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「データに強いエンジニア」を自社でどう育てたのか?

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本田技術研究所 四輪R&Dセンター 中川京香 氏

本田技術研究所 四輪R&Dセンター 中川京香 氏

「マウス操作で使えるIBM SPSS Modelerであれば、コーディングを一から覚えることなくエンジニアが仕事をしながらでも活用できる。もう1つは、IBMがデータマイニングの学習講座を提供していたこと」

デジタルの進展に伴って、自動車産業は今後、大きく様変わりする可能性がある。それだけに各自動車メーカーの対応は急だ。ホンダはいま、デジタルにどう取り組んでいるのか。同社のデータ活用に最も初期から関わってきた本田技術研究所 四輪R&Dセンター 中川京香 氏にその取り組みを聞いた。

 

「研究開発重視」「自由闊達」なホンダに「デジタル」がやってきた

「ホンダ」といえば、本田宗一郎 氏が創業した日本を代表する世界有数の自動車メーカーだ。戦後日本の経済成長を象徴する企業であり、F1をはじめとする数々の自動車レースに参戦し、モータースポーツをリードしてきた企業としても知られる。そこで培われた技術を活かして開発された魅力的なクルマたちは、コアなファンはもちろん、世界中の多くの人々から愛され続けている。

ビジネス面でも、その社風は「自由闊達」として、つとに知られる。「世のため人のため、自分たちが何かできることはないか」という創業者の志が、社員一人一人に連綿と受け継がれている希有な企業でもある。

現在、ホンダは本田技研工業と本田技術研究所に大きく分かれている。それぞれの役割について、中川氏は次のように説明する。

「本田技術研究所は研究開発に専念する役割を担っています。そこで開発した製品を製造・販売し、収益を上げるのが本田技研工業の役割です」

本田技術研究所における研究開発は、大きく「R研究」と「D開発」の2つのステージに分かれているという。「R研究」は、将来、商品として具現化したい新技術の研究を行う。テーマへの取り組み期間は1年~15年と長く、たとえばエアバッグであれば10年以上の年月を要したという。

「D開発」では、研究成果を実際の自動車に適用するための開発が行われる。基本仕様から細部仕様へと設計が行われ、性能、量産性、信頼性などの確認を経て完成した商品は、最終的に図面として本田技研工業へ受け渡される。

ところが、5年ほど前から、このクルマ作りが変わり始めたという。変化を引き起こしたのが「デジタル」だ。

 

「作って、売って、終わり」ではなくなってきたビジネスモデル

ホンダのクルマ作りに訪れた変化とは、具体的には何を指しているのか。中川氏は次のように説明する。

「従来の我々のビジネスモデルは、よい自動車を開発・製造してお店に届け、お客さまにショールームに来ていただいて、お買い求めいただくというものでした。ところが、5年ほど前から、購入後の自動車の使われ方についても、我々への期待が徐々に大きくなっていったのです」

スマートフォンの普及によって、いまや人々は常にインターネットにつながっている。ところが、クルマに乗っているときだけ、インターネットに自由につながることはできない。

「たとえば、運転中に好きなアーティストの曲をかけてといっても、すぐに曲をかけてくれるクルマは、まだ多くはありません。特に欧米では運転中のスマートフォン操作が非常に厳しく禁じられているため、クルマに乗っているときだけネットにつながらないという不満は大きいのです。さらに、不具合がリモートでアップデートで修正されないという不満もあります。たとえば、古くなったナビの地図を最新にするためだけに、なぜクルマの販売店にいかなければならないのか、というわけです」

デジタル技術の進歩は、自動車開発の基本的な考え方にも変化をもたらした。

「以前は、ニューファミリーやDINKS、独身の女性といった、あらかじめ想定した暮らし方やライフスタイルに合わせて自動車を開発していました。ところが現在は、お客さま一人一人にパーソナライズされた自動車が求められるようになってきました」

常にインターネットにつながり、多様なクラウドサービスと情報をやりとりできること。そして、一人一人のドライバーにパーソナライズされていること。さらに安全、品質、コスト、クルマとしての魅力を追求すること。こうした高い要求に応えるために求められたのが「ビッグデータ分析」だった。

 

データに強いエンジニアは自社で育てる

こうしてホンダは、2012年に「ビッグデータプロジェクト」を立ち上げる。当初からチームに参加していた中川氏は、次のように振り返る。

「プロジェクトは立ち上がったものの、何をしたらよいのか、当初はまったくの手探り状態でした。そこで、研究開発に携わる社員たちに、データを使って何を分析したいのか聞いてみたのです。すると『高齢者の運転について研究したい』などのテーマが53個上がってきました」

次にチームは、そのテーマを研究するうえで何が必要なのかを聞いた。返ってきたのは、データマイニングを実施する環境やスキルの不足を訴える声だった。

「たとえば、TwitterやFacebookでお客さまの声を分析したくても、その環境も技術もないという声が多かったのです。そこで、いくつかのツールを比較・検討し、IBMのSPSS Modelerを導入しました。理由は2つです。1つはユーザーインターフェイスが使いやすかったことです。マウス操作で使えるIBM SPSS Modelerであれば、コーディングを一から覚えることなくエンジニアが仕事をしながらでも活用できると判断しました。もう1つは、IBMがデータマイニングの学習講座を提供していたことです」

栃木の四輪R&Dセンターでは、IBMの講師による「データマイニング基礎講座」が開催された。その講座では、参加者が持ち込んだ自分のデータを使ったデータ分析も行われた。その結果、参加者は、自らが学んでいるデータ分析が、自分たちが抱えている課題解決に直結することを実感できたという。

また、約6週間の学習後に上長や役員を前にした発表会を実施したところ、その内容が非常に高く評価され、以後、この講座は現在にわたって定期的に実施され、のべ300人が受講している。

さらに、基礎講座を終えたエンジニア向けに「中級サロン」も開催。IBMのデータサイエンティストを招いて分析結果の解釈や使い方などを相談できるとともに、統計や確率などをさらに深く学習できる環境も提供した。

「その他に、データ分析を学んだエンジニアが、1回30分程度のプレゼンをする場を年に1回開催しています。たとえば、あるエンジニアは、これまでは熟練した職人の巧みの目でしか確認できなかった品質判定を、データによる機械判定化することに成功し、それを発表しました。すると、プレゼン後、相談者の長蛇の列ができたということもありました」

 

データのサイロ化を克服し、新しいアイデアを生み出す「デジタル砂場」を目指す

データ分析に対するホンダの取り組みは、着実に成果を出しつつある。たとえば、データサイエンティスト協会が、毎年、データ分析・活用による産業への貢献を表彰する「データサイエンスアワード」では、本田技術研究所の「ビッグデータを活用したリチウムイオン電池の性能設計・検証プロセスの構築」が、2017年度のファイナリストに選ばれた。

「興味深いのは、この取り組みの中心になったのが、タイプの異なる3名がコアとなるチームであったことです。1人はデータに強いエンジニアで、もう1人はMBAの資格を持つビジネスに強いエンジニア、そして3人目がデータサイエンティストです。このユニークな3名が組んで成果を出せたことは、非常に意義深いと思います」

ホンダ社内では、こうした「データサイエンスに強い社員」が着実に育ち、活躍の場を広げつつある。この動きをさらに加速するため、現在、中川氏が検討しているのが「デジタル砂場」の実現だ。

「現在は、データが各部門にサイロ化されて蓄積されているのが実態です。そこで、こうしたデータをすべて集め、データのカタログを作り、自由に分析し、その結果を共有して、互いに教え合える環境を整備したいと考えています、我々は、それを『デジタル砂場』と呼んでいます。子供が夢中になって遊ぶ砂場のように、大勢の社員が砂場に集まって、遊び、学び、新しいアイデアを生み出してほしいと期待しています」

ただし、自らのビジネスを変革しようとしている自動車メーカーは、ホンダだけではない。いまや、世界中の自動車メーカーが、データを活用した変革にしのぎを削っている。その中で、ホンダはどこを目指すのか。

「我々は、どちらかといえばボトムアップの会社です。これまでの経験から、従来は数式や言葉では説明することが難しかった感性の部分を、データによって表現できるのではないかと考えています。もちろん、安全、環境、性能、品質、コストなどは従来どおりしっかり追求しつつ、これまでのエンジニアリングではカバーできなかった未知の領域を、データサイエンスで切り開き、既存のエンジニアリングとの融合を目指したいと思います」

本田技術研究所 四輪R&Dセンター 中川京香 氏

大学卒業、渡米後、本田技術研究所に入社。”紙”データの入手などから始まり、長年にわたってデータ活用に携わる。近年ではビッグデータの分析や活用の推進に取り組んでいる。

 

 

*本記事は2017年12月20日時点にビジネス+ITに掲載された特集『ビジネス価値を最大化するデータ戦略』内インタビュー記事を転載、製品紹介リンクなどを一部再編集したものです。
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