製造
ブロックチェーンが切り拓くコバルトの倫理的な調達
2019年09月05日
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銅コバルト・ベルトでの採掘活動によって引き起こされた「巻き添え被害」の調査に関わってきた、ベルギーのルーヴァン・カトリック大学で毒物学を専門とするBenoit Nemery教授は次のように語りました。
「現地はぐちゃぐちゃで、非常に汚く、明らかに酷く汚染されていました」
Benoit Nemery教授は、2006年以降、鉱山や金属加工企業の周辺に住む人々のコバルト被爆の健康への影響を理解するためにコンゴを毎年訪れています。しかし、2014年にBenoit Nemery教授とコンゴのルブンバシ大学の研究者が訪れたコルウェジは、これまで彼らが見たことがない状況の鉱業地域でした。コルウェジで労働者階級の人々が暮らすカスロ地区の真ん中で、コバルト鉱石(またはヘテロゲン鉱石)が発見されるや否や、すぐに素人の探鉱者や「穴掘り(creuseurs)」と呼ばれる職人鉱夫が、手道具で違法な採掘作業を始めてしまったのです。
「私たちは多くの場所で職人の採掘現場を見てきましたが、カスロで目撃したのは、これまでに見たことがない光景でした。本当に驚くほど悲劇的なことでした。全ての地面が掘り返されたことがわかる写真があります。20メートルの深さの穴があり、あちこちに瓦礫が散乱していました。しかも、子どもたちがその場所で遊んでいたのです。さらに一部の人々は、鉱石を自宅に置いていました」(Benoit Nemery教授)
2014年と2015年の2回にわたり、Benoit Nemery教授たちは、(多くの子供を含む)コバルト労働者とカスロ地区の数十人の住民から生物学的サンプルを採取しました。そして、2018年9月にNature Sustainabilityで発表された結果は、非常に憂慮するべきものでした。検査対象の尿における、コバルトとコバルト採掘で生じる微量金属の濃度はBenoit Nemery教授たちが調査した中で最も高いものだったのです。アメリカ国立労働安全衛生研究所によると、コバルトを曝露したままにすることは、目、皮膚、心臓、肺に害を及ぼし、癌に至る可能性さえあるそうです。
今日も、コンゴは世界最大の鉱産資源国であり、コバルトはリチウムイオン電池の重要な原材料です。そして、リチウムイオン電池は、スマートフォン、ノートパソコン、電気自動車などで幅広く利用されています。モルガン・スタンレーのレポートでは、コバルトの需要は2026年までに8倍になると予想されています。
需要が高いがゆえに、米国金融規制改革法(ドッド・フランク法)が規制対象とする「紛争鉱物」と同様に、違法採掘されたコバルトは反政府組織や武装勢力の資金源となっています。さらに、前述したように、児童労働による搾取の温床となっています。
コバルトを購入する企業の多くは、大規模で安全な産業鉱山から調達しています。ただ、精錬作業を行う際には、様々な産地のものが組み合わされているため、倫理的に正しく生産されたコバルトを用いていることを確実に証明する方法がありません。
IBM のGlobal Business Development Executive であるMax Nelsonは次のように述べました。
「人々は、違法労働を幇助したり、禁じられている児童労働を助長しない製品を使用したいと考えています。そして、企業には、自社製品が倫理的に調達された材料を用いて製造されていることを証明したい、という動機があります」
大半の企業は、責任ある原材料の調達を実践している企業だけから部品を調達するプロセスを構築しています。しかし、前工程とも言うべき、精錬所に到達した部品の原材料の供給源への監査プロセスの構築は困難です。何故ならば、採掘作業が行われているのは数千キロメートル離れた場所であり、しかも、精錬所に到達する前に仲介業者を経由する場合があるため、大規模な産業鉱山における採掘物であるか、職人鉱夫が採掘したものであるかを正確に判別できないからです。
この課題は、鉱物の生産元を明確にするとともに、ブロックチェーンを採用してサプライチェーンを確実に追跡することで解決できます。ブロックチェーンであれば、検証可能であり監査可能な追跡プロセスを明確に作成できるため、経済協力開発機構(OECD)が定める責任ある調達基準(PSCI)を満たすことが可能になるのです。
現在、フォード・モーター・カンパニー、IBM、LG化学、そして、責任ある天然資源の調達実績があるリーダー企業であるRCS Globalで構成されるコンソーシアムは、企業がどの時点においても責任ある調達を行っていることを証明する方法を提供することに取り組んでいます。コンソーシアムは、コバルトのサプライチェーンにおいて、鉱山から最終的な製造業者に至るまで、コバルトが責任をもって生産・取引・処理される方法を実証するためのパイロット・プログラムに取り組んでいます。
Max Nelsonは「このプログラムの特長は、利用するプラットフォームが実現する透明性、信頼性、セキュリティーです」と述べました。
2018年12月に始まったパイロット・プログラムは、RCS Globalの監督の下で、コンゴの産業鉱山を起点とします。そして、コバルトは、採掘された鉱山や精錬所から、韓国にあるLG化学のカソード工場やバッテリー工場を経て、最終的には、アメリカにあるフォードの工場に至るサプライチェーンをたどります。コンゴからアメリカに至るコバルトの動きは、Linux FoundationのHyperledger Fabricを使用しているIBM Blockchain Platform上に、改変不可能な記録が作成されます。この記録は、コンソーシアムの許可を得たネットワーク参加者が、リアルタイムで確認できます。
「IBMには、異なる複数の業界へ協業を促すことができる業界知識とリーダーシップがあります。これが、サプライチェーン全体にわたる企業の参加を実現できた理由です。OEM企業、航空宇宙企業、防衛企業など、サプライチェーンに関係するその他の企業は、現在のパイロット・プログラムが完了した際に、プラットフォームへの参加を推奨されると思います」(Max Nelson)
現在のパイロット・プログラムが対象としているのは、規模が大きい鉱夫のグループまたは大規模な鉱山です。そして、コンソーシアムの構想として、コルウェジでBenoit Nemery教授たちが見たような小規模な採掘を行っている職人鉱夫をプログラムの対象に含めることを、最終的には視野に入れています。
そのような職人鉱夫たちが、国際的に承認された責任要件を満たしている場合、データの価値を適正に評価するデューデリジェンス・データ・プロバイダーとの提携を支援する準備を、コンソーシアムは整えています。最終的には、小規模な採掘を行っている職人鉱夫たちも、ブロックチェーン・ネットワークに参加できるようになるでしょう。
「プログラムの広範な目的は、社会的にポジティブな影響を与えることであり、コバルトを採掘している鉱夫たちが直面している課題の根本的な原因の解決に役立てることです」(Max Nelson)
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*本記事は、Can blockchain pave the way for ethical cobalt?の抄訳に、Consortium-supported Blockchain Applications: Responsible Sourcingの内容の一部を加筆したものです。(Text by : Takumi Kurosawa)
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