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たんぽぽの家が拡げる「アート・ケア・ライフ」のつながり | PwDA+クロス6(後編)
2024年06月14日
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さまざまな団体と「アート・ケア・ライフ」のつながりを拡げていくことで、あらゆる人が安心して生きていける社会づくりに取り組み続けている「たんぽぽの家」。
後編は、Good Job! センター香芝 センター長の森下静香さんと、スタッフの小林大祐さんのお2人にも加わっていただき、「エイブル・アート・ムーブメント(可能性の芸術運動)」や、生成AIを活用したIBMとの取り組みなどについてお話を伺います。
<もくじ>
あらゆる人が安心して生きていける社会を、ネットワーク型文化運動で
「気持ちの幅」を「選択の幅」でしっかり受け入れる
アート・ケア・ライフの視点からシームレスな活動をつくる
(後編)
■ たんぽぽの家は、ソーシャル・インクルージョンのための市民団体
たんぽぽの家を「たんぽぽの家たらしめている」ものとはなんなのだろうか。
「やっぱり、たんぽぽの家のアートには、ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)の視点は絶対に欠かせない…というか、欠かしてはいけないという信念でしょうか。
私たちは、新しい視座で「障害者アート」を見直し、コミュニティ・アートやパフォーミング・アートの幅を拡げてきました。誰もが生きやすい社会に近づくために、そしてそれをもっと大きくして未来につなげたいという強い願いを胸に、人間性を回復させ生命を祝いあげる『エイブル・アート・ムーブメント』——自分のなかの感受性や意識をより自由に発達させ、世界と交流し再び自己へと回帰する——という芸術を、1990年代に自分たちが日本でスタートしたという自負もあります。」
Good Job! センター香芝 センター長の森下さんはそう語る。
「それでは、多彩な活動で知られるたんぽぽの家を、あえて一言で説明するとすれば? 」森下さんに質問を重ねた。
「一言は難しいですね…でも『市民団体』、ですね。
たんぽぽの家は、1973年にアートを通じた社会運動としてスタートしていて、それが障害のある人たちの夢や思いをつづった詩に曲をつけて歌う『わたぼうし音楽祭』へと続いていきました。そこから、地域のあらゆる人が安心して生きていける社会のために、そのときどきで目の前の課題に向き合い、必要とされる文化的な活動のために組織をつくってきました。
そして先ほどのエイブル・アート・ムーブメントや、2007年にパートナー団体とともに正式スタートした、障害のある人たちのアート作品を原画ではなくデザインとして使いやすく提供する「エイブルアート・カンパニー」の運営、そしてGood Job! センターでの、彼らが作ったアート作品や、ファッションアイテムなどの製品販売へと、活動の幅を広げています。
そのどれもが、行政や企業からだけではなく、多くの市民の方たちからの支援で成り立っています。そういう団体ですから、市民社会との関わりは何よりも大切です。」
■ よりよい選択肢を増やすための生成AI活用
筆者がGood Job! センター香芝 スタッフの小林さんと初めて話したのは、2024年3月に東京・渋谷のシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]にて開催された展覧会『Art for Well-being 表現とケアとテクノロジーのこれから』で、小林さんはギャラリーツアーの案内員として、筆者を含む参加者に展示内容を紹介しさまざまな質問に丁寧に回答されていた。
「またお会いできて嬉しいです。Art for Well-beingの企画では、著名なデザイナーと生成AIを用いたプロジェクトを昨年今年と続けられていますよね。今回、IBMの生成AI であるwatsonxを用いたプロジェクトを実施したのには、どのような理由があったのでしょう?」
「Art for Well-beingプロジェクトでの画像生成AIは、テキストを入力するとAIが画像を生成してくれるという機能を体験しました。このときの体験は自分自身が表現や創作するというよりも、AIが一点物をつくる、言ってみれば『オートクチュール』のようなものです。
たんぽぽの家では一点物のアート作品の制作もしていますが、パチさんにも先ほど見ていただいたように、手仕事によるクラフト製品やファッショングッズもたくさん制作しており、多くの仕事が生まれています。
そうした製品づくりにおいても、工房のみんなが、より気軽にそして簡単に活用できるタイプの生成AIを探る必要性と可能性を感じています。」
再び小林さんが丁寧に回答してくれた。
ここで、生成AIを活用した新たな表現活動を通じ、障害のある人たちの社会参加促進の可能性拡張をたんぽぽの家とともに探った、IBM Client Engineering(CE)部門の共創メンバーたちの声を紹介する。
竹田周平(おたけさん | デザイナー)
- たんぽぽの家ならではの生成AIの活用方法が生まれ、今後の福祉領域における広域な展開や、教育分野への展開も視野に入れることができた。
- ユーザーにとっての価値創造や、支援における関係性強化を軸とした、生成AIを道具とした豊かでフラットな共創が実現できた。
- CEのデザイナーのファシリテーションにより、目的志向でユーザー中心のアプローチをぶらさず進めることができたのではないか。
高田あかり(サリー | デザイナー)
検証を繰り返していく中で、自己表現活動自体の支援よりも、表現活動の成果物共有や次作につなげようというニーズの方が強いことが見えてきたのが、個人的には興味深かった。
そしてニーズに合わせて作った生成AIが、「1人では完結しない」「周りの人との接点を大切にする」という、Good Job! センターのDNAや価値観にマッチしたものとなったと感じています。
緒方 胤浩(おがちゃん | デザイナー)
アトリエスタッフの方たちにはさまざまな場面で多大なるご協力をいただいた。まずは深く感謝をお伝えしたい。そして「分からないものを分からないまま受け止めること」の重要さを踏まえた上で、「生成AIの作品関与、および言語化」のポジティブな点を以下に記す(ただし現状においては、生成AIの出力は、引き続き人手で確認することが必要だと思われる)。
- 「見る」に「読む」を加えることで表現活動の接点を増やすことに寄与できる
- アートの「主観性や曖昧さによる余白」という特性を活かしたまま、鑑賞体験の入り口拡張に寄与できる
- 「作家と作品と鑑賞者と施設スタッフ」の共創を促すことができる
伊藤 尚祐(テクノロジー・エンジニア)
- たんぽぽの家が非常に柔軟に検証にも参加してくれたこともあり、仮説検証を繰り返すアジャイルの理想的な進め方を実践することができたように思う。
- アート、デザイン、テクノロジーが組み合わされた、CEならではの取り組みになったと思う。
- たんぽぽの家との共創を持続可能とするために、今後も仕組み作りやビジネスモデルへとつなげる方法を模索していきたい。
■ 「畳を返す」共創とテクノロジー
「圧倒的な何か」を目にしたとき、私たちは、その存在に至る理由や背景を知ろうとする。そして自分にちょうどよい、納得のいく筋書きやつながりの中にそれを位置付け、理解した気になる。
だが本当は手放し、複雑性を丸ごと感じたまま歩みを進めればいいのかもしれない——。
最後に、そんな思いをたんぽぽの家の3人に伝えてみた。
「理事長の播磨靖夫は『いまだ道半ば。関心を持ち続けよう。挑戦者でいよう』とよく言うんです。パチさんが言うように複雑性や混乱を味方にできればいいんですが、私たちも不安な気持ちになったり、迷ったりしながら前に進もうとしています。でも、そんなときこそ、組織は理念あってこそ。『挑戦者でいよう』という理事長の言葉を思いだします。」
森下さんの言葉に、藤井さんが続ける。
「播磨理事長がよく言う言葉に『畳を返そうとする者、畳の上にいてはならず』という民衆の言葉があります。
僕らはその言葉を胸に、これからもどんどん福祉の外に飛び出し、いろいろなネットワークを拡げ、それをたんぽぽの家に持ち帰ろうと思います。福祉の在り方や形がもっといいものに変わるように。」
「僕も畳の話は大事にしています。でも同時に思うこともあるんです。」小林さんは言う。
「そもそも、なんで畳みを返したいのか。その畳が意味するものは何か。返したらどうなるのか? ——活動を続けていると、こうした問いを置いてきぼりにしてしまい、ときには行き詰まりを感じることもあります。
でも、そんなときこそ、企業など異分野との共創が新しいアイデアやアプローチを与えてくれるんです。やっている人が変わればやることも変わるし、そこに生まれる意味合いも新たな色合いを帯びてきます。
同じように、新しいテクノロジーが持ち込まれたときには、新しい実験の余地もたくさん生まれます。それはその分だけ可能性の余地が拡がることを意味しているんです。
これからも皆さんとの共創が続けられたら嬉しいです。」
たんぽぽの家訪問から2週間を過ぎた頃、藤井さんから連絡があった。
「当方の社会福祉法人わたぼうしの会/一般財団たんぽぽの家の理事長・播磨靖夫に、IBMさんの取材があった旨を話したところ、以下を伝えてほしいとのことでした。」
“1981年に米国IBM本社・ニューヨークで行われたサマーキャンプに伺いました。その際にIBMの方が語られた「我われは障害にお金を払うのではない、才能にお金を払う」という、障害のある人の雇用に対する企業スタンスに、強く感銘を受けました。
時はめぐり、現在私たちがご一緒できていること。大変喜んでおります。”
あらゆる人が安心して生きていける社会を目指して。たんぽぽの家の活動は続く。
TEXT 八木橋パチ
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