Client Engineering
クライアント・エンジニアリング対談 #8(稲垣悠×平山毅)| メタバースとデザイン
2023年03月30日
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幅広い技術・経験・バックグラウンドを持つスペシャリストたちが集結し、お客様と共に新しいサービスやビジネスを共創していく事業部門——それがIBM Client Engineering(CE: クライアント・エンジニアリング)です。本シリーズでは、CEメンバーが対談形式で、各自の専門分野に関するトピックを中心に語っていきます。
第8回目となる今回は、主に金融保険領域や新規事業企画のお客様との共創を進めているチームのリーダー平山 毅と、主に金融領域のお客様のアイデア創出やサービス開発を支援し、新しいデザイン分野も開拓しているデザイナー稲垣 悠が「メタバースとデザイン」を中心に語ります。
<もくじ>
1. 「いい感じにお願い!」にもデザイナーとしてしっかり応える
平山: CEでエンジニアリングマネージャーをしている平山です。チームメンバーとの対談を続けており、第8回となる今回は、旬なテーマでもあるメタバースとデザインを中心に、チームの中で「もっとも美しい資料を作るデザイナー」として知られている稲垣さんとの対談を進めていきたいと思います。
普段のプロジェクトの場でも稲垣さんのアウトプットには感動することも多く、本日は旬な先進テーマを会話できるのを楽しみにしています。それでは稲垣さん、簡単に自己紹介をお願いします。
稲垣: はい。2021年12月からCEにジョインした稲垣です。IBM入社までは、新卒からずっと広告業界で働いていました。リスキリングと転職を重ねて、営業職、マーケティング職、クリエイティブ職と専門領域を広げてきました。
IBMへの転職理由は、僕が所属していた広告代理店には、クライアントの解決課題に使える技が「クリエイティブ」しかなく、その限界を感じていたからです。自社独自のテクノロジーを持っている企業に惹かれ、IBMに入社しました。
平山: CEに転職してきて、コラボレーションという観点で前職と違いを感じる点はありますか? 前職の大手広告代理店も、たくさんの優秀な人材が揃っていた企業だと思うのですが。
稲垣: CEのほうが人材の多様性が大きいですね。
前職でもエンジニアやアカウント営業チームとはデザイナーとしてコラボしていたので、そのあたりはほとんど変わりありませんが、データサイエンティストとのコラボは初体験で、驚きや学びが多いです。バックグラウンドが多彩なので、おもしろみが大きいです。
平山: たしかにその多様性はCEの醍醐味ですね。逆に「え? IBMってこんななの!?」という、ネガティブな驚きもあったでしょうか?
稲垣: …正直に言えば、「もっとクリエイティブを良くできるな」と感じた領域はあります。テクノロジーの豊富さや先進性は想像通りでしたが。
平山: それは私も納得です。そしてその一因は、これまでIBMが「あらゆる状況においてきちんと動くこと、お客様が要求した機能すべてをしっかり充足させること」に捉われ過ぎてきたことに起因しているのでしょう。
本来であれば、実際にサービスやアプリなどを作り始める段階で、お客様の要求の裏に潜む「真のニーズ」を追求して、使いやすいUIや機能のスリムさ、そして見た目のカッコ良さなどに落とし込む必要がありますよね。それがデザイナーの主要領域でもありますし。
IBMが近年デザインを重要視してきたのは、お客様のテクノロジーの選定において製品のデザイン性が大きな要因になっている点もあると思います。まさに、稲垣さんのようなデザイナーが活躍する場面が多そうですね。
稲垣: 僕は、「デザイン」という言葉が広義に使われる傾向が強くなっている今、あえて、というかむしろ、狭義の「デザイン」にもしっかりこだわっていきたいと考えています。「触ってみたい」と思わせるアプリの「見た目」や、感性に訴える情動的な部分も大事にしたい。
デザイナー職をやっていると、「見た目をいい感じにお願い!」という依頼がたびたびあります。そこには「あなたデザイナーなんだから、見た目の良いものを作ってくれるんでしょう?」という期待が込められているのだと思います。お客様がそのニーズを持っていることは忘れちゃいけないし、デザイナーとしてそのプレッシャーにしっかり応えていかなければならないと思います。
そして、プレッシャーに応えきる喜びを、CEにしっかり根付かせるのも僕の役割だと思っています。
平山:その言葉に、稲垣さんの美しい資料作成の流儀と、今回のテーマでもある体感が重視されるメタバースへとつながっていく真髄がある気がしますね。
2.メタバースとデザイン
平山: 先日、稲垣さんがリードされたプロジェクトでもある日本総合研究所(日本総研)様のメタバース空間開発事例が記事として発表され、大きな話題となりました。あの取り組みでもデザイン面で大活躍され、記事にも登場している稲垣さんですが、そもそもはどういうきっかけでメタバースに興味を持ち出したのですか?
参考: SMBCグループの日本総研とIBMが切り開くメタバース技術を駆使した金融の新たな地平
稲垣: 正直、IBM入社前はメタバースに興味を持っていませんでした。ただ、入社後、クライアント含め社内外の「アンテナの高い方たち」が、みんな強い興味をメタバースに持っているのを感じたんですよね。
それで、「これは、自分も学び理解すべきものではないか」と。
平山: なるほどそうでしたか。でも、そこからのスピード感がすごかったですよね。社内外のさまざまなメタバース・コミュニティーや勉強会に参加し、どんどん手を動かして実践知を積み上げられていましたよね。
それでは、「メタバースの世界にデザイナーが足りていない」と感じるまでは、早かったのでしょうか?
稲垣: はい。「伸び代あるな〜」とすぐに気づきました。検証プロダクトやプロトタイプを見せてもらったとき、デザイナーとして「もっと良くしたい!」と思うことが度々ありました。
メタバースはとても複合的なものですが、クオリティの鍵をにぎっている1つは「見た目」だと思います。グラフィックが本当に大事です。
平山: 端的に言うと「ダサいものを良くする」ということで、デザイナーの力を示しやすいエリアですね。
稲垣: 世の中がメタバースの「見た目」に期待している部分って、すごく大きいと思います。メタ社が開発するメタバースでアバターの「でき」について大きな話題になったことがありました。個人的にはあれも社会の「メタバースのグラフィックスへの期待」の表れだと受け取っています。
平山:なるほど、その期待が、稲垣さんが感じられた「伸び代」でもありそうですね。
3. デザインプロセスの重要性と「体感重視」
——先ほど「メタバースはとても複合的」とお話しされていましたが、複合的とはどういった点のことでしょう?
稲垣: たとえばユーザーということではマルチユーザー、複数のユーザーが同時にメターバス上で行動するわけですから、ネットワークやクラウドといったデジタルインフラの設定や調整は非常に重要な役割を握っています。
また、ビジネスユーザーに、ましてや金融関連が使用するものとなれば、セキュリティーやプライバシーなどが絶対要件となり、テクノロジー的な複雑度もますます上がっていきますよね。
——先日、『ユーザーの視点から見た場合、個人のメタバースに対する理解や体験はあまり進んでいない』という調査報告書が発行されました。金融におけるメタバースの必要性についてはどう考えられていますか? 私は個人的には必要性を感じていないのですが。
参考: 過剰な期待に沸くメタバース市場、その先にある真のポテンシャルとは?
平山: これまでの従来の行動の延長線上で考えるとそうなるかもしれませんね。ただ、私は少し違う観点から見ています。
第5回のヒョンミンさんとの対談「Fintechとデザインシステム」とも関連する話ですが、通貨はこれまで紙幣、硬貨として、交換対象を「物理的なモノ」とするアナログの世界で主に用いられてきました。でもこれからは、欲しいモノが「デジタル上のモノ」になっていったり、経済活動や消費の軸足がデジタル上に移ったりとする中で、使用する通貨もデジタルにしたい、消費行動もデジタル上で行いたいという動きが増えていくのではないでしょうか。
私は金融業界に近いところで長年ビジネスをしてきたので、金融機関のお客様がそうした動きに高い期待感を持っていること、そして「先んじて動かなければ取り残されかねない」という強い危機感を持たれていることも感じています。
従来のようなアナログな世界であれば、物理的な店舗や訪問サービスで良いですが、デジタルの市場が大きくなれば、そういったサービスもデジタル化する必要があるでしょう。アナログの体感をデジタルで実現するテクノロジーとしては、現時点ではメタバースが検討の筆頭になるとも思います。
稲垣: 僕は、金融業界でのメタバースのユースケースであったり必然性であったりというのは、これからクライアント様と一緒に探していくものだと思っています。
そして探すときに大事にしなければいけないなと思うのは、「メタバースとは何なのか?」という定義付けや、大上段に構えたアカデミックな議論ばかりを先行させてはならないということです。
現場ではすでに「実践者たち」が、手を動かしながらいろいろな新しいものを生み出していますから。僕は、「頭で考えることに固執し過ぎないように」、「感性や情動を活かしていくべきではないか」ということを強調したいですね。デザイナーとして強く意識していることです。
平山: それは私たちCEのキーワードの1つである「体感重視」にもつながる、とても重要な指摘ですね。金融業界には、大上段に構えたアカデミックな議論が好きな方も多いですから…。それでは先ほど話に出た日本総研様のメタバース空間開発においてはどうだったのでしょうか?
稲垣: そうですね。今回、日本総研様のリクエストの中核にあったのは「今後、メタバース空間を自分たちで作れるようになるために、技術と知見を高めたい」というものでした。でも、「何から手をつければ良いのか分からない。どういうふうに進めるのがいいのだろう?か 」という状態でしたので、ウェブサービスやアプリを作るのと同様のアプローチを取りました。
具体的には、何を大事にして作っていくのかという約束ごとである「デザイン原則」を皆で決めていく。そして次に皆の頭の中にあるアイデアやイメージを揃えて固めていく「イメージボード」を作成する。——こうした進め方は、制作物がメタバースになっても変わりませんでしたし、むしろその効力を発揮したのではないかと思います。
平山: なるほど、たしかに課題整理などは従来の進め方と不変な部分が多いですね。では「メタバースだから特にここが違った」というところはどんなところでしょうか?
稲垣: UXに関してですね。先ほども少し触れましたが、ユーザー同士が自由に動き回りインタラクションをするというメタバースの特有性は通常のウェブサービスとはまるで異なるもので、そこからUXが大きく変わっていきます。
やはりこの界隈に関しての経験と知見は、ゲーム業界に最も集積されています。ですから今回、コンサルタント、データサイエンティスト、テクノロジーエンジニアと、さまざまな分野からプロたちが揃った中でも、特にゲーム業界出身のエンジニアと僕でコンビを組んだことの意味はとても大きく、日本総研様にとってもすごく良かったのではないだろうかと自分たちでも思っています。
平山: さまざまなインダストリーの経験を持つ者たちが集まり、共創することが、良いものを作ることに直結するのがメタバースなのかもしれませんね。その点からもCEにはぴったりですね。また、メタバースではUXの重要性が大きく上がるため、デザイナーが果たす役割は従来のウェブサービスより増しますし、プロジェクトにおけるデザイナーの比率も高まりそうですね。
4.次世代デザイナーは「荒野」を目指す
平山: 最後に、稲垣さん個人の未来、そしてメタバースが普及していった場合のデザイナーの未来について聞いてみたいと思っています。まずは個人として、稲垣さんは今後もメタバースの案件を手掛けていきたいと思われていますか?
稲垣: はい、もちろんです。ただ、幅広くいろいろなことに挑戦していきたいと考えているので、メタバース案件だけをやっていきたいと思っているわけではないです。
メタバースはデザイナーにとっては新分野で、まだ制約も少なく、いわば「荒野」のような場所と言えるかもしれません。自分の市場価値やデザイナーとしてのキャリアを考えても、チャレンジしがいのある場所です。
平山: なるほど。特に、古くから大掛かりなITシステムに取り組んできた金融業界は、「既存システムのアップデート」と、メタバースのような「新しいシステムとの連携」という、複数の課題を持っています。その中で、基本はデザイン性のよいものに変えていくという流れになっていくので、今後、デザイナーのIT業界における重要性が上がっていくのは間違いなさそうですね。
稲垣: はい。私たちCEのデザイナーは、クライアントに「見た目でユーザー数や利用率が大きく変わります」、「ユーザー満足度を大きく高めるUIというものが存在しています」と、しっかり伝えていかなければならないと思います。
そういう提案をして気づいてもらう、あるいは気づきを与えるデザインを提供していくのが僕のミッションですね。
平山: ビジネスにも直結するデザイン・ファーストを意識した取り組みを進めたいというお客様が増えていますしね。IBMにそういう期待をしていただいて構わない、いや、むしろ大歓迎ですということですね。
稲垣: IBMへの期待、デザインへの期待ということで言えば、「プレゼンテーションにもっとデザイナーを使いませんか?」とも呼びかけたいです。
意図や狙いを理解してもらうのには、言葉で聞くよりも見た目から吸収してもらう方が早いし強いです。デザインには、とても強い「心を掴む力」、「皆の意識を合わせる力」があります。皆さんにもっとそこを意識していただきたいです。
平山: お客様へのプレゼンテーションの部分から、私たちCEと共創しましょうということですね。確かに、プレゼンテーションは究極のMVPと言うこともできそうですし、今後は「MVPとしてのメタバース、プレゼンテーションもメタバース」という考えも出てきそうです。
稲垣さん、これからますます忙しくなりそうです。頑張りましょう! 本日はありがとうございました。
TEXT 八木橋パチ
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