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社会を支えるIBMの半導体(1) ―最先端テクノロジーと地域のIT技術力
2023年11月27日
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AIの高度化にはコンピューターの性能が大きく関係し、膨大な量のデータを高速に、かつ消費電力を抑えながら処理するのには半導体チップの進化が鍵となります。IBMでは2022年12月にRapidus株式会社とパートナーシップを締結し、IBMの画期的な2ナノメートル(nm)ノード技術の開発を推進し、Rapidus社の日本国内の製造拠点に導入することを発表しました。本稿では、日本アイ・ビー・エム副社長、 最高技術責任者 兼 研究開発担当の森本典繁と、半導体の製造現場をITとデジタルの技術で支える日本アイ・ビー・エムデジタルサービス(IJDS)の井上裕美が、AIとコンピューター性能の発展の歩みと、急速に需要が高まる半導体業界の人材育成について、地域の技術力やリモートワーク、リスキリングの観点を交えて対談します。
AIの進化とコンピューターの歴史、時代はAIの黄金期へ
井上: 目覚ましい進化を遂げているAIですが、乗り物の自動運転やお掃除ロボットなどの生活に密着したところから、製造工場での不良品の検知や化学、ヒトのゲノムと病気との相関関係から食品の革新を生んだり新しい治療法や薬の開発に繋がったりと、ますます幅広い分野で活用されていますね。このようなAIの進化や高度化は、高性能コンピューターなしには成しえなかったと思います。
森本: その通りです。コンピューターの計算速度やメモリーの記憶容量が大幅に向上したことがAIの精度を飛躍的に向上させ、それらを実現させました。そしてコンピューターが膨大な量のデータを高速に、かつ消費電力を抑えながら処理するのには、高性能な半導体チップが不可欠です。
今でこそ素晴らしい処理性能を持ったスーパーコンピューターを活用したAIモデルが次々と登場しているように見えますが、決してはじめからそうだったわけではありません。
コンピューターの進化の歴史と今後の展望を知ることで、これからの半導体市場に関する理解が深まりますので、ここで少しコンピューターの歴史を紐解いてみましょう。
1960-70年代、当時のコンピューターは極めて非力なものでしたが、当時の人は想像力をかき立て、懸命にアルゴリズムを考えました。いま私たちが目にしているAIのアルゴリズムのほとんどは、もうこの時代に考えつくされたと言ってもいいほどです。
しかしそれを実際に使えるものにするには、当時のコンピューターのパワーが無さすぎました。考え抜かれたAIのアルゴリズムを処理できるような優れたコンピューターが登場するのを待たなければいけなかったのです。
1990年代の半ば、IBMのスーパーコンピューターであるディープブルーが人間のチェスの世界チャンピオンに勝利したことが話題になりました。まさにこれが時代の潮目を大きく変えた出来事です。
井上: ここで一気にコンピューターを使った機械学習が、人間の能力を超える場面が出てきたということですね。
森本: そうです。それ以降、コンピューターの進化に伴って、A Iが賢くなるにつれて人間に迫る存在になっていきました。
2010年頃になると、Power7というプロセッサーを使用したIBMの高性能なコンピューターが登場しました。これにより膨大なデータ量をAIに取り込むことができるようになったのです。2011年、AI(IBM Watson)がクイズ番組『Jeopardy!(ジョパディ!)』で2人のクイズ王を負かして話題なりました。
井上: データ量と言えば、2015年に英語版Wikipediaの記事が500万件を突破したと発表されたそうですね(*1)。言い換えれば、500万件もの人間の集合知が「デジタル化」されてコンピューターに入力することができるようになったということです。ここから、コンピューターの能力とAIの賢さが相関を持って伸びることになると考えられそうです。
森本: その通りです。コンピューティングパワーが上がったことにより、このあとディープラーニング(機械学習の一種で、コンピューターが自動で大量のデータを解析して、データの特徴を抽出する技術)が登場しました。
2016年にGoogle DeepMind社の「AlphaGo(アルファ碁)」という囲碁AIがプロ棋士を破ったことで、一躍ディープラーニングが世間一般に知られるようになりましたね。
そのあと続いて、大規模言語モデル(Large Language Models、LLM)、基盤モデルが出てきました。コンピューターが膨大なデータ量を処理できるようになり、何千億というパラメーターを学習することによって、AIは、まるで人間のように言語や画像などを生成できるようになりました。
このようにコンピューターとAIの歩みを振り返ってみると、今まさに時代はAIの黄金期の入り口に立ったようなものだと捉えることができます。半導体は現代のさまざまな産業と密接に繋がり、生活の根幹にあるものと言えます。
AIの進化の条件は、コンピューターの処理能力、AIのアルゴリズム、データ量の3つが揃うこと
森本: AIの高度化は、コンピューター能力、AIのアルゴリズム、データ量、この3つが相まって進化してきた結果と言えます。
この中で、最もAIの性能を左右する要因となるのがコンピューター能力です。AIの精度を上げるには、アルゴリズムを開発・訓練するための膨大な計算能力と電力が必要ですから、それに見合うパワーを持つコンピューターが絶対に不可欠なのです。
これまで、その時代時代で最高性能のコンピューターにAIのアルゴリズムとデータを入れることができたことで、AIは進化し続けてこられたわけです。特に、先述のディープラーニングが出てきてからは、とにかくデータをたくさん使うことでAIの性能がどんどん上がっていくということが分かりましたから、いっそうコンピューターの処理能力を高めなければならなくなりました。
井上: なるほど、膨大なデータを処理するためには膨大なコンピューターのパワーが必要ということですね。処理性能が足りなくてAIの学習に何カ月もかかるのでは、実用的とはいえませんから、もし1台で足りなければ2台、足りなければ10台、100台とどんどんコンピューターを繋げ、ハードウェアを大量にかつ長時間使うことで、大きな言語モデルやAIモデルを作ってきたことがわかります。でもこのままいくと、私たちの身の丈に合わないようなハードウェア量を消費することになってしまいませんか。
世界中でサステイナブルな状態でAIを支えていくことが喫緊の課題
森本: そうなんです。これからは世界中でサステイナブルなAIの運用や利活用を支えていかなければなりません。そのためには、コンピューターのさらなる性能向上と電力消費の削減に同時に取り組む必要があります。
このような状況下、IBMでは2006-7年頃から、世界のコンピュータの需要とハードウェアの発展の間の大きなギャップを察知し、ハードウェアに関する3つの戦略的方向性を示しました。
IBMの3つの戦略的な方向性
1. 半導体の微細化の継続的な研究開発
半導体は数十億から数百億個のトランジスタを使うことでCPU(Central Processing Unit : 中央演算処理装置)、GPU(Graphics Processing Unit : 画像処理半導体)が機能します。トランジスタが小さければ小さいほど消費電力は小さくなりますから、極限まで微細化することで消費電力を抑え性能を上げることに長く取り組んできました。しかしここに来て、微細化には物理的にそろそろ限界が来ているともこともわかってきました。そこでIBMは、現在、半導体チップの3次元化、チップレット、アナログ・デジタル混載実装、パッケージングなどの研究開発に着手し、既存半導体の単位面積あたりの性能向上を目指しています。
2. 脳型チップ
並行して、既存の半導体と全く違うアーキテクチャを持ち、人間の脳にヒントを得た新しいタイプの脳型チップの開発も進行中です。第1世代のデジタルブレイン・チップ、第2世代のアナログAIチップの開発を進めていますが、既に第1世代の一部が、去年発売されたIBM Z16というメインフレームに搭載されました。現在はさらにその先の、より能力の高い脳型チップの研究開発に取り組んでいます。
3. 量子コンピューター
IBMは2019年から量子コンピューター開発のロードマップを発表し、これまで着実に1つ1つのゴールを達成してきています。この計画によると、今年2023年には1,000量子ビットを超える量子プロセッサーが誕生します。また2025年には量子セントリックデーターセンターができる予定で、量子コンピューターと既存の古典コンピューターの融合によってさらに大きなクラスターができていく見込みです。
高まる半導体需要の中、半導体に関わる人材をどう作るか
― 2022年12月、IBMとRapidus社は半導体の微細化技術の発展に向けた共同開発パートナーシップの締結を発表しました。今後はIBMの2nmプロセス半導体の技術開発を推進するとともに、Rapidus社の国内製造拠点に2nmプロセスの製造技術を導入することが予定されています(*2)
森本: IBMはこれまでも高性能な先端半導体チップを自ら開発し、外部の量産専門の工場(ファブ)に製造を委託してきました。また、多くの日本の装置メーカーや材料メーカーとの協業も長年続けてきています。今回の Rapidus社との協業で、その製造パートナーのコミュニティがさらに拡大される事になります。世界中でコンピューティングの需要が高まっている中で、IBMが長年研究開発してきた半導体技術が、今まさに世の中に出ようとしているというところです。
井上: 世の中で半導体需要の高まりがクローズアップされる中、業界全体として、次世代の半導体人材の育成にも力を入れていく必要があると思います。IBMとしても半導体の専門的な知識や技術を持つエンジニアを増やしていくことが求められていますね。
森本: IBMでは、米国ニューヨーク州アルバニーにあるナノテックセンターで半導体技術者の育成と訓練をしています。IBM社員だけでなくRapidus社の技術者もそこでナノテクノロジーを習得しています。ここでは、すべての半導体製造のプロセスをEnd to Endで実施できるため、技術者たちは実際に最先端のプロセス全体を経験しながら技術を身につけています。
リスキリングと地域への貢献
井上: 半導体に関わる人材には、半導体技術の研究開発者のほかに、半導体工場の製造実行システム(Manufacturing Execution System:MES)を構築するITエンジニアも必要です。半導体を製造するプロセスは非常に複雑で、システム開発にも高度な半導体業界スキルとITスキルの両方が求められます。
IBMには、半導体の製造実行システムのIBM SiView Standard (*3)があり、日本アイ・ビー・エムデジタルサービス(以降、IJDS)にはこのシステム開発と、半導体の企業様に向けたデリバリーを担当するチームがあります。
IT人材の不足が問題視されて久しいですが、さらに半導体の知識を持ったIT技術者となるととても少ないのが現状で、IJDSでも社内のリスキリングを積極的に進めています。
例えば地域に住むIT技術者も、地域に縛られず最先端の半導体システムに関われますし、豊富に用意された研修プログラムを活用して、全く異なる業界から半導体業界に飛び込むことも可能です。
社内のリスキリングの一例を挙げると、北海道に拠点のあるIBM地域DXセンターには銀行系のエンジニアが多くいますが、最近は半導体業界にリスキリングする社員が増えてきました。
一見すると、金融業界から半導体の世界に飛び込むのはかなり難しいように思われますが、IT技術者の場合は、ベースとなる開発スキルやプログラミング言語が身についているので、そこから半導体業界の研修とOJTにより現場スキルを習得することで、十分にリスキリングが可能なのです。
リスキリングのモチベーションは、地元北海道愛とIBMの半導体の総合力
井上: 前述の通り、Rapidus社の開発・生産拠点が北海道千歳市に設立されることが発表されて以来、IBM地域DXセンターの札幌拠点においても、半導体業界の仕事に手を挙げる人が増えてきました。もともとIBMグループには国内外でいろいろな業務がリモートで行う制度が整っていて、どこに住んでいても仕事はできていましたが、自分の住む地域に目に見える形で貢献できるというのは、やはり嬉しいものですよね。
また、半導体がこれほど必要とされる中で、IBMの総合力を発揮できる半導体ビジネスに関わることができることも誇らしいと聞きます。
森本: それは嬉しいですね。確かにIBMでは、半導体のトランジスタレベルの特許技術、工場(ファブ)の立ち上げ、オペレーション管理ソフト、設計、ビジネスの運用、サプライチェーン管理、アセットマネジメント、全体のコーポレートストラテジーからマーケティングまで、全てを手がけています。こんなことができる会社は、地球上にIBMしかありません。この点は私も誇りに思っています。自分も貢献したいと手を挙げてくれる人が増えるといいなと思いますね。
リモートワークの浸透で半導体業界もダイバーシティ化
井上: かつての半導体業界では、製造工場に直接足を運んで対応しなければいけないことが多く、女性が働きにくい面があったと聞いています。それがここ数年のうちにリモートワークが可能になったことで、働く場所も仕事の内容も多様化が進み、業界全体として働き方のダイバーシティが進んだように思います。IJDSでも半導体に関わるIT技術者たちの多くが、ほぼ自宅からリモートワークでシステム開発の業務にあたっています。
森本: 確かに半導体の研究や製造の現場でも女性が働きやすい環境が整ってきたと感じます。例えばIBMの新川崎事業所の半導体クリーンルーム内では女性の研究員も働いていますし、回路設計など工場(ファブ)に行かなくてもできる仕事が増えています。半導体業界は男性ばかり、オンサイトばかりでの仕事ではないということを多くの皆さんに知ってもらいたいですね。ぜひ女性の技術者も増えてほしいと願っています。
井上: いまや半導体はさまざまな産業に欠かすことのできない社会インフラです。IBMが持つ半導体の先端テクノロジーの研究開発力と、IJDSの半導体工場の製造システムを安定的に稼働させるITの技術力で、これからも半導体業界と社会に貢献して参ります。
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