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リカレント教育で培ったビジネスの芽。ファーメンステーションが描く、発酵から広がる循環サイクルとは

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近年、環境意識の高まりや限りある資源に対する認識が広まったことなどにより、持続可能な社会を目指す取り組みがさまざまな分野で行われている。国産エタノールの分野では世界的にも珍しいUSDA(米国農務省 United States Department of Agriculture)のオーガニック認証を取得し、一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会が発表した「ポストコロナ社会を構築する」投資先ベンチャーリストにも選出された株式会社ファーメンステーション(以下、ファーメンステーション)もそのひとつだ。

同社のエタノールは、オーガニックな高品質の製品であると同時に、岩手県奥州市を中心とした地域と密着し、そのネットワークの中で機能する、無駄のない循環型の製造サイクルを生み出している。代表の酒井里奈氏は、もともとは金融の世界に身を置きながら、30代でリカレント教育を経て新たな分野に飛び込み、起業に至ったという。その挑戦を決意したきっかけや、ファーメンステーションを通しての持続型社会への取り組みを聞いた。

酒井里奈
酒井里奈
(さかい・りな)

東京出身。国際基督教大学卒業。富士銀行(現みずほ銀行)、ドイツ証券などに勤務。発酵技術に興味を持ち、東京農業大学応用生物科学部醸造科学科に入学、2009年3月卒業。同年、株式会社ファーメンステーション設立。好きな微生物は、麹菌。好きな発酵飲料はビール。

岩手県奥州市の人々と実現した、外へ広がる循環型社会

――酒井さんが代表を務められるファーメンステーションは、国産のオーガニック米を使用した高い品質のエタノールを製造されています。どのような特徴があるのでしょうか。

酒井 大きな特徴は、完全にトレーサビリティがあることです。エタノールの場合、大量生産・大量消費が前提にあり、由来が正確に分かるものはほとんど存在しません。ですが、ファーメンステーションのエタノールは、そこが全てクリアです。岩手県で栽培している有機JASオーガニック米を発酵・蒸留してつくっていますが、ロット番号で管理し、どの水田で収穫したお米で、いつ発酵させたのかも全て分かります。これは世界的にも珍しいことです。

さらに、USDAやエコサートコスモス(エコサートのコスモス基準)のオーガニック認証も取得しています。日本のオーガニック認証は食品や農作物などに与えられ、工業製品のエタノールは対象ではありません。そこで、エタノールに使用しているお米で日本のオーガニック認証(有機JAS)を受けて、USDAやエコサートコスモスの認証は、環境に配慮した工程を守る、合成や遺伝子組み換え原料を使わない、動物実験を行なわないなどさまざまな制限をクリアすることで取得しました。

手作業行程も挟みつつ、丁寧に時間をかけてつくっているため、お米由来のものは少しお米の香りがするし、リンゴの粕由来のものは少しリンゴの香りがする、というように個性が感じられるとともに、柔らかで優しいと感じていただけるテクスチャーも特徴です。肌につけたときに「マイルドな感じがする」とおっしゃる方が多いですね。

――ビジネスモデルが循環型社会の考え方に対応しているとも伺いましたが、どのような仕組みのサイクルが生まれているのでしょうか。

資源が外に広がりながら循環していくビジネスモデルを、地域でつくりあげている


 

酒井 お米であっても他の原料であっても、基本的に原料を発酵・蒸留して、エタノール(アルコール)をつくります。それをビジネスに展開していくのですが、この過程で、たくさんの発酵粕が出ます。これもきちんとフル活用しているのです。まず、この粕も化粧品の原料として素晴らしいことが分かっているので、特許を申請するなどしており、化粧品にも活用しています。

とはいえ、量が多いので、鶏と牛など家畜の飼料にもします。その飼料のおかげで、牛は肉質の良い食肉牛となり、牛のフンは堆肥にして放牧している牧草地に蒔いています。鶏は質の良い卵を産み、その卵がクッキーやケーキに使われ、さらに、鶏の腸内環境が整ってサラサラのフンが出るのですが、これを肥料として、食用米やビーマン、トマト、生姜などを地域の農家さんが育てています。最近はひまわりを植えて、その種を近隣の搾油工場で絞ってもらって、ひまわり油にもしていますね。

――それが製品化されている「地域循環プロジェクト 胆沢育ちのひまわり油」ですね。

酒井 そうです。このひまわり油は、弊社で製品化しているせっけんにも入っています。つまり、循環型のサイクルとはいっても、同じところ(自社)で回すのではなく外へ外へ出ていくような循環を、地域の中で実現しています。この「(自社に)戻さずに(地域)外へと循環していく」ことはとても重要で、それによって携わる人が増えて、皆のビジネスにつながっていくのです。もちろん、お米だけでなく、リンゴの搾り粕にしても同じことが起こります。

――どのように、外へと広がる循環サイクルをつくっていったのでしょう。

酒井 これは、勝手にできあがっていきました(笑)。もともと、エタノール事業は自治体の実証実験からスタートしています。私は、「生ごみからエタノールをつくりたい」と考え、働いていた金融業界を辞め、学び直すために東京農業大学に入学したのですが、そこで縁があり、奥州市で「お米からエタノールをつくる」実証実験に携わるようになりました。

その中に、平飼い(鶏を地面に放して飼う養鶏法)の農家さんがいらっしゃって、それ以外にも、その取り組みを応援したいという別の農家さんや、民泊や農家レストランをやっている方々が集まってきてくれました。交流が進み、「このエサを食べた卵って美味しいよね」「じゃあ、その卵でクッキーやケーキをつくろう」という話になったり、鶏糞を使いたいという農家さんが現れたりして、自然につながっていったんです。

――最初にシステムの全体像を構想したのではなく、良いものをひとつひとつ実現していった結果、循環のサイクルが広がっていったということですね。

酒井 そうですね。最近も、(岩手県)陸前高田の農家さんで興味をもっていただいた方が、鶏糞を取りにいらっしゃるようになりました。牛農家さんも、雫石町(しずくいしちょう)という奥州市の北側の地域ですし、徐々に奥州市以外の地域にも輪が広がっています。この「循環サイクル」に関しては、「視察に来たい」という方々も増えて、見学ツアーも行っています。

自然と広がっていく地域とのつながりを大切にしているという


 

――循環サイクルが広がる中で、どのようなことを大切にしているのでしょうか。

酒井 関係者全員が「やって良かった」と思えるような事業であり、同時に、皆がビジネス的にも成り立つことが大切だと思っています。循環型社会やサステナブルといった理念に賛同いただくのはそれほど難しいことではありませんが、その活動を、10年、20年、30年と続けていくためには、関わることにメリットがなければ続かないかもしれません。この点は、常に心がけています。

また、「製品として良いものをつくる」ことも心がけています。「循環型の製品だから買う」「トレーサビリティがあるから買う」ではなく、製品として認めてもらうことが大切であり、それは消費者視点からみても、長く利用いただくための重要なポイントだと思います。循環型であること自体が目的ではない、ということですね。

32歳で金融業界から発酵の道へ!

取材は新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から、オンラインにて実施


 

――酒井さんは、もともとは金融業界で働かれていて、32歳で東京農業大学に入学、学び直しされたと伺いました。なぜ、まったく異なる分野に飛び込んでいったのでしょうか。

酒井 金融業界で働いていた時は、朝から晩まで仕事に費やすワーカホリックなタイプでした。ですが、あるときふと、「こんなに働くのなら、他に代えがきかない、他の人にはできないことをしたいな」と思うようになったのです。ここでの仕事は、私じゃなくても他にできる人がいるんじゃないか、と。とはいえ、では自分のやりたいことが何なのか、なかなか見つからず、それがやっと見えたのは32歳のときでした。

それまでもアンテナは立てていて、環境やエネルギーに関して興味を持ち、「社会的に意義があると思える仕事に携わりたい」と考えていました。たまたま観ていたテレビで、「生ごみがエタノールになる」ことを知り、発酵のメカニズム自体はお酒と一緒――これは分かりやすく嚙み砕いて説明されたもので、正確には違うのですが――という話を聞いて、「これだったら、お酒好きな自分にもできる!」と思ったのです。そして、遠回りになるかもしれないけれど、まずは学んでみようと東京農大に入学しました。醸造科学科という、清酒を造りたい人も学んでいる学科です。

――そこで、発酵の奥深さをさらに知ったのですね。

酒井 発酵は微生物の働きによって引き起こされる現象ですが、私たちは微生物にお給料を払うわけではないですし、環境を整えて微生物に作用してもらうだけです。しかも、そうしてできたものが、たとえば大豆より納豆の方が栄養価が高かったり、ヨーグルトの方が牛乳より保存性が高かったりもするのです。つまり、原材料より機能性のある製品をつくることができる。発酵の力は本当に面白いと思いました。

――ビジネス面での可能性も考えていたのでしょうか。

酒井 大学に入る時点で「発酵」に関わるビジネスに携わること、具体的には、発酵を用いてつくられるバイオ燃料に関するコンサルティングなどを考えていました。ただ、最終的には、大学での実証実験を引き継いでファーメンステーションを立ち上げることになり、奥州市が最初の顧客になりました。そして、実際に事業を進める中で、さまざまな方と出会い、原料の米農家さんや地域の方など、非常に多くの方々に関わっていただくようになったのです。エタノールを製造する際のノウハウと並び、この関係性が私たちの強みとなっています。

今では、米農家の方からお米が届いたり、生姜農家さんから生姜が届いたり、食卓に出る卵はすべて平飼いの卵だったりもします。また、岩手県の奥州市は南部鉄器の産地のため、自然と調理器具はすべて鉄に変わってきました。私は東京出身なのですが、奥州市がもうひとつの実家のようになっていて、岩手と東京を行き来して暮らしています。

地域をまたいで関係性を築くことで、私たちも多様な暮らし方ができますし、その地域にも多様性が生まれます。私たちの事業は、いろいろな人との関わり合いで成り立っていて、ですから、青森のリンゴの搾り粕を原材料にしたエタノールをつくるようになると青森にも行くようになります。新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナウイルス)の影響でリモートワークが拡大するなど、これからの時代、徐々に働く場所が自由になると思いますが、地域とつながる楽しさや相乗効果を大切にしたいですね。

ゴミと言われているものを、有益なものに変えていきたい

りんごの絞り粕でつくったエタノールはルームスプレーやディフューザーとして製品化されている


 

――ファーメンステーションは、「国内の米からアルコールとその関連製品を製造可能。環境配慮型事業で原料枯渇の影響を受けず、安定して継続的に公衆衛生に寄与できる」として、一般社団法人日本ベンチャーキャピタル協会が発表した「ポストコロナ社会を構築する」投資先ベンチャーのリストに選出されています。新型コロナウイルスの影響や市場の変化は感じていますか。

酒井 新型コロナウイルスの影響で、消費者との接点の軸足は、商業店舗からオンラインに移ってきたと思います。そこでも、私たちの製品が持つストーリーをどう伝えていけるのかが課題ですね。また、新型コロナウイルスの影響が生じる以前からですが、SDGsやサステナブルといった考え方が製品を選ぶ基準になりつつある印象で、その観点からお声がけいただく機会が増えています。企業の方からお声がけいただけることが多く、新型コロナウイルスの影響でエタノール需要が増えたことも重なり、2020年の生産量は2019年比で8倍になりました。これから、一緒に市場をつくっていければいいと考えています。

今は市場をつくっていくフェーズなので、まだ少し高い価格帯ですが、皆さんの価値観変化に伴って市場が広がれば価格も抑えられるようになるでしょう。10年前、5年前、1年前とは、今見えている景色は全然違いますし、同時に「今やらなければ」という気持ちが強くなりました。

――最近のファーメンステーションの取り組みの中で、印象的なものはありますか。

酒井 株式会社JR東日本青森商業開発の「A-FACTORY」がつくっているリンゴのシードル「あおもりシードル」のリンゴの搾り粕から製品をつくる取り組みはとても面白かったです。たとえば、「あおもりシードル」をつくる際に出た搾り粕は、JR東日本と関連するオフィスに置かれる消毒液やルームスプレー、ウェットティッシュになっています。さらに、JR東日本が運行する東北の沿岸を走る列車内レストランにおいて、「あおもりシードル」と、搾り粕を飼料とした牛がローストビーフとして提供されて、客席で使うルームスプレーも、同じリンゴの搾り粕からつくられている。この三つ巴は感動しましたね。

シードルをつくる過程で出る、従来はゴミとして捨てられていたものが新しく生まれ変わり、シードルとともに活用されているのです。これが、発酵技術の素晴らしいところではないでしょうか。

――最後に、今後の展望をお聞かせください。

酒井 「リンゴの搾り粕などのさまざまな未利用資源は、もはやゴミではない」が常識になるところまで行けたら嬉しいです。少なくとも私には、そういう景色が見えています。起業した2009年頃に「2020年のファーメンステーション」という目標を書き出したのですが、そこに書いたことは、実際にほぼ実現することができました。そして今は、次の10年、20年を書き出しているところです。

ビジネスとしては、今までは「こんなことができる」ということを見せていくフェーズだったと思います。まだまだ岩手のいくつかの水田を使っているにすぎないですし、使っている未利用資源も限られています。これからは、さらに先、グローバルに展開していくフェーズにしていくつもりです。

昨今話題になる「フードロス=食品廃棄」はメーカーや消費者の意識で減らすことはできるかもしれませんが、「フードウェイスト=食品廃棄物(製造工程で出る搾り粕など)」は、なかなか減らすことが難しい。そこを全て生かせる市場をつくっていきたいです。使われていないものをアップサイクルして、身近な製品にしていく。発酵で、そういうことを実現していきたいと思っています。

TEXT:杉山仁、画像提供:株式会社ファーメンステーション

※日本IBM社外からの寄稿や発言内容は、必ずしも同社の見解を表明しているわけではありません。

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