Client Engineering
クライアント・エンジニアリング対談 #3(胡鑫龍×平山毅)| マッキンゼーとは違うエンジニアリング視点のデータサイエンス
2023年02月01日
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幅広い経験とバックグラウンドを持つスペシャリストたちが集結し、お客様と共に新しいサービスやビジネスを共創していく事業部門——それがIBM Client Engineering(CE: クライアント・エンジニアリング)です。本シリーズでは、CEメンバーが対談形式で、各自の専門分野に関するトピックを中心に語っていきます。
第1回のデザイン、第2回のエンジニアリングと続いて、第3回の中心テーマは「データサイエンス」。主に金融保険領域や新規事業企画のお客様との共創を進めているチームのリーダー平山 毅とデータサイエンティストの胡 鑫龍(シンロン・フー)の対談をお届けします。
1. マッキンゼーからIBMへと向かわせた強い現場感
平山: 前回は「社会シミュレーション」を中心に水田さんと対談を行いました。そして今回は、チームを代表するデータサイエンティストであり、かつデータサイエンスに対する独自のアプローチを取られているシンロンさんに、いろいろと聞いていきたいと思っています。
シンロンさんよろしくお願いします。まず、簡単に自己紹介をお願いします。
シンロン: はい。はじめましてシンロンと申します。前職はマッキンゼー・アンド・カンパニーで、4年ほどデータサイエンティストとして働いていました。1年ほど前、「お客様の笑顔を見る」ところまでやり切りたかったので、IBMに転職してきました。
マッキンゼーでの典型的な戦略コンサルティングのやり方は、3〜4名でチームを組み、6週間を2つに分けて、前の3週間で調査をして後ろ3週間でアウトプットを作成するという「短期少人数」でした。6週間でできるのは、いわゆる「PoC(Proof of Concept: 商用化や正式サービス化に向けた概念実証や検証行程のこと)」を作るところまでです。その後に出てくる問題について一緒に考え一緒に手を動かし、成功や失敗を共有していくところまではできませんでした。それで、IBMに転職したんです。
平山: シンロンさんがCEチームに参加して、ちょうどぴったり1年が経ちました。また、その転職の動機はよく分かります。データサイエンスの価値をお客様に実感していただくのには、時間がかかることもままありますよね。取り組みによっては、変化が目に見える形となって現れるまで1〜2年かかるなんてことも…。
シンロン: そうなんです。平山さんが言うように、前職でも、お客様から喜びの連絡を2年後にもらったということがありました。それに、お叱りの連絡を1年後にいただいたことも…。
でも、うまくいかなかった理由が、提案が悪かったせいなのか進め方が悪かったせいなのかが分からないので、もどかしいんです。もしかしたらすばやく修正を打つことで、簡単に状況を変えられたのかもしれません。
僕はエンジニア魂を持っているデータサイエンティストなので、悪い部分が見えてきたときにじゃあどう手を打つかというところまで一緒にやりたいという気持ちが強いんです。プロセスを共に味わって、自分たちに悪い部分があるのなら、それもしっかり受けとめて改善していきたい。
平山: 私もこれまでたくさんのデータサイエンティストの方たちと仕事をしてきましたが、シンロンさんほど「現場への強い思い」を持っている人は珍しいと思います。本日は、シンロンさんならではの、現場のエンジニアリングを意識したデータサイエンスの会話できるのを楽しみにしています。
2. データサイエンティストの役割
—— データサイエンティストはここ数年で知られる職種となりましたが、その実態をちゃんと理解できていない人は少ない気がします。説明いただけますか?
シンロン: はい。まず、絶対的な定義は存在していないと思いますが、簡単にその中心にあるものを示せば「数学」ということになりますね。「Ph.D.」レベルの応用数学に関する理論知識が必要とされます。
そしてビジネスの場においては、データサイエンティストに求められる要素はもう2つあります。
1つめが専門分野のドメイン知識。2つめが実装技術です。前者がコンサルタント的な要素で、後者がエンジニア要素です。理想のデータサイエンティストは、この3つすべてを最高レベルで融合させている人ということになると思います。
平山: シンロンさんはこの3つをハイレベルで融合させているんじゃないですか?
シンロン: 本当にそうなら嬉しいですけどね。でも実際は、僕はコンサル寄りだと思います。いやエンジニア寄りかな。
おそらくですが、僕はお客様を理解し合意するためのコミュニケーション部分が1番の強みなのかもしれません。そして次が、実装のために考えて手を動かすエンジニアの部分じゃないでしょうか。なんにせよ、僕はお客様が本当に欲しいものを作りたいんです。
平山: 本当に欲しいものって、特にビックデータの時代になってからお客様自身もそれが何なのか分かっていないことが多いですからね。
だからこそ、お客様がきちんと納得できる仮説を作って提示し、納得していただく必要があります。そのためにはまず、コンサル的なところから始めていかないと難しいですよね。データサイエンスの出番はその先ですね。
3. データサイエンスとAIの関係
平山: 最近は「AI」という言葉で示される範囲が拡がってきて、お客様とお話ししていてもときどき「あれ?」と思うこともあります。AIとデータサイエンスの違いに混乱されている人もいるようですが、シンロンさんはどう捉えていますか?
シンロン: そうですね。まず、AIの幅が広がっていくことは、それはそれでいいことだと思っています。それだけAIの適用範囲が拡がったがゆえのことでしょう。
ただ、AIとデータサイエンスの違いとして、データサイエンスがあるからこそAIが作れる、AIはデータサイエンスの一部だということは強調してお伝えしたいですね。
—— もう少し詳しくお話しいただけますか?
シンロン: えーっと…そうですね、数学の方程式をイメージしてもらうのがいいかもしれません。y=axの「y」の値を「AI」だと思ってください。そして今回は「検索エンジン」として方程式を解いていきましょう。
まず、人が検索するときは、なんらかの欲しい情報に辿り着きたいときです。でも、その情報に辿り着くための適切な検索ワードが分からないので、思いつく関係していそうな言葉を入力します。
この検索ワードが「x」、そして「x」を欲しい情報を引き出す要求処理へと変換するのが「a」でそれが「データサイエンス」なのです。その結果、欲しい情報「y」が「AI」により検索結果として表示されます。
y = AI(検索結果), x = 検索ワード, a= データサイエンス(数学処理)
平山: すごく分かりやすいです。お客様のお悩み、課題を解く方程式を見つけて数式化するのがデータサイエンティストの役割ですね。
これは言葉では簡単ですが、とてもスキルが要求される腕の見せ所です。ビジネスにおいては、その方程式こそが関係者をコンセンサスに導いてくれますから。
シンロン: その通りですね。先ほども話に出たように、そもそもの「欲しい結果」が正しくなければどんな計算ロジックも役立ちません。そこで大きな役割を果たすのがコンサルタントであり、さらにデザイナーがお客様のフィードバックや「そもそも」という意見をワークショップなどを通じて引き出します。
データサイエンティストが活躍できるのは、コンサルやデザイナーが整理した概念を数式化していく部分で、その対象を明確にしてくれるからです。まさに、チームワークですね。
4. シンロンさんのエンジニア魂
シンロン: もう一つ、実装にあたり事前にお客様に納得してもらうために、僕がマッキンゼー時代から大事にしている「流儀」があります。それが「目に見える形でMVP (Minimum Viable Product: 実用最小限のプロトタイプ)を提供する」というものです。
こちらの動画を見ていただければ、どんなことをしているのかが分かりやすいと思います。
シンロン: これは製造業のお客様に「AIで検品がどう変わるか」を感じていただくために作成したものです。100円ショップで部品を買い揃え、ベルトコンベアーでの検品作業に「IBM Maximo Visual Inspection(MVI)」を組み込んだミニチュア工場を作りました。
具体的にどの業務のどの部分がどこまで楽になるのか。言葉で説明するより、動いている小さな「スマート工場」でお伝えする方が圧倒的に早いし分かりやすいです。
平山: これも本当に分かりやすいです。まさに体感ですね。
一方で、金融や保険のお客様は、サイエンスそのものを好むお客様もいますよね。「数式のまま持ってきて、数字で示して」というお客様です。
シンロン: はい。ただ、保険のお客様もさまざまで、物体化されたものを通じて意味や価値を実感されるお客様も増えてきています。
こちらはドライブレコーダーの画像データとGPS、それからIBMグループであるTWC(The Weather Company: ザ・ウェザー・カンパニー)の気象・地理データを時系列に分析するGeospatial Analyticsを使ったデモで、「こういうービスが作れますよ」とお伝えしようと思い、私が1日で作ったものです。
すごくウケが良くて、現在ご検討いただいています。
参考 | IBM Environmental Intelligence Suite – 地理情報分析
平山:今流行りの「ローコードAI」あるいは「ノーコードAI」開発ですね。AIがサービスに実装されていき、それをお客様がご自身でできるようにお手伝いをしていく。シンロンさんは「AIの民主化」をまさに推進していますね。
こうした事例が増えていき、他のお客様も、AIをもっと「汎用的なもの」としてサービスやビジネスに組み込まれていくのでしょう。
5. AI民主化とデータプラットフォーマー
平山: 今、お話ししたように、私は今後、AIベンダーが主役となるのではなく、各企業が自分たちの業務効率化や、サービスや製品の強みの強化にAIを使っていくようになるのが理想的だと思っています。USなどではすでにそうなっていますよね。そしてその変化を後押しするのが、私たちCEでありシロンさんをはじめとしたデータサイエンティストの大切な役割ではないかと思っていますが、シンロンさんはどうお考えですか?
シンロン: 私もそう思います。そこで大切なのは、AI技術そのものは差別化に使うべきではないという点です。差別化要因はアイデアであるべきで、僕らの役割はそのアイデアを具現化し実装することだと思っています。
平山: AIは差別化ではなく効率化などに用いる。そしてコア・コンピテンシーを拡張するためのものとして、強みを強化していく用途に用いる ——私も完全に同意します。
それでは、AIの民主化をよりスピードアップし、拡張するのに必要なものはなんだと思いますか?
シンロン: ここ10年でAIとデータサイエンスは企業内にかなり浸透しました。ただ、まだどの企業も自社内に閉じてしまっています。自社データの活用、あるいは自社データと公共データの組み合わせ、そこまでで終わってしまっていますよね。
「共通プラットフォーム」への進出が新たな展開につながると思います。データ分析においては、「オムツとビールがセットで売れる」という有名な相関発見の話がありますよね。
平山: あれは舞台がアメリカの超巨大スーパーマーケットで、一社でカバーする商品範囲や顧客データが莫大なのでできることで、今、日本でそれをやるには、データを持つ企業同士がアライアンスを組み、データ・プラットフォーム共有してビジネス共創することが必要ですよね。これが進めば、新しい価値創造範囲がものすごく拡がるでしょう。それを支援するのもIBMの役割ですね。
シンロン: その通りです。ただ、もちろんこれらは「データの匿名化」をしっかり行なった上での話です。それがなければ「AIが仕事を奪う」といった言説にあるような社会不安へとつながり、人びとがそれを求めるようにならないでしょうから。
これは僕の持論ですが、経済効率性だけでデータサイエンスを見ると、人間のウェルビーイングが後回しにされてしまいかねません。「人間の仕事を奪わない」「人が喜びを感じる部分はしっかり残す」、その前提の上で最適解を見つけようとするのが、僕が思うデータサイエンティストの姿です。これがなければ、むしろ組織や企業の持続可能性は下がってしまうでしょう。
平山: AI倫理が問われる中で、「人間のためのデータサイエンス」は重要ですね。そして、誰がそうした「データ・プラットフォームの所有者になるのか」というのも、前に進めていく上で重要なポイントとなりそうです。すでに社会に対してアカウンタビリティ(説明責任)をしっかりと持っている、公共性の高い組織や企業が相応しいのかもしれませんね。
シンロンさん、今日はありがとうございました。エンジニアリングと体感を重視したデータサイエンスやAIには関心をもっているお客様も多いでしょうから、ぜひ、我われCEチームにお声がけいただき、共創を促進していきたいですね。
次回第4回の対談では、データサイエンスとAIの民主化に向け、より深堀して紹介していきたいと思います。
TEXT 八木橋パチ
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