IBM Consulting
公益業界で起きているデータサイエンスによる経営のパラダイムシフト
2021年09月13日
カテゴリー IBM Consulting
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礒野 慎治
日本アイ・ビー・エム株式会社
グローバル・ビジネス・サービス事業
公益サービス事業部
公益デジタル変革ソリューション部 部長
データサイエンティストという職種の人気が、近年、非常に高まっている。IBMでも専門のチームを有しているが、人材採用でも、他社との競争が激しくなってきているとも聞く。
電力、ガスを始めとした公益業界も同様で、データサイエンティスト人材の育成、社員の意識変革、AIを始めとする高度なデータ分析技術、ビッグデータ時代におけるデータ分析基盤の構築など、有り難いことに、データサイエンスに関する非常に多岐にわたるご相談を、頻繁に頂くようになってきた。
しかしながら、もともと、公益業界は、データ分析が進んでいた業界である。例えば、日本の火力発電所の発電効率は世界トップクラスであり、それはデータ分析を基にした高度な制御・運用技術の賜であるし、世界的にも停電が極めて少ない国として、刻一刻と変化する需給バランスへの的確な対応に対して、膨大なデータを基にした分析技術が寄与していることは言うまでもない。
では、なぜ近年データサイエンスの需要が、公益業界にて急激に高まってきているのだろうか。
もちろん、IoTやクラウドを始めとして、データを収集・分析するコストが近年劇的に低減している点や、AI関連ツールの進化等により、深い統計的知識がなくとも、その分析結果を享受しやすくなったといった技術の高度化などは要因として挙げられる。
ただし、このような「できることが飛躍的に増えた」といった可能性の増大は当然追い風にはなっているものの、それによって、データサイエンス強化が必ずしも「取り組むべき対象」になるわけではない。
公益業界の経営層や、改革推進部署、IT・DX関連部署の方々と議論を重ねていくと、データサイエンス強化を目指す理由の根底にあるのは、経営のパラダイムシフトにある、という狙いが透けて見える。
電力・ガス業界は、過去、様々な危機を乗り越えながらも、社会インフラとして、長年堅守してきたのは、安定供給であり、安全・安心に経済・生活基盤を支えることである。急激な経済発展期においても、供給が滞ること無く、需要増加に応え続けてきたのは、その典型である。
その事業を維持してきたのが、高度な技術を有する現場の技術者、つまり熟練の職人であり、各々が役割をしっかり担うことで事業全体の目標を確実に達成するという細分化された機能別組織であり、国民経済からの要請に確実に応えるという対応力にあった。
これら公益業界が堅持してきた強みともいうべき前提に変革が起きつつあるのが、データサイエンス強化への要請にもつながっているように思われる。
熟練工の問題は典型的であり、高い能力を持つ職人集団が成果を出し続けている状態では、その専門的内容に干渉することはなかった(知識的にもできなかった)、といった領域は少なくない。しかしながら、社員の高齢化による大量退職が迫っており、今後も職人が業務を担い続けられない状況に陥りつつある今、職人でなくとも業務を遂行できる体制が早急に求められるようになってきた。
また、人口減が進む中、今後10年先を見据えると、2〜3割程度少ない人員で、社会インフラを支えられる体制検討も始まっている。そうなると、現行の組織の範囲内でしか業務を担当できない、となると早晩、限界を向かえる。従って、既存の組織割にとらわれない業務分担の再定義なども必要となってきており、それは多能工化などの検討にもつながっている。
この双方に共通する問題解決の方向性が、業務の「客観性」の強化である。専門的な知識・スキル・経験を有する個人による属人的判断で業務がなされてしまうと、他者がその業務を代替することは極めて難しい。だからといって、これを標準化というプロセスに落としてしまうと、今までの高い技術力が失われかねない。
そこから、職人が勘と経験で、直感的に判断しているようにみえる事象に対して、どのような情報を基に、どのような思考で判断に至っているのかを、データ分析の独自の観点から迫り、代替することができないかといった業務の客観性が求められているのである。機械学習を始めとしたAI(人工知能)の浸透が、それを加速させている側面もある。
また最近は、職人の高度な判断が求められる領域だけに留まらなくなってきた。なぜなら、過去の経験上、最適と思われていた業務の流れ・判断が、膨大なデータを基に分析したところ、今までは気づかなかった改善余地を抽出できた、というケースもあるからだ。DXに関連する各種ソリューションの活用によって、当初の組織分担を前提としたあるべき業務の姿自体が変わりつつある点も影響している。
このように、データを基に業務を把握し、判断の過程・理由を理解できる、という業務の客観性を高め、次世代に向けた体制に移行していくために、データを収集・分析する高い能力、つまりデータサイエンス力が求められているのである。
これに加えて、エネルギーニーズへの受動的対応だけではなく、自ら新たな付加価値を創出し、消費者に提供するといった、積極的にニーズを生み出す・働きかける、といった取り組みへの要請が、データサイエンス力を強化したいというもう一つの理由にもなっている。
自由化されている小売部門では、価格以外での差別化が難しい電気・ガスの供給に対し、付加価値サービスの検討が積極的であるし、規制部門においても、事業者・消費者からの申請に対し、より高い顧客満足度を提供するための取り組みといった観点での検討も始まっている。このような領域は、非常に広範な選択肢から答えを見つける作業であり、また、過去の経験に頼ることができないことから、客観的なデータを基にした判断が必要であり、結果として、そのような意思決定に役立つ情報を提供するためのデータサイエンス力への期待も高まっている。
データサイエンス力強化に向けて、IBMでは専門組織立ち上げ支援、分析力強化支援、データ分析プラットフォームの構築、人材育成プログラム、AIを活用した実証プロジェクト(POC)等、幅広いお手伝いをさせて頂いていることはすでに述べた。これらは全て、非常に意義の高いものではあるが、個別の取り組みを単発的に実施するだけでは効果は限定的であり、それらが統合された戦略的アプローチが求められる、ということを実感している。図に示すとおり、データサイエンス力強化に向けては、三位一体の改革が必要であり、どれか一つでも出遅れると、それが改革に向けて足を引っ張るからだ。
例えば、【手段】から始めるケースは多く存在するが、導入のみで満足してしまうと、それを使いこなせる人材がおらず、宝の持ち腐れとなる。また、人材育成(【能力】)のみを行えたとしても、社内でデータ活用が限定的、分析テーマが見つからない、といった問題も起きうる(そのような状況が続くと、身につけた能力がいずれ錆びてしまう)。そして、重要な点が、客観的データを基に、さまざまな判断を行おうとする文化の醸成である(【経営】)。いくら高度な分析が行えたとしても、過去の経験や直感で重要な経営判断がなされてしまうのであれば、モチベーションが維持できず、この動きは結局失速してしまう。
上記のような観点を踏まえ、IBMでは、いかにこれら能力を螺旋階段上に高めていくか、実践的な取り組みを行っている。
次の機会に、その取組内容や成功の秘訣について述べてみたい。
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