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原料は樹木!鋼鉄の5倍も強くて軽い注目の“万能材料”――車のボディから住宅、家電製品まで、木材で作る時代がやって来る(前編)

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日本は世界でも類いまれなる森林大国だ。四季に恵まれ、夏は高温多湿な風土で樹木がよく育つ。その自然を利用した林業は、かつて日本の代表的産業だったが、戦後は安い輸入材に押され、国産材による供給率が少なくなった。それでも、国土の7割を森林が占め、今でも先進国ではトップクラスの緑の国土を誇っていることに変わりはない。
私たちにとってそんな身近な「木」という天然資源が、いま、夢の材料として大いに注目され始めているのをご存知だろうか。その材料とは、「セルロースナノファイバー」。植物の構造の骨格を成している基本物質「セルロース」をほどいて再構成した繊維材料、それがセルロースナノファイバーだ。
「セルロースナノファイバー」は、炭素繊維(カーボンファイバー)の6分の1程度のコストで、車のボディから家電製品まであらゆる工業製品の材料になる可能性を秘めている。
この新材料が社会で本格的に活用される時代を迎えれば、日本はまさに再生可能な資源大国になるといった未来像さえも描ける。
そこで、この夢の新材料の生みの親、京都大学生存圏研究所の矢野浩之教授に、セルロースナノファイバーの研究開発のいきさつから実用化に向けた道筋、そしてその“先”に見えているものを語っていただいた。

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矢野浩之
矢野浩之
(やの・ひろゆき)

京都大学生存圏研究所生物機能材料分野教授。農学博士。
長野県松本市出身。1982年3月、京都大学農学部林産工学科を卒業。1984年、同大学大学院農学研究科修士課程林産工学専攻を修了。1989年に論文により農学博士を取得。1986年から京都府立大学農学部助手、1992年から同大学講師を務める。1998年に京都大学木質科学研究所助教授に就任。2002年に秋田県立大学木材高度加工研究所客員助教授。2004年より京都大学生存圏研究所教授。主にバイオ系ナノ材料の研究・開発に力を注ぐ。2000年から植物の基本骨格物質となるセルロースナノファイバーを用いた材料開発を進める。研究分野はセルロース、ナノファイバー、ナノ材料、バイオマス、木材。
日本木材学会や日本材料学会、セルロース学会などに所属。ナノセルロースフォーラム会長。1989年に日本木材学会奨励賞、2005年にセルロース学会林治助賞、2009年に日本木材学会賞を受賞している。

強度は鋼鉄の約5倍、熱に強く、プラスチックよりも軽くて、ガラスのように透明

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木から作ることのできるセルロースナノファイバーには、数多くの優れた特徴がある。鋼鉄の5分の1の軽さで、強度はその約5倍。しかも熱に強い。プラスチックよりもさらに軽くて、透明材料にもなる。なにより日本の産業にとって有望なのは、樹木という自然資源を大いに活用できることだ。

どんな樹木や植物からもセルロースナノファイバーの原材料であるセルロースを得ることができる。この新材料が社会で本格的に活用される時代を迎えれば、日本は再生可能な素材の資源大国になるといった未来像さえも描ける。

木材細胞壁中のセルロースナノファイバー(資料提供:矢野浩之教授)
木材細胞壁中のセルロースナノファイバー(資料提供:矢野浩之教授)

1990年代から、このセルロースナノファイバーの研究開発を地道に続けてきた人物が、京都大学生存圏研究所の矢野浩之教授である。
「植物が、私たち人間の生活にも役立つ素材の構造体を作ってくれる。それならば作り手である植物の“思い”を聞かなければなりません」

自然が樹木の作り手であれば、その樹木にどうなりたいのかを聞く。こうした矢野教授の日本人的といえる研究姿勢が、いま新素材の実用化という形で結実しようとしている。

京都府宇治市の京都大学宇治キャンパスの一角。ログハウスのような生存圏研究所の木造研究棟で、矢野浩之教授が「これがセルロースナノファイバーです」と容器を示した。容器には、白色半透明なゲル状の物質が入っている。見た目は糊に似ていて、驚くところはない。だが、この材料には、多くの驚くべき特性が詰まっている。

まず、材料力学的な特性。軽さは鋼鉄の5分の1しかないのに、強度は鋼鉄の5倍以上もある。だからといって硬いわけではなく、しなやかな物性をもっている。軽いため、従来のプラスチック材に配合するだけでも、製品を軽量化することができる。そのため省資源化や二酸化炭素排出量の削減にも貢献する。さらに、熱に対しても強く、線熱膨張率はガラスの50分の1で、石英ガラスと同等の低さ。

透明化できることも大きな特徴だ。透明化できる理由は、この材料の構造がナノメートルレベルであることにある。赤、青、緑といった可視光の波長は400~800ナノメートル程度。これに対して、セルロースナノファイバーの繊維1本の径は4~20ナノメートルほどしかない。これだけ細ければ、可視光の波はセルロースナノファイバーで散乱せずに透過してしまう。つまり透明な状態を保てるわけだ。

セルロースナノファイバー1wt%水懸濁液(資料提供:矢野浩之教授)
セルロースナノファイバー1wt%水懸濁液(資料提供:矢野浩之教授)

少量でよいというのであれば、こうした優れた材料を他にも得ることはできる。セルロースナノファイバーがそうした素材と異なるのは、原料が大量に存在するという点だ。地球上に広く存在する植物に原料のセルロースが含まれている。樹木は容積が大きいために原料の対象として注目されているが、木質だけでなく、茎にも皮にも、ほぼ同質のセルロースが存在する。つまり、セルロースは植物の構造の基本を成す物質なのだ。

エネルギーや工業原料などの資源として使われる生物体をバイオマスというが、地球上のバイオマス総量は1兆8000億トン。これは、石油の原油埋蔵量1630億トンの10倍以上の量にもなる。
実用化されれば、私たちの生活にとっても、日本の産業にとっても、大きな変革をもたらしうるセルロースナノファイバー。その研究開発を続けてきた矢野教授は、どのような経緯でこの夢のような物質を研究するに至ったのだろうか。

木はどのようになりたいのか 台風の日に答が分かった

「もともと木材に興味があったわけではないんです」と、矢野教授は切り出す。一浪して京都大学に入学したものの、志望していた医学部ではなく、“第7志望”だった林産工学科に進むことになった。「この学科について調べてみると、木材について勉強するところで、就職先はベニヤ板やらトイレットペーパーやらをつくるメーカーだといいます。自分はそんなのを勉強するためにこの大学に入ったのかとショックでした」

2年生まではほとんど勉強しなかった。3年生になり専門分野の授業が多くなると、徐々に「木材というのも、意外と面白いかもな」と思えるようになってきた。就職のことを考えると、大学院の修士課程まで進んでおいたほうがよい。
「学内には同分野の進路として、農学研究科林産工学専攻と、生存圏研究所の前身の木材研究所がありました。木材研究所のほうも修士課程から受け入れてくれるということで宇治キャンパスまで見学にいくと、のちに師となる先生がランニングシャツ姿で研究棟をうろうろしておられる。研究所全体が大らかな雰囲気でした。『好きなことを研究したらいいから』とも言われ、宇治に通うことになりました」

これでセルロースナノファイバーの研究開発がすぐに始まる、というわけではない。矢野教授が考えて選んだ研究テーマは、楽器の音響的特性の解明というものだった。木目の向きによって、バイオリンやギターの音の響き方がどう変わってくるかなどを研究するものだ。さらに博士課程に進むと、化学修飾により木材を処理することで楽器の音色を変える研究に取り組んだ。その成果をもとにバイオリンを試作したところ、「ストラディバリウス並みのバイオリン誕生」という見出しの新聞記事にもなった。ギターのほうも自身の名が刻まれた製品が売られるなどした。結婚もした。研究人生も順風満帆そのものに見える。ところが、33歳になったとき、悩みが生じたという。

「自分は一生この研究を続けていて良いのだろうか、と考えるようになりましてね。協力してくれていた楽器の製作家は、『この木はバイオリンになるために生まれてきたようなものだ』などとおっしゃるけれど、どうかなぁと悩みだしたんです」
本当のところ、木はどのようになりたくて育っているのか。こうした根本的な自問を繰り返す時期がしばらく続いたという。悶々としながら37歳まで、楽器の研究を続けてはいた。その答が出たのは台風の日だった。

「当時、私は京都府立大学で教えていました。3階の部屋で過ごしていると、台風が接近していたので風がどんどん強くなり、そのうち暴風となってきました。心配になって窓の外をふと見ると、ヒマラヤスギが、しなやかにたわんで台風による強風を受け流し、懸命に身をを守っている姿がありました。このとき、私は『ああ、木は強くなりたかったんだ』と気付かされたのです」

木材の特性を活かす製品を開発してきた矢野教授にとって、製品のもともとの“作り手”は木ということになる。 “作り手”の思いに耳を傾けて、その思いに沿った研究開発を進めていけばいい。
「こうして、ひたすら強くなりたかった木の思いや特質を汲み取り、それを生かした材料を作ろう、という新たな研究テーマがようやく見えてきたんです」

何度やっても木材が強くなってくれない……

樹木の幹にあたる部分は木質とよばれる。木質は、よく鉄筋コンクリートにたとえられる。鉄筋の役目を果たすのが、セルロースナノファイバーだ。このセルロースの構造的空間を埋めるようにあるのがコンクリート役のリグニンという物質。生ける木は、主にこの“鉄筋”と“コンクリート”で天に向かってすっくと伸びていく。
セルロースが主成分として使われているものにパルプがある。パルプは紙の原料だ。
「パルプというと薄くてすぐ破れてしまうものです。でも、そのパルプの繊維を摘んで引っ張り出した人がいます。すると、その強度は1.7GPa(ギガパスカル)もあったというのです。これは鋼鉄の4倍以上にもなります」

この事実に矢野教授は驚いたが、「もっと木材は強くなるはず」とも思った。そこで、木に樹脂を配合させて、材料の強度を高くしようとした。
ところが期待しているほど、木は強くなってくれない。計算上、導いていた強度の半分くらいの力を加えると、その材料は折れてしまった。

「さんざん試してみて、おかしいなと思っていたとき、『ああ』と気付きました。樹木は生きるために水を吸い上げています。垂直方向だけでなく水平方向にも液体などの成分を回しているのです。でも、乾燥した木材では、細胞のつなぎ目や横方向の組織が構造的欠陥になっていたのでした。パルプ繊維1本だけなら強くても、その集合体には構造的欠陥があることに気付きました」

では、本来のパルプ繊維のもっている強さを活かすには、どうすればよいか。細胞どうしでつくる構造が欠点をもたらすのであれば、その構造をほぐしてしまえばいい。矢野教授はそのように考えた。
調べると、製紙用パルプをナノスケールまで解きほぐした「セリッシュ」という製品がすでに市販されていることを知った。セリッシュに樹脂を混ぜて、乾燥させたのち圧縮形成する。始めのうちは、100MPaほどしか出なかったが、セリッシュをシート化したうえで乾燥させ、樹脂を染み込ませ、これを重ねて熱圧する方法を試みた。すると、強度が高まっていった。
そして2001年夏、ついに鋼鉄の強度400MPaを超える材料を開発するに至ったのである。

研究体制は強化された。実用化も視野に

こうして矢野教授は、「強くなりたい」という木の思いを、セルロースナノファイバーという材料で形にした。植物原料で、世界一高強度の材料を開発したのは、矢野教授の研究が世界初となった。
大学で生まれた知的財産を社会に活かすための技術移転機構(TLO)からの勧めもあり、特許を取得して2004年には大型研究事業「地域新生コンソーシアム」に応募した。当初は準備不足もあり予算申請が通らなかったが、それでも手を差し伸べてくれた企業とともに研究計画を練り直し、再度応募した。すると全国トップレベルの評価で研究予算を獲得することができ、これで勢いが付いた。製紙会社や化学メーカーなどの企業も矢野教授の研究に興味を示し、研究に加わった。さらに2010年以降は、自動車メーカーなどのエンドユーザーの企業も研究プロジェクトに加わっている。

2014年には、セルロースナノファイバーの研究に大きな追い風も吹いた。政府が掲げた「日本再興戦略」(アベノミクス第三の矢)の中で、「世界を惹きつける地域資源で稼ぐ地域社会の実現」というテーマの具体的施策の1つにセルロースナノファイバーの研究推進が盛り込まれたのだ。
これまでも経済産業省などがセルロースナノファイバーに対して高い関心を示してきたが、今後は国全体としてセルロースナノファイバーのマテリアル利用を後押しすることになった。

「成長戦略に載ってから状況は変わりました。省庁もさらに関心をもっていただき、『ナノセルロースフォーラム』というコンソーシアムもできました。2014年は日本におけるセルロールナノファイバー元年といえる年でした」
セルロースナノファイバーの原料は樹木である。ゆえに、山間地域での産業が振興されていくという将来性もある。「経済産業省も検討していますが、2015年は“地域元年”ということになればと思っています」。
実用化に向けた研究体制は強いものになった。実際、どのような実用化が、矢野教授の視野にあるのだろう。

「材料の構造材としての用途は筋がいいと思います。ターゲットの1つに、プラスチック材をセルロースナノファイバーで強化するということがあります。
例えば、私たちの身の回りで使われているプラスチックに、セルロースナノファイバーを5%だけ配合すると、これだけで弾性率は3~4倍高まります。
自動車などにこのセルロースナノファイバー配合プラスチックを使えば、軽くなるので燃費もよくなるでしょう。あらゆるプラスチックに配合してもよいと思います。軽くなって原料の使用量も減るのですから。また、セルロースナノファイバーは、宇宙での太陽光発電にも活用できる可能性を持った素材でもあります」

「日本は、国土の約7割が森林で覆われている世界的に見ても珍しい森林国です。そのうち持続的生産が可能な人工林では、毎年、鋼鉄の5分の1の軽さで鋼鉄の7~8倍も強いセルロースナノファイバーが1500万トンも増え続けています。これは、日本で消費されている石油由来のプラスチック1000万トンの1.5倍の量に匹敵します。
緑豊かな日本は、将来、木質バイオマスにより資源大国になる可能性があります。その日本の持っている森林資源を使って、高性能の材料を作り、それを海外に輸出するのが、これからの1つの産業の在り方だと思っています」

text:漆原次郎

※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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