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スーツケース損傷画像AI検知で、保険金送金まで完全自動化

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「サービス発表からわずか数時間後には、もうすでに自動支払いで保険金を受け取ったお客様がいらっしゃいました。

木曜の夜遅い時間の申請でしたから、以前なら支払い完了は確実に週をまたいでしまっていたと思います。お客様の不安低減に寄与できていそうで、本当に嬉しいです。」

サービス発表翌日の取材でこう語られたのは、「スーツケース破損保険金自動支払いサービス」の提供を9月26日にスタートしたばかりの、ジェイアイ傷害火災保険株式会社(以下「ジェイアイ傷害火災保険」) 常務執行役員 永井 拓也氏です。

参考 | ジェイアイ傷害火災保険、AI画像解析によるスーツケース破損検知と自動送金サービスを活用した「スーツケース破損保険金自動支払いサービス」を提供開始

 

今回、サービス構築を指揮された永井氏を中心に、ともにプロジェクトを推進した株式会社システムリサーチ(以下「システムリサーチ」)および日本アイ・ビー・エム株式会社(以下「日本 IBM」)の関係者にお話を伺いました。

写真左より:
村田 大寛(むらた だいかん) | 日本アイ・ビー・エム株式会社 サステナビリティ・ソフトウェア テクニカルスペシャリスト・マネージャー
毛利 茂弘(もうり しげひろ) | 株式会社システムリサーチ 製造システム事業部 製造システム1部 シニアマネージャー
永井 拓也(ながい たくや) | ジェイアイ傷害火災保険株式会社 常務執行役員
守友 彩子(もりとも あやこ) | 日本アイ・ビー・エム株式会社 クライアントエンジニアリング事業部 イノベーション・デザイナー

 

目次


 

● 「これはきっといいものになる」 | ユーザー体験への想いの強さ

過去に体験したことがある人ならば、旅行中のスーツケース破損にまつわる手続きの面倒さや、保険金受け取りまでの不安な気持ちを思い出せるのではないでしょうか。

コロナ禍を経て、2023年夏以降、毎月およそ100万人を超える人びとが日本から海外へと向かっている今、AIによるスーツケース損傷画像診断および保険金自動送金サービスは、多くの人たちへより安心の「旅行体験」を届けるものとなるでしょう。

まず、この取り組みが始まったきっかけや、背景などについて皆さんにお話しいただきました。

 

「弊社親会社であるJTBからの紹介で『私たちのデザイン思考ワークショップを一度試してみませんか?』とIBMさんからお声かけいただいたのがきっかけでした。

正直言って、最初は『またか』と思いました。デザイン思考ワークショップのお誘いは、コンサルティング企業や広告代理店さんからたくさんいただくものですから。でもこれまでの経験から、「議論の進め方はかっこいいけど、アウトプットが見えづらい」ものばかりで、実ビジネスにはつながらないものだと感じていました。

でもどうやら、話を聞いてみると、IBMさんのデザインワークショップは相当違うようで。実際に試しに企画メンバー5名で参加してみたところ、デザインワークショップ開催期間の間に何度もプロトタイプが作成されていくのに驚きました。手触り感を持って進められるところなど、他の会社のものとはまったく違いましたね。

最初の「アイディエーション・セッション」はあくまでスタート地点に過ぎず、アウトカム志向でしっかり伴奏してやり切っていただけることに驚きました。

 

そう話す永井氏の言葉に、ワークショップをリードした日本IBMの守友が当時を思い出します。

「今回のスーツケース損傷保険金自動支払いサービスは、ジェイアイ傷害火災保険の皆さんが、『良いユーザー体験』への強いこだわりをワークショップで示していただけたからこそ生まれたものだと思います。

できるだけ簡単にしてあげたい。できるだけ早く不安を解消してあげたい。できるだけ素早く保険金をお渡しできるようにしたい。——こうした思いが前面に出ていて、『これはきっといいものになる』と最初から思いましたね。」

 

「これは私の思い込みかもしれませんが、AIに限らず企業のDXの取り組みは、社内業務改善に関するものが多いと感じていまして、もっと、直接お客様に喜んでいただけるものをやりたいとずっと思っていたんです。もちろん、企業の業務効率化は重要な命題であり、社内の人的作業量削減も大事なことではありますけれど。」

永井氏はそう話すと、笑顔で続けました。

「従来最短で3日かかっていたお客様への保険金支払いが最短即日というか即時リアルタイムで振込完了となったこと。そして目視によるスーツケース破損の画像判断と各種の承認、支払手続きという損害サービス担当者の作業が不要となったこと。

今回スタートしたスーツケース破損保険金自動支払いサービスは、社内外の2つの大きな目的を同時に達成するものでした。」

 

● 「画像AIモデル」は現場が自分たちで育てていけるものが一番

デザイン思考ワークショップとMVP作成から数カ月後、AI破損画像診断サービス構築プロジェクトが本格始動しました。

サービス構築は順調に進んだのでしょうか?

「やはり、画像AIモデルを用いたサービスやシステムは、実情をもっとも知っている現場の人たちが自分たちで調整を重ねながら、育てていけるものが一番なんです。

最初のサービス構築で終わりではなく、AIモデルを発展させたり、さらに別用途へと展開させたりすることも自社で行えるようになりますから。

ですからお話を聞いて、AIの専門知識を持ち合わせていない、ジェイアイ傷害火災保険の事故対応担当者の皆さんたちでも自分たちで運用していける、IBMのAI画像認識ソリューション『IBM Maximo Visual Inspection(以下「MVI」)』がピッタリだとすぐに思いました。私たちシステムリサーチのAI専門チームは以前から検証を重ねてきており、MVIのことはよく分かっていましたしね。」

 

システムリサーチ シニアマネージャーの毛利氏はそう話す。しかし、構築プロジェクトは意外な展開を見せたという。

「ですから、あんなふうに途中で暗雲が垂れ込めるとは、まったく想定していなかったんです…。」

 

はたして「怪しい雲」はどこからやってきたのだろう? 日本IBMの村田が毛利氏の言葉を受け継いだ。

「今回採用いただいたMVIはSasSサービスとしてローンチしたばかりで、IBM側のMVI基盤プラットフォーム管理に甘い点があり、使用するソフトウェアのバージョンによっては不具合が発生する状態となってしまっていました。また、その問題の認識と原因追求に時間がかかってしまい、関係者の皆様にご迷惑をおかけしてしまいました…。本当に申し訳なかったです。

ただ幸いにも、システム構築作業を行われていたのがMVIに関する長年の経験をお持ちのシステムリサーチ様だったので、的確な推論とご指摘をいただくことができました。

そこからはサービスリリースに遅延を来さないよう、情報共有をより密にして取り組みを進めています。」

東京・晴海のトリトンスクエアのラウンジにて

 

 

● 不安を抱えている期間を一掃! | 苦労の末の「全体完全自動化」

「モデル作成上の苦労はいくつかありましたが、この3つ特に大きかったですね。」

こう語るのは、普段は、保険査定業務と申請書類の処理を担当されており、今回AIモデル作成を主軸として実施された、ジェイアイ傷害火災保険 損害サービス部の内藤由香氏です。

 

「時系列で言うと、まず1つ目の苦労は、AI学習モデル作成のための画像を集めることでした。まだコロナの影響が濃い時期でしたから手元には数百枚しか破損スーツケースの画像がなかったんです。その後、パートナー企業などから8万枚もの画像をかき集めて仕分けし、学習させました。

2つ目は先ほどの話と関係するのですが、サービスの不具合により、しばらくモデル作成作業ができない期間もあったせいで、時間がぎりぎりになってしまったこと。

そして最後に、AIモデル作成そのものが想像を超えて大変でした。今回7つのAIモデルを作成しましたが、システムリサーチさんのフルサポートを受けてモデル作成をしたのはボディ部分の損傷判断のみの1つだけだったんです。

ただ、1つ経験すれば、後の6モデルの開発は経験を活かして簡単に進められるのかと思っていたんですが、画像判定モデルは1つずつ特性が違うものなんですね。…思っていたよりも遥かに大変でした。フルではないものの、その後のシステムリサーチさんのバックアップもあって何とかゴールまで辿り着けて本当に良かったと思っています。」

 

苦労を乗り越え、2024年の4月にAIモデルの作成および検証を完了、人運用の裏側で実事案での試験運用を開始。その後、自動送金振り込みサービスの構築を終え、「全体完全自動化」が完成、晴れて9月26日よりスーツケース破損保険金自動支払いサービスの提供スタートとなりました。

実際の保険金請求の申請についても内藤氏にデモを見せていただいたところ、従来の保険金請求とは完全に一線を画す、画期的なユーザー体験を提供するものとなっていました。

ポイントは、「保険金支払いを受けられるのかどうか」「補償金額はどれくらいなのか」「受け取りまでどれくらい待たなきゃいけないのか」、これらの不安に対してすぐにその場で回答が得られること。また、ウェブブラウザー・ベースで、アプリのダウンロード不要ですぐに利用できるものとなっていました。

スーツケース破損と保険金支払い申請の際の画面遷移:
1. 契約および補償内容の確認後、スーツケース破損箇所を指定する
2. 破損内容に応じて提示される見積もり額を確認し、提示額での補償申請を進める
3. 破損箇所を写真に撮りアップロードする

 

 

● 保険の選択肢と「安心」をお客様にお届けするために

プレスリリースでは、他の保険会社やスーツケース販売メーカー、会社への展開などが言及されていました。具体的な動きはすでにスタートしているのでしょうか。旅行者はどんな期待を持てるのでしょうか? 再び永井氏に尋ねました。

 

「私たちジェイアイ傷害火災保険は、海外旅行保険商品を複数の損保社さんにOEM提供している企業でもあります。おそらく年内には、現在のOEM先のソニー損保様などでもこのサービスがご利用いただけるようになるかと思います。また、新たな別の保険会社様との話も進んでいるところです。」

 

旅行客からすれば、保険の選択肢が大幅に増えるのはありがたい話です。他にはどんな話が進んでいるのでしょうか。

「国内某LCC様へのサービス提供の話も進んでいます。

旅行客の方がたにはあまり知られていない話かもしれませんが、航空会社には、スーツケースの「本体破損」を補償する航空運送約款があります。ですから現在は、コンタクトセンターを構え、お客様の申請を判定し、キャスターやハンドルなどの場合は補償対象外としてお断りし、スーツケース本体の破損であれば航空会社が自ら補償額の査定やお客様への振込等の支払い実務を行う—こうした業務が存在しています。ご想像に難くないと思うのですが、これはかなり大変な業務です。

でも、それが今後、私たちのこのサービスを例えば航空券予約プロセスにオプション販売として組み込んでいただくことで、航空会社はオプション販売によるアップセルを実現しながら、これらの対応作業や補償額の負担から解放されるのです。

…自画自賛ではありますが、これはもしかすると、航空業界のかなり大きな業務変革につながるかもしれません。

とは言うものの、やはり私たちがお客様に何よりもお届けしたいのは「安心」です。このサービスが広がることで、それを実現したいですね。」

 


企業情報

■ ジェイアイ傷害火災保険株式会社 | https://www.jihoken.co.jp/

1989年設立。旅行傷害保険のエキスパートであり、国内旅行業最大手のJTBグループと損害保険大手AIGグループとの合弁会社。
本社: 東京都中央区。

 

株式会社システムリサーチ | https://www.sr-net.co.jp/

1981年設立。独立系SIerとしてAI・RPAをはじめとした先端技術や業務パッケージなど、トータルソリューションを提供。
本社: 愛知県名古屋市。

 

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TEXT 八木橋パチ

 

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