後の技術を考える

「100年予想」という研究テーマでは「テレパシーのように媒体によらないことで光の速度を超える通信技術が開発されるのではないだろうか?」というような科学的思考と創造性を鍛えられる議論が行われています。

2045年のシンギュラリティを予測したレイ・カーツワイルの「ポストヒューマン」を参考にゲノム革命、ナノマシン、ブレイン・マシン・インターフェースなど、ヒトにまつわる技術の進化について議論している中では「人間の義手を神経系から制御する方向」「義手に取り付けたセンサーから神経系にフィードバックする方向」の研究を進めることで身体と脳のインターフェースが解明され、人間の知覚と認知が解明でき、その結果としてブレインアップロードのような技術が開発されるというような予想をしています。

社会的な背景として、ジェレミー・リフキンの「限界費用ゼロ社会」が示すような「生産性を極限まで追求した後の経済社会のあり方はどうなるのか」という議論や行政システムが高度にサイバー化することで国家や通貨の単位が土地本位から変化するのではないかという議論が行われています。

なお「100年予想」チームは「きちんとAI」チームと共同でYahoo! JAPAN チーフストラテジーオフィサー 安宅和人氏の 「知性を問う」セミナーを振り返る公開講座を企画しています。

TEC-Jでは今後IBM社外のテクニカル・コミュニティへ情報発信したり、交流を進めることで感度の高い活動をしていくことを目指しています。

ぜひ今後のTEC-Jの活動にご注目下さい。

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