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IoTを活用した日本の農業改革 | 社会課題 ✕ ITセミナーレポート

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IBM Community Japan」という、未来へ向けたテクノロジーの開発・実装を学び共創する「実践者向けコミュニティー」があるのをご存知だろうか。

先月24日、そのコミュニティー主催のセミナー「社会課題 ✕ ITセミナー第一弾 | IoTを活用した日本の農業改革」がオンライン開催された。

 

高齢化や就業者不足、起伏の多い地形や小規模・小面積など、日本の農家と農業経営が抱える課題に対してIT技術を用いて解決に向け取り組む3名の実践者をお招きし、それぞれの事例をご紹介いただいた。

オーガナイザーを務めたのは、多くの自治体と連携し、産官学をつなぐ地域課題解決型データ流通プラットフォームの研究・開発を実践しているエクスポリス合同会社CTO 兼 東京電機大学システムデザイン工学部情報システム工学科准教授の松井 加奈絵准氏だ。それでは、オープニングの松井准教授のセッションから順に見ていこう。


 「私はスマートシティ関連の研究者として10年以上都市型と地方地域型の双方の実証プロジェクトに参加してきましたが、農業に関してはまだまだ新参者です。

今日は実際の現場で『農業の困った』に取り組まれている実践者の皆さまのお話を伺い、セミナー参加者やコミュニティーのメンバーが「農業を下支えするテクノロジー」の活用に一層力強く取り組めるようなきっかけとなれば良いなと思っております。」

松井准教授はそう話すと、この10年間で参与されてきた日本各地のプロジェクト一覧を示した後、都市型と地方地域型の代表例として以下の資料を表示した。

 

過去、現在の参加プロジェクト(松井)

 

地⽅地域型の代表例として紹介された⻑野県北安曇郡⼩⾕村では、「省⼒化を⽬的としたIoTデバイス研究開発」「⽔⽥⽔位監視システム CMS for Paddy」「気象ダッシュボードのデータ利活⽤」「⼟壌監視システム」など、これまでさまざまな実証実験が行われてきている。

松井准教授はその中から、⽔⽥⽔位監視システムと⼟壌監視システムについて、いくつかのポイントを紹介した。

 

「日本の中山間地の多くは高い山々の間に田んぼがあり、ネットワーク環境が芳しくありません。また、小規模農家や兼業農家が多く、資本も大変限られているというのが現状です。

そんな農家の皆さんにとっては、市場に出回っている既存の水田監視製品はコスト的にも手を出しづらいものでした。また、小谷村の場合は、低価格・低消費電力・長距離伝送を特長とした既存ネットワークであるSigfoxを用いる必要もありました。

この実証実験では、小谷村の皆さんに最小必要要件を確認して、それに見合うハードウェアをコスト上限の1万5千円以内で自作することとしました。

私が多くの方にいただく質問の1つに『小規模農家でもIoTの活用は可能なのでしょうか?』というものがあります。それに対するお答えは、『農家の皆さんが自分たちが本当に必要としているものを見極められることができれば、可能です』となります。」

 

⼟壌監視システムの実証実験については、以下の資料にて確認していただきたい。

⼟壌監視システム実証実験(松井)

 

なお、セミナー動画は、IBM Community Japanの会員向けページにて当日使用された資料と共に公開されている。

セミナーにおいては土壌監視システムの構成図やデバイス、アプリケーションの詳細についても紹介されているので、興味のある方は会員登録をおすすめする。

 

松井准教授が最後に紹介したのが、自身もCTOとして加わっている合同会社Expolisが力を入れている学生向けのSTEAM教育と大人向けのIoT教育だ。

特に後者は、熊本県南⼩国町にて、「地域ネットワークの導⼊検討」「デバイス選定」「ソフトウェア開発」などのIoTへの取り組みを、地域おこし協⼒隊への教育支援を通じて行っているという。

前者の学生向けのSTEAM教育については、下記の記事を参考にしていただきたい。

地方と未来の創生を | 小学生へのIoT遠隔授業インタビュー


 

ここからは3名のゲスト・スピーカーの話を紹介する。

まず、最初は動画による登壇となった阿蘇さとう農園の佐藤 智香氏だ。

阿蘇さとう農園が位置する熊本県阿蘇郡南小国町は人口4000人の町で、総世帯数のおよそ3割が農家であり、その87%が米を作っているという。

筑後川の源流に位置しており、棚田へは高低差を利用して町内に張り巡らされた水路から水が引かれているが、それが意味するのはうまく水量を管理しなければ、下の段まで水が行き渡らないということ。水の確認を毎朝夕行わなければならないという課題を抱えていた。

そして南小国町の農家が抱えていたもう一つの大きな課題が、高齢化により離農が進む田んぼを地域の若手農家が借りることにより、管理する田んぼ間の移動に時間が取られ前記水量確認などさまざまな作業の障害になっていた。

 

こうした課題への対応策として考えられたのが、リモートでの水位確認だ。これが実現すれば、ひと月あたりおよそ4〜50時間の時間削減となり、農作業の効率アップや農家のQoL(生活の質)向上が見込まれる。

また、水位管理は農家の作業だけではなく、自然環境にも好影響を与えるという話もある。具体的には、田植え後2週間の推移管理により、除草剤を削減できると言われているのだ。今回、熊本県南⼩国町ではそれを確認する実験も行なっているという。

なお、佐藤氏は町役場や米農家と地域おこし協⼒隊をつなぐ中間支援組織としての役割を担い、松井准教授の話にもあった地域おこし協⼒隊の1年目の活動を支えているそうだ。そして2年目以降は、モデル地区の設置と住民の参画、直接販売などを計画しているという。

 

佐藤氏は自身のパートの最後に、「農業において、工業化視点による生産性向上は可能か?」という事前に届けられていた質問に以下のように回答した。

「現在のような『家族経営』の形のままでは難しいところが多いのですが、中間支援による『ひと・もの・かね』を外部からしっかりと取り入れて活用していくことで、IoT農業が実現できるだろうと考えています。」

リモート監視による水位確認が解決する、農家の「さまざまな困った」

 

ところで、これは余談だが、阿蘇には阿蘇地域でしか生育しない固有の在来品種「阿蘇高菜」というものが存在しており、その種を使ったマスタード「阿蘇タカナード」という商品があるという。

松井准教授のオススメ商品らしい。


 

続いて登壇したのは、栃木県でICTを活用した稲作と、DtoCブランドとしてのお米の販路開拓・顧客体験向上を実践している稲作本店の井上 敬二朗氏だ。

稲作本店は、「FARM1739」という屋号で150年以上続く農園である栽培部門と、お米の販売やマーケティング、6次産業化(生産・加工・販売の1次・2次・3次産業のすべてを一体化して取り組むこと)を推進する加工・販売部門から成る企業だ。井上氏は金融関連のサラリーマン経験を経て2009年に東京から岡山県に移住してカフェを経営、その後2018年に実家のある栃木県那須へ移住し、7代目として農園を継ぐと同時に起業したという。

 

「栽培部門では、ドローンによる農薬散布や直進アシストトラクター、クラウドでの農作業管理など、テクノロジーを活用して進めています。東京ディズニーランドの約半分の面積の田んぼを管理しているので、やはりこれらの先進化は欠かせません。

ただ、自動水門システムなどの大規模システムについては見送っています。と言うのも、米価の下落や異常気象による収穫高現象という『弱含み・軟調』なトレンドが続いている現状では、やはり大きな投資は難しいです。栽培部門の効率化は必要ですが、儲からないことには投資できませんから。」

 

井上氏は栽培部門の現状をこのように語った。しかしもう一方の加工・販売部門の様相は異なると言う。

 

「直販・ECサイトを構築し、SNSでの積極的な発信も行なっており、売り上げやフォロワー数は順調に伸びています。

昨年のcampfireでのクラウドファンディングは、お陰様で目標だった100万円を大幅に超える300万円のネクストゴールを達成し増田。また、当時Yahoo!ニューストップで取り上げていただいたこともあり、現在Twitterは4,700人もの方にフォローいただいています。」

稲作本店の取り組みと姿勢

 

井上氏の現状認識はとても明確で分かりやすく、またそれを変えていこうという姿勢とアプローチはとても力強いもので、米農家の現状をよく理解できていない筆者にもメッセージが明確に届いてきた。以下、いくつかの言葉を紹介する。

 

「田んぼの価値最大化 | 田んぼが生みだすものは『米』だけじゃない。」

「文化、生き物、治水、風景 — 美しい国であり続けてこられた理由を見直す必要があるのではないか。」

「JAへの出荷だけでは、お客様と直接の対話はできず『ありがとう』も『美味しい』も聞こえてこない。」

「開かれた田んぼを作っていきたい。米を作るな! 未来を創れ!!」

 

ところで、これは余談だが、セミナー終了後に松井准教授は稲作本店のお米と「米、砂糖、塩」だけで作られた添加物無使用の優しいお菓子「イナポン」を購入したという。

6次産業で未来の農業をつくる 〜イナポン誕生秘話〜


 

最後に登壇したのが、宮崎県を本拠地に自動収穫ロボットで農業課題を解決するベンチャー企業、AGRIST株式会社の高橋 慶彦氏だ。

農業系のビジネスプラン・コンテストなどに注目されている方であれば、おそらくAGRISTという社名に聞き覚えがあるのではないだろうか。「農業DX」や「スマート農業」というキーワードを実現する方法の一つとして、ハウス栽培のピーマンやきゅうりを自動収穫する吊り下げ型ロボットを開発し、レンタルでの提供を行なっている。

 

「100年先も続く持続可能な農業を実現する」をビジョンとしているAGRISTは、現在注力している自動収穫ロボットは通過点であり手段に過ぎず、「人とロボットの共存共栄」を通じてその先の「世界の食料問題の解決」を目標としているという。

そして世界観の大きさに目が行きがちだが、一方で現場の困りごととしっかりと向きあうための方法論と実行力も備えている。それが分かりやすく表れているのが、開発拠点をビニールハウスの隣に構え、農家からのフィードバックと製品の改善スピードを最速化しているという点であろう。

また、事業としての収益性と農家の収益性のバランスの見極めや、ロボットによる収穫量と売上増の折半方法、そして農家の負担金を減らすための自治体やJAの巻き込みかたや自社の強みをしっかりと守るための国際特許の取得など、「農業をアップデートするためのエンジニア100人雇用」や「農業のDX人材を育成し、新しい農業を実現する」などの言葉を空回りさせない、足腰の強さを感じさせる取り組みが多いのもとても特徴的だ。

 

AGRISTの「持続可能な農業の実現」に対し、ベンチャーキャピタルや金融機関から多くの資金が集まっているのもまったく不思議ではない。むしろ、今後より一層加速化していくのではないだろうか。


 

セミナーはこの後、阿蘇さとう農園の佐藤氏を除く3名による質疑応答と希望者とのディスカッションタイムが設けられ、2時間の予定時間はあっという間に過ぎた。

4名の登壇者は、それぞれ異なる立ち位置から「日本の農業」へアプローチしており、2時間という限られた時間ながら複数視点がもたらす奥行きと色合いの違いが、日本の農業の問題と解決策を立体的に浮かび上がらせていた。また、4名全員に共通していた「日本の豊かさの基盤としての農業を守りたい」という気持ちが強く伝わってくるセミナーであった。

質疑応答およびディスカッション内容は、IBM Japan Communityのメンバー限定ページで公開されている。メンバー登録の上ぜひご覧いただきたい。

 

問い合わせ情報

当記事に関するお問い合わせやCognitive Applicationsに関するご相談は こちらのフォーム からご連絡ください。

 

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TEXT 八木橋パチ

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