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ホンダ 小川氏に聞く、データ解析と気象データ活用の今、そして未来

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「謎を解くのはそりゃおもしろいですよ。研究所出身者として、それは私もよく分かっています。だけど、そこに時間やお金をたっぷりかけるのが、正しいことなのか。謎が解けたときに、それがビジネスや社会に価値をもたらすものなのかは、よくよく考えるべきでしょう。」

—— ビジネスにおけるデータ解析のスペシャリストとして、そしてデジタル・マーケティングの第一人者として社内をリードしつ続けているホンダの小川努氏に、モノづくりとデータについてお話を伺いました。

小川 努(おがわ つとむ)

Honda Innovation Tokyo Akasaka
事業開発本部
ソフトウェアデファインドモビリティ開発統括部
UX・データソリューション部
チーフエンジニア

2022年、共著にて『実践!異常検知と故障予測』を東京図書より出版

「もともとは、私はシャーシ部品設計から車づくりに関わりはじめました。当時はCAE(コンピュータによる製品の設計・製造などのエンジニアリング作業支援)が全盛となっていく時期です。その後も自動車はコンピュータやデータとの関係を深めていき、私もさまざまな経験を積みました。

現在は社内部門のチーフエンジニアとして、マーケティングに特化したチームを率いて「お客様の求める自動車」を探っています。しかしそのときどきでベストを尽くしてきましたが、それでも、これまで何度も経験していることがあります。

それが、「我われが熟考、検討して世に出してきた車は、本当に求められていたものだったのだろうか…。」というものです。お客様の「本当の欲しい」はこれだったのか? データ的にはそのはずだったけれど…。」

 

こうした経験から、小川氏はより深く「人を理解」するために、いわゆる「ビッグデータ解析」や「ソーシャルメディア分析」を行うチームをリードし、工学だけでは測れない「人の心理」という謎を解くべく、ホンダのさまざまな部署にコンサルティング的に課題解決する立場として活動している。

「この車種を選び購入したのはなぜですか? と聞かれれば、人は皆それらしい答えを返します。でも、はたしてそこで発せられたり書かれたりしている言葉は本当の答えでしょうか。人って、自分でもそんなにはっきりと自分の行動や判断の理由を理解していないんじゃないですかね?

それに、人って「自分の好み」を優先しているつもりでいても、実は無意識のうちに、パートナーや家族の安全を最優先した車選びをしていたりすることもありますからね。」

 

「ビッグデータ」という言葉が示す莫大なデータ量や幅広い種類がビジネスにおける当たり前になる中で、それを正しく活用するには依然難しさがつきまとっていると小川氏は言う。

「人の行動の解析に、昔は人間が眼を使って観察する他ありませんでした。それが今ではデジタルを用いて観察ができるようになったわけです。とはいえ、そこから仮説を生みだし検証をしてまた仮説を…というサイクルは変わっていません。

車づくりに、そしてその鍵となる人をつまびらかにするためのデータが多数取得できるようになったからこそ、何をどう使うかが難しいのです。そうやって考えると、AIはやはり人間の道具ですよ。」

記事冒頭の小川氏の言葉は、そんな話の中から出てきたものだ。

 

「開発やマーケティングの現場で、若手によく言う言葉があるんです。それは意思決定者に「おれはそう思わない」と言わせてはならないということ。彼らの多くは成功体験を積んできた現場からの叩き上げです。そうした過去の成功を基にした言葉には重みがあります。だからこそ、データ解析を基盤とした裏付けがある提案とマーケティング判断がなければいけないよ、ということです。

データをしっかり咀嚼して自分たちの道具にしていなければならない。その道具から紡がれたストーリーでなければ、経験ある方たちが積み上げてきた実績と肩を並べられるものとなりませんから。」

IBM箱崎本社事業所のInnovation StudioにてTWCデータを活用した分散型エネルギーグリッドのデモをご覧中の小川氏(左から2人目)

 

ビッグデータからAIへ —— データ解析がビジネスにとっての当たり前となり、誰もがAIを用いるようになったからこそ、「今を見て理解し、予測して発信する」マーケターはより慎重にならなければならない。

「人の求めるものを掘り下げて理解できれば、どう提供すればよいのかも見えてきます。つまり、売り方も分かってくるということです。そこは外せないマーケターの主要な役割です。ただ、だからと言って、「今、1番大きいところを追う」のが常に正解とは限りません。敢えて「今」を外して、その次を狙いにいくこともあります。次の次、さらにその先まで意識してアクションを取れるのも、データマーケティングの醍醐味です。

新しいものごとがどのように世の中に普及していくかを紐解く「イノベーター理論」というモノがありますよね。でも、あれがその通りきれいに順番に進んでいくかというと、そんなことはほぼありません。大きく見ればそうであることが多いという話です。

そういうふうに捉えたとき、たとえば今、環境価値に重きを置いている人が今後もそうであり続けるかや、高級電気自動車を今買っている人が10年後も同じ車に乗り続けているだろうかなどは、よくよく考える必要があるのではないでしょうか。」

IBMには、TWC(The Weather Company: ザ・ウェザー・カンパニー)という、社会やビジネスに気象関連データとテクノロジーを提供する「ウェザーテック」事業チームがある。世界最大、かつ気象予報精度世界1位の気象情報サービス会社であるTWCは、世界中の気象データを地理空間データと併せて分析する機能など、ウェザーテック界をリードする存在だ。

小川氏(手前左)にTWCについて紹介する富井(手前右)

 

「ホンダ様にはさまざまな用途でTWCをご活用いただいているとお聞きしています。」TWCチームで天候データのビジネス活用を支援する富井雄太は語る。

「多くの海外事例では、自動車業界はもちろん、陸海空すべての輸送や移動に関わる事業主様にかなり「深く」ご活用いただいています。また、近年の異常気象の激甚化・頻発化という背景も相まって、エネルギー業界や保険をはじめとした金融業界、製造・小売や政府機関など、多くのお客様がウェザーテック事業やサービスへの取り組みを加速させておられます。」

TWCの事業紹介資料より

 

それでは、ホンダにおける気象データ活用はどのように進んでいるのだろうか? 小川氏に聞いてみた。

「ボディ製造やバッテリー、オイルなどの研究や開発をはじめ、さまざまな事業部門が気象データを必要としています。部品によって、コストと耐久性のベストバランスというのは変わってきますし、製品開発や品質チェックには温度や湿度の詳細情報が欠かせません。

また、データマーケティングの観点から言えば、「地球規模の気候変動」以上に日々の人びとの行動に大きな影響を与えているのは「その日の天気予報」だったりしますよね。

朝の天気予報で「昼ごろから雨」と聞けば、「今日の昼休みは外出しないで社員食堂でランチにしよう」とか、「今日は娘を塾まで送迎してあげなくちゃ」とか、そういうふうに1日の行動の段取りが変わってきますから。こうしたデータを人の移動支援や安全性の向上に役立てる方法もあるでしょう。

さらに言えば、気象予測と実データを掛け合わせていくことで、「天気予報が外れると人はこういう行動を取る傾向がある」といった洞察が得られれば、より付加価値の高いサービスを生みだせるかもしれません。」

デジタル・マーケティングの最先端を行くホンダ 小川氏だが、第一人者ゆえの悩みもあるという。

「耐久消費財の中でも特に高額商品であり、長期にわたって使用するのが自動車です。その特徴から、衣類や食料などとは異なり、デジタル施策やソーシャルデータ分析を活用した購買行動モデルにおける前例であったり、マーケティングにおける教科書的な定番と呼べるものがほぼ存在していないのです。常に自分たちで切り拓いていかなければならないのはやはり大変です。」

 

また、データ解析やデジタル・マーケティング自体の在り方についても危機意識を持っており、現状のやり方では限界が来る日もそう遠くないのではないかとも言う。

「AIに必要なのが解析モデルであり、モデル作成に必要なのが仮説であり、仮説作成や検証にデータが必要であるというのは、ずっと変わらないでしょう。

ただ、ネットワークスピードは速くなり続け、データは増え続け、コンピューティングは巨大になり続けています。クラウドサービスの発展や近年の急速なIT環境の整備により今は一時的に忘れられているかのようですが、デジタルデータの保存容量やコンピューティングパワーは無限ではありません。近い将来、データを適正な量にまとめるリダクション技術に再び脚光が当たるだろうと思っています。

データは動かすことで初めてその真価を発揮します。ただ、動かすのにはお金がかかるのです。何をどの粒度でどこまでやろうとするのか —— 「大きな価値が生まれやすいところ」に意識やリソースを集中させるのがマーケターの役割ではないですかね。

そして「不要なデータ」を見極められるように、事前確率に何を足すと何がどう変化するのかといった、尤度やベイズ的なものを組み込んで「どう捨てるか」を最初からちゃんとデザインしていく必要もあるでしょう。」

最後に、小川氏に日本IBMへの期待と、今後のご自身とホンダの取り組みについて伺った。

「IBM、そしてTWCには、社会にもっと分かりやすく、気候危機が具体的にどんな影響を与えているのかを、そしてそれがエネルギーや食糧需給、人流や物流などにどのように波及するのかを、ビジュアルに伝えてほしい。そうしたことができるテクノロジー企業は少ないが、IBMならできるでしょう。そうした取り組みを通じて、社会をより良い方向に、もっと早く向かわせる後押しをして欲しいですね。」

 

「ほとんどの人は、自分自身や周囲にとっての「最適化」のためにまず動くものです。それは変えられないことだと思います。だからそれを踏まえて組み込んで予測し、人びとの行動変容につなげられるようになれば、それはもう社会の大変革ですよね。

私自身も、データ提供者と利用者が共に受益者となり、さらには社会全体が恩恵を受けられる包括的なデータ活用のデザインに興味があります。渋滞分散や雨の日の事故減少など、社会の針路に良い影響を与えたいですね。」

ご自身についてそう語ると、ホンダの未来に向けた活動をこう説明した。

 

「私たちは「自由な移動の喜び」をすべての人に提供したいんです。行動が不安や危険に抑制されてしまうのは、人間の本来的な姿じゃないのではないでしょうか。

運転にかんする不安を取り除く運転支援や、運転できない人の外出を支援する自動運転など、モノづくりを通じて移動する喜びを拡げ続けていきたいですね。心から安心して、どこへでも自由に移動できる社会づくりの一端を担いたい。

データ解析がはたすべき役割は大きく、私もまだまだ学びと挑戦を続けていく所存です。」

 

技術は人のために —— ホンダのイノベーション紹介ページに書かれているこの言葉を、小川氏の話は強く感じさせるものでした。

 


TEXT 八木橋パチ

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