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アイデアミキサー・インタビュー | 西村勇哉(特定非営利活動法人ミラツク 代表理事)後編

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僕の人生の残りのまだ自由になるところ、全部賭けていい。

 

インタビュー前編では未来と希望、地球や組織について概念的な話を中心に西村さんにお話いただきました。

後編ではより具体的な現在の活動内容についてお伺いしていきます(前編はこちら)。

もくじ

(インタビュアー 八木橋パチ)

 

ミラツクは現在(2022年10月28日まで)、定期的に書籍を生み出す出版局「ミラツク出版」の立ち上げに向かい、目標金額550万円のクラウド・ファンディング(クラファン)を実施しています。

私もミラツク出版のスタートに何らかの形で関わりたいし、いち早く返礼品である書籍第一弾『反集中(ANTI – FOCUS)』も手にしたいということで、支援者の一人となりました。

でも、ミラツクならクラファンでお金を集めなくても、出版事業を始められそうな気もするのです。

 

―― なぜクラファンを?

西村: この2年は株式会社エッセンスの立ち上げなどにかなりお金をかなり使ったこともあり、純粋に制作費が足りなくなってしまったというのももちろんあります。

実は今回出版する『反集中(ANTI – FOCUS)』の制作プロジェクトは、もうかなり前から進めていたんです。ただ、実際にどのくらい刷るかといった量については、最後の最後で調整が効きます。印刷しなければお金はそんなにかからないですから。

そうやって進めていったところ、こう言ってはなんだけれども、思いの外すごくいいものができてきたんです。そうなると「ここまで良いものができたのだから、ちゃんと最後までやりきっていいものにしたい。99じゃなくて100にしたい」と思った。

99から100までの最後の「1」がどれだけ大変か、ミラツクは以前に本(MIRATUKU FORUM ARCHIVES 2016-2019 | ミラツクが500人と考えた未来のこと—つながる知と知の響き合い—を制作した経験があるので、その苦労はよく知っています。それでもやりきりたいと強く思ったんです。だって「やる」と決めて約束するということは、既にある未来の可能性を実現するということだから。それならちゃんとより良い未来にしたい。

 

 —— 100までやりきった先にある未来を実現したい。

西村: そうです。そして「100までやりきって本を出すとはどういうことか?」というのを真剣に考えているうちに、それは「本屋に行ったら本が置かれていた」ではないだろうという話になりました。それは違うよねって。

まず本が作られている過程が共有されて、こういうものが世に出るんだという認識が先にあり、それから本屋に置かれているという順番だよねとなりました。それで、その順番にするためにはクラファンがすごくいいなとなったんです。未来が自分たちの行動を変えてきたんです。

そしてクラファンを始めることを決めたことで、今度は本の作り方が変わってきているんです。「先にお金も頂いているし、普通の本よりももっと費用をかけてもいいじゃないか。製作費の心配もないのであれば、さらにいいものにしていこうよ」と。

今、ものづくりにものすごく力が入ってきています。すごく原価の高い本になりそうです。クラファン支援者向けの特別装丁などいろんな仕掛けを考えているので、届くのを楽しみにしていてください。

 

「西村さんといえばミラツク。ミラツクといえば西村さん。」私の中ではそれくらい西村さんとミラツクは一体化したものでした。

ですから昨年、西村さんが株式会社エッセンスを立ち上げたと聞いたときは「なぜミラツクとして行うのではなく、別法人とするのだろう…?」と思ったのです。

 

 —— 株式会社エッセンスを立ち上げたのはなぜ? アメーバ的に柔軟にその姿を変えられるミラツクならば、その中でもできそうですが?

西村: そうですね。できるかできないかで言えばできなくはないです。とは言え、やっぱりやろうとしていることがかなり違うので難しい。アイデンティティが違いますから。

エッセンスとミラツクを対比させると分かりやすいと思いますが、ミラツクは組織作りをしていて、エッセンスはプロダクト開発をしています。エッセンスには実現させたい未来の形があって、明確に「これを作るんだ!」という目標を持ち、どうやったらそれを実現できるかと一生懸命取り組んでいます。ミラツクと大きく違い、作りたいものが明確なんです。

 

 —— エッセンスがやろうとしていることとは?

西村: テーマは2つあります。それはメディアと科学です。

まずメディアについて話しますが、メディアにはめちゃくちゃ大きな可能性と重要な役割があります。よく使われる言葉で言えばメディアは「レバレッジポイント」であり、問題構造のツボのようなもので、このボタンをきちんと押せば未来が大きく動いていきます。

それにもかかわらず、誰もそれを押さない…。誰もボタンを押さないまま時間が経ち、社会に不具合がずっと溜まってしまっている状態です。

メディア系の方にも様々話してみてきましたが、なかなか実現しない。そして、「まあしゃあないな。」これはもう、誰かが早く押した方がいい。ここまで誰もやらないのであれば自分でやるかとなりました。

これでもう僕のキャパシティは使い切ってしまうことになりますが…。それでもやるべきだろうと覚悟を決めたんです。

 

 —— メディアの重要な役割について、もう少し詳しく。

西村: メディアの役割は、知識を他の人に伝えることです。

知識にもいろんな知識があります。伝わっていない知識、伝わっている知識、伝わった方がいい知識、伝わらなくてもいい知識…。メディアは媒介として多くの知識を伝えることができます。それなのに、あるタイプのメディアがないことによって、全然伝わらず使われていない知識があって。そしてむしろ今、伝えなくてもよい知識や情報ばかりが広げられたりしている。

イノベーションの本質は、ものの捉え直しですよね。知識の幅と質が上がれば目的地にたどり着くためのたくさんの道筋が認識できるようになり、その中から工数の少ないものが分かるようになります。「思考の運動量」は同じでも、より遠いと思われていた未来にたどり着けるようになるんです。

いろんな視点を持つことは、発想のスピードを上げ幅を広げます。「ここを押せば変わる」という、「起きる未来」に至るプロセスや作用の連なりを見つけ出しやすくなるんです。

 

 —— なるほど。

西村: それなのに、メディアは今むしろ、人の視点の幅を広げるどころか逆転作用してしまっています。検索アルゴリズム、推薦アルゴリズム、マーケティングなどにより、拡げるのではなく収束させてしまっているんです。

研究者の思考と視点に出会うWEBメディア | esse-sense.com

「僕とミラツクは相互依存の関係で、ミラツクは僕の可能性をもっとも発揮できる組織です。『ミラツクのない西村』ですか? …それは存在し得るけどもう別の西村ですね」。ミラツクと自身の関係性を、西村さんはこう語っていました。

だからこそ、西村さんがこう言ったときには本当にびっくりしました。「エッセンスをスタートすることでミラツクが壊れる可能性もあって…。それでもいいのかと考えました。それでもやると決めたんです」。

 

 —— 「エッセンスがやろうとしているもう1つは科学」でしたよね。

西村: 科学、サイエンスって本当におもしろいんです。おもしろいというのは、ただ好奇心が満たされるということではないですよ。もっと大きな意味を持っているんです。それを知ることにより新しいことができるようになり、そこから新たな可能性が開いていきます。

科学者は皆、全員異なる独自のモノの見方を持って検証をしている人たちです。分野の違いもあるし、個人の違いもある。「全部1回見直そう」みたいな、大掛かりなことをやっているのが科学というものです。

そういう大きなおもしろさがあるのに、なぜか誰も科学のボタンも押さずに来ていた。

 

 —— 誰も押さない科学のボタン。

西村: いや、もっとちゃんと言うと、科学者や学術会はもちろん押しているんです。関係者はみな押しています。でも、サイエンスに関係を持たない人たちが、徹底的に無視しているんです。

僕からすると、なんでこんなにおもしろいものを押さないのだろう? となるのですが、それは、メディアがそのおもしろさをきちんと伝えないからですよね。でも「研究者メディア」であれば、その2個を同時に押すことができる。メチャクチャすごいのが2個あって、それを同時に押せるものを見つけてしまった。「まあそれは押すだろう」ってなりますよね。だって両方押せるんだもん。

僕の人生の残りのまだ自由になるところ、全部賭けていい。そういう覚悟を持ってエッセンスをやることにしたんです。

 

 —— 人生の残りのまだ自由になるところ全部。それはかなりの覚悟です。

西村: だって、あと1個くらいですよ、僕の残りの人生で取れるものって。ミラツクがあって、自分の家族があって、自分の研究もあって。一人の人間の運動量は有限なので、そうなるとやっぱりやれるものは限られていて、せいぜいあと一個ですよ。これ以上やろうとしたら、どうしたって他が薄まってしまう。僕の人生の選択肢はもうこれでほとんど残っていません。これに賭けたんです。

それに、もしかしたらエッセンスをやることでミラツクが壊れる可能性だってそこにはある。ミラツクが壊れてエッセンスだけが残るような結果となってしまうかもしれない…それでもやるのかって考えたときに、やるべきだと。それでもやると決めたんです。

 

「未来って、突かれた球が別の球に影響を与えて動かして、またその球が…というのが同時多発的に一斉に起こっているビリヤードみたいなところがあります。球となって突いたり突かれたり、あるいは突く役割になったりと、組織や人は作用しあいながら未来を形にしているんです」。

人類はどこから来て、どこへ行くのでしょうか。

 

 —— エッセンスが特別なところは?

西村: エッセンスはデジタル技術にものすごく注力しています。エッセンスが扱っているのは知識ですが、本屋さんや図書館ではなく、知識をデジタルで扱っています。なぜならデジタルと知識はメチャクチャ相性がいいから。

情報って、なにがしかの知識と出会うことで、そこで初めて人に対して振る舞うものになる、影響を与えるものとなるんですよね。その「知識とのめぐり合い」をサポートする技術、知識と視点を広げる新たな出会いをサポートするデジタル技術に、全力で取り組んでいるのがエッセンスです。

知識は質量や大きさ、空間を必要としないので、持ち運びや出し入れが簡単で時間と空間をほぼ超えられます。それが知識の本来の特性です。エッセンスがやろうとしていることは、知識をそういう本来の姿に戻そうということです。

 

 —— 知識本来の姿。

西村: 知識は、人間の頭の中から石版に刻まれるようになり、印刷されて本になっていきました。それがついに、20世紀後半から始まったデジタル技術の革命により、知識を質量のないまま扱えるようになった。デジタル技術によって、「ビリヤードの球のように素早く動き、周囲に同時進行で影響を与える知識」として振る舞えるようになったんです。

ただ、今のメディアの伝え方は、送り手と受け手の間をただそのままつないでいるだけの、いわゆる「導管モデル」からは変化していません。

人類はこれからようやく、知識の本来の使い方に戻ってくることができるんじゃないでしょうか。

 

 —— 重量をまといまた脱ぎ捨てた。知識の壮大な旅。

西村: それで言ったら、知識だけの話ではないと僕は思っているんです。現在は、人類が700万年前にボーンと投げ上げたボールが、ようやく落ちて戻ってきているところじゃないでしょうか。

たとえば組織。700万年前には組織が存在していなかったでしょう。「俺はこっちの村だあいつらは別の国だ」ではなく、最初はただ一緒に暮らしているだけで、「こっちは自分たちの集団」「あっちは別の集団」として認識したりはしていなかったと思います。

そこから700万年間にわたり「組織というものが必要なんじゃないか?」という取り組みを今までずっと続けてきたわけです。そうやって、役割から集団意識や所属意識というものができていった。

 

 —— 所属意識の700万年の壮大な旅。

そう。今はそのボールがようやく地面に着こうとしている、たとえば特に近代以降、組織や国家というものに対してトライをしてきた。それで、「これじゃない」っていうのはもうだいぶ分かってきています。長い旅の最後の1パーセントにきている状況じゃないかと思うんです。あと何年それが続くかは分からないけれど、もうギリギリまで来ている。

でも、ボールを投げ上げたことで、失ったものがすごくたくさんあるなと感じています。僕たちは、ぽんと投げたことで失ったものを、いかに取り戻すかという旅をずっとしているような気がする。

集団・組織や国は分かってきた、大丈夫。ここから残っているのは「じゃあお前はなんなんだ」っていう、個人としての自立。自立というのは「一人でやっていけ」という話じゃなくて、一人ひとりの世界の中での役割のことです。「それであなたは誰なのか?」というさらに大きな問いに戻りつつある。それを取り戻すのが、この長い旅の終わりなんじゃないでしょうか。

まあ、落ちて手元に戻ってきたボールを次にどうするのかは分からないけれど。そのままバウンドさせるのか。それとも再び手に取り、別の方に向かってまた放り投げるのか。

 

 —— 巨大な放物線ですね。それでは最後に、西村さんはIBMをどう捉えていますか?

西村: 組織っていうのは運動体です。IBMはむちゃくちゃでかい運動体でバンバン世の中に影響を与えています。

そしてそんな巨大な運動体の性質が変われば、与える影響も大きく変わります。仮にそれが赤い球で、それが青にまで変わらなくても赤紫に変われば、それはもうすごい影響を社会に与えます。

 

 —— ありがとうございます。IBMに対する期待がもしあれば。

西村: IBMに対してならではの期待があります。それは、科学を使ったイノベーションを起こしてくれるだろうという期待、起こして欲しいという期待です。

IBMは、科学との距離感が圧倒的に近いですよね。他の多くの企業では、科学の持つ意味やその可能性の大きさが理解され浸透するまでに時間がかかるんです。でもIBMにはそれが要らない。科学の持つ力を分かっているので、すぐにそれを取り込んで「じゃあ世の中にこれをどう届けようか」と考え始められる。

もう1つは、科学を活かした結果としてのテクノロジーだけではなく、科学それ自体が持っている視点の多様性をもっと伝えて欲しいなとも思いますね。そうなればこれまでとは違った形のイノベーションも起きていくだろうし、科学をもっと活かせる社会へとつながっていくでしょうから。

 

—— 今日は長時間ありがとうございました。クラファン返礼品の書籍『反集中(ANTI – FOCUS)』がますます楽しみになりました。


 

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