量子コンピューティング

基底状態問題について量子優位性の発見に役立つ評価指標

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さまざまな計算手法の基底状態問題を解く能力を評価するのに役立つ指標を定義する論文が、新たに Scienceで発表されました。

 

 

量子優位性の発見は、今日の量子計算研究において重要な側面になっています。しかし、量子コンピューターを使った解法が見つかったとき、その解法に本当に計算上のメリットがあるかどうかをどうやって実際に判断することができるでしょうか?

量子優位性に有望なひとつの領域は、系の基底状態、すなわち最小エネルギーの推定をする問題(基底状態問題)です。これは非常に解くのが難しい問題で、その求解に量子計算が何らかのメリットを生み出すことができると期待されています。IBMを含む 29の機関の研究者が協業し、最新の Science誌に掲載された論文でこの問題に取り組みました。

この論文では、Vスコアと呼ばれる品質指標を定義しました。これは、量子的な系の基底状態を近似する能力を評価するために役立ちます。私たちはこの指標を、複数の最新古典手法と、考えられる限り多様な多体問題に対して使用しました。私たちは、この指標がこれからの量子計算で量子優位性を見出すのに役立つことを期待しています。

 

量子優位性とは?

「量子優位性」という用語が、さまざまな文脈で飛び交っているのを耳にされたことがあるかもしれません。この言葉の意味は、あらゆる計算を定義する3つのパラメーター、すなわち精度、実行時間、コストに基づいています。 量子優位性は、なにかの問題を解く際に量子コンピューターが、精度、実行時間、またはコストの要件のいずれかについて、あらゆる古典手法と古典リソースに対して明らかな改善を示して見せることを言います。量子優位性は、量子コンピューターが一度だけ高速に動作しましたということではなく、問題を解こうとする人にとって量子コンピューターが(あるいは量子と古典の組み合わせでもいいですが)古典コンピューターと比較して、客観的に優れたツールであるということを意味します。

量子優位性を議論する際に、最新の古典手法の実行時間と比較して、量子計算の実行時間にしばしば焦点が当てられます。しかし、実行時間だけが量子優位性を評価する指標ではありません。量子優位性の実現には、アルゴリズムを安価に、速く、または正確にするための量子サブルーチンの追加も必要です。

実行時間は測定しやすい指標でありますが、コストと精度の測定にはより多くの労力が必要です。コストに関しては、計算で使用されるリソースを体系的に分析することが、手間がかかりはしますが、計算コスト全体を測定する良い方法になります。残る問題は3番目の指標である精度です。精度の指標を定義することは容易なことではありません。というのは、検討したい計算タスクと、そのタスクを解くのに特定のアルゴリズムを使用するそのユーザー固有の理由に依存するからです。

 

量子優位性を期待されている基底状態計算

局所ハミルトニアンの基底状態の計算は、一般的に興味深い問題と考えられています。基底状態計算の問題は計算量子科学のいたるところに存在し、高エネルギー物理学から化学、材料科学まで、幅広い応用があります。

基底状態問題の解の精度を評価する指標を定義する必要性には疑問の余地がありません。一般的に言って、厳密な解が知られていないような難しいタスクに対して精度の指標を定義するのは困難です。しかし、基底状態問題の特性を利用すれば定義が可能になります。

今日、この問題を解くために設計されたアルゴリズムのほとんどは、「変分法」と呼ばれる手法を使っています。この手法は、対象の系の厳密解(すなわち最も値が低い谷)よりも低いエネルギー値を出力することはないことが統計誤差の範囲で保証されています。基底状態問題についての理想的な品質指標には、一つの問題に対してさまざまな方法を比較するのに利用できるだけでなく、一つの方法でさまざまな問題を解く際にも比較できることが求められます。

では、どうすればそのような絶対的な指標を定義できるでしょうか。また、そのような絶対的な精度の指標を見つけると、どんな効果があるでしょうか?

 

変分(V)スコアの評価と比較

私たちが作成した精度指標は、基底状態問題を解くために使用されるどんなアルゴリズムについても、そのエネルギーの推定値と分散から計算できます。この指標には、問題の規模や相互作用の性質など系についての他のパラメーターも含まれます。「変分スコア(variational score)」あるいは「Vスコア」と名付けたこの指標は、このベンチマークの絶対的指標です。

指標を定義したら、次にはこの指標が基底状態問題のベンチマークをとるのにどの程度有効であるかを包括的に評価しなければなりません。そこで私たちは現在知られている局所ハミルトニアン問題を網羅した最大のデータセットに対してテストを行いました。これはオンラインでご確認頂けます。結果としてVスコアは、これらの問題の難しさと、それらの問題に対処するさまざまな手法の能力と非常によく相関することが確認できました。

このことには、特に量子計算を利用する方や量子アルゴリズム開発者にとって次のような重要な意味合いがあります。まず、Vスコアは既存の古典アルゴリズムを評価するために使用できます。これにより、古典アルゴリズムにとってどの基底状態問題が最も難しく、したがって量子優位性を得るのに最適なのか評価することが可能です。第二に、困難な問題の特定によって、モデル化が完全でない可能性がある系を見つけることができます。そのような系は新発見の潜在的可能性を最も多く持っているという見方が可能です。第三に、Vスコアは、古典的な検証可能性が利用できないような問題で、量子計算アルゴリズムの量子優位性を評価する品質評価指標として使用できます。

簡単に言えば、新しい量子アルゴリズムが発見されたときに、Vスコアは、そのアルゴリズムの出力の品質を評価し、量子優位性を確認するためのツールとして使用できるということです。

 


この記事は英語版IBM Researchブログ「A new metric to help find quantum advantage for ground state problems」(2024年10月17日公開)を翻訳し一部更新したものです。

監訳:山本 貴博
IBM Quantum, Quantum Computational Scientist
主に量子コンピューターのユースケース開発や産業応用に向けた技術支援に携わる。
立花 隆輝
監訳:立花 隆輝
IBM Quantum, シニア・テクニカル・スタッフ・メンバー
量子コンピューターの社会実装に携わる。
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