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P-ALS代表 畠中一郎「どっこいALS」~可能性は止まらない~ | PwDA+クロス5(前編)

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今これを目にしている方の中に、「ALS(筋萎縮性側索硬化症)」という難病のことをまったく知らないという方はおそらくいないことでしょう。

それでは、ALS患者の声を直接聞いた経験はあるでしょうか。彼・彼女らが、どんな思いでこの難病と人生に向き合っているのかを、直接耳にしたことはあるでしょうか。

——先日、日本IBM虎ノ門本社にて、P-ALS代表 畠中一郎氏をゲストにお迎えし、「どっこいALS ~新たな自分との出会い。私の可能性は止まらない~」と題したイベントが開催されました。

当記事では、講演で畠中氏が語った内容を交えつつ、日本IBM PwDA+コミュニティー*1 Executive Allyの村澤賢一との対談パートを中心に構成し、ご紹介します。


 

畠中 一郎(はたなか いちろう)

一般財団法人すこやかさ ゆたかさの未来研究所(通称P-ALS*2) 代表理事

 

1958年鹿児島生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、JETRO(日本貿易振興機構)入社。フランス、コンゴ民主共和国、ベルギーでの駐在。その後、ハーバードビジネススクールにてMBA(経営学修士)取得後、野村総研で経営コンサルタントとなり、以後アクセンチュア、PwCでM&A、海外市場進出を含む新規事業開拓、経営改善、事業再生に従事。 2006年にハイブリッド・パートナーズを設立、今日に至る。コンサルティング業務に加えて、外資企業を中心に日本支社長として経営の実務にもあたる。


*1 PwDA+コミュニティー

知る・考える・つながる機会を提供し、障がいの有無に関わらず、誰もが自分らしく活躍し貢献できる会社/社会の実現を目指して活動しているIBMの社員コミュニティー。「PwDA+」は「People with Diverse Abilities Plus Ally」の意。

*2 P-ALS https://p-als.com

正式名称は「一般財団法人すこやかさ ゆたかさの未来研究所」。ALSの診断を受けた代表理事の畠中自身の体験をもとに、さまざまなアプローチでALS患者とその家族を支援し、困難を乗り越えやすい社会の実現を目指して活動している一般財団法人。ミッションステートメントは「身体機能が低下したすべての人とその家族に寄り添い、すこやかでゆたかな生きがいを取り戻す希望となる」。なお、P-ALSは、Passion for Augmented Life Support、つまり「人生を支えるための拡張された新たな技を追い求め続けるパッション」の意。

村澤: 最初に、今お聞かせいただきました畠中さんのお話のパワフルさに、大変強い感銘を受けたという事実をお伝えさせていただきます。本当にありがとうございます。

畠中さんがALSの診断を受けてからの2年間の大きな変化を、「死」「希望」「人生の目的」という3つのキーワードを軸にお話しいただき、それぞれのキーワードはもちろんのこと、それぞれのつながりと、さらにはこれまでの人生の根底に流れ続けているスピリットのようなものを感じ取らせていただきました。

 

それではここからは、事前にご準備させていただいていた5つのテーマに沿ってお話を聞かせてもらえればと思います。

最初のテーマは「グローバル企業の社員にとってのDE&I」です。私はDE&Iが「概念」として語られているうちは、まだ多様性と包摂の本質、いわば「本物のDE&I」に辿り着けていないのかなとも思うのですが、いかがでしょう。

 

畠中: 私なんかの話がどれだけ役立つのか正直わかりませんが、少しでも皆さんのお役に立てるようお伝えさせていただきます。

まずお伝えしたいのは、一層ガチャガチャしてきている世の中において、こうしたスローガンを掲げて生きること、仕事に取り組むことというのは、とても大切なことであり意義深いということです。

社会の流れを追い、それにただ対応しているだけでは、自分自身を手元に引き寄せて生きていくことがとても難しくなってしまいます。それをそのまま放っておくと、どんどん内向きになってしまう。これは個人も会社も同じで、はっきり意識しておく必要があると思います。

DE&Iのような、みんなの頭を上げさせ、視線を前へと向けさせる活動が、社内でしっかり続いていくこと——それが、企業を社会の前線に留めさせるのには重要な役割を果たしているのではないでしょうか。

 

村澤: ありがとうございます。続いて「仕事にも活きる、受け入れる力」についてですが、先ほどのお話の中で、「地獄じゃないか…!」と思わざるを得ないような残酷な病気であるALS宣告から、畠中さんご自身も、自分でも思いがけないほど早くどん底から抜け出すことができた。そしてむしろ、そこから強い光すら感じるようになったというお話しがありましたね。

ここで、ALSについて、そして畠中氏の講演内容の一部を紹介します。

ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、筋肉を動かし、かつ運動をつかさどる脳や脊髄の神経(運動ニューロン)が主に障害を受けるもので、手足から徐々にのど・舌の筋肉や、呼吸に必要な筋肉がやせていく病気です。

畠中氏がALSの診断を受けたのは2021年8月。早期に神経内科を受診できたことで、早期の診断・治療につながったものの、ALSは進行性の病であり、現代医学では残念ながら治療法が存在しません。現在、畠中氏の病状の進行は遅いということですが、それでも身体の自由は少しずつ効かなくなってきているとのことでした。

そんな死を意識せざる得ない状況においても、畠中氏はご自身でも意外なほど早く、精神的などん底状態を抜け出せたといいます。その理由の一つが、多くの先輩ALS患者たちとの対話を通じ見えてきた、彼らの姿勢だったそうです。

 

「死を受け入れる。多様性を受け入れる——聞く人や言う人、状況や立場によって、こうした言葉は口先だけのきれいごとに聞こえることでしょう。

ただ、実際にそうせざるを得ない状況にいる方たちは、死を笑い飛ばしていました。自らの運命すらも積極的に笑い飛ばし、絶望を「乗り越えて」いたんです。

ALSを治癒するために、多くの新薬実験や治験が繰り返されています。いつか、ALSは難病ではなくなる日が来るでしょう。私もそうなると信じています。

——ただし、おそらくはそれまでにはまだかなり時間がかかることでしょう。この2年の間だけでも、はたして何回、新薬や新治験のニュースを目にしたことか…。その度に実用までの気の長くなるような時間に打ちのめされるのです。

治癒への希望は当然捨てるべきものではありません。ただ、その希望は外部から与えられるものであり、ほとんどの場合で裏切られる、とても残酷な希望なのです。

私は、それとは違う、自分の中から生まれてくる希望に望みを託したい。

人生はよくマラソンにたとえられますが、多くのそれと私のとが決定的に違うのは、私には文字通りゴールが見えているという点です。

医師からの治らない病であり、余命は3-4年だという宣告を、私は「ラストスパートのときが来た」と受け止め、全速力で駆け抜けようと思っています。

2年経っても死は恐ろしい。それは変わりません。でも、私はそれが目前だとわかっている。漠然としたいつ来るかわからないゴールではない。直視すべき目前のものとして「最後の勝負所」に私は今いるんです。

自分の成し遂げたい「希望」に向かって、全力で向かっていくのみです。

(写真中央)村澤 賢一(むらさわ けんいち)| 日本アイ・ビー・エム株式会社 執行役員 テクノロジー事業本部 エコシステム共創本部長 / PwDA+コミュニティー Executive Ally
(写真右)河村 進吾(かわむら しんご)| 日本アイ・ビー・エム株式会社 IT Specialist, Finance and Operations / PwDA+コミュニティー・メンバー(イベントでは司会担当)

 

村澤: 先ほどの畠中さんの「受け入れる力」の話はIBM社員をはじめとした個人にとても大きな力を与えてくれるものでした。さて、企業や社会という観点から見ると、今、どんな「受け入れる力」が求められていると思われますか?

 

畠中: 人びとは、会社や社会と一丸となって「より良い暮らし」を手に入れようと、「豊かさ」を手に入れようと頑張ってきました。先進国が中心ではあるものの、ここ100年ほどの間に本当に大きな変化を起こしてきたわけです。

でもそこで、多くの人たちが「あれ、豊かにはなったかもしれないけれど、幸せには…?」と口々に言い出しているのが現在だと思います。「豊かさは幸せの条件、あるいは前提」だと思ってやってきたのに、振り返ればものすごい格差を生みだす社会を作ってしまった。そして多くの付随する問題を引き起こしてしまっています。

社会も、そこで活躍しようとする企業もその社員も、こうした従来のゴールとは異なるゴールが必要になったという事実や、これまでのやり方では続けられなくなってきたという現実を見つめて、そういった変化を受け入れる力がこれまでになく問われているのではないでしょうか。

 

村澤: お話を聞いていて、ドイツの社会学者テンニースが提唱した「ゲゼルシャフトとゲマインシャフト」という、社会類型の概念が頭に浮かびました。

特定の利益や目的の追求に組織ぐるみで一気呵成に取り組む「ゲゼルシャフト」の凄まじいまでのスピードと推進力。私たちはその勢いに飲まれ、身の回り半径3メートルの身近なしあわせに目を向ける「ゲマインシャフト」的な価値観を少し置いてきぼりにしてしまったのではないか…。そんなふうに思えました。

 

畠中: 本当にそうですね。本来その両方のバランスを取ってやっていかなきゃいけなかった。でも人間そんなに器用じゃないんですよね。それで一つに突っ走ってしまった。

じゃあどうするのか。一つの方法が「道徳」ではないでしょうか。

「なんだ。きれいごとか」と言われてしまいがちな「世のため人のため」という言葉を、実際の仕事や生活の中にしっかりと行動として組み込むことじゃないかと思うんです。

それが両立の難しい2つの社会的モデルをバランスさせる、とても良い方法ではないでしょうかね。SDGsやESGの取り組みが高く注目され評価されるのも、根底にはそんな考えがあるからだと思います。

 

村澤: とても大きな視点から示唆をいただきました。ありがとうございます。

関連するテーマとなりますが、「あなたのパーパス(存在意義)は何ですか」というお題に対して、何か私たちにヒントとなるようなお話をいただけますでしょうか。

 

畠中: この言い方が適切か不適切かはわかりませんが、私は身体障害者となり、健常者の世界からこちら側に来ました。つい数年前の話です。そこではっきりわかったのは、世の中には見えない線があるということです。

これは私の心の弱さや捻くれ方の問題かもしれません。それでも、親切心からであろう言葉や同情をどうしても素直に受け取れず、「そっち側にいるあんたが言うなよ」と思ってしまうことがあるんです…。

自分の心が歪んでしまったせいなのだろうか? と思う反面、実はそこにはどんなに頑張ろうとそっち側からは見ることのできない「こちらの側からしか見えない線」があるからだろうと、そんなふうに思うのです。そしてこの件に限らず、こうした一方の側からしか見えない線というのは、社会のいろんなところにあるのだろうとも思います。

だからこそ、一線を超えてこちら側にきた者として、こちら側とそちら側の両者にとってよい社会にするためのコミュニケーションをしていく役割が自分にはあると考えています。

きちんとした伝え方を強く意識しながら。「単なる苦情。要求過多。」と取られて終わってしまうことがないように。

 

後編では「人生とミッションを考える」「今を生きる」のテーマについて、そしてP-ALSの活動内容について、引き続き畠中氏にお話しいただきます。

 


TEXT 八木橋パチ

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