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アイデアミキサー・インタビュー | オオニシタクヤ(エネルギーデザイナー)後編
2020年08月03日
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オオニシタクヤ(エネルギーデザイナー) 後編
コオロギ養殖には、さまざまな社会問題解決につながる要素が詰まっている
軸となる強いアイデアを持ちながら越境や新分野の開拓を実践している方に、その想いや活動について語っていただく「アイデアミキサー」シリーズ。
第3回目は、慶應SFCをはじめ多方面で活動中のエネルギーデザイナー、オオニシ タクヤさんにご登場いただきました。
(インタビュアー 八木橋パチ)
インタビュー前編はこちら :
「ああ、僕は美しい図書館とか文化施設を建てたいわけじゃないんだ」
オオニシタクヤ – 慶應義塾大学環境情報学部准教授。デザインオフィス「ENERGY MEET」取締役他、エネルギーを全方位的に捉えて活動中。大事にしている言葉は「マイルスと同じダイニングテーブルへ!」。
オンラインインタビューの様子
■ 慶應SFCでのコロナ後の授業とENERGY ATLAS
— 慶應SFC(藤沢キャンパス)でのオオニシタクヤ研究室での活動、それから授業はどんな感じで進んでいるんですか?
やっぱり新型コロナウイルス後、いろいろな変化がありました。僕の授業は2コマ続けて180分間でやるものが多いのですが、オンライン授業に移行してからは、毎回授業最後の20分間は少人数グループによる雑談タイムにしているんです。大学の価値って、リアルなキャンパスにおける授業と授業の合間にもあると思っているんですが、オンライン授業はそこが難しいんですよね。
ですから、Zoomのブレイクアウトルーム機能(小グループに分割する機能)を使って、完全にランダムな小グループに割り振り、テーマもファシリテーター役も決めない雑談タイムにしています。
— それはおもしろいですね。偶然の出会いって重要ですもんね。雑談タイムの間、オオニシさんはいろんなグループの間を行き来したりするんですか?
それもまったくしません。生徒たちだけの時間があることの方が大切だと思うので。
生徒たちに何を話したかとかも聞かないようにしています。
— なるほど。オオニシタクヤ研究室での活動も教えてください。生徒さんは、「エコ」とか「サステナブル」に対する環境意識の高い学生さんが多そうですよね?
まあそうですね。ただ、極限環境なども含めてエネルギーデザインを考えていくと、実際の取り組みでは「エコ」や「サステナブル」というコンセプトから、さらに奥へと踏み込んでいく必要があります。そうなると、ちょっとそうした言葉が持つどこかキラキラしたイメージだけでは済まない部分も多々出てくるんです。SDGsもそうですが、お飾りの造花みたいに、ちょっと都合よく使われてしまうところもあるじゃないですか…。
研究室では、学生たちには、表層的ではなく、いろんな視点でアプローチを取ってもらいたいと思っています。そして今取り組んでいる大きなプロジェクトの一つが「ENERGY ATLAS(エネルギー・アトラス)」というものです。
慶應SFC オオニシタクヤ研究室のメンバーで作成した2018年時点でのエネルギー・アトラス
— アトラスって地図帳みたいな意味でしたっけ?
そうですね。厳密には「地図」という意味ですね。しかし私の取り組んでいるエネルギー・アトラスは、人類が道具を手にしたところをスタート地点にして、「テクノロジー」「社会」「環境」の3つの視点で、人類とエネルギーの関係に起きた出来事を、時系列に円環図状にプロットしたものです。
通常の歴史年表ですと左から右への直線的な整理方法を取りますが、これは円の中心を年表の始点として、波紋が広がるように時間が進行し、外周が現在を示す円環状の年表です。この円環図のお陰で、エネルギーや社会、テクノロジーの事象が密接に関連していることが観察できます。
僕はこのアトラスが人類や地球の未来予測プラットフォームになり得るんじゃないかと感じていて、ひょっとしたらこれがライフワークにもなるのかもという気もしています。
しっかりとこのプラットフォームを発展させて、企業や行政の方たちともコラボレーションをし、エネルギーの未来に寄与したいですね。
■ ENERGY MEETと第3の皮膚
— もう一つ、私も何度か参加させていただいたトークイベント「ENERGY DESIGN HUB(エナジー・デザイン・ハブ)」も、研究室の学生さんたちとご一緒されている活動ですよね。
そうですそうです。パチさんにもご登壇いただいたり盛り上げてもらったり(笑)。ありがとうございます。
この記事をお読みになるみなさんは知らないと思うので簡単に紹介すると、「エネルギー × ○○○○」というテーマでゲストに登壇いただき、事前に提出いただいたゲストからの写真をランダムに映し出して、1分でトークをしていただくというものです。ゲストに1分しかマイクを持たせない、失礼な企画ですが、この制限時間のお陰で、ワイワイ盛り上がりますよね!
…でもきっと、言葉で読んでもらっても、分からないかも(笑)。
— 言葉では伝わりづらいかもしれないけど、スピーカーも化学反応も、最高にユニークなイベントだと思ってます! 実験室の学生さんたちがタイの農村で太陽光発電の社会実験をやったときのトークも印象的でした。
あのイベントの運営には、研究室のたくさんの学生にも参加してもらっています。ところで実はENERGY MEETって会社の名前、突然「降りてきた」ものなんです。
「ああ、一人の人間や組織が成せることの、なんとちっぽけなものか」ってエネルギーに対して感じていたんです。でもある晩、「それなら、大きな変化につなげるために僕にできる一番のことは、いろいろな生活者やステークホルダーの取り組みや考えがつながる場を作ることだ」って、インスピレーションがやってきたんです。
だから「出会い」のMEETを取って、ENERGY MEETという名前にしました。
2018年の作品 ENERGY GIFT mini | 慶應SFCのオオニシタクヤ研究室のメンバーと共に、タイの子どもたちと一緒にソーラーランタンをDIYで作成
— オオニシさんは「空間の質(QoS: Quality of Space)」の決め手となるのは何だと思われますか?
どういう観点から考えるかによってもいろいろ答えは変わってくると思うので、難しい質問ですね。
でも、ある一つの視点から答えてみますね。パチさんは建築が「第3の皮膚」とも呼ばれているのはご存知ですか? 第一は身体の皮膚、第二は衣服のこと、そして建築は人間にとって3番目の皮膚だっていう考え方です。
第二の服に関しては、クーリング素材だとかバイオマテリアルだとか、人間はずいぶんといろいろな取り組みを進めています、過ごしやすさや衛生度の向上のために。でも、建築はその観点ではかなり遅れをとった皮膚になってしまっている気がしています。
— 第3の皮膚って初めて聞きました。過ごしやすさとエコの観点からは、近年「パッシブデザイン」という建築設計手法を耳にすることが増えていますよね。
建物周辺の自然や環境がもっているエネルギーをうまく取り入れて、環境負荷の低さと快適さを両立しようという手法ですよね。とてもいいものだと思っています。
でも、日本では寒暖の差が大きくて、なかなか半端なパッシブですと効果を体感できないですよね。大がかりなパッシブシステムか、エコ住宅のような「小さな窓の冷蔵庫」のように何か大きな犠牲を払わなければならない。その点、タイのパッシブは気持ちいいですよ。
— ではそのタイでのパッシブとはどのようなものですか?
タイは南国ですので、年中暑いわけですが、大きく乾季と雨季に分けられるんですね。そして日本と違って寒暖差がほとんど無いので、パッシブで対応するべき敵が少ないですよね。暑さと雨や湿度に対策すれば、かなり快適になるんです。
実際、タイの住居は「パッシブデザイン」という言葉が広く知られる前からその考えを取り入れているし、もともと住居って地を活かして暮らすものですからね。特に乾季のタイの田舎で過ごすパッシブ住宅はとても快適ですよ。日本と違って、北向きの部屋がタイでは好条件ですので、そこから強い太陽を外に感じながら、乾いた風が通り抜ける瞬間は天国です。
2018年に開催したENERGY DESIGN HUBトークイベントでのオオニシさん
■ 持続可能性 | 昆虫食とファミリービジネス
— ここまで、慶應SFCやENERGY MEETといういわば「コミュニケーション」の領域と、それから建築を土台にした「住」のお話を伺いました。そしてもう一つ、オオニシさんが柱としている活動には「食」がありますよね。
はい。エネルギーデザインの観点から食に取り組んでいます。「ENTOMFARM(エントム・ファーム)」というコオロギの養殖です。
ご存知かと思いますが、まだこれから人口が増えるであろう地球において、農地を増やすのはほぼ不可能となっています。これ以上森林を切り開くわけにはいきません。
そして現在、人間が取っている畜産由来の動物性タンパク質のほとんどは、飼料転換効率(家畜が摂取した飼料に対する生産される食肉量の割合)が非常に悪く、また家畜自身のエネルギー消費量も多く、環境負荷が高いんです。それに対して、昆虫食産業とりわけコオロギの養殖には大きな可能性があります。
— 私も何回かコオロギのスナック菓子を食べました。味的には先入観さえなければ分からないレベルでした。
そうですよね。最近は日本でも無印良品のコオロギせんべいが話題になっていますよね。
「いろんな虫の中でなぜコオロギ?」と思う方も少なくないかと思いますが、僕がカンボジア、ベトナム、タイでの昆虫食の研究を通じて分かったのは、コオロギ養殖にはさまざまな社会問題解決につながる要素がたくさん詰まっているんですよ。
— ぜひ詳しく教えてください。
まず、育成の期間が4週間と短く、「変態」が無いので飼育環境が単一設計ですみます。また隔離環境ですと、温度や湿度、照度や空気循環の管理など圧倒的な低エネルギーで実現が可能です。
これはオオニシタクヤ研究室で作った3Dプリンターによる八面体のモジュールを組み合わせた、コオロギが暮らすための立体ジャングルジムです。
密閉空間の中で、エネルギー投入量と収穫量の関係が明確に分かるため、データを活かして単位面積当たり最大量の動物性タンパク質を得ることができます。
オオニシタクヤ研究室が作成したコオロギ養殖用ハウス。近年、大手食品製造会社の進出もあり、コオロギの生産・出荷量は右肩上がりだという
そしてこうした小さな養殖キットであれば、従来の家畜生産と比較し体力を必要としないので、女性や高齢者、子どもでも簡単に小規模養殖ができます。それから成虫するまでの時間が短いので、農業の閑散期に集中的に取り組むことも可能です。また、初期投資もかなり抑えられるので、タイなどでは、貧困世帯でもファミリービジネスとしてスタートしやすいんですよ。
その上、この隔離空間での養殖ですと、温度や湿度などの環境調整に用いるエネルギー量も少なく済みますし、牛や羊のように地球温暖化を加速させる原因となるメタンガスも排出しません。
— 貧困からの脱出の手助けになり、地球にも優しい。いいことずくめですね。
そうなんですよ。昆虫食の話をすると、よく「じゃあもう牛肉は食べちゃいけないの?」といった声を聞くのですが、僕個人としてはそんな考えは全然持っていないんです。
もっと単純に、このままじゃ動物性タンパク質が圧倒的に足りなくなるから、その解決策を沢山持っておくことが必要じゃないかってことなんです。コオロギはそのうちのひとつです。
■ 2050年に見たい景色と大きなダイニングテーブル
— 質問も残り2つとなりました。まずはこちら。「2050年に、オオニシタクヤが見たい景色は?」
30年後かぁ……。今、脳裏に浮かんできました。
ヘリコプターに乗っているんです。見下ろすと大海原の上を飛んでいて。高度をだんだん下げて行くと、視界にたくさんの海上農園が見えてきます。さらに機体を下げて行くと、海上農園は太陽光や波など、海の上を流れているエネルギーを活用して、海洋生物や植物を粛々と育てているんです。
— 映画『ブレードランナー 2049』は、主人公がスピナー(空飛ぶ車)で荒れ果てたロサンジェルスの空を飛ぶシーンでスタートしましたよね。着陸したのは、いも虫の農場でした。
あのディストピアな世界観ではなく、僕はもっと美しい希望の世界を見たいです。海や海洋資源って、まだまだ判明していない謎がたくさんあって、可能性に満ちていますよね。
— 最後の質問です。「好きな言葉、大切にしている言葉を書いてください。そしてその理由は?」
僕、これ飲んで酔ったときとかに、熱く話してしまうものなんです。今書きます、ちょっとお待ちを……。こちらです。
大事にしている言葉「マイルスと同じダイニングテーブルへ!」
— えらくトリッキーなの来た!! でも、すごく興味を惹かれます。この意味は?
僕、震えるくらいリスペクトしているんです、マイルス・デイビスを。彼のキャリアのどの断面を見ても、過去に誰も聞いたことのない音楽を創っています。クリエイターとして最高にクールですよね。
それでですね、死ぬじゃないですか僕が。そのうち。いつか。ある日。そうすると、僕の魂は雲の上に行くわけですが、そこにはでっかいダイニングテーブルがあるんです。中央にはマイルスがいて、周りにはバックミンスター・フラーとかジミヘンとかロン・ヘロンとか、大御所たち、Kingたちが揃っているんです。
— 話の腰を折ってすいません。でもマイルス・デイビスとジミ・ヘンドリックスしか分からない…。誰ですか?
バックミンスター・フラーは思想家でデザイナーで詩人です。建築界の大巨人ですね。ロン・ヘロンも前衛建築家集団「アーキグラム」のメンバーで、若くして亡くなりますが、どえらいオームランを打っています。僕にとても大きな影響を与えてくれた人です。
それでですね、そんなKingたちが揃ったダイニングテーブルで、真ん中に座るKing of Kingsであるマイルスが僕に尋ねるんです。「それでおまえは、あっちの世界で何をやってきたんだ?」って。
いろいろと取り組んできたこと、うまくいったこと、いかなかったこと。自慢話や悔しかったこととかを僕は一生懸命話します。
— それで、マイルスはなんて?
“Not too bad.(そう悪くないじゃないか)”。
インタビュアーから一言
「よく、何十年も前にデザインされた未来が笑い物にされることがあるじゃないですか。全くの見当違いだったって。でも、50年も先の未来に光をあてて指し示そうとすれば、そりゃ間違えるのも当然ですよね。それでも、どこかの時点で、恥を忍んで勇気を出して「エイっ」と決断して形にする。それがデザイナーの重要な役割なんです。」
— 私はこれまでデザイナーの仕事を「決断の重みと勇気」という視点から捉えたことがありませんでした。でも、言われてみればその通りですよね。
オオニシさん、未来をデザインする仲間として、ぜひまたご一緒させてください!
(取材日 2020年7月10日)
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