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IBMの半導体への取り組み(2) ― AIチップの研究開発で半導体を「ものづくり」の現場へつなぐ(研究員編)
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本稿では、日本IBMグループにおいて半導体チップの研究開発に取り組む伊藤愛と日本アイ・ビー・エムデジタルサービス(IJDS)社長 井上裕美が、研究員として半導体に関わる魅力ややりがいについて対談します。
「ものづくりが好き」から始まった半導体AIチップ研究開発
井上: 私たちの身の回りにあるスマートフォンやPCなど数多くの電子機器に使われている半導体は、今や人々の暮らしを支える社会インフラです。市場規模は拡大を続け、関わる産業も人材も膨大な数に上ります。日本IBMグループでも多くの社員が半導体事業に取り組んでいますが、その職種は、半導体の設計開発者、コンサルタント、半導体製造ソフトウェアの開発者と多彩です。
そのような中で、本稿ではIBM東京基礎研究所で研究員として半導体AIチップの研究開発に取り組む伊藤さんにお話を聞きます。
伊藤さんは、どのような経緯から今の仕事に携わるようになったのでしょうか。もともと半導体の研究を?
伊藤: いいえ、学生時代はもとよりIBM入社後もしばらくソフトウェアの性能向上の研究をしていましたので、半導体の仕事に携わっているのはここ5、6年のことです。
少し専門的になりますが、かつてソフトウェア性能を研究していた時にFPGA(フィールド・プログラマブル ・ゲート・アレイ *1)で集積回路(IC)のプログラミングに取り組んでいた時期がありました。その経験から半導体チップの研究開発プロジェクトに参画することになったんです。
それまで半導体の知識も経験もありませんでしたので、私にとっては大きなチャレンジとなりました。ただ、私は昔から「ものづくり」が好きでしたので、半導体を設計してチップを作ることができたら楽しいだろうと飛び込みました。
いま私が取り組んでいるのは、NorthPole(ノースポール:北極)という名前のニューラル推論用デジタルAIチップの設計です。昨年、チームの研究成果が2023年10月20日にScience誌に発表され、これから実用化に向けてさらに研究が続いています。
海外メンバーとリモートで研究開発する毎日
井上: 5年で半導体のAIチップ開発で成果を上げたとは素晴らしいですね。専門性が極めて高い半導体チップの研究開発や、海外メンバーとの協業には、多くの努力が必要だったと思います。
NorthPoleチップの詳細については、こちらのブログ『より高速でエネルギー効率に優れたAIを実現する新しいチップ・アーキテクチャー』を読んで頂くとして、IBMの研究員の働き方や海外メンバーと研究活動を進める点についてお話を聞かせてください。
今回の半導体チップの研究開発はさまざまな国や地域のメンバーで構成されていて、いわば多国籍プロジェクトですね。メンバーとはどのように仕事をしているのでしょうか。
伊藤: 半導体に限らず、 IBMでの研究開発では世界中にいる研究員でチームを組むことが多いです。さまざまな分野の専門家である各国のIBMの研究員がリモートで協働しながら対象の研究に取り組みます。プロジェクトには国籍や性別、年齢、働く場所にも境界線がありません。
また研究者同士、名前や顔は知らなくとも互いに協力し合うことが当たり前になっています。例えば何か調べたいことがあるとき、直接知らない相手にも「○○について教えて」とメッセージを送ると、地球の裏側からでも回答が返ってきます。すぐに解がない場合には、「あの人が詳しいよ」と別の研究員を紹介してくれたりするので、自分とは直接つながりがなくとも研究員のネットワークで最終的に欲しかった情報を掴むことができるんです。
井上: IBMで働いていると、日常的にいろいろな人とバーチャルでつながるのが当たり前になっているので、その人がどの国や地域にいるのか、職位が上とか下とかも気にしませんね。互いをリスペクトしつつ、よい意味で遠慮がないというか。
世界中にいる研究者が、国や組織などの枠を飛び越えて知識を共有したり研究のヒントを得たりできるのは、とてもIBMらしいように感じます。
また半導体業界というと、研究部門なども含め、一般的なイメージとして男性が多いのかなと思っていましたが、伊藤さんの話を聞くと、多様な人たちが関わり合うことで新しい視点や価値観が絶えず生まれている世界観を感じますね。
半導体の研究開発、クラウドとPCさえあれば、いつでもどこでも
伊藤: そう思います。私のいるチームでは働く場所もフレキシブルで、半導体チップの研究開発はパソコンとネットワークがあれば場所を選びません。いつでも、どこでも仕事ができています。
例えば、半導体チップをテストする場合、半導体の開発段階、つまりまだ「実物」がない時期はクラウド上にあるシミュレーションツールを使って検証し、その後実物のチップを製作した後はサーバーにそれをセットし、あとはパソコンからリモート接続して検証作業を繰り返す、といった具合です。
こうした一連のリモート作業はコロナ禍でテレワークが普及する前から行っていたことなので、場所は会社のラボから自宅に変わったものの、いつも通りのやり方で研究開発を続けていられました。他のチームメンバーも、その人が働きやすい場所で仕事をしていると思います。
井上: 半導体チップの設計や開発テストにおける働く場所のイメージも想像と違っていましたが、一般的なソフトウェア開発と同じようにクラウド環境でできてしまうのですね。
こうしてみると、多くの研究分野においてフレキシブルな働き方が可能になりつつあるように思います。近年は女性の研究員も増えているのでしょうか。
いろいろな研究分野の最前線にこそ、“リケジョ”が増えて欲しい
伊藤: IBMではもともと性別に関わりなく誰もが力を発揮できる環境が整っていますが、グローバル全体で見ると日本IBMではまだ女性研究員が多くありません。日本全体の統計を見ても、いわゆる研究職の大半を占める理学、工学分野に特に女性研究者が少ない現状があるようです(*2)。
多様性が研究の発展につながることは、既に世の中の様々なデータで実証されていますが、私の実感としても、自分とは異なる専門性の人たちと一緒に働くことで、自分にはなかった視点や考え方にハッとすることがあります。こうした小さな気づきはとても大切です。
大学や民間企業の中にはいまも男性中心の研究環境があるかもしれませんが、これから研究の最前線に女性研究者が増えていくことで、異なる属性との混じり合いで生まれる新たな視点、プラス効果が期待できるのは間違いありません。そのためには高校や大学、大学院に“リケジョ”(理系の女性)がもっと増えて欲しいなと思います。
井上: そうですね、女性の研究者が少ない理由は、博士課程に進学する女子学生がそもそも少ない(*3)ことと、理系の進学の割合が女子学生が少ないという課題と繋がっているところがあります。家庭と仕事との両立が難しい場面もあるでしょうし、女性技術者を増やすためには、ジェンダー関係なく働きやすい環境づくりが大切です。研究の場にこそ、多様な属性の人々が加わり、多様な視点から生まれるイノベーティブな発見に繋がってほしいものです。
ここまで伊藤さんの研究開発の様子について聞いてきましたが、自身の技術が社会にどのように役立って、社会がどのように変わっていくことを期待しますか。
AIチップの研究開発で、豊かなサステイナブル社会への道を切り開く
伊藤: 私は自分が関わったものが形になって、それが世の中に出て人の役に立つのが何より嬉しいです。ロジックを設計した半導体チップが、IBMのコンピューターに搭載されて社会で稼働していくことを考えると気持ちが湧き立ちます。
ところで、近ごろ世界のデータセンターで消費するデータ量が爆発的に増え電力の消費量が跳ね上がっている、というニュースを見かけるようになりました。電力消費量の急増には膨大なデータ処理を伴うAIの普及も拍車をかけています。
発電できる電力量は無限ではありませんので、これからのデジタル変革やAIの高度化のためにはコンピューターの消費電力を抑える取り組みが非常に重要です。
今回研究開発に取り組んだ半導体チップは、低消費電力でAIのプロセスの実行を可能にするものです。このチップの実用化によりコンピューターの電力消費が改善されれば、社会全体でサステイナブルな(持続可能な)AIの運用や利活用につながるのではと期待しています。そうなれば私たちひとりひとりの暮らしはさらに快適で便利に、社会全体がより豊かなものになると思っています。
井上: 毎日の暮らしを支えてくれる便利なデジタル家電から、自動運転、医療、製薬など、半導体の用途はますます広がっていますね。私たちが半導体チップを直接目にする機会はなかなかないことですが、その恩恵を受け毎日を快適に便利に暮らすことができているのは、日々誠実に、熱心に半導体チップの研究に取り組む方々のおかげとも言えます。
また伊藤さんが取り組んでいる半導体AIチップはコンピューターの省電力に密接に関わり、持続可能な社会への道を切り開く大きな可能性を秘めています。私たちはテクノロジーの力で、より良い社会を実現することができるように、これからも多様な技術者の活躍を推進して参りたいですね。
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