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働くことの本質とコクリ対話 | ディーセントワーク・ラボ(PwDA+クロス2前編)

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「ディーセント(Decent)」は日本人には馴染みが薄い英単語ですが、英語においても主観を含みやすい言葉で、それゆえ多くの人がイメージするものが異なっていることも珍しくないようです。

SDGsの8番目の目標「働きがいも経済成長も」のオリジナルである英語版は「Decent Work and Economic Growth」となっていますが、果たしてこの「Decent Work: ディーセント・ワーク」、私たちの理解はどのくらい揃っているのでしょうか? お互い理解しているつもりでも、実はまったく違うものをイメージしていた、あるいはそのイメージをまるで共有できていなかった…。そんなことが起きているのかもしれません。

 

「あなたにとってのディーセントワークとは?」 —— 皆さんはこの質問に、なんとお答えになりますか?

 

今回、「PwDA+コミュニティー*」メンバー田中詠美が、「すべての人がディーセント・ワーク、ディーセント・ロールを実現する」をビジョンに掲げ活動する特定非営利活動法人ディーセントワーク・ラボの代表理事、中尾 文香さんに聞いてみました。

 

中尾 文香(なかお あやか)

博士(社会福祉学)。社会福祉士。厚生労働省「障害者の就労能力等の評価の在り方に関する ワーキンググループ(第1WG)」専門アドバイザー 。機器のアクセシビリティ調査、保育関連のコンサル、福祉事業所の就労コンサル等に携わった後、2013年にNPO法人ディーセントワーク・ラボを設立し、福祉施設がつくる小物ブランドequalto(イクォルト)事業を実施。2017年より企業を対象とした障がい者雇用に関するコンサル、社会課題、CSV、SDGsなどに関するコンサルをスタートした。その他、研修や講演など幅広く活動を行っている。

* PwDA+(ピーダブルディーエープラス=People with Diverse Abilities Plus Ally)コミュニティーは、日本IBMとKyndryl(キンドリル)の共創コミュニティーであり、障がいのある社員とアライ社員(味方として当事者を支援する社員)が共に考え行動し、より働きやすい職場づくりを実現するために活動をしています。

 

<もくじ>

  1. 「ディーセント・ワーク」の意味
  2. 代表 中尾さんの学びとディーセントワーク・ラボの足取り
  3. 「コクリ対話」研修について
  4. ディーセントワーク・ラボのディーセントな働きかた
  5. ラボ・メンバーから見た中尾代表
  6. インタビュアー 田中から

田中: 「ディーセント・ワーク」とはどのような意味を持つ言葉なのでしょうか。

 

中尾: これは私の理解ですが、ワークなのでまずは「働く」ということが関係してきます。仕事ですね。仕事なので成果が求められますし、そこには役割が必要となります。「あなたにこれを任せたよ」みたいなもので、そこにそれが存在しているということは「居場所がある」という意味も含まれると思います。

こうした役割や居場所が大事にされていること、そして社会の中やグループの中で、そこでの振る舞いがお互い大事にされることが「ディーセント・ワーク」ではないでしょうか。

ただ、そういった概念だけではなくて、安心して暮らせるお給料や保障も大切ですし、現実には「お金を稼ぐ仕事までは難しい」という人がいらっしゃるというのも事実です。

 

田中: 今言われたような「ディーセントな仕事や働きかた」を、社会に広げていくための活動を続けていらっしゃるのがディーセントワーク・ラボさんですよね。

 

中尾: そうです。私たちディーセントワーク・ラボやグループ会社は、福祉事業所で働く障がいのある方の支援からスタートした団体です。ディーセントワーク・ラボが立ち上がってからは今年で10年ですが、前身期間を加えるとこれまで14年間活動してきました。

そこでの経験から、重度の障がいゆえに「労働の対価」として生活できるだけのお給料を得ることが難しく、社会保障を受けて生活している方がいらっしゃるということもわかっています。

「ディーセント」にはいろんな意味があり、その人の考え方や捉え方、そしてその人が置かれている状況によって変わるものだと思っています。そこで重要となるのは、本人がそれを選択できることであり、お互いがその選択を許容しあえることじゃないでしょうか。

 

田中: 中尾さんの持つ「働く」に対する概念をもう少し細かくお聞かせいただけますか。

 

中尾: 私は、「働く」ということの本質は、何かをやってあげて、感謝されて、それを本人も喜ぶということにあると思っています。小さい頃に「大人に肩叩き券を渡して喜んでもらい、実際にやったらまた喜んでもらった」という経験がある人もいますよね? あんなイメージです。ありがとうと言われたり、喜んでもらったり。

あるいは、何かを一緒に行うこと。それを通じて仲間であることを、一員であることを感じること。これは障がいがあると少し難しくしてしまう部分があるかもしれませんが、人としてみんな同じじゃないでしょうか。

エディターノート:

社会福祉士を中心とした12名のメンバー(グループ会社メンバーも含む)が一丸となり、障がい者雇用をより良く推進していくための事業・サービス開発や、コンサルテーションや研修などを、行政、企業、福祉事業所などさまざまなステークホルダーへ提供しているのがNPO法人ディーセントワーク・ラボです。
その活動範囲は本当に幅広く、「先週デパートの催事に出店していたと思ったら、今週は社会福祉調査報告書の発行? え、来週は企業向けの長期研修!」と、多面的な活動を同時多発的に進める展開力には驚かされます。でも、あらゆる取り組みがすべて「すべての人がディーセント・ワーク、ディーセント・ロールを実現する」というビジョンに帰結しているのが、ディーセントワーク・ラボの特徴です。 
働くすべての人に 喜びと安心を

 

田中: 前身を加えると14年間やってこられたと言う事でしたが、そもそも中尾さんがディーセントワーク・ラボを設立したきっかけはなんだったのでしょうか?

 

中尾: 元々、私は大学で社会福祉学を学んでいたんです。「社会的弱者と言われる方々」を助ける学問だと思って。でもあるとき、社会福祉学は「本当は力があるのに、社会や環境によりパワーレス(無力)状態にされている人たち」が、その力を取り戻していくための学問であるということを教わったんです。

「これって、あらゆる人間が生きやすくなる考え方じゃないか?」と、私はすっかりこの学問にハマりました。周りが変われば状況は変わっていきます。アメリカではじまったブラック・ライブズ・マター(BLM: Black Lives Matter)とかもそうですよね。

そして将来、これを広められる人間になりたいって思いました。それがきっかけですね。

 

田中: 個人の問題ではなく、周りの環境にパワーレスにされてしまう人びと…。たしかに社会構造的な問題ですね。

 

中尾: どうすればこの考えを広めていけるだろう? といろいろと考えた結果、人生においてとても長い時間を費やす「働く」に行きつきました。

当時はまだSDGsとかない時代でしたが、私自身、障がいのある方に関わり続けたいと思っていたし、実習や社会人として経験から「よく働くとはその人らしく働くということではないか」という考えに行きつきました。

たしかに、障がいのある本人が頑張らなければならない部分というのも存在しています。でも、公平性に欠けるスタート地点から「それを超えていけ」と本人に帰結させてしまうのは、やっぱりおかしいと思うんですよね。

最近は「エクイティ(Equity)」という概念もずいぶん広がってはきましたが、こうしたことを言葉だけで理解してもらうのはやっぱり難しいんです。それで、「働く」を通じて、それまでできなかったことができるようになったり、その行動に感謝してもらったりということを見たり感じてもらったりするのが一番じゃないだろうか。私たちはそこをやろう。そう思ってスタートしました。

 

田中: 公平性に欠けている状況に加え、アンコンシャスバイアスやコミュニケーション不足も慢延している状況が、「彼らはできない人」という思い込みをさらに強めてしまっている気がします。

 

中尾:そうですよね。私自身も、「この人は働くのは無理だろうな」って思い込んでしまっていたこともあります。でも、そういった方が、2カ月、3カ月他の人と一緒に働いていると変わっていくことが実際にあるんです。何度も目にしてきました。

ディーセントワーク・ラボでは、就労支援事業所で作られた焼き菓子の企画・生産や販売を支援しています。そういった現場にお菓子作りのプロフェッショナルが入り、食べた人に「おいしいね」と驚かれたり、プロのデザイナーがパッケージなどを通じて商品を本格的に手がけると、彼らの目の色が変わるんです。ギアが入るというか。

「今、この人たちに何が起こっているんだろう?」と、目を輝かせて働く彼らの姿に見惚れてしまうことがこれまで何回もありました。

右: 田中 詠美(たなか えいみ) | IBMコンサルティング事業 オートモーティブ・サービス事業部所属のクライアント・セールス・コンサルタント。自動車・建機業界のお客様担当としてコンサルティング、アプリケーションサービスのビジネス発掘、推進に携わっている。学生時代より障害やメンタルヘルスに興味を持ち、2019年末よりPwDA+ Community事務局として活動。日本IBM内で障害について「知る」「考える」「つながる」機会を企画・実行。

エディターノート:

福祉事業所で働く障がい者の平均工賃が、いまだに一月16,000円台という事実をご存知でしょうか?
この社会的課題の解決・改善に取り組むことからスタートしたのが、ディーセントワーク・ラボの中心的活動の一つ「equalto(イクォルト)」です。
2014年に誕生したブランドequaltoは、企画や開発、販売のプロがサポートに入り、就労支援事業所で作られた手づくり商品の価値や価格の向上につなげることで、障がい者の社会参加と自立支援を推進しています。
ブランド名equaltoを分解すると「equal to(イコール・トゥ)」、つまり「誰もが等しく平等」ということ。その考えがさまざまな商品という形となり、オンラインショップに並べられています。

障がい者のものづくり デザイン小物 イクォルト | https://equalto.or.jp/

 

田中: 今年、私はディーセントワーク・ラボが提供している研修「コ・クリエティブ ダイアローグ」に参加させていただきました。

オンラインと対面型、座学と体験型のハイブリッドなプログラムで、「Be Equal」(あらゆる人が平等であること)を掲げ、ダイバーシティー&インクルージョン(D&I)に取り組んでいるIBM社員として、そしてPwDAコミュニティーのメンバーとして、とてもたくさんの学びがありました。ありがとうございました。

改めて、率直な感想を今日お伝えさせていただければと思っているのですが…。

 

中尾: ありがとうございます。ぜひお願いします!

 

田中: 最終回のワークショップを終えた直後は、「明日からコ・クリエーティブダイアローグを実践できるか?」と考えると、難しいなぁ…と思ったんです。いろんな学びや気づきの要素がたくさん散りばめられていて、自分の中でそれを体系化する時間が必要だと感じました。

今思うと、自分の中に「即効性」を求める部分があって、「もう少し答えのようなものを渡してもらいたかった」という気持ちがあったのも事実です。

でも、時間が経つにつれて、「企業が置かれている状況も、現場で発生している困り事も、それぞれの個人が体験している課題や現実も異なるのだから、参加者それぞれが自分の状況に合わせてコ・クリエイティブ ダイアローグをどうやって実践していくか考えることが大切なんだな」と感じました。「ああ、やっぱりすべて必要だったんだな」と。

 

中尾: 自分で状況を考え見つめ直し、体系化する必要があることを理解してもらえて、「分かってもらえている!」ってとっても嬉しいです。

この状況を変えるには、私たちが「効率」ばかりを求める社会を突き進んできた中で、問題の根底から見直すことが必要ではないかと意識することや、特権を持つマジョリティーの人たちと不利益を被る人が社会構造に組み込まれてしまっていることが捉えられないと、本当に難しいんです。

そうした社会を作ってきてしまったこと、そして元に戻す方法がわからないというこの状況。…そこでいきなり「how-to」的なことをやっても、結果どこにも行き着かないだろう…まずは「視点をいったん揺らすことが必要」だと、今回は敢えて、実験的な要素をかなり入れた研修をデザインしました。

 

田中: 研修でも「主観フィルター(メンタルモデル)」の自己認識、他者のそれとの違いの理解、そしてそれを丁寧に伝えあいながら「イメージ共有」をしていく。そのとっかかりとして、視点を揺らす必要があったんですね。

 

中尾: そうです。人はそれぞれ心の中に自分独自のフィルターを持ち、それを通して物事を捉えています。仕事が共同作業である限り、それぞれの主観フィルターの違いと、それにより現れてくる感情や行動の違いを理解し合えないと、とても辛い状況になってしまいます。

今回は、参加者の皆さんに自身のメンタルモデルを崩してもらったり、見直してもらったりしたかったんです。

 

田中: ほとんどの参加者が自身のフィルター理解をかなり深めることができたのではないでしょうか。ありがとうございました。

ただ、それを見つめ直す感覚やセンスを持っている人たちだからこそ、ディーセントワーク・ラボの研修に参加していたのではないか? という気もしています。そのセンスをそもそも持っていない方には、どのようにアプローチし、どうやって研修に参加してもらえばいいのでしょうか…?

 

中尾: 障がい者雇用に限らず、社会課題って「なんだか気になるし興味あるけど、どこから手をつければいいのかよく分からない…」と、ある程度は感じている人たちにアプローチするのがいいのかなと思っているんです。全然「なんの問題も感じていない」という人には、正直難しいところが多いように思います。

「やっぱり何か変じゃない?」という潜在的な意識を持っているけど、一歩踏み込めていない人たちが企業内にまだまだたくさんいることを踏まえると、アプローチすべきはそういった方々じゃないでしょうか。

エディターノート:

私パチも「コ・クリエイティブ ダイアログ」研修に参加したのですが、「特権に気づくための立場の心理学」の講義や、発達障がい当時者による自己分析と人生の振り返りを聞くセッション、あるいは障がい者雇用企業運営者から日々の成功や失敗を聞くなど、これまでの思い込みを刷新する知識を得ることができました。
また、体験型の「相手が説明する描写だけを頼りに絵を描いていく」ワークや、室内に存在するものを用いて「自分たちの学び」について(架空の)小学校で授業を行うセッションなど、かなり「揺さぶられる」貴重な体験でした。
これらの研修のエッセンスと、さまざまな事業会社での事例が収められた冊子「対話によるD&Iを目指す障がい者雇用研修・ネットワーク構築事業」『「コクリ対話」から生まれるディーセント・ワーク -障がい者雇用の質を高めるためのポイント-』は、下記ページ下部よりダウンロードいただけます。

ディーセントワークを目指した職場と組織をつくる https://www.dwl-shinrai.org/

 

いかがでしたか。

後編では、ディーセントワーク・ラボ自身が実践している「ディーセントな働きかた」について、そしてラボやグループ会社メンバーから見た中尾代表について取り上げていきます。お楽しみに!

 

問い合わせ情報

 

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