IBM Consulting
お客様寄稿|日立造船、DX実現のヒントは現場から
2022年04月01日
カテゴリー IBM Consulting | デジタル変革(DX)
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当記事は、AIによるごみ焼却施設の全自動化を実現した日立造船株式会社の飯尾 和人氏に、デジタル変革(DX)のはじまりから、テクノロジーの進化とともに歩まれてきたエピソードと課題、未来への展望をご寄稿いただきました。
飯尾 和人氏
日立造船株式会社
環境事業本部
インキュベーション推進部長
当時の私は計装設計者5年目である。
廃棄物処理施設(ごみ焼却場)は、焼却炉を中心に、ごみ供給設備、排ガス処理設備、灰処理設備などから構成され、機器点数もそれなりに多い。全てのプラントが同じではないが、ボイラ設備とタービンを有している発電設備であり、重要なインフラ施設であることが多い。
当時の私は、現場での業務が多かった。地方の現場に行き半年から1年かけて工事施工管理や調整作業を行っていた。それなりに尖がっていて、今にして思えば、判った気になって粋がっていたことが多かったように思う。高々5年選手が・・と今でも少し恥ずかしくなる。
プラントにおける計装設備は、人で言えばセンサーと神経と脳だ。現場のあらゆる情報が集まり判断し操作端を制御する。全ての情報が集まる場所であり、ここがプラントの中心だと疑わなかったし、現場よりも中央優先で、正直現場点検など大した作業とは考えていなかった。
重ねて言うが、本当にどうしようもない若造である。
ある日のこと。その日もDCS分散制御システム(Distributed Control System:大規模プラントの圧力・流量・温度等を制御する)で様々な調整作業を行っていたところ、制御室の扉が開き、Sさんが顔を覗かせたので私は少し驚いた。
Sさんは、工事監督補助と機器の試運転の為に現場に常駐されている方で、大変物腰の柔らかいお爺ちゃんである。1日中現場を歩き回っていて、何やら手帳に書き込んでいる姿が印象的だ。私とは、毎日の朝礼の際に少し言葉を交わすのと、無線機越しに声を聞くぐらいで、それ以上の接点は無いし、そもそもSさんが制御室に現れたこともこれまで無かったのだ。
Sさんは扉から顔だけを見せる。
「飯尾君。ちょっとタービン嫌な予感がするから気を付けといてもらったほうが良いよ」
中にまでは入ってこない。
「あー そうですか ありがとうございます。」
Sさんに言われ、私はすぐに画面を切替えた。特にいつもと違うところは無い・・気がする・・・
と、次の瞬間、タービントリップの警報がけたたましく鳴動した。
幸いにも大した原因ではなく、2時間後には再起動となったが、私には理解できなかった。何故Sさんは事前にトリップの兆候に気づけたのか?全ての情報を集約したシステムを見ていた私が何故気づけなかったのか?
その日の夕方Sさんに声をかけた。「何故、タービントリップが判ったんですか?」
するとSさんはいつもの手帳を取り出し見せてくれた。中にはびっしりと小さい数字が書かれている。私にはどこに何が書いてあるかさっぱり判らない。困惑している私にSさんは笑顔を向けながら、
「毎日見てると判ってくるもんだよ!」
と言った。
その日から、現場点検の凄さが認識し始めた事と、私の尊敬する方が一人増えたのは言うまでもない。
デジタル化のはじまり
15年以上が経過し、私は計装設計ではなくシステム設計の仕事を担当することとなっていた。その一環として、現場点検のデジタル化が課題として挙がっている。
ある日のことである。時代の流れもあって、提案書にはタブレットで実施しますと記載されているが、社内ではそのような開発はやっていない。どうしましょう?と相談された。
ちなみに廃棄物処理施設の点検項目はA4用紙に15ページ以上というのが一般的だ。大体2名の作業員の方が、1〜2時間を費やして巡回しながら記録をとる形で、作業員には結構負担の大きい作業である。
最初におこなったのは、EXCELで作成されていた点検表を、そのままタブレットに落とし込んだものだ。入力方法に少し工夫をいれるなどしたが完成は早く、すぐテストに持ち込むこととなった。
現場の評判はとにかく不評である。“重たい・見にくい・使いにくい”これらを我慢して一度使ってみて下さいと説得し、データを集めた。
使っていくうちに慣れるという意見もある。確かにその通りではあるが、その場合どこかにストレスがかかっている事は明白である。システムを提供する立場として、そのままにしておくことを看過できない為、作業員の立場に立ってどうあるべきかを考える日々が続いた。
現在我々が現場に提供しているのは、胸ポケットに入るサイズになった。
入力はタッチペンを使用する。ピンチしたりする必要もないし、備考欄へのフリック入力も可能だ。勿論従来の点検表とは見た目も変わってしまったが、点検終了後データを保管し、従来の点検表の形にアウトプットする機能も実装した。
バインダーを持ち歩かなくて良くなり、両手がフリーとなった事で安全性も向上。カメラで機器を撮影すると、登録機器に紐づいて保存されるので後の管理も楽になる。現場の評判はまずまずである。ある一定の完成を見て、今では10以上の施設に展開されるようになり、更に増えていく予定で大変順調である。
しかし、順調ではあるが、何か引っかかる。
作りたかったものは本当にこれなのか?これが目指すものなのか?と考えてしまうのである。
ヒントは現場にある
ここで「現場点検」とは一体何か?について考えてみたい。
作業員は、現場を歩き回り点検を実施する。
“ゲージの値を読み記録・異音の有無を確認・漏れが無いかを確認”細かく記録を付けていく。書き出してみると概ねこういった内容で、ベテランが実施する場合はもう少し注意深くなる。
しかし作業自体が「現場点検」の本質ではない。その情報から読み解く何かが、そもそも求められているのである。そうでなければSさんのような事が出来ようはずもない。
では、読み解く何か?をどのように実装すればよいのか?
「現場点検」は、システムで収集出来ない情報を得る為である。
記録を取ること自体は間違いではないから、現場ゲージの値を正しく読み取るといった作業は最も基本で重要なファクターとなる。
問題はその数値の理解。ゲージの値が正常範囲となっているから問題ないと判断する場合もあれば、正常範囲の中においても実は上昇し続けており、数日以内に異常となる傾向が予見できるといったような、判断が分かれるポイントがある。
つまり、データの解析とその評価を並行して実施する事が求められるのである。
ゲージの値だけではなく、異音や振動の有無も確認する必要がある。
それらは数値化されていない事が多く、作業員の感覚、経験則に頼る必要が出てくるが、判断理由は統一性を持たない為、共有する事が難しい。
例えば異音。音を出さずに動く機械は存在しない。どの程度の音であれば報告の必要性があるのか?振動しない機器も存在しない。近くに寄ったら自分に伝わってくるほどの振動なら注意する必要があるのか?
これらもなるべく数値化し、それらを判断し評価する事が求められるであろう。
点検対象以外はどうだろう?
現場を歩いていると油が浮いている水たまりを見つけた。何かの兆候と捉える事が出来る可能性がある重要な情報だが、点検表には“水たまりの有無”といった項目は恐らく無い。
こういったニーズに応えるために、カメラによる情報収集に加え画像解析技術は活用できそうである。
Sさんは、他人とは違う能力を持って生まれたわけではない。
「毎日見てれば判る」能力は、長年現場を見続けて、記録を取り続けてようやく手にした能力である。他人が全く同じ道をたどる事は無い。似たような道を辿ってきた先人達も、感性の違いによってそれぞれ違う感覚を身に着けている。
彼らには様々なものが見えていて、私と一緒に現場を歩きながらも次々と何かを発見していく。一体何が見えていて、何が聞こえていたのか?未だに私はその答えを持ち合わせていない。
現代社会においてテクノロジーの発展は目覚ましく、様々なセンサー、無線、AI、AR、画像解析、機械学習。技術がすごい速度で進化していく。
先人たちの経験則や感性を数値化出来る可能性を持つ技術も出始めており、これらを駆使する事で、今まで判らなかった答えを得ることが出来るかもしれないと期待せずにはいられない。
これらテクノロジーを駆使し現場点検をDX化するという事は、現場点検の本質を見極め、経験則に基づく超高性能感性に、取って変わるシステムや仕組みをこれからも模索し続けることであり、偉大な先人達へ挑戦し続けることでもある。
想像するに大変な作業であり、決して一朝一夕ではない。技術面だけではなく、様々な現場の思い込みやルールの改正なども含めると、現場に根付かせるのは、とても困難な道ではあるが、一歩一歩確実に近づいていきたい。
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