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片頭痛は治る――世界的名医が解き明かす痛みの正体と正しい治療法
2018年8月23日
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日本人の4人に1人は頭痛に悩んでいるという。片頭痛、緊張型頭痛、群発頭痛を3大慢性頭痛と言うが、中でも片頭痛は近年、発生のメカニズムや治療法の研究が進み、効能のある医薬品が登場してきた。
頭痛の世界的な権威である埼玉精神神経センター・埼玉国際頭痛センター長の坂井文彦氏は「米国では頭痛を明確に病気と捉えるのに対し、日本では“たかが頭痛”として性格の弱さや怠けているように見なしがち」と指摘。繰り返し起こり、生活に支障を及ぼしているのに、本人にしか苦しみが分からない頭痛が大きな社会的損失になっていることを、もっと理解することが必要だと強調する。
坂井氏は、患者さんに「頭痛ダイアリー」を書いてもらって頭痛の種類の把握や治療に効果を上げる一方、身体のリズムを安定させるため、独自に頭痛防止の体操を考案して効果を上げている。
この5月に著書『「片頭痛」からの卒業』(講談社現代新書)を上梓したばかりの坂井氏に、頭痛はなぜ起きるのか、どう克服すればいいのかなど、最新の知見をもとに解説していただいた。
目次
片頭痛の患者は15歳以上で全国に840万人も
――片頭痛、緊張型頭痛、群発頭痛という3大慢性頭痛の患者さんは全国にどのぐらいいるのでしょうか。また男女差はあるのでしょうか。
坂井 大規模な疫学調査によると、片頭痛の患者さんは15歳以上で全国に840万人、15歳未満を含めると約1000万人います。緊張型頭痛は2400万人とさらに多く、群発頭痛は100万人ぐらいです。合計すると国民4人に1人の割合です
片頭痛は女性に多いのが特徴ですが、緊張型頭痛の男女比はほぼ同じです。群発頭痛は男性が圧倒的に多いとされてきましたが、最近では女性患者もかなりいることが分かってきました。
日本では頭痛の患者さんをよく「頭痛持ち」と呼び、神経質だとか意志が弱いとか怠けているとか性格の問題のように考える傾向があります。しかし、頭痛は国際基準で367種類に分類されていることから分かるように、紛れもなく病気です。だから世界の多くの研究者が原因やメカニズムを研究し、治療法も進歩してきたのです。
片頭痛と緊張型頭痛は、痛みのメカニズムが正反対
――それぞれの頭痛の症状や見分け方を、説明していただけますか。
坂井 頭痛はその種類によってメカニズムも治療薬も全く異なるので、慎重に見分けなくてはなりません。頭痛の症状の違いを「起こり方と経過の違い」の図で説明しましょう。
片頭痛は頭の片側がズキズキと脈打つように痛み、吐き気や嘔吐を伴います。光や音に過敏に反応し、月に2~4回起きます。痛みは相当つらいですが、おさまるとケロッとしています。頭の中の血管が拡張し、その周囲に炎症が広がることが痛みの原因です。
緊張型頭痛は頭の重さや圧迫感、締め付け感があり、肩や首がこるのが特徴です。ほとんど毎日続きます。不自然な姿勢で長時間デスクワークをするとか、人間関係などの精神的ストレスで血管が収縮して血行が悪くなり、筋肉に疲労物質や痛み物質がたまることが原因で起きます。
このように血管が拡張する片頭痛と、収縮する緊張型頭痛では痛みのメカニズムが正反対です。その区別は重要で、頭痛が起きている時に身体を動かしてみると分かります。片頭痛は身体を動かしたりマッサージしたりすると痛みがひどくなりますが、緊張型頭痛は逆に軽い運動や散歩をしたほうが血行がよくなり、症状が緩和します。
片頭痛と緊張型頭痛は、最初に首の後部の痛みから始まることが共通しています。このためどちらの型の頭痛か、間違えないよう注意が必要です。
群発頭痛は年に1~2回の頻度で、1~2カ月の間頭痛が連続的に発生します。毎日1~2時間、片側の目の奥がえぐられるように強く痛み、痛むほうの目が充血したり涙が出たりします。
頭痛は検査データで診断できるものではないので、患者さん自身が自分の症状を整理して理解することが大切です。それには、後で説明する「頭痛ダイアリー」がとても有効な手段になります。
身体リズムをコントロールするセロトニンに異常が起きる
――片頭痛の原因になる血管拡張は、どんなメカニズムで起きるのでしょうか。最新の知見を解説していただけますか。
坂井 まず申し上げたいのは、片頭痛は遺伝に関係しているということです。脳卒中の家系とか糖尿病の家系があるように、片頭痛の場合も、環境変化や心身のリズムの変化、ホルモン異常などに対して脳が敏感に反応する体質の家系なのです。遺伝子にそうした誘発因子が加わって発症する多因子遺伝です。もちろん遺伝子を持っていても発症しない人もいます。
発症のメカニズムは、最近の脳の画像診断技術の進歩によってずいぶん分かってきました。誘発因子の情報はまず脳の視床という部分に伝えられます。するとそのすぐ下にある視床下部が反応し、セロトニンという脳内物質の量を減少させます。
セロトニンは身体のリズムを正常にコントロールする機能を持っています。これが減ると、脳神経の1つである三叉神経がコントロールから外れて興奮し、CGRPという血管拡張物質を放出します。これによって血管が拡張すると、炎症を起こす物質が周辺の組織に染み出し、痛みを引き起こします。これが片頭痛のメカニズムです。
1週間がんばって働いた人が、週末に寝すぎや二度寝などでリラックスしすぎると片頭痛が起きることがよくあります。これは脳がセロトニンを出す必要がなくなったと判断し、量を減らしたために起きるのです。ですから週末は単にリラックスするだけでなく、リフレッシュするような活動をするほうが片頭痛の予防には効果的です。
薬による治療の中心は、三叉神経に働くトリプタン系薬剤
――片頭痛は脳や神経、血管が絡む複雑なメカニズムであることが分かりました。これをどのような医薬品で治療するのでしょうか。
坂井 患者さんの中には市販されている消炎鎮痛薬を使う方がいます。軽い片頭痛ならそれでやり過ごすことができますが、それは火事の火元を消さないで目の前のボヤを消すようなものでしかありません。
火元である血管拡張を解消する薬として、最近はトリプタン系薬剤がよく使われています。トリプタンはセロトニンに似た物質で、減少したセロトニンの代わりに三叉神経に働きかけて興奮を抑え安定化させます。その結果、血管を拡張させるCGRPの放出が抑えられ、痛みが解消するのです。これは片頭痛のメカニズムの研究から生まれた画期的な薬で、この薬が効けば、間違いなく片頭痛だと言えます。
トリプタン系には4種類の薬がありますが、遺伝体質の違いなどで患者さんによっては効き方が異なります。どれが自分に合うのか試してみることをお勧めします。
一方、抗CGRP抗体という抗体療法の予防薬も開発が進んでいます。血管を拡張させるCGRPをブロックする薬で、米国では6月に承認されました。日本では臨床試験中で、実用化にはあと1~2年かかるでしょう。この薬は皮下注射すると効果が1~2カ月続きます。分子量が大きくて脳や肝臓、腎臓には入らないので、めまいなどの副作用が少ないという利点があります。
片頭痛は脳にいったん記憶されると、発症と記憶が繰り返されて悪循環になりがちですが、抗CGRP抗体の注射で予防を続けていけば、痛みの記憶が薄れてきて、片頭痛を忘れてしまう効果も期待できます。
このほかに、首の神経から視床下部に向けて電気信号を送り、副交感神経を刺激して身体の働きを正常に戻す治療法の研究も行われています。
緊張型頭痛では首後部をマッサージして血行を良くする
――3大慢性頭痛のうち残る緊張型頭痛と群発頭痛についても、治療法などをお聞かせ下さい。
坂井 緊張型頭痛は一般的には「肩こり頭痛」と呼ばれています。悪い姿勢とかストレスなどが原因で首を支えている筋肉にしこりが起きます。首の神経から脳に伝えられる不快な信号が脳に記憶され、慢性的な緊張型頭痛を起こすと考えられます。
筋肉が硬くなると、血管が収縮して血液が流れにくくなるので、自分でマッサージして筋肉をほぐすのが一番です。マッサージする場所は首の後ろにある頸椎の両脇、頭蓋骨の下縁から肩の筋肉までが目安です。優しくマッサージして血行を良くし、首の筋肉にたまった疲労物質や痛み物質を血流で洗い流します。
一方、群発頭痛は脳に入っていく首の太い血管(頸動脈)が拡張することが原因で起きます。場所はちょうどの目の奥あたり。この血管拡張が周囲の痛み神経や交感神経を圧迫し、炎症物質が血管から染み出して痛みを生むのです。なぜ群発が起こるかはよく分かっていません。
治療法ですが、原因は血管拡張ですから片頭痛と同じようにトリプタン系薬剤が効果的です。最近、炎症物質の染み出しを抑える副腎皮質ホルモンを服用すれば、群発頭痛の発作を予防できることも分かってきました。
クモ膜下出血や脳腫瘍が原因の頭痛には要注意
――他の病気が原因で起きる2次性頭痛についても、解説をお願いします。
坂井 2次性頭痛で見逃してはいけない筆頭はクモ膜下出血です。脳動脈瘤が破裂して起こり、いわゆる「雷鳴頭痛」という雷に打たれたような突然の激しい頭痛が起こります。患者さんが「こんなひどい頭痛は初めてだ」と訴えたら、まず疑わなくてはいけません。MRI(核磁気共鳴画像法)やCT検査で出血の有無が分かります。
脳腫瘍や慢性硬膜下血腫などが原因の頭痛は、1~2週間かけて徐々に痛みが増すケースが多いです。腫瘍や血腫が増大して脳の圧が高まり、次第に周囲を圧迫するからです。手足のまひや歩行障害、ろれつが回らないなどの症状が先に出るのが特徴です。1次性頭痛と見分けるには、頭痛以外にどんな症状があるかがポイントです。
慢性硬膜下血腫は頭部打撲によって出血が持続して血腫が大きくなり、頭痛が始まります。高齢者に多く、症状に気が付かないことも多いので、注意が必要です。
このほか子どもに多い副鼻腔炎(蓄膿症)が原因で頭痛が起きることもあります。
頭痛ダイアリーで初めて患者と医者が情報共有できる
――先生は患者さんに「頭痛ダイアリー」を記録してもらい、頭痛の種類の把握や治療に効果を上げておられるとのことですが、これはどのようなものでしょうか。
坂井 頭痛ダイアリーは、今では広く使われるようになっています。そこに記録された内容が頭痛の診断に不可欠だからです。頭痛はいくら検査しても本人以外には分かりません。頭痛ダイアリーの記録を読むことで、初めて患者さんと医者が情報共有できるのです。午前・午後・夜にどんな頭痛がどんな強さで起きたかなどを、簡単なメモと一緒に毎日記録してもらいます。
医者がこれを読むと、最初にお話しした「起こり方と経過の違い」が見えてきて、頭痛の種類の特定や薬を飲むタイミングの決定に役立ちます。
市販の鎮痛剤の飲みすぎで薬物乱用頭痛に陥っていることが判明するケースもあります。頭痛の気配を感じただけで心配して飲んでしまうことが主な原因です。薬物乱用は身体が本来持っている回復力を阻害させてしまいます。片頭痛用のトリプタン系は、あくまで頭痛が起きてから早めに飲むのがコツ。頭痛ダイアリーを活用して月に10回を上限にするなど気を付けましょう。
片頭痛予防体操で脳の痛みの記憶を消す
――先生は「片頭痛予防体操」や緊張型頭痛の痛みを解消する「肩回し体操」を考案されています。これについて紹介していただけますか。
坂井 片頭痛は最初の痛みが首の後ろ(第3頸神経)に現れます。この場所を片頭痛圧痛点と言います。慢性化した痛みを記憶している脳の回路から痛みの信号が出ると、神経を経由して首の後ろに伝わり、圧痛点で痛みを放散するのです。
片頭痛予防体操は、頭と首を支えている筋肉(インナーマッスル)をストレッチするのが目的です。この体操を片頭痛が起きていない時に続けると圧痛点が消滅します。その情報は神経を逆行して脳に送り返され、やがて脳から痛み信号が発信されなくなるのです。これが片頭痛予防体操の発想です。
肩回し体操は緊張型頭痛が起きている時に行うストレッチです。腕ではなく肩を回すのがポイント。僧帽筋や肩筋肉群、大胸筋など頭を支えている筋肉をほぐし血行を良くするのが目的です。
片頭痛治療の基本は、身体のリズムを安定させること
――最後に、片頭痛の患者さんは治療を受けるに当たってどんな心構えを持つことが大切なのでしょうか。
坂井 片頭痛の治療と言うと、薬をあれこれ飲みたがる患者さんが多いと感じています。そうではなく、片頭痛は心身のリズムの変化で起きていることを知ってもらいたいと思います。
埼玉国際頭痛センターは「頭痛教室ピア」という患者さんの集会を、月に1回開いています。30人ほどの患者さんが体験談を語り合うのですが、中にはセルフケア(自己管理)で片頭痛を治したという方もおられます。聞くと、「ヨガ、太極拳、散歩などで生活を改善したことで、心身のリズムが安定したのだと思います」とおっしゃいます。
メカニズム研究の面でも、片頭痛で重要な役割を果たすのは心身のリズムをコントロールするセロトニンだと分かっています。心身のリズムを安定させるという点で、セルフケアも研究も同じ方向を向いているのです。
TEXT: 木代泰之
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