IBM Research (コンピューティング)
未来のコンピューティングを具現化する IBM Researchのラボ
2024-09-01
カテゴリー IBM Research (コンピューティング) | 量子コンピューティング
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ニューヨークから 1 時間ほど北にあるラボには、世界で最も先進的な量子コンピューターと、革新的なプロトタイプ AI チップのクラスターがあります。IBM Researchの本拠地である Thomas J. Watson Research Center(トーマス・J・ワトソン研究所)内に再構築された Think Labと呼ばれるこの新しいラボは、IBM Research がコンピューティングの未来と考えているプラットフォームの融合を物理的に具現化したものです。このブログでは、このラボの成り立ちを紹介します。
これまでコンピューターはその歴史を通じて、より速く、より効率的に、より小さくすることに集中してきました。単純な言い方をすれば、いま最新で最も強力なスーパーコンピューターが一瞬で計算を行うその方法は、何十年も前の最初のコンピューターが動作する仕組みとそんなに大きくは違いません。ただ、はるかに小型化されたわけです。
しかし最近、新しい考え方がいくつか現れ始めています。量子コンピューティングは、理論的な議論から、世界で最も難しい幾つかの問題の解決に近づきつつある大規模マシンへと変貌を遂げました。AIは以前なら不可能な規模で、魅力的なコンテンツを生成したり、ビジネス上の意思決定を単純化したりすることができます。そして、複数台の古典的スーパーコンピューターを新しい方法で接続して稼働させることで、必要とする誰にでも、考えられないほど膨大な量の計算能力を提供できるようになりました。
ビット、ニューロン、および量子ビットに基づいた、これらのコンピューティング・パラダイムはそれぞれ、大きなブレークスルーです。しかしそれらを組み合わせて使用すると、結果はさらに大きな変革をもたらすものとなります。IBM Researchが最近探求しているのは科学的発見の加速です。次代のコンピューティングをどのように迎えるかについて、私たちは確信を持っています。
IBM がニューヨーク州Yorktown HeightsにあるIBM Researchの本拠地内に、2023年に新しいラボを構築した理由は、ここにあります。すなわち目標は、最新の量子コンピューティング、AI 処理、およびハイブリッド・クラウド技術を 1つの場所に結集することです。この新しい空間は、コンピューティングの次の段階を物理的に具現化したものです。異なる領域の科学者たちが協力して、それぞれが別々に作業していては決して生まれなかった新しいアイディアやパートナーシップを形作ることができる、そのようなワーキング・ラボです。
プラットフォームを統合する
複数のマシンが近い距離にあることが有用な新しいタイプの計算が幾つかあります。実用的な観点からすると、複数のシステムでの作業をリアルタイムでトラブルシューティングできれば、研究者が自分のアルゴリズムをハードウェアに最適化する最も効率的な方法を把握するのが容易になります。同様に、マルチクラウド構造を最適化するには、作業の対象がすべて隣り合っている方が簡単です。そしてIBM ResearchのScience and Technology担当ディレクターであるZaira Nazarioは、遅延の観点もあると述べています。
多くの量子計算はそのタスクを実行するために、すぐ横に古典コンピューターが設置されている必要はありません。クラウドを介して接続されていればよいのです。「ただし、数百ナノ秒またはマイクロ秒という単位で処理を実行できるようにするために、非常に近くにマシンがある必要がある場合もあります」とNazarioは言います。 「この時間要件と、量子コンピューターに接続される古典コンピューターに求められる要件は、解こうとしている問題、さまざまな種類の開発者の要求、および作業の抽象度に依存します。」
「それらこそが我々が探究したいもの、つまりビット、ニューロン、量子ビットの物語であり、それらのためにシステムのコロケーション(同じ場所への設置)が重要になります」と彼女は言います。
このラボは、コンピューティングの性質自体がどのように変化しているかを明らかにするのにも役立ちます。以前は、スーパーコンピューターとデータセンターは、無限に続くようなサーバー・ブレードの列で構成されていました。そこに今は、世界で急増しているAIワークロードを処理するためのGPUや AIアクセラレーターなどの新しいチップやプロセッサー、いかにムーアの法則を超えるかという問題に取り組むためのチップレットなどが加わり始めています。データセンター事業者や国立研究所は、AIの爆発によってハイパフォーマンス・コンピューティング (HPC) システムに何が求められているか再検討をしているところですが、まだこれは始まりにすぎません。
未来のデータセンター
「これらの大きなミッションを持ったデータセンターは将来どのようになっていくでしょうか?これらの施設は、利用者のために3種のシステムを備えることになります」とNazarioは言います。また、これらのシステムは常に相互接続されているということにもならないと思われます。大量のユーザーが利用する大規模施設では、一部のユーザーは量子システムへのアクセスだけに関心があり、一部のユーザーは従来の HPCまたは AIワークロードの実行に興味があり、そして一部のユーザーは 3つすべての組み合わせに関心を持つことになるでしょう。
Think Labでチームは、モジュール構造の IBM Quantum System Two に加えて、IBM のプロトタイプAIUチップのクラスター、さらには将来的には Zシステムを収容できるスペースを作りました。IBM ResearchのCreative DirectorであるMark Podlaseckによれば、このスペースは永遠に同じ状態のままであるように設計されているわけではなく、むしろ、IBMの研究者と研究所を訪れる人々のニーズに合わせて適応できるように設計されています。テーブルや椅子は移動したり引き出したりすることができ、AIUコンピューティング・クラスターは拡張可能です。また、必要に応じて2台目の System Twoをまるごと設置できるスペースもあります。一台目のSystem Twoも、変更または拡張されるものとの想定をしつつ設置されました。
これは、こういった新しい形式のコンピューティングを採用することに価値を見出すあらゆる組織で再利用可能なビジョンです。「国の研究所や、大規模な研究部門を持つ製薬会社などでは、新薬の発見に実行する必要があるシミュレーションを行うのにさまざまな種類のシステムを必要とします。そして、ユーザー・ニーズに合わせてシステムが成長できるようにモジュール性をもたせる必要があります」とNazarioは言います。 「また、技術的進歩があった時にアップグレードしやすくするためにもモジュール性は必要でした」。
このラボには、現在あるシステムを超えた変更が可能なスペースもあります。設置されている AIUクラスターは、現在 watsonx AIモデルに対するHAPフィルタリングを含めて、IBMの実際のワークロードを処理するために設置されており、類似した多くのAI計算システムよりも少ないエネルギー消費で動作しています(HAPとはH:ヘイトスピーチ、A:暴力的表現、P:下品な表現のこと。HAPフィルターはそれらの表現をデータから取り除きます)。このクラスターは標準的な PCIeカードにセットアップされているため、新しいバージョンを簡単にインストールできるように設計されています。 そして、今日インストールされているすべてのシステムについて作業しやすいようにデザインされていると、Podlaseckは言います。このラボでは、Quantum System Twoや AIUクラスターの保守のためにシャットダウンする必要はありません。
2022年に初めて発表された AIUは、ディープ・ラーニングおよび AI計算の遅延時間を削減するために、処理装置とメモリを密接に結合したプロトタイプ・チップ設計です。これは、2021年に IBMの z16向けに初めて開発された TelumCPU の研究から生まれました。
AIがあらゆるビジネス・プロセスに組み込まれていく状況を受けて、チームはThink Labに次世代のZシステムを設置し、Telumと AIUを導入して洞察を得ることに向けて作業を行っていますが、この計画には最近発表された Spyre AIアクセラレーターも含みます。
新しいラボでは、コンピューティングの未来を研究者たちが創造するためのプラットフォームを構築することに重点を置いており、その将来像は未来のデータセンターの概念を再定義します。世界の最先端技術を組み合わせて作られているラボには、建物自体を含めIBMのデザインの歴史を顕彰するスペースもあります。
過去に学び未来をデザインする
IBM Researchの本拠地は、著名な建築家 Eero Saarinen によって設計され、RayとCharlesの Eames夫妻がデザインした家具で満たされています。 Podlaseckは、新しいラボを設計する際に、「可能な限り、古い建物のインフラストラクチャー、その生来の性質や率直さを取り込む」ことを目指したと述べました。
Saarinenはオフィスを設計する際に、そこで働く研究者がインスピレーションを受けるのにこの地域の自然の美しさを利用したいと考えました。地元Westchesterの自然石およそ4,000 トンが建物内外の建設に使用されました。そしてSaarinenは、研究者が集中的作業の合間に頻繁にリフレッシュできるように、ラボの周囲すべてに巨大な窓を配置しました。また、図書館や、大きな中央のカフェテリア、会議用の小部屋などを施設全体を考えて設計し、人が時にはちょっとした偶然で、まったく異なる課題に取り組んでいる他の研究者と出会い、インスピレーションを受けて新しいやり方を見つけることができるようにしました。 これは、新しい Think Labが新しいデザインでも守ろうとした考え方です。
1961年に作られた元のコンクリートは、これらの大規模な新システムを支えるのに十分な安定性を持っているかどうか不明でした。というのも、わずかな振動でもSystem Twoで行われる非常に繊細な量子計算を狂わせてしまうからです。Podlaseckは、想定されていたすべてを支えるのに十分な安定性をこのスペースが持っているかどうか、何百ものテストを行ったと話しています。最終的にチームはSaarinenの元の設計で使用されたコンクリートと岩が、予想以上に長持ちしていることに驚きました。IBM Quantum System Twoは、磨かれたアルマイトと70/30ガラス(30%の光を反射するガラス)で囲まれているため、まるで量子計算が実行される多次元的な空間を表しているような無限の反射の中にシステムが置かれているように見えます。
ラボに初めて入った人は、これと同じような壮大さの印象を受けます。システムが大きくて存在感があり、ユーザーの視線を強く惹きつけるにも関わらず、この空間がラボ全体と調和し、人を歓迎しているという印象を与えるようにPodlaseckのチームはとりはからいました。家具には、研究所が建設されたミッドセンチュリー時代にマッチするような家具が選ばれて追加されました。脇に置かれたレコードプレーヤーは、私がPodlaseckと話すために訪れた時にはコルトレーンを流していました。ミーティングの合間にここを訪れた人は、エスプレッソを自分で入れ、座り、量子コンピューターがたてる規則的なビートを聞きながらくつろぐことができます。ここは、最新の動向を知り、新しい関係を同僚と作るために立ち寄ってみたくなるような居心地の良い場所です。かつてCEOだったThomas Watson Jr.はこのように言ったことがあります。「よいデザインはよいビジネスである」。
このラボは、IBM がこれまで新技術の研究開発にどのように取り組んできたかを表す証しであると同時に、コンピューティングに関する最新のホットな科学的問題に答えるための場所でもあります。そしてこのラボは、IBM が長年にわたって自身を変化させてきたのと同じように、それらの問題に対する答を解き放ちながら、成長して進化していくことになります。
Nazarioは言います。「これは固定的なラボではありません。あくまでショールームではなく、研究所としてデザインされました」「研究が進化するのと同時に、ラボも変化していくのです」。
この記事は英語版IBM Researchブログ「How IBM Research built a lab for the future of computing?」(2024年8月29日公開)を翻訳し一部更新したものです。
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