Client Engineering

クライアント・エンジニアリング対談 #5(金鉉敏/ヒョンミン×平山毅)|Fintechとデザインシステム

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さまざまな業種・業界でその手腕を発揮してきたスペシャリストたちが集結し、お客様と共に新しいサービスやビジネスを共創していく事業部門——それがIBM Client Engineering(CE: クライアント・エンジニアリング)です。本シリーズでは、CEメンバーが対談形式で、各自の専門分野に関するトピックを中心に語っていきます。

第5回の中心テーマは「Fintechとデザインシステム」。主に金融保険領域や新規事業企画のお客様との共創を進めているチームのリーダー平山 毅と金融領域の中心的メンバーで、Fintechにも精通するデザイナーの金 鉉敏(ヒョンミン)の対談をお届けします。

左: 平山 毅(ひらやま つよし)
日本アイ・ビー・エム株式会社 
テクノロジー事業本部 クライアントエンジニアリング本部
金融クライアントエンジニアリング部長、保険クライアントエンジニアリング部長
プリンシパル・エンジニアリングマネージャー、ソートリーダー
東京理科大学理工学部卒業。早稲田大学大学院経営管理研究科ファイナンス専攻修了(MBA)。東京証券取引所、野村総合研究所、アマゾンウェブサービスを経て、2016年2月日本IBM入社。クラウド事業、Red Hatアライアンス事業、Data AI事業、ガレージ事業、の立ち上げを経て、2021年10月より現職。約35名の最大規模の精鋭部隊をアジャイルに率い、2023年より新規事業も兼務。IBM TEC-J Steering Committee メンバー
 
右: 金 鉉敏(ヒョンミン)
日本アイ・ビー・エム株式会社 
テクノロジー事業本部 クライアントエンジニアリング本部
UXデザイナー
立命館大学卒業。Elite Design、ヤフー、楽天、PaypayでLead UX Designer、Team Managerの経験を積む。UXリサーチ、設計、戦略、UI制作、テスト、リリースまでプロジェクトを推進。UX人材、メンバーの育成、チームビルディングなどのマネジメントを実施。現在IBMで新規事業、事業展開などお客様とデザインシンキングを通じて共創しながら課題を見つけ、課題解決や新たな価値を創出している。HCD-Net 認定人間中心設計専門家。

 


平山: 前回の対談#4「ビジネス価値と市民データサイエンティスト」では データサイエンスの観点から鵜飼さんと民主化の流れについて語りましたが、今回は、同じく金融業界を担当するデザイナーのヒョンミンさんと、デザインの民主化についてお話しさせていただきます。ヒョンミンさん、まず簡単に自己紹介をお願いします。

 

ヒョンミン: はい。よろしくお願いします。私は2021年11月、UXデザイナーとして日本IBMに中途入社しました。

これまではインターネット系の事業会社でUXデザイナーをやっていました。最初がヤフー株式会社で次が楽天グループ、その後はPayPay株式会社ですね。Webサービスもやってきましたが、途中からはほとんどスマホアプリですね。現在はCEでメガバンクを担当しています。

 

平山: UXデザイナーとして活躍されてきたヒョンミンさんですが、これまで活動の対象としていたコンシューマー向け領域と現在のメガバンクでは大きな違いもあるのではないかと思いますが、いかがですか?

 

ヒョンミン: そうですね。メガバンクがクライアントというのは、やっぱりこれまでとは異なる点が多く、新しい経験をたくさんさせていただいています。でも、最終的には莫大な数のエンドユーザーにご利用いただくという点は同じですね。可能性の大きさにやりがいを感じています。

そして一言で「UXデザイン」といっても幅が広いですが、私の場合は関係者のアイデアや意見を引き出すワークショップやジャーニーマップ作りから、そこで得られた情報を中心にサービスのデザイン・実装を行いユーザビリティテストを実施するなど、すべてをやってきました。

 

平山: メガバンクのお客様は、比較的デザインやデザイナーからは遠いところにいたお客様ですよね。デザイナーとやり取りされる経験もあまりない方が多いのかと思うのですが、ヒョンミンさんにはどう見えていますか?

 

ヒョンミン: メガバンクであろうとスタートアップ企業であろうと、金融系のアプリやWebサービスに求められる基本的な操作性には違いはあまりありません。一方で、「一貫性のある体験こそが差別要因である」とUXの重要性を理解されている方は確実に増えていて、「競合には負けたくない。デザイン面は特に。」という声をお客様から聞くことも多いですね。

デザインに関する関心が高まり、そこから一貫性のある良い体験を提供するためのデザインシステムに興味をお持ちのお客様も増えていますね。

 

平山: たしかに金融機関の企業規模に関わらず、金融の基本業務やオペレーションは共通している部分がありますからね。その中で、特にデザイン性を重視してサービスを提供し始めているFintech企業も多く、メガバンクもそのアプローチを取り込もうとしています。

本日は、Fintech業界出身で、金融業界を幅広く知っているヒョンミンさんと、Fintechやデザインの民主化、そしてIBMだからできることを会話できるのを楽しみにしています。

 

平山: ITを活用した新しいデジタルネイティブな金融サービス、いわゆるFintechが広がり続けています。しかしこの分野でも、サービスそのものだけで差別化するのは難しくなってきていますね。

 

—— Fintechというと、ディスラプティブなサービスを手がけるスタートアッパーと、従来型のメガプレイヤーによるサービス拡充の大きく2つに分けられるイメージです。IBM CEが手がけているのは後者が多いのでしょうか?

平山: そうですね。「新しい体制で新しい取り組みをスタートしよう」というメガバンク様が多いです。ただ、この点は強調しておきたいのですが、Fintechは「スタートアップとメガバンク」という対立軸ではなく、両者がそれぞれの強みを持ち寄り、お互いの得意領域で交わっていける分野だと考えています。そしてそのための支援をしていくのも、私たちCEの重要な役割だと認識しています。

 

ヒョンミン: 私は韓国のFintechにも注目しているのですが、韓国は日本よりも金融サービスのイノベーションに積極的です。「カカオトーク」で有名なカカオグループがリリースした「カカオバンク」は、普通の銀行が1年かけて取得するアカウント数をほぼ1カ月で集めたと言われています。

ユーザーの金融サービス利用という行動がほぼ完全にモバイル化したことで、従来の銀行やテクノロジー企業も多様なFintech・サービスを作り提供していまして、その初期はそれぞれの特徴を出したアプリになっていましたが、今はさまざまなサービスでつながっているカカオバンクの体験が、モバイル金融サービスのスタンダードとなったように感じます。

ユーザーが繰り返し行う残高照会や振り込みといった基本操作は、サービスやアプリを問わずどれもほぼ同じ操作性になっていくということです。ユーザーの利便性を考えればこれは当然ですよね。

 

平山: デジタル決済やスマホ決済の普及が今はグローバルと比較するとまだ遅れている日本も、スーパーアプリが生まれれば今後急速にその普及を進めていくでしょうね。日本だと「PayPay」がそこに今一番近づいているのかもしれません。そして韓国と同じように、基本操作は他と大きく変えず、サービス連携を強化していく流れが今後一層強まるのでしょう。

 

ヒョンミン: そうですね。ただ、メガバンクはそこでどんな独自サービスを提供していくのかをしっかり考えていく必要があると思います。それがなければ単なる残高照会アプリとなってしまい、いずれ、ユーザーは新しい価値を提供してくれるサービスや企業に流れてしまうでしょうから。

高いユーザビリティーを提供するUI/UXに加えて、さらにCX(顧客体験)とBX(ブランド体験)が大切になってくるでしょうね。

—— 「CX(顧客体験)とBX(ブランド体験)が大切」とのことですが、少し具体的にお話しいただけますか。

ヒョンミン: はい。最終的にお客様は、ブランド体験とそれがもたらす価値で自分が付き合う企業を決めるわけですがそこに至るまでには、最初にUIから受け取るUXがあり、そこからより大きなCXへ、さらにそれらが積み上げられていきBXへと至ります。つまり、UIという基礎からしっかりやっていくことで提供価値を大きく育てていけるということです。それを実現するために、一貫したユーザー体験を提供するサービスの基盤としてのデザインシステムが重要となります。

 

平山: IBMは、サービスのフロントエンドから銀行の基幹系システム連携や、セキュアな高可用性クラウド基盤を統合パッケージとして「金融向けデジタルサービス・プラットフォーム(DSP)」を提供しています。そしてすでに、日本の多くの金融機関のお客様に導入いただいています。

金融DSPは、フロントサービス、デジタルサービス、ビジネスサービスと、3つの層で構成されていますが、IBMが独自提供している部分はデジタルサービスが中心になっており、フロントサービスは自由度が高く、選択肢があります。そのため、このフロントサービスにデザインシステムを適用することができます。

金融業界向けオープン・ソーシング戦略フレームワーク(出典:日本IBM)

 

平山: ですから、そのDSP上のデジタルサービスで実装されている投資信託やローンや為替、あるいはAIやブロックチェーンなどを活用したFintech・サービスをバックエンドに、デザインシステムを使って自由度高くフロントチャネルを作っていただけるようになれば、金融業界のお客様がデザインを意識して、汎用金融業務を簡単に開発いただけるのではないかと考えており、今、それを実現するための銀行向けデザインシステムの企画と開発を、ヒョンミンさんと共に計画しているところです。

実はそういった金融機関のデザインシステムへの取り組みは、海外の金融機関ではすでに行われています。アプリケーションがデザイン性でユーザーに選択されるようになりますので、利用者獲得という観点で、デザインがビジネスに大きく貢献できるようになります。

 

ヒョンミン: この金融DSPとのコラボレーションは頑張って早く進めたいですね。そしてもう一つBX、金融分野におけるブランド体験についても考えていることがあります。メガバンクは長い歴史と窓口業務をを通じて、顧客からの信用信頼を築いてきました。でも、この数年のコロナ禍で多くのユーザーが非対面・非接触を体験しました。好き嫌いの個人差はありますが、この流れがユーザーの志向性に変化を起こしたことは間違いないと思います。

今後、日本も韓国のように、銀行の競合がデジタルサービス・プレイヤーへと移行していくのは間違いないでしょう。すると、これまでと同じ信用信頼の提供だけでは一層難しくなっていきます。厳しい言葉ですが、そこにあぐらをかき、新たなブランド体験を提供できないプレイヤーは、淘汰されていくでしょうね。

 

—— おっしゃる通りですね。一方で、デジタルが苦手な世代や、そうした方が中心となっている地域も存在しており、世代格差や情報格差という分断が深まってしまうのではないかという危惧もあります。

ヒョンミン: それはUXデザイナーにとっても非常に重要な視点です。実は先日、「人を配慮するデザイン」という記事をnoteに書きました。テーマは「デザイン倫理」で、かなり大きな反響をいただきました。

デザイン倫理については私自身まだまだ勉強中の身ですし、価値観は多様で人により異なるので、明確に正解を提示することはできません。しかしデザイナーによるアウトプットが誰かを苦しませてしまったり、社会問題へとつながってしまったりということはあり得ることです。

今言えることは、デザイナーが「理想的な体験」だけを考えてしまうことが多いのではないかということです。それはストレスケースを見逃してしまうことや、倫理性に対する疑問を感じさせてしまうことにつながることだと思います。デザイナーは、そしてIBMは、理想だけに捉われてしまわないように考慮する必要があると強く思います。

 

平山: ビジネスにおけるUXデザイナーの役割は近年どんどん大きくなっています。にもかかわらず、その認識がなかなかお客様に拡がっていない気もします。これはなぜでしょう?

 

ヒョンミン: デザイナーが社内にいないからでしょう。やっぱり社内に専門家が1人でもいるのといないのとでは大違いです。デザイナー視点で細かく見ること、そのやり方を分かっている人が中にいないと、デザイナーのマインドセットが社内に育たないのです。それは正しいのかどうかが自分たちでは分からず、判断を人任せにしたまま進んでしまうからです。

実は私はとても不思議に思っています。なぜ、今も銀行にデザイナーがいないのか。自社サービスにしっかり向き合っていこうとすれば、社内にデザイナーが必要だと気づくはずなのですが…。

 

平山: 今、まさにそんな会話を社内でされている銀行様も多そうですね。

 

ヒョンミン: そしてデザインを良くしていくのは、デザイナーだけの役割ではありません。私は「UX民主化」と呼んでいますが、IBMに来る前から、いろんな会社で「UX啓蒙活動」をやってきました。そうした活動の一つが「IBM UX DAY!」という社内UXイベントですね。少しでもUXに関心を持ってもらうために、自分が経験してきたUXやデザイン、関わってきた案件のUXについてみんなに発表し、ディスカッションする場にもなっています。

1年前からIBMでも毎月開催していて、徐々に参加部門や人数も増えています。こうした活動を通じ、お客様だけではなくIBM自身のUX民主化を進める役割も、私たちCEは担っていると自負しています。

 

平山: デザインは誰でも専門家レベルになれるものではないですが、デザイナー・マインドは誰でも持てるし、皆が持った方が良いものですよね。UXの民主化は大事ですし、とても価値ある活動だと私も感じています。

 

——CEで今現在取り組んでいるFintech関係のサービスで、公表できるものはありますか?

平山: ある金融のお客様とは、投信やローンの比較やシミュレーションするためのアプリに取り組んでいます。

それから…今ヒョンミンさんが取り組んでいる件は、オープンにして問題ないんでしたっけ?

 

ヒョンミン: はい。お客様から許可はいただいています。銀行の担当者がお客様にサービス紹介をする際に用いるアプリを、銀行の方たちと一緒に作成しました。何をポイントにそのお客様が商品を選んでいるのか、たくさんの情報を整理し、ご自身のこだわりや価値観を理解した上で、本当に欲しいものを見つけ出していくようなサービスで、大変好評です。

そして今、このアプリを自社内だけで使用するのではなく、それをベースにした汎用アプリを作成しソリューションとして販売することを検討されています。

 

平山: 「デザイナーの働きによりこんなにもビジネス貢献できる」ということを示すとてもいい事例になりそうですね。

これまでのメガバンクのやり方は、新サービス開発やFintech企業との連携に、コストも時間もかかり過ぎていました。今後はデザイナーとの協力や、デザインシステムを活用して、よりタイムリーに進めていくことが肝要です。そのためにも「FintechにおけるUXデザインの有用性」を、私たちCEはもっとしっかり伝えていく使命があると思っています。

具体的には、先ほど述べたIBMのDSPをすでにご導入いただいているお客様に向けて、新サービスの開発や実装を一緒に考えるイベントなどを開催することも検討しています。お客様には期待して待っていてほしいですね。

また、デザインとデータサイエンス含めた、組織とオペレーションの民主化については、ヒョンミンさんと私、そして第4回で対談した鵜飼さんの3人で、「UX Ops(Design Ops)、Data Ops、ML Ops、DevOps、GitOpsで実現するオペレーショナルエクスペリエンスな世界」という題目でCloudfesta 2022というイベントで講演しています。録画もありますので、合わせて見て頂ければ幸いです。

ヒョンミンさん、本日はありがとうございました。一緒に頑張りましょう。

 

ヒョンミン: はい。今日はありがとうございました。

TEXT 八木橋パチ

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