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電力送配電DXレポート第6回 AI&アナリティクスの活用により、これから生じる『5つの変化』
2022年01月24日
カテゴリー IBM Consulting | デジタル変革(DX) | データ活用とAI技術の実用化
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礒野 慎治
日本アイ・ビー・エム株式会社
IBMコンサルティング事業本部
公益サービス事業部
公益デジタル変革ソリューション部 部長
今日、送配電事業者では、さまざまな領域でAIやアナリティクスの活用に関する検討や取り組みが進んでおり、IBMもデジタル変革(DX)の推進組織やデータ分析組織の立ち上げ、各種のPoC(Proof of Concept)などを支援しています。すでに実業務への適用を進めている現場もありますが、一方でAIの特性が明らかになるにつれて、今後の活用において考慮すべき事柄も見えてきました。最終回となる今回は、組織への浸透や人材の育成など、今後、送配電事業者がAI&アナリティクスの活用を進めていく中で大きな課題になると思われる5つのテーマを取り上げ、考慮すべきポイントなどを紹介します。
※本記事は公益サービス事業部主催「電力送配電部門様向けDXセミナー」の実施内容を基に構成しています。
ますます身近&手軽になるAIを、どう使いこなしていくべきか
今日、企業で利用されているAI技術には、大きく次の4種類があります。
- 自然言語処理系:文脈も含めて文章を理解できるAIの特徴を生かした活用(社内文書検索、コールセンター支援、社内向けチャットボットなど)
- RPA系:ロボットをできる限り活用し、各種業務を省力化(入力処理の簡略化、各種手続きへの適用、間接業務支援など)
- 画像解析系:画像解析を通じて、これまで人が行ってきた判断を代替する(老朽化診断、業務支援の運用など)
- データ分析系:データの蓄積/統合/分析を通じて業務改革の示唆を得て、具体的な施策につなげる(見える化/故障診断、復旧対策の効率化、事故/災害予測など)
IBMは、AIを人の知能を強化する「Augmented Intelligence(知能強化としてのAI)」と位置付け、例えば皆様の“仕事の片腕”としてご利用いただき、良いアドバイスやレコメンド、進言を得られることで働き方を大きく変えるツールとして開発を進めています。
また、最近は統計学や機械学習のスキルが全くない方でも簡単にAIの分析モデルを作ることができる技術「Auto AI」の開発を進めており、AIはますます身近で手軽に扱える技術となりつつあります。「IBM Cloud Pak for Data」を使うことで、AIをクラウドやオンプレミスの業務システムに組み込んで利用することもできます。各種ツールの拡充も進んでおり、もはや「スキルがないためAIを使えない」という問題は解消されつつあります。
その一方で、AIの活用を深化させて皆様の仕事のやり方やビジネスそのものを変革していく中で、今後は組織や人の面でいくつかの変化が生じ、検討や対応を迫られるとIBMは考えています。以降では、今後起こりうる変化として次の5つを取り上げ、それぞれの詳細をご説明します。
AIとアナリティクスの深化によって今後生じうる5つの変化
- データ分析の民主化(全員参加による組織への浸透)
- データサイエンティストから経営コンサルタントへ
- 「AIの限界」に対する対応と“本当の”全体最適化
- AIが生み出す解との付き合い方
- 熟練者喪失への対策
1.データ分析の民主化(全員参加による組織への浸透)─ 主管部門とIT部門でどう役割を分担するか?
これまでは特別なスキルを持つ人だけが行ってきたデータ分析が、今後は誰でも行えるようになっていくと、社内の組織がどのように役割を分担して組織全体として効率的な活用を実践していくかが大きな課題となります。例えば、事業部門とIT部門の役割分担をどうするかといった問題です。
データ分析のハードルが下がり、特定の社員だけではなく全社員が活用できる世界を目指そうとすれば、当然ながらそれを支援するITインフラが必要になります。社内にどのようなデータがあるのかを一覧化し、誰でも簡単に活用できるようにする「データカタログ」も必要になるでしょう。しかし、これをIT部門が作ろうと事業部門に協力を仰いだ際、業務が多忙な事業部門から「現状はデータカタログがないことで困っていないし、仕事が忙しいので協力できない」と断られてしまう可能性があります。
これはデータ活用に限らず、新たな仕組みを組織に導入する際に必ず起こる問題であり、ニワトリとタマゴの関係のようなものだと言えます。「こんな仕組みがあればいいのに…」という方々と「協力してくれれば作るのに…」という方々の間でうまく連携がとれないため前に進めず、皆が不幸になるというパターンです。各組織での局地的な活用はうまくいっているものの、それが全社的な取り組みにつながらないという話もお聞きします。
このような中で、今後は主管部門である送配電部門が、自ら主導してデータ活用を推進していくという選択をするかもしれません。実際に一部のお客様では、データ分析だけでなく、データの管理やツールの導入まで事業部門でやるという方向性に進む動きが見られます。
その場合に、IT部門はどのような役割を果たせばよいでしょうか?少なくともセキュリティの担保はIT部門の役割と考えられますが、それだけで十分でしょうか?
図1 データ民主化の流れとIT部門の役割
例えば、IT部門として次のような役割を担うことも考えられます。
- 主管部門の業務を支援するデータ基盤の構築/管理を行うほか、ツールの選定や整備も担う
- スマートメーターなどのデータは、そのまますぐに使える状態ではないため、クレンジングや変換などの一次処理までIT部門が請け負う
このように、主管部門が徐々にIT寄りの仕事まで行い、IT部門が徐々に業務寄りの仕事を行うようになった場合、最終的にどのように役割分担すればデータ活用がスムーズに進むのかを、各社の事情に応じて考えていく必要があります。
2.データサイエンティストから経営コンサルタントへ─ 今後求められる組織/人材はどのようなものか?
今日、データサイエンティストは売れっ子であり、市場でも取り合いになっている人材です。
一般社団法人データサイエンティスト協会では、データサイエンティストの能力として「ビジネス力」「データサイエンス力」「データエンジニアリング力」の3つを定義していますが、これらの能力を全て完璧に備えた人材は稀だと言えます。通常はいずれかの能力が強い/弱いなどの特徴を持ち、それを個性として活躍されていることでしょう。そうした人材がバランス良く存在することで、組織としてのデータ活用が加速されていくのだと思います。
その中でよくお聞きすることの1つが、「トップダウンでデータアナリティクスの組織を作ったものの、現場でうまく回らない」というケースです。「組織を作ったので、何かできることはありませんか?分析したいことはないですか?」と聞くと「そもそもどんな分析ならできるのですか?」と聞き返される、「どんなデータなら出せますか?」と聞くと「どんなデータが欲しいのですか?」と聞き返されるといった具合に、一方は相手の仕事がよくわからないため踏み込めず、もう一方は知識がないので何を頼めばよいかわからず、結果としてせっかく作った組織が機能していないというケースです。
そもそも、今後は単に「手を動かします」といったタイプのデータサイエンティストへのニーズは下火になっていくと私たちは見ています。というのも、前節で説明したようにツールの発展などによりデータ分析のハードルは下がってきていますし、最近はデータ分析を安価に請け負ってくれる会社も増えています。これからは「データを使ってこのようことをすれば、現場が効率化するのではないか?」というところにまで踏み込んで提案できないと、専任組織としてデータ活用の分野で貢献するのは難しくなるでしょう。
それでは、どのようなタイプの人材が重宝されるのかというと、経営コンサルタントのように「分析命題を立てられる人」です。例えば、「このデータからこういう傾向が見られたら、現場の働き方をこういう風に変えられる。あるいは設備点検のタイミングを変えられる」といったようなことを考えられる人材です。「こんなデータがあり、業務を変えるためにこういうことを知りたいので、こんな分析を設計できないだろうか」ということを考えられる能力が今後はますます重要になるでしょう。
3.「AIの限界」に対する対応と“本当の”全体最適化─ AIによる全体最適化を誰がリードするのか?
AIを使えば、データを基にして今後の傾向を予測することができます。それでは、AIにデータさえ渡せば適切な答えが得られるのかというと、そう簡単な話ではありません。電力会社の分析プロジェクトでも必ず議論になるのが、「AIだけでは的確な答えを導き出せないときに、人がどう判断するのか」という問題です。
例えば、「ある年に大洪水や地震が起きた」といった場合、それらのデータをそのまま使って分析を行うと、大洪水や地震のデータに分析モデル全体が大きく引っ張られてしまうという問題が生じます。それを防ぐために異常事象のデータを除こうとすれば、余震なども含めてどこからどこまでを異常事象として扱うかの判断が必要となります。AIが何らかの指針を示すことはできますが、最終的には現場や経営が判断しなければなりません。
また、何十年に一度の大洪水と言いつつも毎年のように起きている場合、もはやそれは異常事象ではなく、気候条件そのものが変わったという前提でモデルを作り直したほうがよい場合もあるかもしれません。
さらに、昨今は「AIを導入できる仕事からどんどん入れていこう」という動きもありますが、複数の部署をまたいで仕事が動いている場合に、特定の部署だけにAIを入れることで部分最適化が進み、他部署がしわ寄せを受けていないか注意することも必要です。
図2 部分最適化に関する課題
社内のさまざまな業務でAIの導入が進んだ場合、複数のAIの連携や、それを通じた全体最適化をAIが管理するケースも出てくるかもしれません。その場合に、その全体最適化を誰がリードするのかといったことも、いずれ課題になるでしょう。
4.AIが生み出す解との付き合い方─組織はAIをどう受け入れるか?
AIの活用が進み、AIができることの限界への理解も浸透してきました。以前は「AIなら完璧な回答を提示してほしい」という期待が多かったのですが、それは相当難しいということについての理解が広まり、最近は「90%の精度が得られるなら十分」と許容したうえで、それを業務でいかに活用するかを検討されるケースも増えています。
その際にお伺いしているのが、「100%完全な答えが出ない場合でも、要求レベルを少し落とした使い方で十分な効果が得られないか」ということです。例えば、部品の交換の要否が100%の精度で判定できない場合でも、「設備の状態などを基に交換が必要そうな部品を抽出する」「画像診断により、少なくとも何らかの劣化が進んでいる部品を抽出する」など要求レベルを下げれば、完璧な回答ではなくても業務に適用し、効率化に資する場合もあるでしょう。
もう1つの難しい問題が、「AIで本当に人にとっての最適解が得られるのか」ということです。よく引き合いに出される例ですが、コイントスをして、その結果が表か裏かを予想します。予想が当たったら200円もらえますが、外れたら全くもらえないというギャンブルをするか、もしくはそのようなギャンブルをしないという選択をした場合は100円もらえるとしましょう。この場合の最適解をAIが導くと、どちらを選んでも期待値は100円なので同じです。しかしながら心理的な要因を考慮すると、「失うものがないのなら」とコイントスして勝負に賭ける人も多くいるかもしれません。
ところが、条件を変えて「コイントスの予想が当たっても100円を払わなければならず、もし外れたら300円を払わなければならない。一方、この賭けを行わないという選択をした場合でも200円払う」とした場合、300円という大赤字を避けるために「賭けをしない」という判断に流れてもおかしくありません。この場合も、心理的影響を考慮しないAIとしての最適解はどちらを選んでも同じであり、期待値はともに200円の損失です。
このように、AIとしての最適解は同じ場合でも、人としての判断に差が生じるケースはよくあります。例えば、「停電が起きる可能性が若干ある」というとき、「可能性は若干だけど、もし起きたら長引く」という場合は、それを回避したいという意向が強くなるでしょう。このような判断を誰がどう行うのかということも大きな課題となります。
5.熟練者喪失への対策─ 何が“本当の職人技”かを見極める
最後に取り上げるのは「熟練者喪失への対策」、言い換えれば“職人技継承”の問題です。
この問題が難しいのは、膨大な知識や経験が必ずしも全てがドキュメント化/デジタル化されたものではないということです。「○年前の大災害に対応した」「○○のプロジェクトに参加した」といったご経験を通じて蓄積された知識/知恵が外部からはわからないブラックボックスと化しており、何を判断基準にしているのかをご本人もうまく説明できないが、それらを活用して抜群の成果を出しているという方々が確かにいらっしゃるのです。
この方々が持つ知識やノウハウを、定年退職されるまでに何とかして会社に残したいということで「AIを使おう」となるわけですが、AIはデジタル化されたデータのみを対象に、独自のアルゴリズムを考えていくことになります。つまり、職人さんと全く同じ思考過程を表現するのではなく、AIは独自の考え方で職人さんと同じ(もしくは近い)結果を出すためのアルゴリズムを個別に考えるわけですが、問題はこのアルゴリズムもブラックボックスになってしまいがちだということです。
また、「有事の際にAIで対応できるのか」ということも問題になるでしょう。職人さんならば、「有事の際にはこういうものを使えば危機的状況に対応できる」と臨機応変に考えられるかもしれませんが、AIは想定外の問いには答えられません。
なお、現場の業務は、誰が見ても明らかなように標準化されている場合と、逆にブラックボックス化している場合とがあるでしょう。ブラックボックス化している業務についても、まさに職人さんならではの高い専門性が発揮される領域もあれば、単に属人化しているだけの業務もありえます。属人化しているだけの場合は、業務を可視化/標準化することで、手順や判断基準などをデジタル化できる可能性があります。
図3 熟練者の高齢化問題への対処の方策
そして、最も実現したいことは、上図の右上のエリアに示した熟練者や半熟練者の方々が持つ知識やノウハウの継承です。ブラックボックス化しており、どうなっているのかはわからないけれど、ここにAIを使って何とかできないかということが大きな課題となっています。
これに対するアプローチとして考えられることの1つが、「職人さんの頭の中まではわからないけれど『どう行動しているか』は観察できるので、まずはそれを真似てみる」というものです。これを「行動/活用情報のレコメンド」と呼びます。
例えば、ある工事を行う際、熟練者が初めにどの情報を見て、どのツールを操作し、誰と会話して、結果的に高い成果を出しているのかをAIが観察して記録します。そして、別の方が同じ仕事を行う際、「熟練者のAさんは、このようなときに、この情報を見て判断していました」とAIがレコメンドを出すのです。
すると、同じ仕事をされている方なら、「このときに、きっとこう考えて、この情報を参照していたのだろう」と推測できます。そこで、そうした行動を真似ることで、熟練者と同じ行動を身に付けられるのではないかという考え方です。
このほか、熟練者を育成するためのプログラムをAIなどを活用して効率化するとともに、習得するスキルも絞り込むことで、例えば「これまで10年かけていた期間を3年に短縮できないか」といった議論も進んでいます。
以上、今回はAIやアナリティクスの活用を進める送配電事業者で今後起きるであろう変化、主な論点を紹介しました。IBMは、これらの領域に関して日々、技術開発やノウハウの蓄積を進めています。AIやアナリティクスの活用に関するお悩み事は、私たちにご相談ください。
シリーズ:電力送配電DXレポート
第1回 海外送配電事業者が進める5つのDXプロジェクト
第2回 気象データを活用した国内外の送配電DX事例
第3回 次世代スマートメーターの活用ユースケース
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