IBM Sustainability Software
ダイバーシティーハッカソン勉強会 with 株式会社Raise the Flag. | PwDA+クロス3
2023年11月02日
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<もくじ>
「私たちPwDA+(ピーダブルディーエープラス=People with Diverse Abilities Plus Ally)コミュニティーは、知る・考える・つながる機会を提供し、障がいの有無に関わらず、誰もが自分らしく活躍しビジネス貢献できる会社の実現を目指して活動しています。
これまで主に『お話会の開催』『アライの輪の拡大』『社内外への発信とコラボレーション』を主な活動として行ってきましたが、この冬、ソリューション開発を通して障がい当事者やコミュニティ活動の事を知っていただき、身近な存在と感じていただけるようになればとの想いと、今後の活動拡大を視野に、『ダイバーシティーハッカソン』を開催することといたしました。
今日は、ハッカソンに向けた大事なプレイベントとして、実践と試行錯誤を続けてきた先人にゲストにご登場いただき、講演会と、現在開発中の最新ソリューションの体験会を行なっていただけることとなりました。」
——コミュニティーの中心メンバーであり、自らも障がい当事者の神崎優花により今回のプレイベントの趣旨が説明されると、会場およびオンライン参加者の期待がグッと高まるのが感じられた。
1. 見えないことは不便なだけで、不幸ではない
日本IBMとKyndryl(キンドリル)は、障害のある社員とアライ社員(味方として当事者を支援する社員)がともに活動をする「PwDA+(ピーダブルディーエープラス=People with Diverse Abilities Plus Ally)コミュニティー」を共同運営しています。この冬、PwDA+コミュニティーは、テクノロジーの力で「障がい当事者の困り事を解決したい!」と、IBMとKyndryl社員による「ダイバーシティーハッカソン」を開催することとなったのですが、企画会議を重ねる中で繰り返し討議されたのが、「分かったつもりや思い込みをもとに、本当は必要とされていないものを作ってしまうのだけは避けたい」ということ。
そこで、しっかりと心構えを身につけるために勉強会講師として来ていただいたのが、経済産業省主催の「ジャパン・ヘルスケアビジネスコンテスト(JHeC)2022」で最優秀賞を獲得した株式会社Raise the Flag.(レイズ・ザ・フラッグ)の皆さんだ。
参考 | 「視力に代わる感覚デバイス」のRaise the Flag.が最優秀賞、経産省コンテスト | 日経クロステック(xTECH)
ここからは、勉強会(講演+ソリューション体験会)で語られた話と、IBM社員のソリューション体験の模様をダイジェストで紹介する。
「まず簡単に会社の紹介をします。僕らは香川県高松市が本社でして、2017年5月創立で現在7期目の会社です。本日は高松から僕、ファウンダーの中村とCTOの篠原、そしてCSOの増田の3人でやって参りました。
僕がある日、街中で視覚障がいのある方が困っているのを目にしたんです。そして同じ日の夜、ニュース番組を見ていたら、視覚障がいのある方が駅のホームから転落してお亡くなりになってしまったという事件が報道されていました。
その数日後、またテレビを見ていたら、全盲の女の子が出演していました。僕は「かわいそうに…」と思いながら見ていたんですが、そうしたらその女の子が「見えないことは不便なだけで、不幸ではない」と話していたんです。僕は衝撃を受けました。
その夜は寝むることもせず一晩中、視覚障がい者の世界についてついて調べました。でも、彼らの世界を一変させるような道具は存在していなかったんです。
数日後、以前からの知人の天才に「篠原さん、視覚障がい者の世界を変えるようなツールを作れないかな?」と声をかけたら、「作れますよ」と即答されたんです。それで、会社設立を決めました。」
ファウンダーの中村氏は淡々と語る。だが言葉の端々から、強いパッションが伝わってくる。だが同時に独特のユーモアも見せる。
「会社設立後、ある全盲のおっちゃんに『そんなツールよう要らん!』と、多くの人の前で激しく否定されました。でもその後おっちゃんから『やっぱり早く作ってほしい。なんでも協力するから」と連絡がありました。…ありがたい申し出でしたので、このおっちゃんには、他の全盲の方には頼めない、危険な実験を専門にやってもらいました(笑)。」
筆者が中村氏に初めて会ったのは前述のコンテストで、それ以来何度か時間をともにしたが、会うたびに感じさせられるのが単純な優しさだけではない絶妙な人間に対するバランスだ。
2. 「もうこれなしの生活には戻れない」 | みずいろクリップがヒット商品に
視覚障がい者の世界を変える製品作りは順調に進んでいった。中村氏は言う「世の中を変えるの…案外簡単では?」と思ったと。だが、そこからが大変だった。多くの人からの多くの意見を聞くうちに、疑問が膨らんでいく。はたして、この製品は本当に世界を変えられるのか?
…「これじゃダメなのではないか」という思いが募り、製品開発は一時中断した。だが、決して諦めたわけではなかった。
「解決方法は絶対にある。それは確信していました。だってイルカやコウモリだって、視覚に頼らず自由に泳いだり空を飛んだりしているのですから。全盲者であっても、自分一人で自由に生活したり好きなことを追い求めたりできるはずです。
ただ、もう少し時間が必要でした。なのでしばらくいいアイデアが思いつくまで、寝かせておくことにしました。その間に、他の困りごとを解決する製品を肩慣らしに作ることにしました。それでできたのが『みずいろクリップ』です。」
肩慣らしに作ったと中村氏は言った。だが、液面検知機能と色判別機能の2つの主要機能を持つみずいろクリップは大反響を得て、メディアでも頻繁に取り上げられるヒット商品となった。
「感覚値ではありますが、購入者の20%くらいの方が『もうみずいろクリップがない生活には戻れない』と言ってくれているんじゃないかと思います。
この製品ができるまで、視覚障がい者はカップ麺などの容器やコーヒーカップにお湯を注ぎたいときには、指を差し入れてお湯を注いでいき、『熱っ』となったところで指を引っ込めることで、任意の水量でお湯を注いでいました。それが、このクリップを挟んでおけば、お湯が接触したところでアラーム音で知らせてくれます。簡単です。
それから、色が分からないことも視覚障がい者の悩みの一つでした。スマホアプリや高価な専用機器などはあるものの、どれもカメラ機能で色を判別しているため、暗いところでは精度が下がってしまうんです。環境にかかわらず、同じ色を常に同じ色と判別して読み上げてくれるのはこの製品だけだと思います。」
3. 「SYN+(シンプラス)」 | 視覚に代わる感覚を与える次世代型デバイス
みずいろクリップを作り、その改良を続けている間も、彼らはアイデアを探し続けていた。そして、ついに見つけ出したのが「視力のない人でも空間が把握できる」グラス型デバイスだ。
具体的には、デバイスを装着することで、「周辺の空間の構造と物体の大きさと形、そしてそこまでの距離」が分かるようになるという。また、色の判別は不可能と医者に言われていた視覚障がい者でも、SYN+がLEDライトによりその色を目前で強く発光させることで、判別できるようになる者も少なくないそうだ。
「現在はこちらのチャートに記載した主に7つの機能を搭載していますが、これですべてではありません。今後、SYN+のコア機能である距離計測に他の機能を組み合わせていくことで、さらにいろんなことが判別できるようになります。
そしてなにより、SYN+の1番の特長は、SDK(開発者キット)にあると僕らは思っています。SDKにより、多くの人がゼロから作りあげなきゃならない世界から離れられます。
僕たちが最高のハードウェアを作り上げるので、あとは世界中の視覚障がい者を支援したい人たちで、全盲の方のQoLが上がるソフトウェアをどんどん作っていきましょう。」
4. 障がいの有無に関わらず、全員に挑戦する機会が与えられる社会へ
講演の最後、中村氏は勉強会に参加している日本IBMとKyndryl社員へと語りかけた。
「今回、皆さんに何を最もお伝えするべきか改めて考えてみたんですが、やっぱり僕らが初期段階で失敗したことと、そこから学んだことを最後にお伝えさせてもらいます。
僕たちのこれまでの1番の失敗は、『声の大きな人』の言うことを信じてしまったことです。
『そんなもの作ってもらっても何もできないよ。そもそも、スマホだって十分操作できないんだから』という数人の声を、僕たちは信じてしまいました。5年くらい前の話です。でもそのあと、特にコロナ禍以降、視覚障がい者の方たちはどんどんオンラインでの活動を活性化しています。
最近では僕ら、いただくコメントに関しては視覚障がいのあるなしは関係ないんだと思っているんです。視覚障がい者であろうとなかろうと、親切で優しい人もいれば、ドギツく心ないことをいう人もいます。
本気で取り組もうと思われるのであれば、ぜひ、強いメンタルを持って進めてください。良かれと思ってやっていても、ひどいことを言われることもきっとあるでしょうから。
最後にもう一言だけ。僕たちが作っているのは、視覚に障がいを負ってもなお、「何かにチャレンジしたい」と悶々とした日々を過ごされている方に向けた製品です。
僕たちは、障がいの有無に関わらず、全員に挑戦する機会が与えられるべきだと考え活動を続けていきます。本日はありがとうございました。」
5. 「当たり前にSYN+をつけた人びとが歩いている姿も想像できました」
講演会の後、短時間でその特長をつかめるようシンプル化されたSYN+試作機による体験会が行われ、その後、Raise the Flag.のお三方と体験者への質問タイムが行われた。
以下は、ある1人の体験者の言葉だ。
「試作機の体験をさせていただきありがとうございました。その場ではあまりうまく伝えられなかったのですが、新しい知覚体験に驚いていました。
VRやARゴーグルが少しずつ現実のものになりつつあるかなと思っています。ARゴーグルは外でつけることもある程度想定されているはずで、そんな世界観に溶け込むように、当たり前にSYN+をつけた人びとが歩いている姿も想像できました。
体験してみた感覚を同僚にも伝えたいと思います。ありがとうございました。」
また、以下は勉強会の後にPwDA+コミュニティーに寄せられたコメントの一部だ。
・ 視覚障がい者の立場に立ったお話にリアリティを感じ、達成している一つ一つのことにただただすごいと感動しました。
・ 社会に役立つものを生み出しているところを目の当たりにして、感銘を受けました。どの意見を聞くべきか、自分にどんなバイアスがあるのか。活動を継続することで少しずつ明らかになっていく過程を聞けて、エンジニアとしてあるべきスタンスが垣間見えた気がします。
・ 製品・技術そのものへの驚きはもちろんですが、製品開発・事業運営にあたっての障がい者との距離感が新鮮で、参考になりました。ありがとうございました。
・ 顧客のリアルな問題や要望に寄り添い、諦めず取り組む姿勢に感嘆しました。
・ テクノロジーの力で障害は障害でなくなるのだと感じました。技術の力で人の人生を大きく変えること、それに熱い思いをお持ちになって取り組まれ、実現させていることは本当に素晴らしいです。視覚障がいをお持ちの方が製品を活用して生活される日を、私も心から楽しみにしております。
なお、IBMでの体験会の翌々日には、全盲の方たちによる体験会が新潟にて行われ、中村氏からはその様子が動画で送られてきた。プライバシーの問題がありここでは画像は紹介できないが、同時に送られてきた中村氏の言葉を紹介しよう。
IBMでは体験者の皆さん、恐る恐る…という表現がピッタリな歩行でしたが、やはり、視力に頼って生活している者がそれを奪われるとマイナスでしかないのでしょうね。
しかし、当事者さんは全然違いました。視ることのできない方がSYN+を装着すると、新しい能力が加わるからでしょうね。全部で7名の方(6名の全盲の方、1名はモノの輪郭が認識できない強弱視の方に体験いただきましたが、皆さん10分ほどで施設内を闊歩していました。
「手探りしなくてもこの空間わかる!」「トイレに1人で行けた」「古くからの知人の背格好が自分の感覚で分かるようになった!」「歩くだけではなく、もしかしたら走れるかも」——そんな名言がたくさん飛び出し、体験の後、感動して涙された方もいらっしゃいました。
でも、まだ今回のものは、実装を目論んでいる機能のうちの50分の1くらいでしかないんです。
目が不自由で起こる「不便」が過去のものになるのも、そう遠くはなさそうです!
TEXT 八木橋パチ
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