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都市OSと人OS | 在りたい未来を支援するITとは? シリーズ#2

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前回のシリーズ第1回目では、「Planet Resource Planning(PRP): 地球資源計画」という壮大な構想と、その構成要素について紹介した。

その中心にあるのは、人間社会を取り巻く2つのシステムであるゲマインシャフトとゲゼルシャフトであり、PRPを提唱する日本アイ・ビー・エム AI Applications事業部長の村澤賢一は次のように語っていた。

 

このまま企業主導のゲゼルシャフト社会が強過ぎる状態が続いていては、現代社会における人びとの『ある種の生き難さ』が改善されることはないでしょう。 

もう一度共同体を中心としたゲマインシャフトと機能体を中心としたゲゼルシャフトを均衡させることで、人間一人ひとりが持つ様々な異なるデマンドを満たし、生きやすい社会を作り上げるためのサービスの提供が可能となるのではないでしょうか。

そのためのIT基盤の整備を、広く対話を重ねながら作り上げていく必要があると思っています。

 

それでは、生きやすい社会を支えるIT基盤とは、一体どのようなものなのだろうか。改めて村澤に訊いてみた。

「構想段階である」「まだオープンにできない要素がある」と村澤本人も何度か口にしていたように、まだ混沌としている部分もたしかに少なくないと言えよう。だが、そこで語られたのは、哲学的な思考を土台としたテクノロジーの用い方であり、「デジタル」をより有機的に捉えた地域社会再生の新しいアプローチだった。

以下、いくつかの言葉を紹介していく。

ゲマインシャフトとゲゼルシャフトは19世紀ドイツの社会学者テンニースが提唱した社会を表す対概念。

 

■ 従来の延長線にある「都市OS」に、ソサエティー5.0が支えられるのか?

近未来社会に対するコンセプトとして日本政府が提唱しているのがソサエティー5.0であり、その基盤となるプラットフォームの1つが「都市OS」だ。

数年前からスーパーシティ構想について議論が交わされ、日本各地でスマートシティの実証実験が行われているが、それが思うように広がっていかない理由の一つに「データ連携」という問題がある。

 

スーパーシティ構想が実践しようとしているのは「データ利活用による効率化」であり、都市間による相互運用や連携が不可欠だが、これまでの取り組みにはその考えが反映されておらず、毎回ゼロから局所実験がスタートしてきたのが実情である。

 

上図は、内閣府主導の科学技術政策の取り組みより発表されている資料「スマートシティリファレンスアーキテクチャ」からの抜粋だが、ここで注目したいのが「都市OS」だ。

都市OSは、日本におけるスマートシティ実現のためのオペレーティングシステムとして考えられているものだが、今回、村澤の口から語られたのは、一般的な「都市OS」の捉え方とはまったく異なる考え方とアプローチだった。

 

「都市OSは、その上に交通や輸送、農業や水産、健康や防災などの地域サービスというさまざまな『個別アプリケーション』を乗せる土台となるわけですが、はたして、Society5.0という『社会構造を次世代へと変換させよう』という取り組みに、旧来のコンピューターのアーキテクチャを模したOSがふさわしいのだろうか? という疑問があります。」

村澤はそう言うと、旧来のアーキテクチャについて説明した。

 

「言葉というものは、人の思考の範囲を定めてしまうところがあります。都市OSという言葉の持つ『オペレーティングシステム」という響きに、ほとんどの方はコンピューターの旧来のOSを無意識のうちに頭に描いているのではないでしょうか。

つまり、クラウドやハードウェアといったプラットフォームがあり、その上にOSが乗り、さらにその上に『個別の目的を果たす』ためのアプリケーションやソフトウェアなどが置かれているという姿です。

もちろんその概念やアーキテクチャが誤っているというわけではありません。ただ、もっと別の方法やアプローチも考えられるということです。」

 

■ 「人OS」という、システム思考のアプローチ

旧来のコンピューターの概念で進めることに、どのような懸念があるのだろうか? 村澤は言う。

「利益追求型組織であるゲゼルシャフトの文脈が何にも増して優先され、そこから生み出された利益が極度に偏在してしまっているのが現代社会です。人・モノ・金の偏りはすでに大きな社会問題となっていますが、旧来のアーキテクチャの色合いが濃過ぎると、偏りは解消には向かわず、社会は格差という歪みにすっぽり覆われてしまうのではないでしょうか。

今一度、社会的合理性の観点から『より良い生活』を見直して、人・モノ・金・知識が縦横に循環し、社会全体としての持続可能性を高める仕組みづくりを進めるべきであると思います。」

 

そして村澤は、従来とは異なる「人を根幹に据えたOS」という新しい都市OSを提案した。

「社会的合理性と経済的合理性をつなぐ都市OSとはどうあるべきかを捉え直し、人が『豊かな社会』と認知する暮らしや生活がどういうもので、それを受け止めて広げていく基盤システムへと進化すべきときが来ていると思うのです。

そう考えると、必要なのは社会の要請を個人に一律に押しつけるのではなく、また個々人が自身の要望だけに突き進むのでも、あるいは周囲にただひたすら合わせるのでもない、その接地点を見つけ出しながらつなげていく仕組みがふさわしいのではないでしょうか。」

 

筆者の脳裏に、前回村澤が語った「ある種の生き難さ」という言葉が浮かび上がった。

誰しもある程度は生き難さを抱えて生きているものだろう。だがここ数年、その生き難さの質や量に変化がおきているのではないだろうか? そしてその多くが、「社会の要請と個人の要望」のどちらかだけを重要視し過ぎてしまうところから来ているのではないだろうか…。

そんなことを考え始めていた筆者に、村澤は言った。

 

「『メッセージング・プラットフォーム』という、社会と自分の心地よい接地点を見つけるための仕組み。その履歴を踏まえて、個人の判断を支援する『コグニティブ・エージェント』。この2つの仕組みにより構成されるシステムを軸として、個人から家族へ、そして地域へとメッシュ型に拡げていけば、それこそが都市OSとなるのではないでしょうか。あるいは『人OS』と呼んだ方がふさわしいのかもしれませんね。

防災であれエネルギーであれ、どんなサービスであっても、最終的な受益者は一人ひとりの個人です。それを踏まえて、社会を構成する最小単位である個人とその活動を多層多重的に捉えて拡大していく。

今、その概念モデルの構築を、有識者たちとの議論とプロトタイプ策定を重ねながら進めているところです。」

 

■ 「人」という統合的なインターフェース

筆者には、その捉え方と発想が、物事を分解して組み合わせていく「分解と積み上げ」からなるウォーターフォール的な思考パターンに対し、それぞれのつながりから全体を包括的に理解していく「システム思考」に近いものだと感じられた。

皆さんはどうだろうか?

 

そんな感想を伝えると、村澤は以下を語った。

「SDGsへの取り組みやESG投資の高まりを見ても、これからの社会の中心に、人びとの幸せと未来への持続的発展を置こうというのは少なくともある一定レベルまでは世界で合意されていると言えます。

そうした社会を作り上げる上で、ビジネスや経済発展に隠れて目に入りずらかった場所に意識的に光を当てていくことには、大きな意味があるはずです。例えば今、この記事を読んでいただいている方の中には、ビジネスパーソンとしての顔と同時に親御さんの介護に苦労されている顔をお持ちの方もいるでしょう。お子さんの教育に頭を悩ましママ友に相談する顔をお持ちの方もいるでしょう。週末の社会人スポーツに夢中だったり、コスプレやコミケでの姿こそ自分の一番の顔だという方も、きっといらっしゃると思います。だって、それが人間というものですから。

人はそうやってさまざまな顔で活動しながら、一人の人間という社会との「統合的なインターフェース」を持ち、存在しています。そんな人間が、ときに場所や役割を変化させながら、生きやすさを感じて暮らせること、それこそがこれからの日本の共同体社会が支えるべきものだと私は思っています。」

 

 

人は、視覚や嗅覚聴覚などの五感に加え、直感や第六感とも呼ばれる言語化しずらい感知や認知までをも使い自分という存在を確立しているという。

そんな複雑系を内在させたシステム基盤を、はたして作れるものなのだろうか?

 

「たしかに、一足飛びにはいかないでしょう。でも、根本的な思想というか哲学を持ったシステムが必要だと思っています。『日本の今』というのは、それがないままに付け焼き刃的なアプローチを取り続けていたツケを支払い続けてきた結果だと思うので。

だからこそ、語るに足るストーリーが必要だし、みんなが共有してその目的地に向かうための地図を描くことがなによりも重要ではないでしょうか。」

 


次回は村澤にその地図を広げてもらい、現在地からランドマークへの距離や進路について語ってもらう。

 

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(TEXT: 八木橋パチ )

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