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「何度でもやり直せる社会に」あいふろいでグループ代表 吉谷 愛 | PwDA+クロス9

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「日本は一度ドロップアウトした人にとても厳しく、いわば『敗者復活』の機会が残念ながらとても限られています。ただそんな中で、半年程度の準備期間で再チャレンジの機会を手に入れられるのが『IT』です。

私自身、ITに救われた身です。ですから今後も、あらゆるマイノリティーと呼ばれる方たちにチャンスを提供し続けていきたいです。」

——フロイデ株式会社 会長、あいふろいでグループ代表の吉谷 愛氏に、日本アイ・ビー・エムデジタルサービス(IJDS)株式会社 九州DXセンター長の古長 由里子がお話を伺いました。

目次

「この浅野の海も昔は本当に汚くて…。でもご覧のように見事復活したんです。私は仕事に疲れると、この海を見ながら散歩して、気持ちをリセットしています。」と語る吉谷氏(左)。海風が強く2人とも少し髪型がワイルドに。

(写真左) 吉谷 愛(よしたに あい) | フロイデ株式会社 会長。2002年 IT企業「フロイデ株式会社」立ち上げ。2019年 障がい者就労支援施設「株式会社あいふろいで」、IT企業「株式会社フロイデギズモ」立ち上げ。北九州市出身。

(写真右) 古長 由里子(ふるなが ゆりこ) | 日本アイ・ビー・エムデジタルサービス株式会社 執行役員 地域DXセンター事業部 九州DXセンター長 兼 ブランド推進担当。北九州市出身。


 

● 2人の出会いとこれまで

古長: 北九州で活躍している方たちと話していると、必ずと言っていいほど吉谷さんのお名前が出てくるんです。「社会的意義ある仕事をここ北九州から日本中、世界中に届けようとしている人と言えば、それは吉谷さんだ」って。

 

吉谷: とても光栄です。でも、本当はそれじゃダメですよね。もっとこの地で、たくさんの人が社会インパクトを出す取り組みを行っていて、私の名前なんて、ときどき出てくるくらいがちょうどいいですよね。

 

「障がい者1000人をエンジニアに育てる」をうたい、実際に多数のITエンジニアを育成し、IT企業への就職と活躍を実現しているフロイデグループ。

そのフロイデグループを率いる吉谷氏と、古長はどのように出会ったのだろうか。

 

古長: 多くの方からお話を聞き「お会いしてみたいな」と思っていたところ、ある食事会でご一緒できたんです。ただその時は、参加人数も多く、簡単な自己紹介くらいしかできませんでした。

でもその後、IBM九州DXセンターの人事・採用担当者が、就労支援事業所あいふろいでを訪問させていただく機会があり、そこからいろいろとご相談させていただき、頻繁にやり取りさせていただくようになりました。

先日パイロットプログラムとしてスタートした、IJDSの障がい者就労支援の有償インターンシップにもすぐにお力添えをいただけて。本当に感謝しています。

ご紹介いただいた4名の方たちも、しっかり活躍してくれています。

 

吉谷: 私たちの方こそ、あいふろいででITスキルを学んだ元利用者さんたちの就労をサポートいただき、心から感謝しています。

 

● 壮絶な過去とマイノリティー支援への思い

古長: 最近はローカルラジオ出演などでもご一緒させていただいたり、今年7月、北九州芸術劇場で開催した「IBM AI Firstフォーラム2024」ではパネル・ディスカッションにご登壇いただいたりと、さまざまな形で吉谷さんとはコラボレーションをさせていただいていますが、改めてお伺いさせてください。

吉谷さんが障がい者就労支援・育成支援にここまで熱心に精力を注ぐようになったのは、どうしてなのでしょうか。

IBM九州DXセンター新オフィスと「AI Firstフォーラム」

 

吉谷: 私の個人的な体験と深く結びついています。

結婚退職が一般的だった時代に、家庭願望が強かった私は結婚後すぐに退職しました。でもその後すぐ、プログラマーだった夫が仕事のストレスから過敏性大腸炎を発症し、退職せざるを得なくなってしまったんです。新婚3週間で夫婦2人とも無職になってしまいました。

 

「私が稼ぐしかない」と必死に職探しをしたものの、これといった経験もない専業主婦の私が就ける仕事といったら、夜の仕事かヘビーな介護の現場しかなくて…。なんだかすごく悔しくて、「世の中おかしい!」と憤ったあの感覚を、今も覚えています。

でも現実には、どんなに怒ったところで、支払期限ひと月後の40万円の請求が迫っていました。貯金もなかった私たち夫婦は、ここで一念発起し、「家でならプログラミングできる」夫の力と私の必死の営業で、プログラミングの仕事を業務委託で受注したんです。そしてひと月後、私たちは無事50万円を手にすることができました。

振り返ってみれば、あれが私にとって人生で初めて「自分で人生を切り拓いた瞬間」だったなと思いますね。

 

古長: とても壮絶なストーリーで、聞き入ってしまいます。

 

吉谷: その後、私もプログラミングを本格的に学び、夫婦で教え合いながら受託業務を広げていきました。そして人を雇って業務の中でプログラミングを教える機会も増えてくる中で、プログラミングのスキルは夫の方が高いけれど、人に教えるのは私の方が上手いことがわかってきました。そして私自身、そこに喜びや楽しさ、やりがいを見出していったんです。

また一方で、かつての自分自身の体験から、世の中には十分な選択肢を与えられない人がたくさんいることはわかっていました。

でも、プログラマーやITエンジニアには、障害の有無、学歴、経歴、年齢、国籍、性別などは関係ありません。いいプログラムや作品を作れば、それで評価してもらえる。そういうとてもフェアな仕事です。さらに、頑張って勉強すれば、わずか半年間で立派な戦力になれる。「ITは、敗者復活の機会を与えてくれるもの」だと実感したんです。

 

古長: 障害の有無、人種、性別などを問わない姿勢は私たちIBMグループも同じです。強く共感します。

 

日本アイ・ビー・エムグループには、障がいの有無に関わらず、誰もが自分らしく活躍できる会社の実現を目指し、障がいのある社員とアライ社員(当事者を支援する社員)がともに活動する社内コミュニティー「PwDA+」があり、積極的に活動しています(「PwDA+」は「People with Diverse Abilities Plus Ally(多様な能力を持つ人たちとアライ)」の意)。

 

あいふろいでオフィスで語り合う2人

吉谷:  その後も夫の脳梗塞や後遺症をはじめ多くの紆余曲折があり、数年前、自分の本当にやりたいこと、私にしかできないことを見つめ直しました。そして経営や組織運営よりも、エンジニア育成にもっと注力したいと思っている自分自身を再認識したんです。

そこで、最初に起業した「フロイデ株式会社」では代表の座から降り、外部から経営者を招聘して任せることとしました。

 

古長: とても大きな決断ですよね。覚悟を感じます。

 

吉谷: たしかにいろいろと考えましたね。でも、繰り返しになりますが、私は何度でも挑戦でき、失敗してもやり直せる社会が必要だと強く思うんです。私自身がADHD(注意欠如・多動症)の当事者でもありますし、うつや双極性障がい、発達障がいなどの理由で、「今、働きづらさを感じられている方たち」を応援したいんです。

そんなわけで、就労移行支援事業所の「移行ふろいで」、就労継続支援A型事業所の「えーふろいで」、就労継続支援B型事業所の「びーふろいで」から成る「株式会社あいふろいで」と、ウェブ開発・運用保守を中心に事業展開するIT起業「株式会社フロイデギズモ」を中核としたあいふろいでグループに注力することとしました。

 

● 受け入れ、伝え、ぶつかり合い、作っていく

古長: 感銘を受けました。そして微力ではありますが、今後も少しでもご協力させていただきたいです。

今日は先ほど、複数の就労支援事業所を見学させていただきました。利用者の方たちも、作業を見守る指導員の方たちも、真剣に仕事をしながらも穏やかな雰囲気をまとわれていて、「とても良い『気』が流れているな」と感じました。

でも実際は、そうした特性をお持ちの方たちを応援し、学ばせ、エンジニアへと育成することは簡単ではないですよね。私の知らないたくさんのご苦労があることと思いますが、どうやってああいう関係性や、包摂的な空気感を作り上げていらっしゃるのですか?

 

吉谷: 確かに簡単ではないですし、今も試行錯誤の繰り返しというのが実態ですよ。

でも大切なのは、「まず受け入れて、こちらの意図をしっかりと伝えて、摩擦が起きる部分をしっかりぶつけ合ってお互いに調整していく。そしてそうした姿を周囲にも見せていくこと。」——こうして言葉にするとシンプルですが、それをちゃんとやり切るコミュニケーションが大事なんだと思いますね。

そして「まず受け入れる」というのは、相手のことだけではありません。自分自身の価値観を理解して受け入れることも、同じかそれ以上に大切です。

もう一つ、これは私自身の若い頃の経験から強く思うのですが、仕事は全体像を掴んで行えるかどうかが非常に重要だと思います。

 

古長: こちらもとても共感します。仕事の全体感が掴めないまま、切り出された部分だけをやらされていると、なぜそれをやっているのか、やらなきゃいけないのかがわからないままなんですよね。

 

吉谷: おっしゃる通りです。ですから、先ほどご覧いただいたように、私たちの現場では「ECサイトの作成」「そこで販売している商品の在庫管理システムの構築」「実際に送付する商品の作成やパッケージング」をそれぞれの就労支援施設に分解して行いつつ、利用者のみんなには全体を見て理解した上で行ってもらっています。

なぜやるのかがわかると、それをより良くやる方法も考えていけるようになります。意欲や創意工夫は、全体がわからないと生まれてきづらいものですよね。

就労支援施設内の様子

 

 

● 自己責任と叩くのではなく、立ち上がるのを手伝う社会に

古長: 「企業活動の場所としての北九州」について少し伺いたいのですが、IBMグループが北九州にDXセンターを構えておよそ2年が経ちました。どのような印象ですか?

 

吉谷: 私自身は最初から歓迎していましたが、「すぐにいなくなってしまうんじゃないのか?」という懐疑的な見方をしていた経営者も多かった気がします。実際これまで、東京や大阪から北九州に進出してきても、1年足らずで撤退していく企業が少なからずあったので無理もないのかもしれませんが。

IBMさんの場合は、地元メディアでも頻繁に取り上げられていますが、大型事業所を次々と拡大していてすごいですよね。

障がいがある方たちというのは、周囲の支援や経済基盤などの問題から、自宅や実家に住んでいる方や住み続けたいという方も多く、「地元で働きたい」という希望をお持ちの方たちの受け入れ口を増やしてくれていて、大変ありがたいです。

 

古長: 東京から進出してきた企業の話がありましたが、東京と比べると北九州のビジネス・パーソンたちは、障害特性をお持ちの方に対して「愛が深いのではないか」という印象が個人的にはあります。

言葉や態度はぶっきらぼうなところもあるし、DEI(Diversity, Equity & Inclusion: 多様性・公平性・包括性)に関する知識は少ないかもしれないけれど、それを補って余りある包摂力の高さがあるというか。

 

吉谷: はい。古長さんの言わんとするところ、よく分かります。

大都市の大企業は、障がい者雇用に関しても分業化が進んでいて、「自分には関係ない」と向き合わなくても済む人が社内にも多いのではないでしょうか。あるいは、就労定着支援会社に任せっきり、とか。要するに「ビジネス化」が進んでしまっているんだと思います。

それ自体は仕方のない部分もあるのかもしれません。でも、それは本質的な社会の変容にはつながりづらいことだと思います。マクロで見るのではなく、もっと、一人ひとりに向き合ってもらえれば…と、そこは強く思いますね。

 

古長: お聞きしたいことはまだまだたくさんあるのですが、最後に、吉谷さんの今後について、今お考えのことや、これからやろうとしていることを改めて教えてください。

 

吉谷: これからも変わりません。

今、北九州市立大学様からお話をいただき、「everiGo」という半年間でIT就職が目指せる職業訓練プログラムのお手伝いをさせていただいています。また、JICAさんの元子ども兵社会復帰プロジェクトにも関わらせていただいています。今後もそういう機会に加われるチャンスがあれば、どんどん関わっていきたいです。

そしてこれまで同様、障害、貧困、国籍、シングルマザーなど、日本はもちろん海外でも、あらゆるマイノリティーの方たちに、人生を切り開いていくためのITというツールでチャンスを提供し続けていきたいです。

人生で脇道に逸れてしまった人や、思わぬ落とし穴にはまってしまった人を「自己責任」という言葉で叩く社会ではなく、みんなで立ち上がるのを手伝う社会にしたいですから。

 


PwDAコミュニティー+との共創活動にご興味をお持ちの方は、ぜひこちらまでご連絡ください。

 

TEXT 八木橋パチ

 

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