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デジタルでココロとカラダを知る | ウェアラブルEXPOセミナーレポート
2021年01月29日
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「遠隔作業支援や巣ごもり生活支援という点などから、注目も活用も現在一層の高まりを見せています」
— 今年7回目となる「ウェアラブルEXPO」の特別セミナーを監修された神戸大学大学院の塚本昌彦教授は、現在のウェアラブルデバイス界隈の活況をそう伝えると、「デジタルでココロとカラダを知る」と題されたセッションの最初の講演者であるIBM Cognitive Applications事業担当の村澤 賢一の登壇を促した。
塚本教授と村澤は、一昨年日本IBM本社で開催されたイベント以来の顔合わせだという。
「塚本教授をお見かけするたびに、装着されているデバイスが進化していて毎回驚かされます。」村澤がそう語った通り、塚本教授のヘッドマウントディスプレイには、こめかみ周辺にApple Watchが組み込まれていた。
参考: 塚本教授の一昨年の講演『産業用ウェアラブルデバイスの動向と将来』
それではここから、村澤の講演『「科学的ヘルス・リテラシ」の実践とQoS(Quality of Space)』の中から、いくつかのトピックをピックアップして紹介する。
■ コロナ禍における生存権とグレートリセット
まだ全容を解き明かすには程遠い状態にあるコロナ禍で、我われは疑問、不安の中で暮らしています。そうした新たな枠組みを考えていかざるを得ない状況だからこそ、行政を支える仕組みや人びとの行動様式など、さまざまな面から”疲労を起こしている制度や習慣”を見つめ直し、積極的に変えていくべきであろうと私は考えています。
村澤はそう話すと、日本国憲法第25条「生存権および社会福祉・社会保障・公衆衛生」について触れた。
日本国憲法第25条
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
たしかに、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言が発令されている今、憲法第25条で謳われている「健康で文化的な最低限度の生活」や、「社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進」という、国の社会的使命が果たされているのかあるいは果たそうとしているのかという点については議論のあるところだ。
しかしそれも、人類にとっての新たな脅威を、人類に更なる進化をもたらすものへと変換し、制度疲労を起こしている社会を活気づけ、停滞気味の日本を前に進めるための「グレートリセットを実現するチャンス」と捉えられないだろうかと村澤は言う。そして、ウェアラブルが果たすそこでの役割は、非常に大きなものとなるだろうと。
旧来のモノサシで我われ自身の活動の良し悪しを図ることが難しくなった今、大きな力を発揮するのがウェアラブルであり、そこから得られるデータを基にした知見を活用した空間・ヒトの次世代モデルが必要となっているのではないでしょうか。
■ 科学的ヘルス・リテラシ
「科学的ヘルス・リテラシとは、自らの健康を自らが “決める” 力です。今この時代に、個々人がその力を高める必要があります。」
村澤はこのグレートリセットのチャンスを2つのテーマから見ていきたいと語ると、まず1つ目の「科学的ヘルス・リテラシ」について上のように定義した。
そしてその実践を支える「Internet of Human(IoH: ヒトのインターネット)」の4つの取組み領域を紹介した。
1. Augmented Intelligence(拡張知能)
知識補完、認知拡張に資する情報を提供し、人間の認知拡張を助け、行動変容へとつなげるコンピューティング領域
2. Anatomy & Mechanics(人体構造と運動機構)
歩行速度や姿勢など外形的・運動様態の把握、また歩行開始/停止時の状態などを捉え、裏側に潜む病やそれにつながる予兆を把握しリスク対応を行う領域
3. Behavior (日常生活動作)
日常生活動作(ADL: Activities of Daily Living)のモニタリングと、デジタル化された時系列データを用いて、神経変性や精神疾患などを伴う病気の進行など、QoLを著しくおとしめるリスクに対応する領域
4. Body Internal Activities(体内活動)
各種ウェアラブル・センサ/デバイスを介し、リアルタイムに把握されるデータを用いて、健康/安全管理上有用な体内活動データを把握・管理/活用する領域
筆者にとって特に興味深かったのは、1の「Augmented Intelligence(拡張知能)」と3の「Behavior (日常生活動作)」だ。
上の図の左側は、すでに具現化された技術として紹介されているXR(Extended Reality)と呼ばれる仮想世界と現実世界を融合して新たな体験をつくり出す技術と、VI(Visual Inspection)と呼ばれる画像認識技術だ。
そして右側に「これから実現すべき技術」として置かれているのが、「Intelligent Assistant」と名付けられたサービスやその基盤だ。これは個人の身体的パーソナル・データの収集と分析が、ウェアラブルとエッジ・コンピューティングにより超高度化し、それがMulti-ModalなAIとつながることで、個々人が本当に必要としている行動や身体的ニーズを満たすための活動を支援するものだという。
村澤率いるチームでは、今年、この活動を社内外関連チームと協業の上、一層本格化していくと言う。個人的にこの活動には大いに期待したい。
3の「3 Behavior (日常生活動作)」については、村澤の語った個人的体験が興味深かったのでここに紹介する。
祖母は晩年認知症を発症しました。家族で支援していたのですが、やはりある程度を越えると介護支援のプロフェッショナルの手をお借りしなければ難しいということを実感しました。
支援を受けるにあたり、介護支援のプロであるケアマネジャーに訪問調査をしていただき、本人や周囲との会話を通じてどのレベルの支援が必要かを判断いただくのですが、祖母はケアマネジャーの訪問中だけは不思議とかくしゃくな振る舞いを見せ、受け答えも普段よりもシャキッとしているのです。“お客様に対してはきちんとしなければ…”というような無意識が、どこかで脳を覚醒させるのかもしれませんね。
ただ、これでは実際の日常に見合う支援を受けるための、障害支援区分が判定できません。こうした問題も、ウェアラブルとそのデータの分析が用いられれば、より正確な日常レベルを観測した上での判断が下せるだろうということを感じた経験でした。
■ QoS実現に向けて | 抜本的なデザイン変更を迫られている活動空間
QoSとはQuality of Spaceの略であり、「空間の質」や「場所の質」という考えを示すものだ。
コロナ禍を経ることでグレートリセットされつつある価値観と、近年のテクノロジーの急速な進化により実現可能となった行動様式とを併せた、人間の活動空間の抜本的デザイン変更について、村澤はいくつかの取り組みやアイデアを紹介した。
以下、登場したキーワードを簡単に紹介する。
- 音場と自律神経 | 音源のデジタル化が進むことで、可聴領域外の音を耳にする機会が減少しているが、果たしてその人体への影響は?
- 光への感受性 | 自律神経系、内分泌系、脳内ホルモンなど、光が人体に与える影響範囲がより詳しく解明されてきている
- 気象病 | ここ5〜10年の間に気象と病気の関連を調べる「生気象学」の研究が進み、以前は原因不明とされていた症状の原因が解明されることも
- ユニバーサル・デザイン | 村澤自身も数年前に車椅子生活を送る機会を経験したことで、スロープの角度がいかに重要かを身をもって感じたと言う
- デジタル盲導犬 | 実用化が見えてきた「スーツケース型のAIロボット(AIスーツケース)」は、いわばデジタル技術による「盲導犬」ではないか
- 人体寸法 | After COVID-19では、建築物の設計やインテリアのデザインをする上で基盤となってきた「人体寸法」も変化が必要ではないか
- ABW| 働き方と職場空間の多様性が増していく中で、個人とチームのパフォーマンスを発揮しやすいActivity Based Workingも多様になっていくべきであろう
なお、これらのQoS向上に関する取り組みも、大規模な施設、設備、建物の設計・工事管理ができなければ実現は難しいだろう。意外なことに、日本アイ・ビー・エムにはそうした施工を認められている一級建築士が多数在籍しており、建物の要件定義・設計・施工・運用事業も実施しているとのことだ。
■ 今後の展望
最後に、村澤がまとめとして紹介した3つの視点を紹介する。
・ With/After COVID-19環境充実のためにも、目の前の状況を改善する
社会的意義を高め、課題解決範囲を広げるためにも、ウェアラブルセンサ/デバイス単品、領域限定の限られたサービスから脱却し、関連データ/サービスと連携することで裾野を広げ、ファシリティの再構築やMaaSなどによる広域サービス化、そして技術適用範囲の拡大をしていくことが重要である。
・ Always on!! の時代における新たな正義追及に向けて
生活から「余白」や「人間らしさ」が失われていく中で、社会/企業/個々人それぞれのレベルで具現化すべき次の世界像が少しずつ見えてきている。それらを個々に実現するのではなく、丁寧に組み合わせていくことで「持続可能/高い回復力/倫理的な正しさ」が実現される。そこでIoHが果たす役割・意義は大きい。
・ 「都市OS」レベルの基盤整備
オンラインがオフラインを融合していく「アフター・デジタル」の生活基盤/経済基盤の整備に向けて、人の営みを包括的に支援する「都市OS」レベルのアーキテクチャが早急に必要とされる。中でも、パーソナル・ヘルスケアや公衆衛生領域の取組みは、その一丁目一番地である。
セッション終了後に再びマイクを取った神戸大学大学院の塚本教授は、所感として下記の言葉を述べた。このレポートの最後として、その言葉を紹介する。
「“倫理的な正しさ”や”正義追求”という言葉がウェアラブルEXPOの〆の言葉として出てくるのは、非常に感慨深いです。そして、技術とはそういう観点から見ていかなきゃいけないものだなと、私も改めて感じました。」
問い合わせ情報
お問い合わせやご相談は、Cognitive Applications事業 cajp@jp.ibm.com にご連絡ください。
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