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P-ALS代表 畠中一郎「どっこいALS」~可能性は止まらない~ | PwDA+クロス5(後編)
2024年04月05日
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今これを目にしている方の中に、「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」という難病のことをまったく知らないという方はおそらくいないことでしょう。
それでは、ALS患者の声を直接聞いた経験はあるでしょうか。彼・彼女らが、どんな思いでこの難病と人生に向き合っているのかを、直接耳にしたことはあるでしょうか。
——先日、日本IBM虎ノ門本社にて、P-ALS代表 畠中一郎氏をゲストにお迎えし、「どっこいALS ~新たな自分との出会い。私の可能性は止まらない~」と題したイベントが開催されました。
当記事では、講演で畠中氏が語った内容を交えつつ、日本IBM PwDA+コミュニティー*1 Executive Allyの村澤賢一との対談パートを中心に構成し、ご紹介します。
畠中 一郎(はたなか いちろう)
一般財団法人すこやかさ ゆたかさの未来研究所(通称P-ALS*2) 代表理事
1958年鹿児島生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、JETRO(日本貿易振興機構)入社。フランス、コンゴ民主共和国、ベルギーでの駐在。その後、ハーバードビジネススクールにてMBA(経営学修士)取得後、野村総研で経営コンサルタントとなり、以後アクセンチュア、PwCでM&A、海外市場進出を含む新規事業開拓、経営改善、事業再生に従事。 2006年にハイブリッド・パートナーズを設立、今日に至る。コンサルティング業務に加えて、外資企業を中心に日本支社長として経営の実務にもあたる。
*1 PwDA+コミュニティー
知る・考える・つながる機会を提供し、障がいの有無に関わらず、誰もが自分らしく活躍し貢献できる会社/社会の実現を目指して活動しているIBMの社員コミュニティー。「PwDA+」は「People with Diverse Abilities Plus Ally」の意。
*2 P-ALS https://p-als.com
正式名称は「一般財団法人すこやかさ ゆたかさの未来研究所」。ALSの診断を受けた代表理事の畠中自身の体験をもとに、さまざまなアプローチでALS患者とその家族を支援し、困難を乗り越えやすい社会の実現を目指して活動している一般財団法人。ミッションステートメントは「身体機能が低下したすべての人とその家族に寄り添い、すこやかでゆたかな生きがいを取り戻す希望となる」。なお、P-ALSは、Passion for Augmented Life Support、つまり「人生を支えるための拡張された新たな技を追い求め続けるパッション」の意。
■
村澤: それでは次の「人生とミッションを考える」。これはさらに大きなテーマかと思います。
少し理系的な表現になりますが、常々「人生は微分積分だな」と考えることがあります。つまり、「目の前で起きている出来事を解像度高く見つめていく」微分的なアプローチと、それらを「積み上げて捉える」積分的なアプローチを繰り返しながら生きている。
一方で、このやり方は過去と現在に重きを置き過ぎなのではないか。翻って、積分的に自身の経験則上だけで未来を捕まえようとし過ぎてはいないだろうかも感じていまして…。
ぜひ、そんな観点もいくらか意識いただきつつ、お話しいただけますか。
畠中: 今、村澤さんの話を聞きながら、「あ。これまで自分が考えていたことは、そういうことだったのか」と、多くの気づきをいただいていました。ありがとうございます。どういうことかと言うと、これまで、ミッションを作り出すことで自分は満足してはいなかっただろうか? ということです。
講演でお伝えさせていただいたように、余命宣告を受けるというのは、将来について語れない、目線を「いま」に向ける以外にないってことなんですね。そしてミッションを達成するためにP-ALSを立ち上げ、いくつかの活動をスタートしています。
「時間はない。ミッションがある」——そうであればやるべきことは一つです。膨大な、時空を捻じ曲げてしまうくらいのエネルギーを放出して、いまを変えていくということ。だって未来がないということは、いましかないということですから。
ここで、畠中さんへの質疑応答タイムの中で語られた、具体的なP-ALSの活動内容3分野をご紹介します。
「よりそう」
ALSの診断を受け、「医師や病院から、世の中からも放り出されてしまった…」と絶望に落ち込む患者さんから連絡をもらったら、文字通りすぐに飛んでいって、ハグして、ただただそこに一緒にいる。物理的に寄り添う。そんな活動をしています。
同じ境遇の人間が側にいてくれるだけでどれだけ心強いか——。私は経験からそれを知っているので。
「ささえる」
いろいろな支え方があると思いますが、私は移動の自由とコミュニケーションの自由を特に重視しています。ALSになると、いろいろできなくなることが増えていきます。そして「ちょっとしたことも誰かにお願いしなきゃならない‥」となると、やっぱりそれは苦痛で、引きこもってしまうんです。
私は彼らに、その殻を打ち破って外出して欲しいと思っています。外に出て、出会いを求めて欲しい。そのための電動車いすレンタル支援事業をスタートしました。
そしてコミュニケーションについては、視線入力型会話補助装置の開発およびレンタル事業を行なっています。自力発声による会話が難しくなってきたALS患者さんに使いやすいものを提供したい。そしてそれをボイスジェネレーターと連動させて発話させたい。そんなプロジェクトを進めています。
今後は、録音しておいた自分の声を使えるようにしたいですね。
「のりこえる」
はたしてどうすれば乗り越えるお手伝いができるのか。そもそも患者さんたちにそれが求められているのか…? どうすれば乗り越えるを実践できるのか、これが一番難しく悩んでいました。そんなとき、休暇で訪れたフランスでたまたまALS患者のドキュメンタリー映画『アンバンシブルエテ(不屈の夏)』に出会ったんです。
その後八方手を尽くし、自らがALS患者であり、映画制作者であり主人公としても出演しているオリヴィエ・ゴアさんとお話しする機会を得ました。そして意気投合し、彼のメッセージ——それはまるで私自身のものなのではないかと思うほど共通しているのですが——を広く日本でも紹介したいと思い、現在、一般公開の準備も進めている傍で、企業や行政と共に上映会を開催しています。
参考 | 東京新聞記事 – 「人生まっとうする姿を」 ALS患者の日常描く映画 23日、逗子で上映 同じ境遇の畠中さん 国内公開に奔走
村澤: 私たちIBMは、主にITやデジタルを用いて、社会をより良くしたいと活動している企業です。そしてここ数年で本格的に生成AIが社会で用いられるようになり、今、社会は期待をしつつも、その一方でどんな変化が起きるのかと戸惑っています。
人間は、外部からの刺激に反応して進化し、社会を認知し創り上げてきた生き物だと思うのですが、それが故に「新しい刺激」「未知のもの」への適応がとりわけ苦手な動物ではないでしょうか。
しかし、畠中さんは新しい刺激、新しい局面を乗り越え、適応の力をまざまざと発揮されています。最後に、そんな畠中さんより「今を生きる」というテーマについて改めてお言葉をいただければと思います。
畠中: 講演内でもお話しさせてもらいましたが、古代ローマでは「カルペ・ディエム」や「メメント・モリ」という言葉で、そしてここ日本でも鎌倉時代に書かれた『徒然草』の頃から、「死を意識することで乗り越え、今を大切に生きよ」というメッセージが伝え続けられてきました。
洋の東西に関係なく、先人たちが問うてきたのは死の捉え方です。
死んだ後にできることはありません。私たちにできることは「今できる限りのことを行う」しかないのです。
何もしなくても時は過ぎていってしまう。何もしないままその時を迎えていいのか。
私は、人生をまっとうしたい。何かに没頭して達成したい。そんなふうに考えて今を生きています。
今日、私の話を聞いていただいた皆さんに言えることがあるのなら、皆さんにも何かに没頭して生きていただきたいということ。「何か」はなんでも構わないけれど、でも、その何かが「誰かのため」になることであれば、それはとてもすてきなことではないでしょうか。
今日はありがとうございました。
■
当記事の最後に、筆者の心に強く残り続けている、イベント参加者からの質問に答えて畠中さんがお話しされた、コミュニケーションに関する言葉を紹介します。
「ALS以外の難病や障がいをお持ちの方たちとのやりとりも増える中で、何度となく驚かされてきたのは、『伝えたい』という強い感情を持っていれば、私たちは言葉を超えることができるということです。
本当に深いエモーションのレベルで、感じ合い通じ合うということが、実際にあるんです。
『動物と人間を一緒にするな』とお叱りを受けるかもしれませんが、それは人間同士だけですらない。犬を飼ったことがある人なら、おそらくおわかりいただけるのではないでしょうか。
私もかつては『相手の事情も理解できないまま、積極的にこちらからアプローチしても伝わらないだろう』と思っていました。でもそうじゃない。強烈に何かを発信しようとしている人とは、言葉が使えなくても分かり合えるんです。
テクノロジーでコミュニケーションを支援していこうという皆さんには、ぜひ、このことを知っておいていただきたいです。どうか、それを忘れないでください。
TEXT 八木橋パチ
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