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業界横断で進む脱炭素化アプローチ | 書籍『CO2分離・回収・貯留技術および排出量算出』より

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昨年、株式会社情報機構から発刊された専門書籍『CO2分離回収貯留及び有効利用技術~脱炭素社会での企業対応/CCS・CCUS/排出量計算』より、サステナビリティ・ソフトウェアのMaster Shaper、磯部 博史による寄稿部分『業界横断で進む脱炭素化アプローチ』を抜粋してご紹介します。

 


 

業界横断で進む脱炭素化アプローチ

もくじ

 

脱炭素社会の実現に向けて、企業として規制対応と成長機会の二つの側面を達成するためには経営層によるリーダーシップの他に、テクノロジーの活用とエコシステムの形成が重要である。

2019年の総務省の報告書1) によると現行のままでは2030年のSDGs 目標達成は半分程度とされる一方でICT の積極的な活用があれば目標を達成できるという予想が示されている(図1)。また脱炭素社会は社会全体の変革が必要なため一企業単独で実現できるものではない。そのため欧米を中心に同業他社や業界横断でのコンソーシアム形成が進められている。

本稿ではICT機能とエコシステムに焦点を当てて業界横断で進む脱炭素社会実現に向けたアプローチについて解説する。

図1 ICTの利活用によるSDGs達成への貢献の見込み (出所: 総務省 デジタル変革時代のICT グローバル戦略懇談会報告書)

 

気候変動に影響がある温室効果ガス排出量に関して、自社が直接関与していない間接排出量(スコープ3) も把握し報告することが投資家や規制当局から求められはじめている。各企業は刻々と変化していく国内外のガイドラインや取引先からの要望に対して、現状では手作業でデータを収集・集計し年次毎の報告書の作成および公開を進めている。スコープ3に関しても簡易的で粗い精度の算定方法で対応しているが、今後より精度の高い算定方法が求められる可能性が高い(図2)。

図2 スコープ3 間接排出量算定の精度 (例: カテゴリ1 購入した製品・サービス)

 

このような状況で、温室効果ガス排出量を正確に把握し削減への取り組みを効果的に行うためには手作業から脱却し、ICT の活用が不可欠である。

 

各企業が取り組む排出量の把握および削減に関して必要なICT 機能と主な担当者例を図3に示す。

図3 各企業で必要とされるICT機能と主な担当者例

 

まず把握ステップでは、点在するデータをできる限り自動的かつ定期的に収集するデータ収集基盤を構築することが重要である。社内外のシステムからはAPI連携で、自社施設内で稼働する設備や装置からはIoTセンサーを利用してデータを収集する。サービス提供業者が利用ユーザーに対して利用量に応じた排出量の情報を提供するサービスも最近登場してきており、データの自動連携は効率化のために必要不可欠である。

また排出量係数は国や地域単位で標準化の方向に進みつつあるが定期的に値が更新されるため、独自に管理し、正確な値を保持し続ける事は困難である。排出量係数を定期的に管理・更新して排出量を自動計算するSaaSサービスも登場しているのでそれを利用するのも選択肢の一つである。

さらに収集したデータを業務で効果的に活用するためには、事業部毎にKPIを定義しKPIに基づく目標実績をダッシュボード上で可視化し、まずは把握する。さらにレポート出力機能を利用して社内の各事業責任者と情報共有し、次に取るべき行動を協議・決定する仕組みを実装することが重要である。

次の分析ステップでは、IT担当者およびデータ分析担当者を中心に収集した高精度かつ詳細データを活用して多角的に分析する。事業間や取引企業間での比較ベンチマーク分析、事業軸や時間軸さらには排出量のスコープ軸でのドリルダウン分析などいわゆるBI分析を行う仕組みを利用する。さらには製品軸でのサプライチェーン全体もしくは自社プロセス内でのトレーサビリティー分析や排出量削減効果に関するシミュレーションも重要である。AIの活用としては、例えば製造拠点の設備故障予知や事業所のエネルギー消費予測、再生可能エネルギー設備の発電量予測等などが考えられる。また近年頻繁に発生する異常気象に対して自社組織内に気象データを分析する仕組みおよび人員を持つことも重要である。公開されている気象データや衛星データなど多種多様な地理空間データとIoTデータさらには自社データを位置情報と時間で結合することで過去の傾向分析または未来予測を行い、例えば今後の気象変動リスクを考慮した場合にどの地域の事業所で排出量の削減機会の増加が見込めるかを分析することができる。

以上のようにICT機能を活用して排出量を把握・分析することで各事業担当が取るべき削減アクションを明確にすることができる。この把握・分析・削減のループを回すことで、排出量削減を業務の一環として進めることができる。

 

ブロックチェーン技術は、サプライチェーン全体でエコシステムを形成し排出量を把握するためには必要不可欠な技術である。

2015年ごろから実ビジネスへの適用検討が本格化されたブロックチェーンは第二のインターネットとも呼ばれており、「情報の革命」であるインターネットに対しブロックチェーンは「取引の革命」と言われている。

分散台帳技術であるブロックチェーンは、ピア・ツー・ピア(P2P: Peer to Peer) 技術と暗号技術を使った改ざんができない特性を活かして複数の参加者から形成されるビジネス・ネットワークでの各種取引を実現し、スマート・コントラクトと呼ばれる仕組みを利用してデータだけでなくビジネス・ルールやプロセスを参加者間で共有することができる。

調達や物流などのサプライチェーンに関わる企業や組織、証明書の発行や官公庁などの第三者機関、さらには消費者もブロックチェーンに参加しエコシステムを形成し、暗号通貨やNFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン) の他に食の信頼や貿易物流などの様々な分野での実用化が進められている(図4)。

図4 実用化が進むブロックチェーン・プラットフォーム

 

ブロックチェーン技術を活用することで、例えば製品またはサービスに関する排出量を第三者機関の証明付きでブロックチェーン上で共有し、サプライチェーン全体で正確な排出量データを活用することができる。また消費者にも情報を提供することで排出量が少ない製品やサービスを選択する機会を与えることもできる。

 

ここでは脱炭素社会実現に向けたアプローチのうち、以下の三つについて解説する。

  1.  サーキュラーエコノミー
  2.  CCUS
  3.  カーボン・プライシング

 

サーキュラーエコノミー(Circular Economy) は企業のサステナブルな事業活動を推進する新たな競争の源泉と位置付けられている2)。以下にサーキュラーエコノミーと3R (Reduce, Reuse,Recycle) の関係性を示す(図5)。

図5 サーキュラーエコノミーと3Rの関係性

 

製造領域を中心としたデマンドチェーンはReduceサイクルに対して、各企業がそれぞれ使用する原材料や労働力などのリソースおよびエネルギー消費量を把握し、排出量削減への取り組みを既存事業の改善・改革として推進する。別の言い方をすれば、労働人口の減少などからAIやIoTなどの先進技術を活用したデジタル変革の一環と同じ手段で脱炭素化の実現という目標を推進することができる。

次に製品が市場に出荷された後のサーキュラーチェーンでは、ReuseとRecycleの二つのサイクルがあり、新規事業の一環として推進されることが多い。Reuseサイクルでは、一つの製品をより長く使えるようにしたり、ユーザー自身が製品の修理を行う「リペア権利」へ対応するための設計開発や、市場のニーズに柔軟に対応するためにサブスクリプションの促進などへの取り組みを行う。またRecycleサイクルでは、製品やエネルギーを回収してリサイクルする。

サーキュラーエコノミーに関与する主な企業・組織は次の通りである。

原材料業者、部品サプライヤー、製造OEM メーカー、販売店、消費者、回収業者、解体業者、リサイクル業者

 

サーキュラー・エコノミーを推進するためには業界横断でエコシステムを形成することが重要である。そのため製品のトレーサビリティーを関係者で共有するためにブロックチェーン技術を活用する場合が多い。参考としてIBMのブロックチェーン技術を活用した国内外の製品トレーサビリティー・プラットフォームの取り組み領域とそれぞれで解決を目指す主な課題を表1に示す。

Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage (CCUS) は、脱炭素社会の実現に向けて、主としてCO2削減が難しい産業セクターや、大気中から、CO2を分離・回収し、そのCO2を利活用したり地中に貯留したりすることで、CO2を大気に放出しないようにする技術や仕組みのことである。CCUSのビジネスフローを図6に示す。

図6 CCUS のビジネスフロー

 

CCUS に関与する主な企業・組織は次の通りである。

石油・天然ガス掘削、発電、製鉄やセグメント製造などCO2 を排出する組織、分離・回収する装置メーカーおよび業者、CO2を陸上や海上輸送を行う業者、中間および最終貯留する組織、利活用する業者、工事を含むインフラストラクチャーを構築する企業、投資家や官公庁関係者、消費者

サーキュラー・エコノミー同様にエコシステム形成が必要不可欠であり、CO2 のトレーサビリティーを関係者で共有する仕組みが重要となる。

CCUS の取り組み事例として、三菱重工と日本IBM が構築を進めているCO2NNEX ™を紹介する。CO2NNEX ™はIoT、ブロックチェーン、AIの技術を活用することで CCUSのデジタルグリッドを形成し、関連するエコシステムをスムーズにつなげる事で、CO2の需要と供給とその連携に係るトレーサビリティを確保しながら、スマートコントラクトによるマーケットプレイスを提供する、デジタルプラットフォームである。このCO2NNEX ™によりCCUSに関連する全ステークホルダーが一丸となって地球環境保護に貢献できる世界観を生み出せることを目指している。

 

カーボン・プライシング(Carbon Pricing) は「炭素の価値付け」とも呼ばれ、CO2排出量に対して価格付けし、市場メカニズムを通じて排出を抑制する仕組みである。カーボン・プライシングの代表的な方法は下記の通りである3)。

  •  炭素税 (Carbon Tax)
  •  排出量取引 (Cap & Trade)
  •  クレジット取引 (Carbon Credit)

カーボン・プラシングはこれまでの二つのアプローチとは異なり直接ICTを活用するわけではなく、CO2排出量の価格を“見える化”することで、企業や消費者がより排出量の少ない生産方式や製品などを選択するように行動変容を促すアプローチである。

 

本稿では脱炭素社会実現に向けて必要なICT機能と業界横断アプローチについて説明した。まず各企業レベルおよび企業横断で必要なICT機能に関して、具体例を示しながら説明した。

脱炭素化に関する規制や動向が変化を続ける中でうまくSaaS サービスを利用してその変化に対応し、業務としてICT機能を活用する仕組みを実装することがポイントとなる。

次に脱炭素社会実現に向けた三つのアプローチを説明した。サーキュラーエコノミーとCCUSはエコシステムを形成することが必要不可欠であり、ブロックチェーン技術を活用したトレーサビリティー・プラットフォームを利用することが多い。カーボン・プライシングは市場メカニズムを通じて排出を抑制する仕組みである。各企業は欧米同様に同業他社あるいは業界横断型のエコシステムを形成し脱炭素化の取り組みを実践することが求められている。

 

参考文献

  1.  デジタル変革時代のICT グローバル戦略懇談会報告書,総務省, 2019 年5 月
  2.  サーキュラーエコノミーに係るサステナブル・ファイナンス促進のための開示・対話ガイダンス,経産省・環境省同時発表,2021年1月
  3. カーボンプライシングの活用に関する小委員会(第17回) 参考資料2 カーボンプライシング(炭素への価格付け) の全体像,環境省,2021 年7 月

 

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