Client Engineering
アグリテック・ワークショップ・レポート「はるさーゆんたく会」
2022年03月07日
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IBMに「クライアント・エンジニアリング」という事業部があるのをご存知ですか?
昨年の設立後、今年年初に名称変更したこの組織のミッションは「お客さまと共に考え、共に創り出していく」こと。さまざまな現場の課題に対し、デザイナー、データサイエンティスト、 クラウドエンジニアなど、分野の異なるプロフェッショナルの多彩な視点を持ち込み、お客様の変革やイノベーションのスタートダッシュを支援するのがIBM クライアント・エンジニアリングです。
今回、そのクライアント・エンジニアリングチームが、沖縄県商工労働部情報産業振興課主催のセミナー『学ぼう! 創ろう! ITを活用した新しい沖縄の農業』において、地域の農業に関わる皆さまと共に新しい農業を検討する「アグリテック・ワークショップ」を開催すると聞き、その様子を取材してきました。
当記事でお伝えする内容の中心はアグリテック・ワークショップですが、当日行われた4つのセッションはどれも関連性が高いものだったので、全体感を掴んでいただくためにも4つのセッションを順に紹介いたします。
(なお、記事のタイトルにもなっている「はるさーゆんたく会」ですが、はるさーは「農家の人」、ゆんたくは「おしゃべり」という意味の沖縄の言葉だそうです。)
■ 農業IoT「てるちゃん」デモ + 沖縄県内利用農家の生の声をご紹介
「てるちゃん」は、畑の温度、湿度、照度をモニターし、異常が発生したときには携帯電話にお知らせするIoT機器です。シンプルな機能に徹し使いやすさを追求することで、テクノロジーに馴染みのない方でも簡単に設置できてすぐに使えるのが最大の特長です。
KDDI Web Communicationsの「てるちゃん伝道師」小出範幸氏による動画を交えた特長紹介の後、沖縄県の圃場で実際に使用されているマンゴー農家(エンズファーム)の山城裕樹さんと小菊農家の大城太志さんに、「てるちゃんが解決した課題」についてお話しいただきました。
お2人が共に強調していた点は、見回りや移動などに取られていた時間の削減による省力化と、圃場の監視がもたらす安心感の大きさでした。
この時間削減と安心感は、金銭的・精神的の両面で「なり手不足」という課題を抱えている沖縄だけではなく、日本の農業にとっても大きな意味を持つものではないでしょうか。
■ 共に作る価値 ━ 宮古島での農業 × IoTに向けた取り組み
今回のセミナーは、IBMコンサルティング事業 沖縄事業所の櫻井崇、シニアコンサルタントの高橋明徳の両名が、これまで2年にわたり沖縄、特に宮古島の地域課題の解決にむけた取り組みがそのきっかけとなっています。
具体的には、昨年11月に、従来のIBMのセミナーやワークショップとは一線を画したイベント「共創型アグリテックイベント」にて、てるちゃんのデータ取得機能とIBMのデータ収集・分析機能を組み合わすことで、具体的な農業課題解決サービスを創りだそうというセッションから派生したものとも言えます。
この日は、宮古島でのイベントにも参加したデザイナーの守友彩子から、それがどのように進められ、現在どのように進んでいるのかが紹介されました。
それに先立ち、クライアントエンジニアリンング事業本部のリーダーである執行役員の村澤賢一が、そもそもIBMがなぜ、そしてどのような想いで地域農業に関わろうとしているのか語りました。
● 新たな道具は本当に社会課題を解決しているのか?
クライアントエンジニアリンング事業本部 執行役員 村澤賢一
「この20年、いや30年間で、社会はどれだけ豊かになったでしょうか。そして仕事はどれだけ楽になったでしょうか。
たしかに社会には解決すべき課題があり、解決するための道具も増えました。インターネットはその際たるものでしょう。しかしその道具は、必要としている方に届いているでしょうか? そして課題解決に至るに十分な形で届いているでしょうか?」
村澤はそう問いかけると、以下の「反省」と書かれた資料を表示しました。
IBMには道具を作る解決力がある。しかし企業同士のある種、共通化された知見の上で仕事をしてきた中でその解決が最後まできちんと届いていたか。その向き合いが十分だったと言えるだろうか。
● 「なんでIBMが農業なんだ?」の声
「これからはもっと、現場の皆さんとの「掛け算」で、0(ゼロ)からやらせていただきたいと考えています。
現場の技術とITの技術を持ち寄李、共に考え創りだし、運用・改善をし続けることで、『最も芯を食った解決策』へと育てることができると思うのです。
『なんでIBMが農業なんだ?』という声も聞こえていますし、その疑問もごもっともです。我われIT業界は、人類の長い歴史を支え続けてきた農業に比べればまだヨチヨチ歩きの赤ん坊のようなものに過ぎません。しかしその2つが手を組むことで、人類を支える『食料』をつくり出している農業と農家の皆さまの役に立てると信じています。そして青臭いと言われるかもしれませんが、その先には、食料に関する全世界の計画経済を実現し、誰一人取り残されない世界が作れるのではないかという夢も持っています。」
村澤はそう語ると、守友彩子にバトンを渡しました。
● 最小限のものから一緒に作り、動かしてみて、発展させる
「すごく簡単に説明すると、私たちクライアントエンジニアリンングチームが課題解決手法として採用している『ガレージメソッド』は、「最小限のものから一緒に作り、動かしてみて、発展させることで、早く、柔軟に、より良いものを届ける手法」です。」
守友はそう説明すると、11月の宮古島でのイベント後その手法を用いて改良が進められているプロトタイプを、デモを交えて紹介しました。
積算温度の記録と予測 | モックアップのご紹介の中、イベントでいただいたご意見などを反映し、記録の面を改善した実機のイメージ
■ アグリテック・ワークショップ(はるさーゆんたく会)
この日のセミナー会場は、よく目にする「教室」的なレイアウトではなく、参加者は内外2重の円を作るように着座していました。
内側の円には農家や農業法人の経営者などの「農業現場の人」、そして外側の円には行政やJA(農業協同組合)、大学農学部の関係者などの「農業支援者」が座るようにデザインされていました。
会場でそれについてアナウンスされることはありませんでしたが、「参加者全員がみんなの顔が見えることで、気持ちや考えを伝えやすいように」という考えのもとにセットされたものだったのでしょう。
そのデザインが成功したことは、内側の円に座る全員それぞれが感じている課題とそれに対するアプローチについての発言が、時間を大幅にオーバーしながらも止まらなかったことからも伺うことができました。
ここではそれらの発言の中から、筆者が特に興味深いと感じたものを順不動でご紹介します。
- 3年前からコーヒーの栽培を始めたが、コーヒー栽培に関する一般的なデータはあっても、「沖縄でのもの」となるとぐっと少ない。水や日差しなど沖縄特有の条件下に合わせたデータ収集・分析がもっと必要だろう。
- 「生産量アップ」が掛け声のようになっているが、需要とのバランスを超えてしまえば農産物の値段が下がってしまうだけのこと。IBMのようなテクノロジー企業には、ビッグデータ解析などで需要と供給のバランスを取る仕組みを作ってもらいたい。
- 「新規就農者を増やさなければ!」という危機感が叫ばれているが、新規就農者の9割が4年後には離農している。その理由のほとんどは「金銭的魅力不足」なのだから、入り口を拡げることよりも「儲かる農業」を実現することがやるべきことなのではないか。
- 島である沖縄は、本土との流通に制限がある。まずは県内の需要を満たし、それでも余るようなら県外へ出荷するのが自然ではないか。まずは沖縄県が何をいつどれだけ必要としているのかを算出して欲しい。
- 仲卸からの信用も大切だが、出荷先が一つではリスクは分散できない。生産ばかりでなく販売も重要で、この両輪が一緒に回らなければうまくはいかず、持続可能な農業は成立しない。
- これまで農学部から何人もの農業研修生を受け入れているが、彼らは口々に「絶対に農家になんかなりません」と言う。そして「この作業って本当に人がやるべき仕事ですか?」「こんなに農薬を撒くんですか!?」と疑問の声が上がる。農業には変えていくべき点が多いことを実感している。
- 補助金で高価な機械が導入されたものの、使いこなせていない農家は少なくない。ITにも同じことが起きるのではないかと思っている。テクノロジーは余計なことはせず、農家が本当に必要としているものだけに集中してくれれば良い。
- 農産物の国際基準であるグローバルGAP認証が拡がるにつれ、生産管理が必要となる機会も増えている。調達基準を満たすよう多数の項目を記録するのは本当に大変なので、作業実態からこうしたものが自動的に記録されるような仕組みを作れないのだろうか?
- 農家は「本来農家がやるべき仕事」だけに集中できるのが理想的ではないか。金儲けをやめて遊び心を持って農業をやっていたら、むしろ成長したケースがあることも知って欲しい。
ここまで読まれた方の中には、「こんなにもバラバラな意見の中で、果たしてどのようにまとめたのだろうか?」と思われた方もおそらくいらっしゃるでしょう。実際、「一体どうやってこれだけの声を収束させるつもりなのか?」「この会の目的は解決策づくりではないのか?」という声も上がっていました。
しかし会場では、意見を聞き、感想を伝え合うことに終始し、結論じみたものを無理に作り出すことはありませんでした。「まずは関係者がそれぞれの課題意識を共有すること」が、共創し続けていくことや、解決策を最後まで届けることにおいては、重要な意味を持つのではないでしょうか。
■ 長野県小谷村における棚田に対するデータ活用事例
4つ目のセッションは、14の集落から人口3千人強の長野県小谷村における棚田のスマート農業化事例の取り組みを、東京電機大学の生徒たちとともに取り組んできた松井加奈絵准教授が紹介しました。
詳細については以下の記事『「地域課題解決をDIYするためのデータ流通プラットフォームの取り組みと展望」レポート』でご覧いただきたいのですが、この日、松井准教授が特に力を入れて伝えていたのが「関係性づくりの大切さ」でした。
「写真にも写っているように、私たちは実証実験中の田んぼの周りにはのぼりを立て、地域の皆さまにどんなことをやっているのか知っていただき、ご興味をお持ちいただけるようにとしていました。そして近くを通りかかった方がたには積極的にお声かけさせていただき、何をしようとしているのかを具体的にお伝えさせていただきました。
そうすると、中には『省力化するならこういう取り組みの方がいいんじゃないか』や、『私の困りごとはこういうのだけれど、それもどうにかできないか』など、現場の方にしか分からないお知恵やお話を聞かせていただけること方も少なくありませんでした。」
松井准教授は小谷村での取り組みスタートの様子をそう語ると、続いて現在の状況と、そこからの「学び」を以下のように話し、セッションを終えました。
「地元の皆さまに信用していただき、外から来た私たちのような者とチームを組んでいただくには、こちらから積極的に困りごとを聞かせていただき、必死になって一緒に考えるという姿勢が大切ではないでしょうか。
押し付けるのではなく、『求めていただける関係性』を目指すのが一番なのではないかと思っています。
ありがたいことに、今、小谷村での取り組みは、その内容に興味を持っていただいた熊本県の南小国町の地域おこし協力隊とのコラボレーションという、新たな拡がりを見せています。微力ながら私どもも、これからも技術、知識、データの共有を通じて仲間を増やし、地域が共同体として幸せになるお手伝いをしていくつもりです。」
最後に、今回のイベントの運営を行なった一般財団法人 沖縄ITイノベーション戦略センター(ISCO)から、沖縄県の「令和4年度ICTビジネス高度化支援事業」の内容について紹介され、この日のすべてのプログラムは終了しました。
現在IBMは、各事業本部が枠を超えたコラボレーションを自発的に進めています。新しい沖縄の農業に関する地域の皆さまとの共創は今後も続いていきますし、それ以外にも、地域課題解決にむけた新たな取り組みスタートを検討中です。
このブログを通じて順次その内容をお伝えさせていただく予定ですので、どうぞご期待ください。そして共創アイデアなどが浮かんだ際には、ぜひ私どもにご連絡ください。
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