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キー・パートナーに訊く | 江澤美保(株式会社クレスコ)

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株式会社クレスコのAIサービスエバンジェリストであり、IBM Championとして長年活動されている江澤 美保氏に、日本IBM データ&AIテクニカルスペシャリストの瀬川喜臣が訊きます。

写真左 | 江澤 美保(えざわ みほ) | 株式会社クレスコ AIサービスエバンジェリスト
2009年クレスコ入社。2015年よりIBM Watsonに携わり、経営層へのAI導入提案を多く経験。現在はAIコンサルタント・エンジニアとして企業のAI導入支援を手掛ける。日本ソフトウェア科学会 機械学習工学研究会 組織運営委員、IBM Champion(公認社外エバンジェリスト)2019-2023。 共著書に「現場で使える! Python自然言語処理入門」「現場で使える!Watson開発入門 」(いずれも翔泳社)

写真右 | 瀬川 喜臣(せがわ よしおみ) | 日本IBM株式会社 データ&AIテクニカルスペシャリスト
2001年日本IBM株式会社入社。データ専門家としてデータ収集、整理、分析方法や、AI主導型ビジネスの基盤構築を支援。

瀬川: 最初に、江澤さんとの出会いについてまず少々語らせてください。

あれは2015年だったと思うのですが、ある大手製造業様の案件に、江澤さんがクレスコの営業担当として、私はIBMの技術担当として参加していました。

その1年ほど後、とあるイベントでIBM Watsonについて講演をする機会があり、そこで「講演後も質問を受け付けます」とお話しさせていただいたところ、会場で最後まで熱心にご質問をいただいたのが江澤さんだったんです。

「私、エンジニアに鞍替えしました」と語り、学びに積極的なその姿がとても印象的でした。

 

江澤: そうでしたね。先日のIT技術者/開発者向けのビッグイベント「IBM TechXchange Conferrence」でご一緒させていただいたセッションまで、あれからもう10年弱経ってるんですね。いつもサポートいただきありがとうございます。

 

江澤: あの頃から、IBMさんは技術者コミュニティーを活発化されていましたよね。

私も、「水曜ワトソンカフェ」といういまも続くIBM Watsonの技術者コミュニティー・イベントの第1回に参加したんです。それ以来、参加頻度や関わりに濃淡はありますが、Watson関連のコミュニティーでずっと活動しています。

 

瀬川: 10月のIBM TechXchangeでも『伝説の水曜ワトソンカフェ 第2章』と題し、江澤さんを中心としたメンバーで当時から現在までをパネル形式で振り返るセッションをやっていただきましたね。すごくおもしろい話やためになる話が満載でした。

江澤さんにはさらに、話題の生成AIとwatsonxについてユーザー視点からご紹介いただくセッションにもご登壇いただきました。

 

江澤: 実はTechXchangeではもう一本、IBM Championについてのセッションにも登壇させていただいたんです。

 

瀬川: 3つもですか! IBMがどれだけ重要な役割を江澤さんに担っていただいているのかがよくわかりますね。

そしてさらに、日本だけではなく、アメリカ・ラスベガスで行われたTechXchangeでもご講演いただいたんですよね。どんな様子だったのか、少しご紹介いただけますか。

 

江澤: はい。ラスベガスでは九州旅客鉄道様の安全運行の取り組み事例を紹介させていただきました。内容は、現場の社員が体験した安全に関する声、いわゆる「ヒヤリハット」報告を大量に集めて、旅客業にとって最も重要な安全運行にしっかり活かそうという取り組みについてです。

積極的に声を集めれば集めるほど安全性は向上しますが、同時に分析作業も増加していきます。そして分析作業に際限なく人員を動員することは不可能です。テクノロジーを有効活用して効率化できないかと九州旅客鉄道様にご相談いただき、取り組みがスタートしました。

結果は、「Watsonがなければもう無理」とお客様に言っていただけるほどの大きな効果を生みだすことができたんです。

 

瀬川: それは素晴らしいですね。ただ、アメリカの参加者の方がたは日本語と英語の分析に用いる言語の違いなどを気にされませんでしたか?

 

江澤: 言語については特に心配される方はいないようでした。「業務効率化66%」という数字のインパクトが大きかったせいかもしれませんね。

また、セッションでは話さなかったのですが、コストも相当低く抑えることができたんです。その点も「Watsonなしでの業務は想像できない」というお客様のコメントや満足度にはつながっていると思っていまして、ラスベガスでの好印象にも影響しているんじゃないかと考えています。

ラスベガスでの講演やブースでの活動の様子

瀬川: 先ほど日本のTechXchangeでのパネル形式でのセッションの話が出ましたが、私はセッション・モデレーターをやりながら、江澤さんのサクセスストーリーにすごく感銘を受けたんです。

 

江澤: サクセスストーリーなんて、そんなだいそれた話しじゃないですよ。

 

瀬川: いや、あれほどのサクセスストーリーはそうそうないですよ。

コミュニティーでの活動を通じて、江澤さん個人だけではなく所属企業のクレスコの存在も認知・評価されていき、会社もそれに応えて、社員のコミュニティーや社外での活動を推奨するようになっていった。そして若手や中堅社員にも良い影響を与えているという。

 

江澤: ありがとうございます。実は今年、「CAS」(キャス: CRESCO A STARSの略)という新たな社内制度もスタートしたんです。

これまで、会社は社外での活動は特に積極的でも消極的でもなかったんですが、私を含めた社員のテクノロジー・コミュニティーなどでの活動が、お客様とのビジネスの場でもよく話題に昇るようになったんです。「ああ、あの江澤さんが活動されているあれですね!」みたいに。

クレスコは中期経営計画で「最高の技術でクレスコを代表する輝く社員」を増やすという目標を掲げているんです。そういう背景や会社としてのブランディング効果も踏まえ、現在は7名の社員がCASに認定されています。

 

瀬川: やっぱりすごいです。自分から会社に持ちかけたわけでもなく、会社が「制度を作りたい」と思うところまで積み重ねていった熱量と行動力。そして今や「Watsonと言えば江澤さん」という状況にまで進んだのですから。

改めて感服します。

 

江澤: 瀬川さんにそんなふうに言ってもらえるなんて…感無量です。

 

瀬川: ところで、CASは現在7名ということですが、今後さらに増えていく予定ですか?

 

江澤: そうですね。何年後かには正式なCASメンバーとなって貰いたいと思っている若手には声をかけて支援しています。

ただ、コミュニティーやアカデミアでの活動を「仕事と両立できるのか?」と不安に思う社員も多そうです。

 

瀬川: たしかに、両立が難しいタイミングもときにはあるかもしれませんね。ただ私自身、本やブログの執筆など外部への情報発信について感じているのは「一番難しいのは取り組む前じゃないか」ということです。もちろん毎回そうとも限りませんが、「やってみると、思っていたよりはできるもの」と感じる方がきっと多いんじゃないかと思いますね。

そしてこうしたクレスコさんの素晴らしい取り組みをもっと応援する意味からも、IBMももっと、社外の方がたを支援していかないといけないと感じています。

TechXchangeでもお話しいただきましたが、IBM Championという制度について、長年Championとして活動されている江澤さんから、それがどんなものかをご説明いただけますか?

 

江澤: もちろんです。

IBM Championは、技術コミュニティーへの貢献を認められた、世界中に広がる IBM社外のエキスパート集団であり、それ自体がコミュニティーでもあります。技術コミュニティーへの貢献を証明するいくつかの条件をクリアした上で申請を行ない、IBMが審査の上認定します。

参考 | IBM Champions program

IBM Championとなることのメリットは本当に大きく、さまざまな特典があるのですが、私としては、多様な人たちとのつながりが生まれることと、その楽しさを一番に挙げたいですね。

TechXchangeのセッションでは私を含め4人のIBM Championで対話したんですが、そこでもすごく盛り上がったのは「本当に変人の集まりだよね」ってことでした。よい意味で、既存の枠にとらわれない発想を持ち、それを実践していく人たちが揃っているので、すごく刺激を受けますし、Championたちはみんな「会社を超えたつながり」を拡げていき、技術コミュニティーをより楽しくよりよい場所にしていこうって意識が強いんです。

 

瀬川: まさにおっしゃる通りですね。技術の可能性を拡げていこうという意識が、技術に裏打ちされているところにすごさを感じます。

そして「変人の集まり」ってところにも(笑)。江澤さんも…?

 

江澤: いえいえ。私はいたって普通のエンジニアですよ。ただ、私の特徴というか「軸」は、「身近な課題解決にテクノロジーを用いる」というアプローチかと思います。

たとえば、ホルモン焼きの美味しい焼け具合とか、バレエの演目であるとか、そうしたものを画像認識で判別していくとか。そういう、ビジネスではなかなか出てこないアプローチにAIを用いたりしていますね。

 

瀬川: ホルモン焼きのAI画像判別は有名なエピソードですよね。私は「ホルモン」と聞くと江澤さんの姿が頭に浮かぶようになってしまいました(笑)。

 

江澤: バレエって、同じ衣装だけど全然違う演目とか、同じ踊りだけど違う演目だとか、写真を見てもそれがどの演目のどんな場面かを判別するのが難しいんです。

じゃあ画像データをたくさん集めれば、AIで高精度の判定ができるようになるかというと、そんなに簡単な話でもなく、そこにはやっぱりコツみたいなものがあるんです。

区別をつけられない人がデータを集めても、区別をつけられないAIモデルができてしまうんです。つまり、誰がAI学習用のデータを集めるかが、非常に重要なポイントなんですね。

 

瀬川: バレエにそういう面があることは知りませんでしたが、AI学習モデルのためのデータ収集についてはよくわかります。その通りですね。

 

江澤: 素人にはわかりにくい微妙な違いが表れている画像データを集めるのがポイントとなるわけですが、実は我が家では娘がバレエをやっているので、専門家である娘に写真データ収集をお願いしました。

こうして自分の課題意識と娘の興味をつなげることで、「これは眠れる森の美女だよ」なんて会話も弾んで、Watsonには娘との距離を縮めることにも一役買ってもらいました。

 

瀬川: Watsonは家庭円満にも役立つんですね(笑)。

冗談はさておき、画像AIに取り組もうという方には、非常に示唆のあるデータ収集の話ですね。

 

江澤: 私自身、業務現場で「データは大切。データは大切!」と口を酸っぱくしてお客様に言い続けてきたのに、いざ自分でデータを揃えようとするとこうした落とし穴があるということを、身をもって知るよい機会でした。

「データは揃っているということですが、実際にそれが判別学習に利用できるデータかどうかを、改めてちゃんと確認したほうがいいですよ」って、これまで以上に実感を持ってお客様に伝えられるようになりしたね。こうした経験もIBM Champion活動が提供してくれたとも言えます。

 

瀬川: なるほど。ぜひ多くの技術者の方に、IBM Championを目指してもらいたいですね。

とは言え、一気にチャンピオンを目指すのはなかなか難しいですし、申請タイミングも年に1度と限られています。

そんな中、Championへの道のりを支援する「IBM Rising Champion Advocacy」というプログラムも先日スタートしたので、ぜひそちらもご検討いただきたいですね。こちらは申請時期が限定されておらず、通年でご応募いただけますし。

 

瀬川: 江澤さんが考える、今後のAIの展望について教えてください。

 

江澤: 生成AIの進化は本当にすごいですよね。先日開催されたユーオス関西フェア2023でも講演の機会をいただき、「生成AIとの共創ーChatGPTとシステム開発の未来」というタイトルでお話しさせていただきました。

私はAIを「スマホのようなもの」と感じています。なんでも簡単にできて、便利で自分にとってちょうどいいからです。自分の仕事を効率化するには手放せません。ないと仕事にならないですね。

 

瀬川: 私も同意します。個人としては、たとえばこれまでだったら1日近くかけていた講演タイトルや概要文の作成に生成AIを用いてドラフトを作ることで、ものの数分で終わるようになりました。「この手軽さは手放せない」というところもあるし、自分だけでは見落としがちな部分を的確に指摘してくれる「頼れる仲間」みたいな部分もありますよね。

ただ、「これでビジネスやサービスを作る」というところになってくると、また違う話になってくると感じています。「AIを使う」が目的化していることが多いですよね。

使う人にとって何がいいのか、どんな価値を与えられるのかをちゃんと考えていかないといけないのに。その辺りはどうお考えですか?

 

江澤: 「生成AIを使ってビジネスやサービスを作りたい」という話は私も非常によくいただくので、瀬川さんの言わんとするところはよくわかります。目的と手段が入れ替わってしまいがちですよね。ビジネスの本来の目的から考えて見ていくと、「そこに生成AIを使う意味があるんでしょうか?」というものになってしまいがちで。

私は、仕事においては、「特定業務におけるAI」にチャレンジしていきたいですね。業界を問わず、専門分野になればなるほど難しくわかりにくくなっていくものです。でも、そういう分野こそ、人手不足をはじめ企業が本当に困っている問題の多いところなので。

 

瀬川: 最後に、IBMへのリクエストや叱咤激励をいただけますか。

 

江澤:  IBMさんからは情報提供をすごく丁寧にしていただいて、非常に助かっています。そうした手厚いサポートを、私たちは十分に活かしきれているだろうかと自問自答して、少し申し訳ない気持ちになることもあります。

他方で、とりわけAI関連について、IBMさんはお客様にその機能や魅力を十分伝えきれていないのではないかと思うことも少なからずあります。これは最近実際にあったことですが、同僚が他社さんのAIの新機能について「ついにこんな新機能が搭載されました」と、興奮気味に話していたんです。それでどんな機能か聞いてみたら、もう数年前にIBM Watsonに搭載済みで、もっと幅広く活用できる形で提供されているものだったんです。

こういうことは結構ある気がしています。

 

瀬川: 耳が痛い話です。…私たちIBM社内の技術者は、ついつい新しい機能や新製品に意識が向いてしまいがちで、従来の機能をきちんと伝えることがおざなりになってしまう部分がたしかにあると思います。お客様やパートナー様のビジネス環境においてはその機能が必要となったタイミングこそが重要ですもんね。

製品やサービスを長く取り扱っているうちに、感覚が麻痺してしまっているところがあるのだと思います。反省します。

 

江澤: でも、IBMの技術者の方たちってとても情熱を持って取り組んでいらっしゃる方が多いし、業界全体の方向性を考えて、テクノロジーだけじゃなく、より包括的に物事を見たり、社会的な意味合いを考えて行動されていますよね。

私自身、それを知っているからこそ、「未来までしっかり目を向けるのなら、IBMを選んだ方が間違いないですよ」と、自信を持ってお客様にお伝えしています。

 

瀬川: そう言ってもらえてとても嬉しいです。IBMの技術者自身が、自らの取り組みを通じてノウハウや勘所をしっかり捉え、それを伝えていかなければならないと考えています。

製品やサービスだけで見るのではなく、それをより良く活用していただくためのサポート。そこに「人」が大きく関与してくると思っているので。

江澤さん、今日は本当にありがとうございました。引き続きよろしくお願いします。

(対談日 2023年12月)

 


TEXT 八木橋パチ

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