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水産バリューチェーン改善とトレーサビリティ試食実験 | イベントレポート
2022年09月05日
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2022年8月24〜26日、東京ビッグサイトで「第24回 ジャパン・インターナショナル・シーフードショー」が開催された。今回は2日目のセミナー「水産バリューチェーンの構築~異業種連携が生み出す水産物の付加価値~」から「ブロックチェーン技術を用いた国産水産物の付加価値向上」の模様をお届けします。
また併せて、8月26、27日の2日間渋谷ヒカリエ8階の「COURT」で行われた東京大学主催の刺身の試食実験について、主催の阪井裕太郎准教授にお話を伺いました。
「水産庁では、2025年の水産物の輸出額5,568億円目標の達成に向けて、海外市場への輸出拡大と、既存の水産バリューチェーン(物流各段階における価値付与)改善取組の支援を行っています。本日はその中から、3つの事例を事業実施の皆様にご紹介いただきます。」
水産庁加工流通課の佐藤文夫氏のオープニングの挨拶に続き登壇したのは、1つ目の事例「ブロックチェーン技術を用いた国産水産物の付加価値向上」を紹介するアイエックス・ナレッジ株式会社の渡邉彰氏だ。
Ocean to Tableと江戸前フィッシュパスポートフェア
「Ocean to Table(オーシャン・トゥー・テーブル)は、沿岸漁業や水産加工、ITやコンサルティングなど11社からなる任意団体で、『海の豊かさを守り次世代へ繋ぐ』を合言葉に活動しています。
活動の背景として、まず皆さまに知っていただきたいのは、『違法・無報告・無規制漁業(IUU漁業)』の実態です。日本のIUU漁業指数は世界152か国中ワースト12位と、前回調査時の17位からさらに順位を落としています。
こうした状況に対し、私たちは令和3年度水産庁・バリューチェーン改善促進事業の1つとして、『江戸前フィッシュパスポートフェア』を行いました。
江戸前フィッシュパスポートフェアは、IoTとブロックチェーン技術で漁獲・加工・通流・販売までの水産バリューチェーンをデジタル化し、『誰が・いつ・どこで漁獲し、どのように自分の手元まで届けられたのか』という正確なトレーサビリティ情報を提供することを通じ、海の豊かさを守ろうというものです。
海光物産社長の『スズキの有名人』、大野和彦氏により活〆(放血)・神経抜き処理された『瞬〆すずき』の高い商品価値を、QRコードからご覧いただける動画なども活用して、消費者の方にご紹介しています。
一方、水産業界関係者や認証機関向けには、世界の水産物トレーサビリティ標準となっている『GDST』に準拠したデータや、日本ではまだ珍しい『FIP(Fishery Improvement Project: 漁業改善プロジェクト)』などの取り組み状況データなどを提供しています。
こうして、私たちOcean to Tableは、サステナブルな漁業普及と商品価値向上、水産消費拡大を図っています。」
渡邉氏が紹介したOcean to Tableの活動については、下記の記事でより詳しく紹介しているので、ぜひご一読いただきたい。
- WWFジャパン ウェビナーレポート | 持続可能な漁業実現のために
- Ocean to Table × Anastasiaセミナーレポート | ブロックチェーンで社会課題解決
Ocean to Table 渡邉氏の質疑応答
以下、セミナー参加者やモデレーターからの渡邉氏への質問とそれへの回答となる。
Q: アンケートを実施した結果、購買意欲が高まったとのことだったが信頼性はどこまであるのか?
参考: 値段が1割高くても消費者は「由緒正しい魚」を買う ―― 調査結果で明らかに
A: 調査は学術的に正式な手順や統計手法に基づき行われたものです。とは言うものの、実際の消費者の行動とどこまで結びついているかなど、継続して調べていく必要があることは認識しており、課題は理解している。
参考: 東京大学海洋アライアンス | (4) 食料安全保障問題 【課題1】産地を支える新技術…食料安全保障①
Q: 事業者が漁獲データの入力をするのは簡単ではないと思うが、自動化や汎用化については?
A: 今回のフェアでは漁船上の操業支援タブレット「ISANA」を用いて簡単に入力することができました。ただ、APIを利用して他のIoT機器も同様に用いることができます。
また、今回は加工・流通経路が複雑ではなかったので大きな苦労はありませんでしたが、今後は中間の事業者のデータ操作をさらに簡便にすべく、自動化などを一緒に進めることができる流通パートナーなど幅広く仲間を募集しているので、ご興味をお持ちの方はぜひご連絡をいただければと存じます。
Q: 異業種連携チームづくりの難しさと、今後の展望を聞かせてほしい。
A: 志高く熱意を持って取り組んでいたら自然と集まったメンバーであり、行政や学会の方がたにはその姿を見て声をかけていただけているので、難しさはさほど感じていない。
ただ漁業の未来を考えると、もっともっと拡げていかなくてはならないことを実感しています。
水産物の品質とトレーサビリティに関する試食実験
8月26日、渋谷ヒカリエ8階で行われていた東京大学主催の刺身の試食実験。主催の東大農学生命科学研究科 国際水産開発学研究室の阪井裕太郎准教授に実験の狙いについて話を伺った。
—— 今回の試食実験は、別の研究グループが実施した「消費者はトレーサビリティーの確かな刺身を1割値段が高くても購入する」という実験結果を踏まえ、より詳細に調査しようというものなのでしょうか。
阪井: トレーサビリティーの価値を確認しようという点は共通しているものの、根本的に異なるものです。我々の研究では、トレーサビリティシステム自体の価値とその他の情報の価値(業者の写真やメッセージなど)を分けるために、トレーサビリティーはあくまで「いつ、だれが、どこで」という情報のみを記録するものと定義しました。
事前にテストをしてみると、この定義ではトレーサビリティーには付加価値がつかない可能性が示唆されました。そこで、トレーサビリティーの重要性の説明の仕方を工夫することで付加価値を付けられないかと考えて実施したのが今回の実験です。
—— そうでしたか。どのような仮説を持って今回の調査を行なっているのか、差し支えない範囲で教えていただけますか。
阪井: はい。参加者をランダムに4つのグループに分けて、「A. 食の安全担保」「B. 食の安全担保+水産資源保護」「C. 食の安全担保+違法漁業などの人権問題」「D. 食の安全担保+産地偽装」という別々の情報を与えました。
そのうえで、選択実験という手法を用いて、各グループの消費者がトレーサビリティーに見出している金銭的価値(支払意思額)を推定し、比較します。
この種の分析では、支払意思額の絶対値の信頼性には議論の余地が残りますが、グループ間の支払意思額の大小関係にはある程度の信頼性があると考えています。つまり、この研究によって「どの情報が最も消費者に刺さるのか」を明らかにできるのです。
私の仮説は、CとDの情報にはトレーサビリティーの付加価値を上げる効果があるのではないかというものです。
日本の消費者はあまり資源保護の意識が高くないようですが、人権問題にはある程度感度が高いと思います。トレーサビリティーがない水産物を買うと人権侵害を助長する可能性があるとなれば、付加価値が付く可能性があります(情報C)。
また、乱獲や人権侵害の問題があることを知っていても、自分の食べている魚は大丈夫だと思っているうちは消費者の行動は変わらないでしょう。そこで、最近の産地偽装の報道に触れることで、普段食べている魚が本当に大丈夫かどうかを考えるように促しました(情報D)。
その他に、アンケート中では消費者の属性や考え方もきいています。これにより、どのような人がトレーサビリティーにより付加価値を感じるのかも見えてくるはずです。
この研究で、水産物のトレーサビリティーを確立するためには消費者をどのように巻き込んでいけばよいかを示せるとよいなと考えています。
—— ちょっと待ってください。4つの仮説の中に「鮮度の証明」が入っていませんよね?
阪井: よいご指摘ですね。今回の研究では鮮度証明はすべての商品で「あるもの」として扱っています。鮮度証明とトレーサビリティーは別物であり、一つの実験では一つの要因に焦点を当てるのが原則だからです。
今回の研究でなぜ鮮度が入っているかというと、水産物の品質の中で最も重要な要素だからです。トレーサビリティーに関する研究は、特に牛肉に関して多くの蓄積があります。狂牛病の時に牛肉のトレーサビリティーが大変注目を集めたからです。
それらの既存研究の主要なテーマの一つに、「品質とトレーサビリティーの関係性」があります。品質さえ担保されていればトレーサビリティーは必要ないと考える消費者もいるし、アニマルウェルフェアなどの観点からトレーサビリティーに価値を見出す消費者もいるからです。
では魚の品質の中で最も重要なものは何かといえば、これは鮮度なわけです。そして、鮮度をその場で測る機械はすでに実用化されています。それが今回使ったフィッシュアナライザ(大和製衡株式会社)です。
実は今回の研究のもう一つのテーマは、鮮度とトレーサビリティーの関係性の検証なのです。
鮮度がよくなければそもそもトレーサビリティーには付加価値が付かないというのが一つの仮説です。その場合、鮮度が高いほどトレーサビリティーにも価値があるという結果になるでしょう。
他方、トレーサビリティーがある種の品質保証の役目を果たす可能性もあります。その場合は、鮮度が低い時ほどトレーサビリティーの付加価値は大きいという結果になるでしょう。
いずれにせよ、消費者がフィッシュアナライザで測定した鮮度値を正しく理解できないと実験が成り立たないので、異なる鮮度の刺身を実際に試食してもらうことにしたという経緯があります。
—— それはとても興味深いです。調査結果はどのように発表される予定でしょうか? 仮説とまったく異なる場合やはっきりした結果が出ない場合でも結果は公開されますか?
阪井: 結果がどんなものであれ、もちろんそれをそのまま発表します。それが私たち研究者に求められる姿勢だと考えています。分析結果は11月初旬の水産海洋学会で報告したいと考えています。
—— 結果が楽しみです。水産資源と漁業の未来のために今後も頑張ってください。今日はありがとうございました。
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