Data Science and AI
“人の気持ちを動かす”AIチャットボット事例 「広島県」
2023年07月26日
カテゴリー Data Science and AI
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“人の気持ちを動かす”AIチャットボット、
移住希望者を大幅に増やした広島県の次なる施策とは
少子高齢化で人口が減少する中、地方自治体にとって重要な取り組みとなっているのが「移住者」の獲得だ。各地域が移住への支援競争を繰り広げる中、認定NPO法人ふるさと回帰支援センターがまとめた移住希望地ランキングで2019年に2位に躍進したのが広島県である。手作りイベントやオウンドメディアによる情報発信など、独自の取り組みで成果を上げてきた同県が、新たな試みとして挑戦したのが、AIチャットボットの開発だった。なぜ、広島県はAIチャットボットを必要としたのか。開発に携わったキーパーソンに話を聞いた。
広島県の地方移住支援の取り組みと、AIチャットボット開発を目指した理由
少子高齢化に伴う人口減少は、日本の形を変えつつある。東京への一極集中が加速し、地方の人口減少は止まらない。2017年時点で、全市町村の実に47.6%が過疎地域となっている。
こうした中、地方自治体にとって重要な取り組みとなっているのが「移住支援」だ。自らの地域の魅力を積極的に発信し、都市からの移住者を呼び込んで、地域活性化につなげようとするのが狙いだ。
それは、中国地方の中核都市 人口100万人超の広島市を抱える広島県も例外ではない。広島県が本格的に移住支援を開始したのは、平成26年(2014年)からだ。同年10月、東京の有楽町に移住希望者の相談窓口『ひろしま暮らしサポートセンター(HSC)』を開設。加えて、手作りイベントの開催やオウンドメディアによる情報発信、著名メディアへの記事出稿など、職員自身がアイデアを出し、創意工夫を重ねて、さまざまな取り組みを実施してきた。
ただし、既存の方法では、リーチできる層に限界があったのも事実だ。子育て世代のように、移住に直接の関心はなくても、その可能性を持つ層、そもそも窓口を訪れない層など、より広い層に向けた新たな取り組みも求められていた。
「有楽町の窓口を通した移住者は、2019年度は81世帯にまで増えました。しかし、東京で地方移住に関心のある人は500万人以上いるとの調査もあり、転勤等も含めて広島県に転入される人は、年間約5万人もいます。そこで、窓口に来ないような新たな層にも情報を提供し、その人の気持ちに寄り添って、そっと背中を押せるような仕組みを作れないかと考えていました。そこで出てきたのが、AIの活用だったのです」(山田氏)
広島県は他県に先駆けて、さまざまな分野でデジタル・トランスフォーメーション(DX)を推進しているが、先駆けの取り組みの一つとして移住支援における相談者へのチャネルやアプローチ方法の変革、AI活用も含めたDXの検討がスタートした。
情報で人は動かない、人の気持ちを動かすAIを作れ
広島県が開設した有楽町の窓口には、平成26年の開設以降、5000名以上の相談者が訪れている。そのデータ、具体的には相談者の属性、移住に対する考え方、相談内容、セミナー参加の履歴……等々のデータは、すべてデータベース化されて蓄積されている。
さらに、県職員が専任の相談員となり、独自のスキル・ノウハウを蓄積していた。窓口の相談にくる人は、実はまだ頭が整理できていないことが多い。会話を通じてそれを整理するには、相談員にも独自のノウハウが求められるのである。そして、そこで得られた経験則の1つが「人は情報では動かない」ことだ。
「相談窓口での経験で情報だけでは人は動かないことがわかってきました。相談員は会話を通じて相談者の頭を整理するお手伝いをし、次の行動に移せるよう、相談者の気持ちを動かします。それと同じことができるAIを作りたいと考えたのです」(山田氏)
そこで、山田氏は大企業からベンチャーまで、30社以上に相談したという。その多くが「人の気持ちを動かす」ことに難色を示す中、最後まで山田氏の話を熱心に聞き、その期待に応える提案を行った企業のひとつがIBMだった。こうして、2019年1月、企画提案型の入札でIBM Watsonを使ったAIチャットボットの採用が決まり、開発がスタートした。
「AIの学習データとして既に5000人分の相談者データがあったことは、他県にはなかなか真似のできない利点だったと思います。開発のポイントは、有楽町の窓口のノウハウをいかにAIに反映するかでした。具体的には、AIに学習させるデータをExcelの表にまとめるのですが、相談員の頭にあるノウハウを出してもらって、Excelの表に落とし込むのに非常に苦労しました」(山田氏)
担当した日本アイ・ビー・エム グローバル・ビジネス・サービス事業本部 官公庁サービス Watson Solution アーキテクト 山本 久好氏も、当初はどうまとめるべきか、まったく見当が付かなかったという。そこで、有楽町の相談窓口に出向き、山本氏自身が相談者となって、どのような会話が行われているのかを確認した。
「その結果、窓口での会話に実は“プロトコル”があることが分かってきました。『なぜ広島なんですか?』から始まる会話には、ある流れがあることが分かったのです。また、相談者の移住検討の熟度によって、相談員が答えを出し分けていることも分かりました。この試行錯誤に約1年を要し、ようやく、AIに読み込ませる学習データを準備することができました」(山本氏)
こうして、相談者の発話の意図を理解し、取り込んだ有楽町の窓口のノウハウをベースに対話を行うIBM Watson Assistantと、大量文書から的確な情報を検索するIBM Watson Discoveryを組み合わせたエンジンをIBM Cloud上に構築。移住ポータルサイト「HIROBIRO.ひろしま」とも情報連携するようにし、ユーザーインターフェースにLINEを活用したAIチャットボット「あびぃちゃん」が完成。2019年11月から試験運用を開始して成果検証による機能拡充を行い、翌2020年の10月13日、本番運用を迎えたのである。
相談者の頭を整理し、移住の検討熟度によって情報を出し分ける「あびぃちゃん」
「あびぃちゃん」のユーザーインターフェースには、LINEが利用されている。このため、利用するにはスマートフォン等のLINEアプリで友達登録する。登録方法は、Webサイト等に表示されているQRコードをLINEで読み取るだけだ。その具体的な使い方について、広島県 地域政策局 地域力創造課 ひろしま暮らし創造グループ 主任 前田 智子氏は、次のように説明する。
「登録いただくと、最初にアンケートへの回答をお願いしています。それによって、その方の希望に添ったきめ細かい情報を提供できるようになります。もちろん、アンケートに回答しなくても利用可能です」(前田氏)
「あびぃちゃん」には、有楽町の窓口のノウハウが詰まっている。その1つが、相談者の頭を整理する仕組みが組み込まれていることだ。
「こういう人が、こういう質問をして、それに対してこう回答すると、次はこういう質問が返ってくる……といった経験則をもとに、会話を通じて自然に頭を整理できる仕組みを組み込んでいます」(前田氏)
さらに、情報の出し分け機能が充実しているのもポイントだ。登録時のアンケート結果と自由入力欄の内容をもとに相談者のペルソナを把握し、それによって提供する情報を変えることで、「あびぃちゃん」が自分のことをわかっていると感じてもらうのが狙いだ。
日本アイ・ビー・エム 東京ソフトウェア開発研究所 Data Science & AI Services プロジェクトマネージャー 清木 進氏は次のように語る。
「たとえば、相談者が広島カープのファンであれば、カープが大好きで広島に移住した先輩移住者の情報などを提供しています。キーワードで検索しなくても、はじめのアンケートやプロファイル、利用中の会話の中で何気なく表現されたことをマッチングさせて、ネットでは検索できない情報を提供しているのも『あびぃちゃん』の特長です」(清木氏)
利用者の評価も上々だ。実際に移住を決めた人に「あびぃちゃん」が役に立ったかを聞いたところ、半数以上から「ネットでは検索できない情報があった」「新しい気づきが得られた」という回答があった。また、窓口が開いていない夜間に利用されているのも成果の1つだ。
「有楽町の窓口が開いているのは、10時~18時です。一方、『あびぃちゃん』の利用は、それ以外の時間帯が80%を占めています。通勤時間帯や夜間などに『地方はどうなのか』『広島はどんなところなのか』……といった思いで『あびぃちゃん』が利用されているのだと思います」(前田氏)
地方は新しい価値観を持つ人々の“自己実現”の場として再定義される
もちろん、「あびぃちゃん」を活用したからといって、移住者がすぐに増えるわけではない。移住は人生の重大イベントだ。だからこそ、さまざまな側面からの腰を据えた多面的な支援が重要になる。
その中で「あびぃちゃん」の役割は、移住を検討している人の相談相手となって情報を提供し、その気持ちに寄り添うことだ。移住を決めた人の反応を見ると、まずは順調なデビューを果たせたといえるだろう。
山田氏は「あびぃちゃん」の今後について、次のように述べる。
「今後も、漠然としていた考えがまとまったときや、移住者の事例を探したいとき、あるいは移住が決まって家探しを始めるときなど、そのときどきで活用していただければと思います。我々も、さらに機能を充実させて、移住を考えている皆さんの気持ちにさらに寄り添えるよう改善していきたいと思います」(山田氏)
今後は前田氏を中心に自分たちでノウハウを追加して「あびぃちゃん」を育てていくことができる。また、データ分析環境であるIBM Watson Studioを使ってユーザーの利用状況を分析し、さらなる改善を目指している。
山田氏は、現在の地方が置かれた状況を「農業社会における地域構造の最終局面」と述べ、地方の価値を再定義する必要があると説明する。そのキーワードが「自己実現」だ。
「農業社会では、土地があればどこでもほぼ同じ生産が可能でした。このため、人口がほぼ均一に分布していたのです。しかし、明治以降の近代化で人口の都市集中が起き、あと5年~10年で地域によってはさらに厳しい状況も考えられます。だからこそ地方は、かつての人口を取り戻そうとするだけではなく、新しい時代の新しい地域構造を構築することが必要であり、暮らし方や働き方に新しい価値観を持つ人々の自己実現の場になっていけばと思います。我々は、その支援をしていきたいと考えています」(山田氏)
「あびぃちゃん」が支援するのも、こうした新しい価値観を持つ人々だ。人間の代わりにただ情報を提供するだけのAIチャットボットでは、その役割を担うのは難しいだろう。広島県とIBMが作り上げた“人の気持ちに寄り添う”AIチャットボットが、この新しい価値観にどれだけ寄り添えるのか。自治体DXの先行事例として、広島県の取り組みにぜひ注目したい。
本記事は、「ビジネス+IT」の2021/02/17 掲載記事からの転載です。
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参考資料
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