Client Engineering
こころが震えたあのとき(江夏恵理子) – イノベーション・デザイナー、Client Engineering事業部
2023年10月25日
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喜び、驚き、期待…。人は、誰かの心の震えを目にしたとき、自分の心も動くのではないでしょうか? そして私たちは職業人として、どれだけそうした「心の震え」を感じているでしょうか。あるいは生み出しているでしょうか。
「あなたのこころが打ち震えたときのこと、教えてください。」
Client Engineering(CE)事業部でイノベーション・デザイナーとして働く江夏恵理子さん(以下「ペリさん」)にお話を伺いました。
<もくじ>
- ペリコとえりこ | 「ペリさん」の由来
- デザイナーとしての遍歴
- 心が震えるとき | 解体工場で直面した現実
- バカーンと後ろから木槌で | 尊重と関与
- クラフトマンシップとサービスデザイナー
- 共創メンバー 崎本真理からの言葉
1. ペリコとえりこ | 「ペリさん」の由来
「身内ネタだし、全然おもしろくない話なんです。本当に聞きたいですか?」
——コミュニケーションをとても大事にする人。これまで何度か会話をさせていただいた筆者が、「ペリさん」こと江夏さんに対して以前から抱いていた印象だ。今回のインタビューを終えて、自分の印象が正しかったことを確信した。
最初の質問は、「そもそも『ペリさん』というあだ名はどこから来ているのか」だ。
当時、私はUIデザイナーとしてTakram(タクラム)というデザイン・イノベーション・ファームで働いていました。そのときはまだ結婚前だったんですが、夫も同じ職場にいて、夫の姉も「えりこさん」で、「結婚すると同姓同名になっちゃうね」なんて話をしていたんです。
あるとき、私がデザインしたファイルを共有するときに、誤ってファイル名にpを付けて保存してしまって、ファイル名が「xxxx_periko(ペリコ)」になっちゃっていたんです。でもそれを見て、2人とも「ペリコとえりこ、分かりやすくてちょうどいいね」って話になって。それ依頼、夫の家族の間では私は「ペリ子」で、職場のあだ名もペリになりました。
…ってこれ、なんの取材ですか? この話、記事になるんですか(笑)?
2. デザイナーとしての遍歴
この10年は、デザイン業界が大きく変わった時代だ。それまで一般的なビジネスパーソンにとって、デザイナーはあまり近しい存在ではなかった。だが今では、ウェブデザイナーやUI・UXデザイナー、ワークショップデザイナーなど、さまざまな分野のデザイナーと共同作業をすることが増えてきている。
そうした時代の中で、ペリさんはどのようにキャリアを積み、どのように変化してきたのだろうか。
本当にすごい変わりましたよね。10数年前の私も相当びっくりしちゃうと思います。私は2009年、グラフィック・デザイナーとしてシンガポールで働いていたんですが、リーマンショックの影響で職を失い、日本に帰ってきました。
求職活動を始めてびっくりしました。シンガポールに行く前とはまったく状況が異なり、気づけば、グラフィック・デザイナーとしての求人が全然なくなっていたんです。圧倒的にウェブデザインとUIデザイナーの募集ばかりになっていました。
——iPhoneが日本に入ってきたのもちょうどその頃ですね。
そう。それもあって多くの人がUI・UXについて語り始めてましたよね。…いや、まだその頃はUIだけで、「提供すべきはすばらしいユーザー体験だ」というUX論はもう少し経ってからだったかも。
その後、グラフィックデザインの背景を持つUIデザイナーを募集しているデザインファームを見つけたんです。ぶっちゃけ、当時の私はまだUI・UXデザイナーを名乗れるレベルじゃなかったんですけど、思い切って応募し、採用されました。そこから私のデザイナーとしてのキャリアが大きく変わっていきましたね。
——一般的に、デザイナーは学び直しに熱心なイメージがあります。ペリさんもそうだったんですね。
そうですね。でもその頃は「食べていくため」で、そこまで深く考えていませんでしたけど(笑)。ただ今となっては、デザイナーには時代に合わせたスキルの積み上げは欠かせないと思っています。
活用シーンをどれだけ深く掘り下げ理解してデザインに入れ込めるか——。プロダクトであれサービスであれ、とりわけUXデザインはあらゆるデザイナーに絶対に必要な手はずとなっている気がします。
昔は違いましたよね。どういうユーザーにどのように使われるかを考え抜くのは、コンサルタントをはじめとしたビジネスパーソンであり、デザイナーはより狭い範囲のデザインを考えるのが仕事という分業体制でしたし、私自身もそう思って仕事をしていました。
——その頃の自分に一言声をかけるとしたら?
「ねえ、今のあなたはバリバリのビジネスパーソンと、課題解決について対等にディスカッションして、ときに必要なアドバイスをするデザイナーになっているよ」かな。
「びっくりでしょー?」って(笑)。
3. 心が震えるとき | 解体工場で直面した現実
「デザイナーとしての自分を表現する言葉ですか? 難しいですね……『ペリ。』かな」
——小さな声でボソッとそう言うと、「あ、冗談ですよ!」と一転して大きな声で付け足したペリさん。
でも、課題解決がデザイナーの役割となったからこそ、デザイナーにも根本的な仕事へのスタンスや社会観が一層問われるようになったのではないか。
ここで、このシリーズの一番の肝となる質問をぶつけてみた。
心が震えるときですか…。自分と違うタイプの人と、感情を分かち合えたなって思う瞬間ですね。たとえば、さっき話したバリバリのビジネスパーソンだとか、データサイエンティストやエンジニアだとか。
「そういう見かたをしていたのか」とか、「えっ、そんな側面から?」という気づきを与えてもらったとき、「そういうことか!」って心が震えますね。これは仕事をしているときも雑談をしているときもそうです。
逆のこともあって、デザイナーとしての視点で投げかけたら「えええ!」と意外がられて、「しめしめ」って喜びの震えを感じることもあります。
——最近ではどんな状況で心が震えましたか?
特定の素材に強みを持つ鉄工業界のお客様とのお仕事は、いろんな観点から何度も心が震えたましたね。
素材のカーボンフットプリントを削減する取り組みができないか、サーキュラーエコノミーやリユースなどの新規事業を考えられないかというお話をいただき、私はデザイナーとしてデザインシンキングのワークショップデザインと、ファシリテーターをやっていました。
一般的なワークショップでは、解決すべき課題を絞り込む「フレーミング」というフェーズでペルソナを立て、ペインポイント分析を…と進めていくのですが、このときは私、「解体プロセス後のことばかり気にされていますが、皆さんは自社が出荷した製品がどういう過程を経て解体工場に辿り着き、そこでどのような処理が行われているのかご存知なのでしょうか?」って聞いてみたんです。
「メインペルソナとして特定の工場に注目されていることは分かりましたが、みなさんは実際にこういった業種の工場で御社の素材がどう扱われているかご存知ですか?」と。
——後々のビジネスにも大きくつながってくるところですもんね。
そうなんです。でも、「実はあまり分かっていないんですよね…」と困っておられました。それで、「機密性の高い業種なので工場見学が難しく、想定で議論するしかない部分が多いことも理解できますが、この状態のままメインペルソナとして設定するにはリスクが大き過ぎはしないでしょうか?」って、我ながらちょっと熱く問いかけたんです。
そうしたら、言い出した私もビックリするくらい、すごくお客様も乗り気になってくれて。「分かりました。ちゃんと実地調査に行きましょう。みんなで見学できるところを探してください」って前のめりに賛同してくれたんです。
そこからは見学ができそうな工場を急ピッチに探しました。結果的には、お客さまとIBM側からそれぞれ7-8名ずつ、15人ほどで遠出して、さまざまな現場を工場で見せていただき、すごくディープな話を聞かせていただきました。「ここだけの話ですよ」って動画とかも見せていただいて。
——「すごくディープ」とは一体…?
守秘義務もあるので、ここでは「ディープ」という言葉で終わらせてもらいますね。でも、私たちの熱意に応えてくれて、一般的な工場見学などでは得られない話をたくさん教えていただけました。
お客様も「こういう機会を作っていただけて本当に良かったです。行かなきゃ分からないことがあるとずっと思っていたけど、そのままになってしまっていました。実態をきちんと理解しないまま思い込みで話を進めてしまわずに済み、本当にありがたかったです」って。
4. バカーンと後ろから木槌で | 尊重と関与
——解体工場の話が非常におもしろかったので欲張りますが、他にも最近の心が震えた話はありますか?
これは社内の取り組みになりますが、先日、CEのデザイナー向けに粘土を使ったデザインシンキングのワークショップを行ったんです。
美大時代、授業で頻繁に粘土を使っていたんです。それで今も、仕事の合間に粘土をいじって頭を整理することも多いんですが、その話を聞いたまっさん(CEデザイナー・ロールリーダーの益成さん)が、CEで粘土のワークショップをやろうよって。
大変そうだしできるかなって思ったんですけど、今年新卒入社した緒方くんが「それおもしろそうですね! 触覚的な共創をテーマにやりましょうよ」って言ってくれて。それで一緒に、アイデア強制発想法として知られている「オズボーンのチェックリスト」と組み合わせて、ワークショップをデザインしたんです。
詳細はこちらの『「Kone Kone Project」 粘土を使ったデザイン思考ワークショップを行いました!』を読んでいただきたいのだが、このワークショップは1人目から2人目、そして3人目と1つの造形物を引き継いで完成させるというもの。ポイントはいかにコミュニケーションを取り、前任者の創作物に手を加えていくかにある。
しかし、他者が作ったものに手を入れることは簡単なことではない。
その心理的ハードルは、殻を破ることが得意そうなデザイナーであっても、同じではないだろうか。
鋭いですねパチさん。そうなんです。でも、実際怖いですよね。他者の作ったものに手を入れるのって。
実際「怖い」って気持ちが強いチームもあった様で、個々の作ったものをそのまま残していく、残したものに関連づけた別のものを作っていったら、最後にワンセットの食事ができたチームもありました。それはそれでいいのだと思います。大事なのは相手の意図を尊重することですから。
——ペリさんご自身は参加されなかったんですか?
私も一緒に作りましたよ。私がいたチームは「ねえ、これ外しちゃっていい?」「これは変えちゃってもいいかな?」って、しつこいぐらいにコミュニケーションを取りながらやったんです。それもあって前の人のものを壊しながら進めることができました。
——壊すという行為には否定の影が色濃くあり、他者の尊重が重要視される風潮が強まった現代においては、それを避けようという気持ちが強く働くのも無理もないのかもしれません。
今ドキッとしました。そして思い出しました。このワークショップは、デザイナーの初心を思い起こさせるのに有効なんじゃないかって話をしていたことを。失敗して作り直し、また失敗して作り直す、何度もそれを繰り返す経験を、デザイナーはすっかりしなくなってしまってはいないかって。
——デザイナーではないですが、私も今ドキッとしました。
美大時代、私はプロダクトデザイン専攻で、粘土をつかった造形からスタートする課題が多かったんです。クラスには、造形を早々に終えて、その後表面を1週間近くそれはきれいにきれいに磨き上げる生徒も少なからずいました。かわいくなっちゃうんですよね。そうやって手を入れていると。
それをバカーンと、教授が後ろから叩き壊すんです。木槌で。「そもそも、君が作っているこの形、おかしいだろう」って。「まずやるべきは、全体の像をしっかりと作り上げることだ」って。
そんな話をしていたら、まっさんも「同じだよ」って。スケッチやデザイン画を「全部消してやり直し」って言われるの、日常茶飯事だったって。
5. クラフトマンシップとサービスデザイナー
「コンピューター化され、コピー&ペーストで安全を確保し、リスクを取らずに次のステップに行けちゃう…。『便利になってよかったね』で本当にいいのかってことだと思います。失敗から得るものや、失敗を恐れる気持ちを乗り越えること、そういう大切さを忘れちゃいけないんじゃないかなって。」
心が震えるときとは、人が成長しているときなのかもしれない。最後に、ペリさんが目指す未来について聞いてみた。
私はサービス・デザイナーになりたいと思っているんです。
サービスを実現するのに超えるべきハードルがあるのなら、どうにかそこに進む方法を見つけ出す——。それがサービスデザイナーだと思っていますが、今の私はまだ、ステークホルダーや会社としての資産の整理などは支援しているものの、中長期的な予算や戦略からプランを組み上げたり磨いたりというところがやれていません。いずれはそれもやりながら、実サービスや製品を仕立てていけるようになりたいですね。
——サービスデザイナーとして、具体的にこんなサービスを作りたいというのはあるんですか?
ありますよ! これはまだ小さなプロジェクトだったり、生まれたばかりの構想段階だったりするんですが、手触り感のあるものを社会に残すためのプロジェクトをスタートしています。
1つは、手書きの文字や言葉を残すもので、ケズル(kezzle)という名前で行っています。自分自身を含めて、手書きで手紙を書く習慣が減っているのが残念なんです。でも絶対に残したいなって思って。
もう1つは、これからブラッシュアップしていこうとスタートしたばかりのものです。ここではまだ内緒です。パチさんには教えますけど、記事には書かないでくださいね。
実は…。
6. 共創メンバー 崎本真理からの言葉
手と頭。体と心。手触り感。摩擦。体温。
「デジタルでできないことが、むしろデジタルを光らせると思いませんか?」と語る、ペリさんらしさが強く感じられるプロジェクトに、思わずにんまりした。
最後に、以前プロジェクトでペリさんとご一緒された鉄鋼インダストリー アカウント・テクノロジー・リーダーの崎本 真理(さきもと まり)氏にメッセージをいただいた。
ぺりさんは人の意見を引き出すのがすごく上手な人なんです。
これはお客様だけではなく、IBMメンバーにも共通しています。発言の力量が「強く」でも「弱く」でもなく、そしてその場の最適なタイミングを狙ってメンバーにふわっと自分の疑問や聞きたいことをぶつけます。
お客様からの課題ヒアリングはともすると、亀のように頭と手足を甲羅の中に引っ込めてじっと発言しない人が出てきてしまうような雰囲気にもなりかねないのですが、「○○さん、どうですか〜?」「お一人ずつご意見を言っていってもらってもいいですか〜?」というペリさんの魔法にかかってしまうと、なんとなく自然に心理的なガードが下がっていくんですよね。これは、オンラインでもオンサイトでも不思議に有効なんです。
勉強熱心で繊細な気づかいができ、私からのファジーな依頼(「このチャートなんかダサくない…? もうちょっとかっこよくして」とか。。。)にも的確に答えてくれるペリさんは、「メンバー一人ひとりが生き生きと楽しく仕事をする」ことがモットーの、私たちのチームに欠かせないメンバーです。
TEXT 八木橋パチ
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