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再生エネルギーと高精度気象データが作る脱炭素な未来社会 | オンライン・スペシャリスト対談
2021年02月16日
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菅首相の「2050年脱炭素宣言」を受け、国を挙げての再生可能エネルギー(再エネ)拡大への前向きかつ建設的な議論と取り組みが求められている。
そんな中で、脱炭素社会実現に向けて大きな役割を果たすであろう太陽光発電について、長年の経験を持つスペシャリストである三井化学株式会社の塩田剛史氏と、IBM気象ビジネスのスペシャリストでデータ・サイエンティストの高田颯のお2人にオンラインで対談インタビューを行った。
塩田 剛史 氏
三井化学株式会社 新事業開発センター エネルギーソリューション室 室長
1997年 東京理科大学大学院修了 同年三井化学に入社
2005年 東北大学にて博士(工学)号取得
2008年~2013年 太陽光パネルの信頼性評価技術開発に従事
2012年より、IEC/TC82の日本のエキスパート登録
2014年 太陽光発電診断コンサルティング事業立ち上げ・従事
高田 颯
IBM Cognitive Applications事業部 データ・サイエンティスト
2016年 早稲田大学総合機械工学科卒業 同年日本IBM入社
2018年よりIBMのウェザービジネスに従事
■ 日本の太陽光発電のこれまでと三井化学の強み
— まずは三井化学の太陽光発電との関わりと、これまでの再エネ界隈の動向について教えていただけますか。
塩田: 総合化学メーカーの三井化学は、現在の社名になる前の1980年代初めから、太陽光パネルの性能や寿命を大きく左右する封止材の製造・販売を行ってきました。
1990年代に入り、日本でも「ニューサンシャイン計画」が発表され、脱石油の掛け声が社会に響いた時代があったのですが、当時は太陽光発電にかかるコストが高かったこともあり、大きな広がりは見せずに終わってしまいました。
その後2000年代後半に、「FIT(Feed-in Tariff)」と呼ばれる固定価格買取制度が全世界的に広がっていき、日本でも2012年7月にスタートしました。
固定価格買取制度は、その名が示す通り再生可能エネルギー(再エネ)を国が決めた価格で買い取るという制度でして、日本では多くの投資家たちに「良い投資先」と判断されたこともあって一気に広がりました。
しかしここ数年、2020年のFIT終了を前に電力買取価格の下落が続いていたこともあり、日本の再エネの取り組みが今後どうなっていくのか少々心配が募っていましたが、先の菅総理の「2050年までに脱炭素社会を実現する」という発言を受け、以前と同様かそれ以上の脚光が当たっているというのが現状です。
そんな中で、三井化学の太陽光発電に関する診断やコンサルティング事業にも、多くのご注文や相談をいただいております。
— 三井グループとして発電所の運営もされているんですよね。昨年のセミナーでもご紹介いただきましたが、改めてその強みをお聞かせください。
塩田: はい。2014年に三井系企業7社で愛知県田原市に「たはらソーラーウインド」という再エネ発電所を開所しました。グループ7社の中で私たち三井化学が主導的な役割を担い、50メガワットの太陽光発電と6メガワットの風力発電というハイブリッド発電を行い、発電した電力は中部電力様に売電しています。
三井化学の強みは、まず、封止材をきっかけに広がり続けてきた日本全国700カ所に及ぶ、47都道府県すべてにまたがる発電所のデータを持っていること。そして次に、太陽光パネルの製造元とのネットワークや自社の持つ発電所や研究所における検証などを通じて積み上げてきた知見ですね。太陽光発電に関係するさまざまな製品の特性をここまで知っているメーカーはそうないのではないでしょうか。
それらのデータと経験から、製品の経年劣化予測と気象・日照データからの予測を組み合わせて、個々の発電所がその本来の健全な発電量を生み出せているかを、高いレベルで診断することができます。
— 気象・日照データからの予測とは、具体的にはどのように導き出されるものなのでしょうか?
新規に発電所を建てる場合、その土地の過去30年間の気象データを分析することで、今後25年間程度の将来の発電量を予測できます。ここでポイントとなるのが日射量データです。どれだけきめ細かい地域メッシュ範囲で、どれだけ正確な日射量データを持っているかという点が、正確な予測の決め手となります。
幸い、日本は気象データに関してはとても恵まれている国でして、気象観測地点も多いですし過去データも豊富に公開されています。さらに私たち自身が、全国の発電所で長年「発電量解析」というサービスを行ってきたので、発電所のピンポイントの日射量データを所有しています。
一方で世界に目を向けると、日本のように長期間かつ細かいメッシュで気象・日照データが公開されているという国は決して多くはありません。あるいは、公開されていたとしても、データの信憑性には不安や疑問を抱かせるものが少なくないのが実情です。
こうした点から、私たちはIBMのウェザービジネスに大きな期待をしているんです。
高田: 今、塩田さんからお話しいただいたように、日本は狭い国土ながら全国に渡り約1,300もの観測所を持ち、かなり詳細な気象データが揃っている珍しい国です。
これはやはり、日本の地形が南北に細長く、山脈が背骨のように列島を貫いているため、地域ごとの気象特性の違いが大きいという特徴があるためです。
世界、とりわけアジアや南米などは気象観測所の数が多いとは言えず、観測所の間が広く離れていて地域メッシュも粗いというのが実態です。
こうした観測所間の距離が大きい地域では、周辺の気象データや過去データを用いて統計的計算処理を行い、観測所がない地域の気象予測を行います。しかし、ここで問題となるのが、計算処理の元となるデータの正確性なんです。
このように正確かつ詳細な気象データの入手が難しい地域であっても、私たちIBMウェザー・ソリューションは、1979年以降の約40年分の世界中の気象データを保有しています。
塩田: 私ども三井化学としては、IBMのウェザーチームの計算能力の高さを持ってすれば、地域における日射量の予測精度をさらに高くできるのではないか? そして世界の観測地域メッシュを30kmメッシュからさらに10kmメッシュにまで細かくできるのではないか? – そんな風に考え、リクエストを出させていただいています。
それがどれほど大変なことかは、気象の世界にいるものとして十二分に承知しています。それでも、それを可能とするだけの力があるのではないかと期待を抱いているんです。
■ 世界のエネルギーミックスと電力需要予測
— 市民の再エネに対する関心が高まっています。そして企業もエネルギー調達への関心を高めています。
塩田: はい。最近は新規のソーラー発電所建設を検討されている企業様も多く、私たちもそうした相談を受ける機会が増えています。
従来との違いは、売電を前提とした発電所ではなく、自社やグループ企業内での消費を目的とした発電所の建設計画が増えてきていることかと思います。
これは「自家発電した電気を、送発電事業者の設備を使用して送ること」を意味する「自己託送(オフサイト)」と呼ばれる仕組みが整ってきたことで、自社工場や敷地内だけではなく郊外に発電所を構えることで、自社事業のカーボンフリー(二酸化炭素の排出量を吸収・生産量以下とすること)実現が、以前よりもぐっと身近になってきたことが理由だと思います。
こうした流れは、今後スマートシティ構想が全国に広がっていく中で、一層増えていくのではないでしょうか。そしてここで大きなポイントとなるのが、太陽光発電の日射量のばらつきと蓄電システムです。
太陽光発電の発電量は日射量に大きく左右されます。そして蓄電システムの近年の発展は目覚ましいですが、それでもやはりまだまだ容量やコスト、寿命など制約が多く、限界があると言わざるを得ない状況です。
今後は太陽光発電に風力やバイオマス、水力など異なる発電方法との組み合わせ(エネルギーミックス)や、VPP(Virutual Power Plant)と呼ばれる仮想発電所の仕組みなどと併せて取り組む必要があるでしょうね。
高田: 風力発電に関しては、私たちIBMウェザービジネスがかなりお役に立てるのではないかと思っています。
一般に風車と呼ばれる風力発電機は、設置位置が高いほど風力が強く、その分多くの電気を発電できるのですが、私たちは単なる風速データを提供しているだけではなく、260mまでの高度別の風速や空気密度という「空気の重さ」のデータも提供しています。
風力による発電量予測には、これらは欠かせないデータですね。
塩田: 三井化学は昨年末、太陽光発電に関する発電量未来予測・需要未来予測などのサービスの提供・販売を発表しました。
ニュースリリース | 太陽光発電関連 新ソリューションの共同開発について より
高田: 三井化学様との実証実験をより良い形に発展させることで、世界で最も正確な気象予測サービスの提供者として、そして世界最大の気象データ・プロバイダーとしての役割を果たしていきたいですね。
私自身、そのためにデータサイエンティストとして一層の精度向上に取り組んでいこうと思っています。
■ 未来予報サービスと小規模太陽光発電向けオンライン診断
— 脱炭素社会に向け、昨年末に発表された新サービスが重要な役割を持つことになりそうですね。
塩田: はい。実は今、電力需要の「未来予報サービス」は多くの企業が取り組みを発表しています。それだけ社会的な必要性が高まっているということを意味しているのでしょう。
しかし、これが混乱や迷いを生じさせる「乱立」となってしまうのではないかという危惧もあります。
電力というのは、いわば国の根幹を支えるインフラです。それを考えれば、信用力のある会社が、しっかりとした裏付けの元に予測を発表していくべきではないでしょうか。
私個人としては、いくつかの特色を持つ未来予報サービスの中から、電力会社様が相互補完的に複数サービスを組み合わせて使用するのが理想的ではないかと思っています。
そう考えると、私たち三井化学とIBMという組み合わせは、高い信用力と高精度の予報を確信していただける存在になっていくのではないかと思っております。
— 最後に、お二人の今気になっていること、そして今後の抱負をお聞かせください。
塩田: 小規模太陽光発電について少し触れさせてください。皆さんも郊外や地方に行くと、太陽光パネルが広がっている景色を電車の車窓から目にすることがあると思います。
実は、日本の太陽光発電量の5割から6割を占めているのは、ああいった小規模発電所なんです。
でも、私の目には「ああ、ちゃんと管理されていない。劣化がかなり進んでいて、本来の発電量からすればかなり下がってしまっているはずだ」といったことが一目で分かります。「残念だし、これはよろしくないな」と思うわけです。なぜなら、年に一度でもきちんと確認すれば、もっと日本中に太陽光で作られたクリーンな電力が拡がるはずなんですから。
それに、管理や維持を怠ることで、火災などの自己リスクも高くなってしまいます。
今年4月、私どもは、数分という短時間で適切な発電量を予測する、小規模発電者向けのオンラインサービスの提供をスタート予定です。
ニュースリリース | 三井化学 小規模太陽光発電向けオンライン診断事業を開始 より
このサービスが後押しとなって小規模発電所がもっと活躍し、日本の太陽光発電市場全体がより一層活性化することで、クリーン電力による脱炭素化社会への到達がより早く実現できるといいですよね。
高田: 塩田さんたちの活動の一端を担う存在として、私たちも今後一層頑張っていきます。
また、「IBM Environmental Intelligence Suite」のように、より多くのお客様にご利用いただきやすい形でのサービス提供を進めていくことで、大手電力会社様だけではなく新電力会社様にもサービスをご利用いただき、クリーン電力を増やしていくことに協力できたらと願っています。
関連ソリューション: IBM Environmental Intelligence Suite
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TEXT: 八木橋パチ
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