イノベーション

社内DX成功に不可欠な社員の変革マインドとは

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特別なデジタル・ツールを用いることなく、デジタライゼーションによる業務プロセスの変更で、年間745時間の工数削減を実現した社内DX事例を持つ日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社(IJDS)。社内DXの実現と成功の鍵を握るのは、業務の変革に社員が意欲的に取り組む「変革マインド」の醸成と考え、IJDSでは様々な施策を実施しています。

 

村山 聡子
著者:村山 聡子
日本アイ・ビー・エム デジタルサービス株式会社
金融事業部本部長 執行役員
金融のお客さま向けシステム開発・アウトソーシング業務に従事。2020年よりIJDS金融事業部で、金融システム開発をコアスキルとし金融業務に精通したエンジニア集団を率いている。

 

井橋 玲子
著者:井橋 玲子
日本アイ・ビー・エム デジタルサービス株式会社
デジタル事業部 Enterprise UX所属
管理部門にて長く社内業務に従事し、2021年10月からEnterprise UX部門へ。DX推進イニシアチブでは社内啓蒙と社内業務DXの推進を担当。

デジタル企業の実現に必要なものとは

2020年末に発表された、経済産業省 DXレポート2では「DX の推進に向けては、経営層、事業部門、IT 部門が対話を通じて同じ視点を共有し、協働してビジネス変革に向けたコンセプトを描いていく必要がある(*1)」と述べており、関係者のマインドの重要性を説いています。

また、2021年8月末に発表された、経済産業省 DXレポート2.1からは「DXの終着点における企業(デジタル企業)の姿とは、価値創出の全体にデジタルケイパビリティ(価値を創出するための事業能力をソフトウェアによってデジタル化したもの)を活用し、 デジタルケイパビリティを介して他社・顧客とつながり、 エコシステムを形成している姿と考えられる(*2)」と述べています。

デジタル企業の実現には、ビジネス変革の視点に加え、社内業務の変革という観点も重要です。社員一人ひとりが変革後のデジタル企業のイメージを持ち、自ら業務の変革に取り組むことが必要で、その中からビジネス変革に繋がるアイディアが生まれてくると考えられるからです。つまり、デジタル企業の実現にはDXレポート2で述べられたビジネス変革に向けたコンセプトを描くマインドの醸成はますます重要と言えるのではないでしょうか。

本稿では、日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社(IJDS)で実現した社内DXの事例と、そのために社員の変革マインドをどのように醸成したのかを紹介します。

*1:経済産業省, デジタルトランスフォーメーションの加速に向けた研究会の中間報告書『DXレポート2(中間取りまとめ)』, 2020.12.28,
*2:経済産業省, デジタル産業の創出に向けた研究会の報告書『DXレポート2.1(DXレポート2追補版)』,2021.08.31,

社内DX事例

プロジェクト受注プロセスの変革により、年間745時間の工数削減を実現

IJDSにおける社内DX実現の第一歩として、管理部門の業務の1つである「プロジェクト受注プロセス」の変革に取り組みました。これは以下に紹介するDXの基本の考え方「DXの3ステップ」をベースとしています。

DXの基本の考え方「DXの3ステップ」とは

図1に示すように、DXを「生み出す価値」「変化のおよぼす範囲」の2軸で考え「デジタイゼーション」「デジタライゼーション」「デジタル・トランスフォーメーション」の3つのステージに分けて捉える考え方です。

  • ステップ 1【デジタイゼーション】
    アナログ情報をデジタル情報に変換、業務の効率化、省力化
  • ステップ 2【デジタライゼーション】
    デジタルテクノロジーによるビジネスプロセスの変更や顧客体験の劇的な向上
  • ステップ 3【デジタル・トランスフォーメーション】
    企業活動や業界全体の継続的な変革により、今までにない価値が創出される

DXの3つのステージ図1.デジタル・トランスフォーメーション(DX)の3つのステージ

今回実現したプロジェクト受注プロセスの変革では、主にステップ2の「デジタライゼーション」の見直しに取り組みました。詳細な現状分析から課題を特定し、現場社員による煩雑な手作業を極力排除した形で、プロセス設計をやり直したのです。プロセスの再設計は、トップダウンではなく、この業務に携わる管理部門の社員が積極的にアイディアを出し合い、現場力を最大限に活かしながら進められました。
このようにして、使用しているシステムは変更せずに業務プロセスのみを再構築した結果、全社で年間745時間の工数削減に成功しました。

一般的に、社内DXの実現にはRPA(Robotic Process Automation)による作業の自動化やAIの導入などを検討される場合が多いですが、いずれも専門知識や多額のコストが発生します。しかし本事例のように、前述のDXの3ステップの考え方に則り、徹底したデータ検証と今あるシステムをフル活用した業務プロセスの再構築によってDXを実現することも十分に可能と言えます。

今回のケースの場合、DXの3つのステップのうちの1つ(ステップ2:デジタライゼーションによる業務プロセス変更)だけで大幅な工数削減の成果が出ましたが、この方法はデジタル化(ステップ1:デジタイゼーション)はできているがプロセスが硬直化してしまっているケースに有効です。今後、後続のステップ3「デジタル・トランスフォーメーション」についても、社内外の関連業務とのさらなる連携によるエコシステム形成などにより、これまでになかった新たなサービスを創出できないか検討を進めていきます。

ここで重要なのは、この事例のように特別なデジタルツールを用いることなく変革を実現させるためには、社員が自らの業務の変革に意欲的に取り組む「変革マインド」が必要不可欠という点です。今回、業務の現場にいる社員たちが自ら業務プロセスを変革したいという強い思いを持って行動を起こしたことで、想定を超える大きな成果を生み出しました。IJDSでは、このように変革に積極的に取り組もうとする意欲や志を「変革マインド」と呼んでいます。IJDSでは社員の変革マインドの醸成こそが社内DXの成功の鍵と考え、全社を上げて社員のDX啓発活動に取り組んでいます。

社内DX推進に向けた体制づくり

IJDSには、DXを推進する「DX推進イニシアチブ」という枠組みがあります。社内の変革にはスピード感を維持しながら社員を巻き込んでいく強いリーダーシップと、業務の現場での推進力が必要となるため、トップダウンとボトムアップの両方を実現できる体制を考えました。この枠組みの中で役員クラスのリーダーと現場社員の混成チームを編成し、社内DXを推進しています。

DX推進イニシアチブでは、社員の変革マインドを醸成するための仕掛けとして、DXポッドキャストやDXブログなど、社員の興味を惹く施策をいくつか実施していますが、その中でも特に高い効果があった「DX推進ワークショップ」の全社展開について紹介します。

自分の業務とDXを結びつける「DX推進ワークショップ」

DXに関する特別なスキル不要、展開のしやすさが成功の鍵

ことの発端は、社内で実施されたDX推進に関するアンケート調査に「自分の業務とDXが結びつかない」という声が多く寄せられたことです。DXという言葉のイメージから、最先端のデジタルテクノロジーのみにフォーカスし、自分の仕事にはDXは関係ないと考えてしまう社員が多く存在することがわかりました。

そこでDX推進イニシアチブでは、社員一人一人がDXを身近に感じ、変革マインドを持つきっかけとなるような参加型のワークショップを開催することにしました。ワークショップはオンラインで開催し、DXに関する特別なスキルは不要、日常のテーマからDXを考えるところから始めていますので、どなたでも参加しやすく、いろいろな企業や学校などでも展開できる内容です。

DX推進ワークショップは、DXを縁遠く感じている社員の変革マインドを呼び起こし、自らの業務を見つめ直す機会を提供するもので、この開催が社内業務プロセスの変革実現の契機となりました。

DX推進ワークショップとは

ワークショップは大きく以下の3つで構成されています。

  1. DXの3ステップを身近な例を使って理解する
  2. 業務におけるDXを考える(実際の業務の課題と解決策について考察する)
  3. 明日からのアクションを考える

参加者は1グループあたり5名以内、全体で3〜4グループを構成し、開催時間は2時間程度で設定します。
本稿では紙面が限られているため詳細な説明は省略しますが、ワークショップのかりやすさを感じてもらえるよう「DXの3ステップを身近な例を使って理解する」を取り上げて紹介します。

身近なDX実現を考える

はじめに、鉄道乗車方法の変化をDXの3ステップ(デジタイゼーション、デジタライゼーション、デジタル・トランスフォーメーション)に当てはめてみます。

  1. 自動券売機
    → 発券行為がデジタル化されたことに留まるのでDXのステップ1「デジタイゼーション」に該当
  2. IC乗車券
    → 鉄道の乗車プロセスを変革したので、DXのステップ2「デジタライゼーション」に該当
  3. IC乗車券で駅を通過したことを通知する見守りサービス
    → 旅客業だけでなく子供の見守りや地域サービスなど、業界を超えた共創によって社会に価値を生み出したので、DXのステップ3「デジタル・トランスフォーメーション」に該当

このように実例を使って理解することで、参加者の身近にある製品やサービスの変化をDXと関連付けて考えてみることが容易になります。

ワークショップでは、続けて「衣・食・住」などの考えやすいテーマを選び、DXの3ステップを応用して考察を深めていきます。図2のように、グループ分けはさまざまな業務を担当している社員で構成されますので、多様な視点と自由な発想で身近なDXについて話し合いができます。

DX推進ワークショップのグループコラボレーション
図2.DX推進ワークショップのグループコラボレーション

ワークショップ全社展開の効果

多くの社員に参加してもらうために、次のような工夫で講義の品質を均一化し、スピード感を持って全社展開を行いました。

  • 講義部分を動画ファイルにしてパワーポイントに埋め込み、ページをめくると自動で講義映像が流れるような資料づくり
  • グループワーク用のテンプレートをオンラインコラボレーションツール(Mural)上に用意

ワークショップは2021年12月末現在で110回開催、全社員の37%が参加済みです。より多くの社員がワークショップに参加できるよう、今後も開催を継続する予定です。

終了後のDX推進ワークショップに参加した社員に対し実施したアンケートでは、総合満足度が「非常に満足」「満足」を合わせて98%、DXの3ステップを「よく理解できた」「理解できた」を合わせると97%という結果となりました(図3)。

また以下のような前向きなコメントが寄せられました。

  • DXとは縁のない業務と思っていたが、意識が変わり変革への意欲が湧いた。
  • DX推進ワークショップはメンバー間のコミュニケーションの活性化にも高い効果があった。
  • ワークショップを通じて、組織内にDXが徐々に浸透している。社員がDXについて「知っている」レベルから「自ら行動している」レベルになるまで、引き続き推進して欲しい。


図3. DX推進ワークショップ 参加者アンケート結果

社員に芽生えた変革マインドで、より大きなデジタル変革へ

DXを身近に感じられない社員のために何かできないか、という思いから企画したDX推進ワークショップでしたが、参加者アンケートの結果や、本稿で紹介した社内業務プロセス変革の実現など、社員のDXへの意識の変化を実感できるようになってきました。一人ひとりに芽生えた変革マインドにより自らの業務に小さな変革を起こし、この動きがあちらこちらで起こることで会社全体の大きなDX変革の実現につながっていくと思います。DX推進ワークショップは今後、同じように社内DXの実現をめざすお客さま向けにも展開していく予定です。

これまで述べてきたように、社内DXの実現には社員が自らの業務の変革に意欲的に取り組む「変革マインド」が不可欠です。皆さまも、ぜひ毎日の生活の中で身近なDXの実現をイメージし、自らの業務の変革に取り組んでみようとする前向きな姿勢と「変革マインド」を意識してみてはいかがでしょうか。

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